ラモス瑠偉さん。サッカー界のレジェンドの1人ですが、昨年脳梗塞になられていたんですね。

記者会見映像を見て、初めて知りました。

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写真はラモスさんの公式ホームページからお借りしています。

昨年の12月29日に倒れたとのこと。奥様がとっさに救急車を呼んだそうです。

亡くなった前の奥様があの時起こしてくれたのだと思う。

その様な事を涙ながらにお話しされていたのが印象的でした。

逝っちゃうかもしれない。この恐怖の事を語っていました。

逝っちゃうかもしれない。
私の時もそうでした。あの時脳梗塞だとか考える余裕はなく、ただその時起きていたことに対処していただけでした。

※詳しくはあの日という記事を読んでくださいね。10回シリーズです。

そしてひとつ思ったこと。死ぬんだ、今日ってことでした。それは恐怖でもあり訳がわからない感情でした。

ラモスさんがさらに加えていたのは、再発の恐怖でした。1度脳梗塞になると、再発のリスクは格段に高まると言われています。

その為私も恐怖を感じています。そのせいでしょうか。小さな地震で足元がユラっとするだけで、鼓動は高鳴ります。

ラモスさん、さすがにスポーツ選手ですね。ジョギングもできる様になったそうです。

私は不恰好な小走りが限界ですが、それでも一歩一歩治していきたいと心から思っています。

ラモスさんは80歳まではと言っていました。私もせめて70歳までは生きていたいと願っています。

あの苦しかった経口超音波検査。その結果が私の闘病生活の転機になりました。

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私の心臓の中に残る血栓のサイズが分かったのです。2×1×1。結構なサイズです。

私の脳梗塞はこれが千切れて飛んで、脳のあちこちに詰まったということが確定しました。

同時に心臓にある血栓が飛んだら、心筋梗塞を起こして命に関わる事態になる可能性がある。

そんな感じでした。
脳については様子を見る形で良いが、心臓については積極的な治療が必要。そんな状態だったのです。

この結果、病院内で転科することになりました。
これまでの脳外科から心臓内科への変更です。
入院のフロアも変わることになりました。これまでの5階から8階へ。

当然の事ながら、転院の話は立ち消えです。

5階から8階までは、今回もストレッチャーに寝かされての移動でした。

他はどこに行くにも車椅子なのですが、今回はストレッチャー。運ばれた病室はやっぱりナースステーションの目の前。

病室に着くと、ニカニカと明るい看護師さんが出迎えてくれました。
3月になりましたね。花粉は凄いし、寒暖の差が激しいし、身体がなかなかついていきません。
そんな身体の調子を整えるために、金曜日の夜、こんなワークショップをやります。

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九州博多でダンサーをしているmutsumiさんが体幹の使い方などを教えてくれるのですが、私が書いてもうまく伝わらないと思うので、mutsumiご自身で書いた文章で紹介します。

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身体を鍛えるというよりも、バランスを整えるといった方が良いかもしれません。

そして受けた人の感想。

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上から2番目の50代男性。
これは私の事です。

脳梗塞で倒れてから様々な障害が出ています。身体は本来自然に持っているはずの歩くとか走るという能力を忘れてしまっており、右足はどんなに頑張っても左足の前には出ない。

そんな感じだったのです。

それが昨年の7月にこのワークショップを受けたところ、右足が左足の前に出るようになり、かなり自然な歩行姿勢を取れるようになったのです。

その日ですよ。
いやもっと正確に言うとワークショップを受けた直後から。いやその最中から。

かなりの衝撃でした。

体幹の感じ方やや足の裏の使い方。これだけでこんなにも違うものかと思いました。

昨年の末には2回目の受講。やっぱり人の記憶って曖昧なので、教わった全てのことを覚えてはいられません。

改めて新鮮な気持ちで受けましたが、今度は小走りができるようになり。

やはり衝撃を受けました。驚きとともに。

今回は3月3日の19時から、ルミエール府中2階の音楽室で開催です。

多くても10人しか参加できませんので、参加したいと言う方は私にご連絡ください。

ムツミさんに伝えます。

私へのメッセージは、こちらのフォームをご利用ください。

昨日の帰宅時のことです。府中駅内にある本屋さんで買い物を終えて出てくると、歌声が耳に入りました。

生演奏だ。直感的に感じ、音がする方向に行くと、そこで3人組によるストリートライブをやっていました。

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ボーカルの女性、ギター、それに加えてボイスパーカッションのプレイヤーも参加。

素敵な歌声に立ち止まる人かひとりふたりと増えていき、そこに笑顔の輪が広がっていきました。

日曜日にもこんなことがありました。府中の中心にあるけやき並木で開催された府中マルシェ。

その中でLUCAというジャズバンドの演奏がありました。
ジャズといっても4ビートではなく、ポップな、ひと昔前ならフュージョンなんて呼んでも不思議はない様な演奏です。

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音に惹かれてたくさんの人が集まり、会場は物凄い盛り上がりとなりました。

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演奏後CDも結構売れていました。

恐らくLUCAというバンドを知っている人は少数派だったと思います。

そんな人たちが音に誘われて集い、一緒に音楽を楽しむ。ストリートライブの真骨頂です。

私はストリートライブのことを、音楽の宝探しと呼ぶことがあります。

音に惹かれて近づいていくと、そこでは初めて聞くミュージシャンが演奏していて、気がつくと心からその演奏を楽しんでいる。

そんな場にこれからも出会いたいですし、作っていきたいと考えています。
一般病棟に移った頃から、病院にこの様なことを言われ始めました。

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転院先の病院を決めておいてください。

私が緊急搬送されそのまま入院した病院は、都立で多摩地区で最も大きい、緊急性を有する患者が優先される病院です。

そのため地域の病院との連携を積極的に推進しています。なので症状が落ち着いた患者は、基本的に転院をさせています。

私の場合も命の危機状態から脱しつつあったということで、その様な方向性になりました。

病院としてはより多くの緊急性がある人を助けるためにベッドは空けておかなければなりません。

そこは理解できるのです。
でも同時にこの段階で病院が変わることに大変な不安を感じました。

何よりもこれまで脳の病気になどなったことはありませんから、いきなり入院させてくれる病院なんて知りません。

裏腹な中でモヤモヤした時間が過ぎて行きました。

そんなモヤモヤとした気持ちを吹っ飛ばす様な事実が分かったのは、初めて経口の超音波検査をした直後のことでした。