イサヲの素浪人生・スローライフ -23ページ目

実存主義的精神と、そのパラドックス



「今はもう誰も、僕の心の扉を叩かない。

何千年も何万年も・・・・僕は賢い方法を見つけた。

さあ今宵、ようこそ僕たちのショーへ・・・・」

1970年代後半のロング・アイランドのシェア・スタジアムで

ポリスは7万人の観客を集めた。

 輝く太陽とか美しい木々とか、そんな事はどうでもいい、

表現したいのは「心のパラドックス」、SO LONELY

人が孤独でないなんてあり得ない、他の人も皆孤独だという事に

気付いてしまえば孤独から解放されるんだ・・・

という様な事をこの頃のスティングは言っている。

 実際、7万人の人間が、肩寄せ合い声合わせて

「孤独だー!」と歌う、これは一種の心地良い悲劇だと・・・

 先週を引きずったテーマだ。
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形だけの連帯は心の輪郭をボヤケさせ、

常に付きまとう絶望的な孤独や悲しみを、

味わう機会を逸してしまうかも知れない。

先週の「喜びは自己完結で」に相対し「悲しみ」に関しても

SNSとは逆方向に実存性のカケラがある様に思える!

 暗く深い精神の落とし穴に落ちてしまっても、

それを認め、その恐怖を味わいもがき苦しむ・・・

絵描きなら、その葛藤を描いてみる

詩人なら、自分の言葉に乗せ文字に表してみる。

それらは素晴らしく実存的だしROCKなんだと思う。

 2週にわたって言いたかったのはそんな事、

自分の心には責任を持ち、その上で何かしらの表現にむかいたい。

イサヲ

SNSにおける反実存性について

 俺のバイブルである「日常生活の冒険」の中にこんな一節があった、

「高級なスポーツカーなんぞを買って、高速道路をぶっ飛ばすなんてのは

そこらへんのつまらぬ小金持でも得られる刺激だけど、どうせなら、朝まで

そいつを乗り回して最後は海に行って車に火をつけ燃しちまおう」って

物語りの中で「犀吉」が主人公である「僕」(大江健三郎)に向け

言ったセリフである。

 先々週、NHKで2週にわたって夜中の2時過ぎにひっそりと

伊丹十三のドキュメンタリーが放送された、
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 前にも言ったけど「犀吉」のモデルは伊丹だと俺は思ってる、

ご存じだろうが大江は伊丹の実の妹さんと結婚してて、

宮本信子は大江の義理の姉にあたる。

まーそんな事はどうでもいいが、その宮本がドキュメンタリーの

中で、実に素直に伊丹の思い出を語っていて大変好感もてたし、

内容も良かったので再放送の際はご覧なる事をお勧めする。

 「日常生活」の時代の大江は実存主義に傾倒してて

実存主義の何たるかなんぞは言わないが、俺なりの解釈は

「個の確立及び、それを目標とする生き方」

ここでは「喜びは自己完結で」というテーマに絞りたい。
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さて、冒頭のSNS・・だけど、ソーシャル・ネット・ワーキングサイトとは

「人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型のWebサイト。

友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や場を提供したり、

趣味や・・・・「友人の友人」といったつながりを通じて

新たな人間関係を構築する場を提供する、会員制のサービスのこと」とある、

フェイスブック・ミクシーに代表されるもんだと思うけど、

まーどちらにも籍を置いている俺なんだけど、

現在、違和感を感じどちらとも距離を置いている。

 大テーマであるロックな生き方は実存と密接に繋がっていて、

喜び・楽しい事は自分流でしっかり楽しむ!

第三者と「いいね」ってシェアしあうっていうのは違うと思うワケ。

 シェアを目的に喜びを構築しようとすると途端にポップスになっちゃう、

もちろんSNSもポップスも否定しない、どちらも、多数の人に支持されているんだから、

しかし、今の俺にはしっくり来ないんだ、

「いいね」ってやってる暇があったらやらなきゃならねー事がヤマ積みなんだよな!

昔、あのLOU REED がMETAL MACHINE MUSICという2枚組アルバムを

発表したとき凄い酷評をうけて「俺の時間は君たちのそれとは異なる」

って言ったけど、勿論それとは異なるにしても、

今の俺にはブログの一方通行感がちょうど良いみたいだ。

 以下の動画は実存時代の大江の作品「性的人間」にハマってた

時に作ったオリジナルです。


イサヲ

BANDにおける退屈論

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 一般にバンド活動というのは、(プロでなければ)

ある程度の信頼感と少々の緊張感が必要である。

 いくら練習だからといっても、

自分だけそうそう遅れをとる訳にはいかないからである。

 それとバンドというからには群れなわけで、

犬の群衆よろしく先頭に立つ頭領の指し示す

方向に対してある程度の同意・賛同が不可欠である。

 メンバーの預かり知らぬところで人員の補強であるとか、

コピーバンドであれば選曲をし、

それを押しつけてばかりいる様では

メンバーは白けてくるのも当然である!

 
 以下の動画は俺が25才くらいの時のモノで

映画「千利休」を観て感化され作ったオリジナルだが、

総体的善し悪しは別にしても、上記要件は満たしており

是非ご覧いただきたいのは

2分50秒からのギターソロである、

ここからは打ち合わせ無しの全くのインプロビゼーションで、

俺は打ち込みがどの程度の長さかも知らず、

他のメンバーがどの様な動きをするのかも知らず

兎に角ぶっつけ本番、ギターを弾こうが泣き叫ぼうが

全くのフリーだったんだけど、

それは紛れもないスパークしたバンドのだすノイズで

バトルと信頼のもたらすモノであったと思っている、

(ライン録音の為、かなりおとなしく聞こえるが)

最後ピタリと終わっているのは奇跡としか思えない。



イサヲ