一昨日居合わせた自動車と自転車の事故についてもう少し。

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例によって写真は記事と関係ありません。特に写っている自動車は事故とは何も関係ありません。

現場でまずはやった事、これは加害車両のナンバープレートを写真に撮ることでした。

今回は全くそんな心配はありませんでしたが、加害者によっては連絡先を残さずに現場から立ち去ってしまうこともないわけではありません。

本当に立ち去ってしまった時は、事故の事実を警察に伝えるための重要な証拠となります。

その後関係者が来た時にやってもらったのは次のこと。

1.免許証の情報を押さえる。

2.車検証の情報を押さえる。

3.自賠責保険の情報を押さえる。

4.任意保険の情報を押さえる。

今はスマホで写真を撮ってしまえばいいですね。

最初の2つと4は相手に不誠実な態度をとらせないための準備です。

詳しいことはいずれ書きますが、今回強調しておきたいのは3。自賠責保険の情報を押さえる、ということです。

自賠責保険、まあよく強制保険とも言われますが、自動車を所有したことがある人は、見たことがあると思います。

自動車には加入が義務づけられている保険です。対人事故に限定して使え、死亡後遺障害には3000万円。傷害には120万円を限度に保険金を支払うことができます。

自動車の事故でどっちがどれくらい悪いか?なんてことを聞いたことがある方は多いと思います。

でも自賠責保険は違います。法律では自賠責保険が使われないのは、運転者が自分の無過失を証明した時となっています。

前方不注意とか、スピード違反とかの過失。これが事故時に全くないことを証明するのは、正直困難です。

この保険はどこまでも被害者保護のために作られています。なので使えない事故の方が少ないのかもしれません。

ちなみに何ですが、任意保険の対人補償は自賠責保険の上乗せです。自賠責保険に入っていないということは法律違反になるだけではなく、万が一の事故の際対人保険は支払われません。

前置きが長くなりましたが、自賠責保険の情報を押さえておくと、大きなメリットがあります。

仮に加害者に誠意がなく、本人からも保険会社からも連絡が来ないというケース。

実はこの自賠責保険、加害者からばかりでなく被害者からも直接請求ができます。

すでに立て替えた治療費等をまとめて支払ってもらうこともできますし、後で精算は必要ですが仮払いを受けることもできます。

今回の事故は相手が加入しているじ自動車保険の事故担当者がきちんと動いてくれるでしょうから不要ですが、万一については考えておく必要があります。。

ぜひ覚えておいてください。 

今日はあの日のことは書きません。

実は昨日自動車と自転車の事故の現場に居合わせてしまったため、そのことを書きたいと思います。

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あ、今回も写真は記事とはなんの関係もありません。

昨日の夜20時からある交渉を自宅で行うこともあったので、割と早めの帰宅をしました。

途中コピーを取るために近くのコンビニに寄り道。お店から出て、自転車の鍵を外しつつ、目の前の信号のある十字路に目を向けた瞬間、

交差点の向こう側から私の側に横断歩道を渡っていた女性の自転車の後部に、私の側から左折してきた乗用車が衝突。
自転車の女性は前のめりに倒れました。

自動車を運転していた男性はすぐに自動車を降りて、被害者に駆け寄ります。

警察も救急車も呼ぶことなく、被害者に連絡先を渡して立ち去りそうな雰囲気を感じたため駆け寄りました。

女性は転倒した際に手をついたため手のひらと、ズボンが破れてしまった両膝から出血。足も捻ったようです。さらに青ざめて両手が震えています。

交差点すぐに停車させていた自動車を移動させたがっていた加害者に、すぐに警察への通報をさせました。

先ほどのコンビニから椅子を借りて被害者を座らせようとしましたが、落ち着かないと言って座りません。荷物だけ置かせました。

被害者は病院に行くにも保険証を持っていないと言っていたのですが、事故の状況から加害者に立て替えるか保険会社が建て替えられることを伝え、念のため家族に連絡してもらいました。

程なく警察が来て、事故の状況説明。警察に私の連絡先を伝えた上で、救急車の手配が完了したこと、お母様や関係の方が何人も来たこと、加害者が保険会社の事故報告をしたことを確認し、現場を去りました。

どんなに安全運転を心がけていたとしても、事故の加害者になってしまうことは誰にでもあり得ます。

その時ますやるべきこと。
被害者救護。
自動車の移動などの2次被害防止。
これらは当然です。

そして絶対に忘れてはならないのは
警察への通報。

小さい事故だからと警察への通報を怠ると、その後事解決に向けての道筋が、ドロ沼になってしまうことがあります。

保険を支払う上でも、原則として警察への通報は必要です。どんなに小さな物損事故でも、どんなに時間がないときでも、必ず警察への通報をしてください。

その他いろいろありますが、それらはまたの機会に書きたいと思います。



引き続きあの日のことを書きます。

 
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最初に症状が発生してから90分。
ユニットバスから廊下に身体を半分出した状態で、うつ伏せで倒れていました。
 
