ネコノトピア 猫語を訳そう!

大型ダンプやトレーラーが行きかう炎天下の工業団地
俺はトラックを運転していた。
何故か前を行く車両が右に膨らんで通り抜ける、
見ると道路っ端に一匹の猫がこちらの方に向かって
全身で怒りを露わにし何かを叫んでいた!
彼(彼女)は一体何を通り過ぎる我々に訴えていたのだろうか?
兎に角、俺には道路の真ん中まで出てきて仁王立ち(?)の
彼(彼女)は怒っている様に見えた。
という事で猫語について考察する事にした。
我が家の長男(猫)のイオリ君に協力していただいた、
とにかく、イオリ君は良くしゃべる仔だ。
パターンとしては夜中ちょっと目が覚めた時・寝起き・
おなかが空いた時・水が欲しい時・食後・排泄前後・その他。
以前バウリンガルなるモノのにゃんこ版があった、
全く懐疑的だった俺だが、やはり無理があるように想える。
動物とのコミュニケーション・死んだ人との会話は
イマジネーションの作りだすモノではなかろうか?
さて、イオリ君のおしゃべりであるが、
緻密なデータと俺なりの分析から導き出た結論は
具体性の無いイメージの主張を歌う様に話しているのだ!
つまり、「おなかが空いたから何か美味いもんがたべたい」
なぞとは言わず、「・・・食べもの・・はら・減った・・・」
(かなり無理があるが)のような感じだが、
具体的単語ではなく「・・・
・・
・
・・・」という様にニュアンスのイメージを口にしているのだ。
(先週は多忙のため中途半端な出来で、
発表できなかった事が悔やまれる)
つづく。
walk on the wild side !
ちから無きナタを振っても薪は割れない。
マイノリティーの悲しみは自信を失う事にある!
独特な考えは往々にして無視されやすく
ひとたび失いかけた自信はためらいや
躊躇の連続を呼び、
そうしてどんどん自信を失っていく・・・
大体の人は限られた人数の人間関係の中で
意見を求め求められる、
何万人の従業員数の会社ですと言ったところで
毎日親密な連係を求められるのは10人かそこいらだろう。
そのちっぽけな空間に拡がる常識みたいなモンに
何の意味があるのだろう!?
逆に最小限の人間関係つまり一人で構築される
事業の創造性は無限である。
(だから小説は基本一人で書き上げる)
「ヤバい方に行けよ!アブナく生きようゼ!」
(walk on the wild side)
若いころは常に意識の根底に根ざしていた
魂の塊はすっかり忘れ去られていた、
こんなブログでも書いていて思い出した
ひとつまみの感覚!
イサヲ
我が闘争

明け暮れの昭和を想うに
徒然に開けたる書庫にかの本を見出した、
アンダーグラウンドの垂れ幕は
俺を惹きつけて止まない・・・・
堤 玲子の「わが闘争」、
貧乏がフンドシして踊りまわってる様な小説だ!
序盤から中盤にかけての物語力の強さと言ったら
坂口 安吾の「白痴」のそれに匹敵する。
知恵遅れ・びっこ・淫売・子殺し・やくざ・乱交・・・
時代とともに押し込められた鋭利な言葉の宝石が
カビ臭いパンドラの箱の中で
放射性廃棄物の様に毒づいている。
結局のところ
‘ヤケクソに生き抜く事の正当性を文学にしたらこうなった!’
と俺は観た。
堤氏、死んだとは聞かないがどうしてるだろうか?

同じく見つけた野坂氏、
(闘病生活がおイタワシイ)
この次はこいつに挑戦しよう!
もう10年近くまえになるか?
横浜のCDショップで野坂氏のライブを観たが
コーラスのお姐さんが同じタイプ、
氏の好みか?
イサヲ