そして記憶はここで途切れます。
気がついた時、朝の8時になっていました。
 
ユニットバスにいたはずなのが、ベッドに仰向けに横たわっていました。
 
さらに手には倒れた時は持っていなかったiPhoneを持っていました。
 
夢かと思いました。全ては悪夢かと。
 
その時何となく見たLINE。普段は別に暮らしている息子から、1ヶ月後の誕生日に欲しいもののおねだりが入っていました。
 
その返事は、俺はもうダメかもという内容の、日本語にきちんとなっていない回答でした。
 
そんなもの打ち込んだ記憶は全くありません。
後で見たら、その後どうしたの?という息子のコメントが延々と続いていました。
 
会社に行かなければと思い立ちました。
でもやはりあれは夢ではなく、身体は動きません。特に右側が。
 
でもとにかく上司に電話しました。
午後から出ますと。
 
でも全くろれつが回りません。後輩から僕が救急車を呼びますと言われたので断り、自分で119に電話しました。
 
その時朝の9時になっていたと思います。
電話をして程なく、救急車のサイレンの音が聞こえてきました。

あの日のことの続きです。少し汚い場面があります。

 
食事時には読まないことをお勧めします。
 
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あっ、写真は出来事と何も関係ありません。ただのイメージです。
 
天井が回る。これは過去一回ありました。5年以上前に秋葉原の本屋さんで立ち読みをしていた時に。
 
この時はうずくまりはしましたが、1分程で治りました。
 
だからすぐに治るだろう。そう最初は思っていたのですが、目の前の景色の歪み方がどんどん酷くなります。
 
とっさに立ち上がろうとしたのですが、よろけてしまってできません。
 
ラグビーの日本対南アフリカの試合か始まる頃には、症状は酷くなっていました。
 
脳梗塞、そんなことは露にもおもいません。時間をおけば治ると思っていました。
 
でも症状はどんどん酷くなります。
 
そんな中、便意に襲われました。我慢できません。漏らしたくないとは思えど、立ち上がれません。
 
這いつくばってトイレに入れりました。
 
用をたしてお尻を拭こうとしても、なかなかできません。もがいてもがいてなんとかし、トイレを流そうとします。
 
しかし、そのレバーに手がいきません。長い時間をかけてなんとかしましたが、次に襲われたのは強烈な吐き気。
 
もはやトイレに向かって吐くことはできません。幸い私の家はユニットバス。
 
すぐ横に風呂桶があります。そこでとにかく胃の中にあるタンタン麺などを戻します。
 
でもいくら戻しても吐き気は治りません。胃液を吐くくらいになっても治りません。
 
どれくらいの時間が過ぎたのかはその時全然分からなかったのですが、ようやく吐き気が治りました。
 
でもその時には身体を動かす力は残っていません。
 
ユニットバスから身体半分を廊下に出した状態で、倒れこみました。
 
その時聞こえてきたのは、「やったー!」と言う声。
 
南アフリカとの試合で最後、ヘスケス選手が奇跡のトライを決めて日本が勝った瞬間です。
 
ラグビーは前後半各40分と10分くらいのハーフタイムがあります。
 
それだけの時間が経過していました。
 

私への連絡はこちらのメールフォームをご利用ください。

https://ws.formzu.net/fgen/S46006234/

今日はあの日のことを書こうと思います。

 
忘れもしません。平成25年11月4日。朝から普通の1日でした。
 
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朝は6時ちょっと前に起床。7時過ぎの電車に乗り。会社近くでマクドナルドの100円コーヒーを飲んだあと出社。
 
いつも通り仕事をしていました。
お昼にはネットで調べものをしたりしながら。
 
正直言うとこの日少し体調の悪さはありました。原因は喘息。軽い発作が出ていました。
 
その為病院に行こうと、定時に退社しました。
 
喘息の発作と言っても、そんなに酷いものではありません。なので大げさな治療行為や検査があるわけでなく、簡単な問診で終了。
 
いつも通り薬を処方してもらいました。
 
夕食に病院からわりと近いところにできて評判だった京風タンタン麺を食べ、21時過ぎに帰宅。
 
家ではいつもの場所に座り、テレビを見ていました。
 
23時少し前、なんとなくラグビーを見たいと思いました。その年の9月に世界を驚かせた、日本と南アフリカの試合を録画したものをです。
 
23時。録画の再生をスタート。
それと時を同じくして、
 
天井が周り始め、目の前の景色も歪みだしました。
 
 
 

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