次世代を担う子供たちの現在そして未来 -85ページ目

高校野球の監督に自分を重ねてみる

 昔から思っていることだが,


塾講師と高校野球の監督は仕事の質の源流が同


なのではないだろうか。限られた時間の中で子どもをどう指導していくかという方法論,子どもの成長をダイレクトにかじることができる達成感,などなど共通点は数多くあると思う。


どちらも,成り立ての頃は


子どもたちと純粋に向きあう


ことから始めたと思う。「何をどうすればうまくいくか」といった成功体験がない分,体当たりでチャレンジするしか出来ないから。



 それが,多少経験を積むと


集まってきた子どもたちの特性に合わせた指導


ができるようになる。野球でいえば「長打力がウリの野球」「走塁がウリの野球」という具合。勉強でいえば「この学年は数学をもっと伸ばそう」とか,「ちょっと学力的にきついからまず英語をしっかり定着させよう」とか。



 さらに経験を積むと,ほぼ間違いなく結果を求められるようになる。


「甲子園に連れて行ってくれる監督」

「○○中学に合格させてくれる先生」


 と。当然ではあるが,ビジネスの意味合いが強くなればなるほどその傾向は強くなる。その結果によって,学校や塾の生徒数に影響が出るわけだから。逆にいえば,こういった仕事で生活をしていこうと思ったら,このような役割を担うことができなければ満足な報酬を得ることはできない(と考えたほうがよい)。


 でもこうなってくると,甲子園で勝つためのチーム作り(選手集め)」「○○中学へ受かるクラス編成(生徒集め)」が必要となる。これは監督や先生だけの責任ではないが,どうしても「我々の目的に子どもを無理矢理当てはめる」ことが多くなってくることは間違いない。最初の頃我を忘れて取り組んだ「子どもたちの特性に合わせた指導」ではなく,「勝つための方法論に子どもを適応させる」ことがメインになってくる。


 私の場合,この傾向が強くなってくると同時に「仕事に対する面白さ」が弱くなっていくのを痛烈に感じた。しかしながら生活維持のためには「面白くなくてもやらなければならない」わけで・・・。



 高校野球の予選を見るたびに,そんなことを思い出す。


「選手の特性に合わせてチームカラーを変えながら,それでも勝ち続けることができる」監督が一番凄い。そんな監督になれるほど自分に実力があるかと言えば,昔も今もそうは思えない。

都議選がモノポリーと化した

 今日はモノポリーの大会に参加。ビッグサイトまで行って来ました。


 「あと1回勝てば日本選手権行き!?」の目があったのですが,ここが大きな壁なのでしょう,最後のゲームでは自分のミス(試合終了後の検討会の中でミスと気づいた)もあり,玉砕してしまいました。


いやぁ,悔しい!!!


来年こそは日本選手権に出られるように頑張ろうと思ってます。

来週も大阪で大会がありますが,ちょっと仕事でいけません(残念)。



 さて,モノポリーとは日本語で「独占」という意味です。

今仕事をしながらTVを見ていたら,ある政党がモノポリー勝ちをしているようで(^^)。


政党の色わけを見て,「レッド」とか「ダークブルー」とか呼んでいる自分がいる。


病気だ。。。


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今日の大会は,この「サンデー&マガジン版」発売記念。

コスプレしてきた人は無料という・・・。

最後の試合は「コナン君」が相手でした^^

計算は思考か作業か

 16×13 を暗算で解けますか?


と保護者の皆さんに聞いてみたところ,ほとんどの人がNOだった。


16×13 を「16が13個」と読むことができれば,「16が10個」と「16が3個」に分けるイメージは湧きますね


と言うと,皆がウンと首をタテにふる。


ということは,


16×13=16×10+16×3

      =160+48

      =208


ですね,というと,皆ウーンと・・・。どうやら,これを「テクニック」と思っているらしい。そこで,


   16

 × 13

--------

   48

  16(0)

--------

  208


「ほら,同じことをしてるでしょ」というと,皆びっくりした顔をする。


 「計算=作業」と思い込んでいる大人が,子どもに「とにかくやり方を教え込む」場合,筆算はできるようになっても「思考の過程」を子どもに見せることなく終わってしまう。これが「親による先取り指導」の場合はタチが悪く,学校で先生が説明していても「オレは出来るからいいもん」とばかりに,聞いていない可能性がある。


 こうしてドリルばかり解かされる子どもたちは,私のイメージでは「コンベアで流れている商品をただ検品している人」にかぶる。


なんの工夫も思考もせず,ただ頭の中を無にして,ひたすら作業することを求められる点が。

思考VS反射神経

6月の終わりからちょっと忙しくなり,慌しい毎日を過ごしています。

金曜の夜から自宅を空けて,ようやく今日久しぶりに帰ります。

家族には嫌がられるでしょうけど・・・。



 さて,今日小学生に授業をしました。

規則性の問題で,


1,2,2,1,2,3,3,2,3,4,4,3,4,5,5,4,5,6,・・・


と数字があるルールにしたがって並んでいます。



当然子どもたちには,まず「どんなルール?」と聞くわけです。

すると,すぐ見つかる子ももちろんいるのですが,けっこう多くの子が

困っている様子。


そこで,「15秒あげるから数字を全部覚えて。15秒後にプリント

裏に書いてもらうから」と言ってみました。

さすが子ども,ギャーとかピーとか言いながらも必死に覚えようと

します。ところが,実際に書かせてみると,そのタイミングで,

「あっ,ルールがわかった!」という声があちこちから挙がるのです。


 数字を覚えようとすると,だいたいの場合いくつかずつに区切って

覚えようとしますから。この場合4つずつ区切ると,ある一定の

リズムが見えてきます。「規則性=リズム」とでも感じ取ってくれたら

今日のところはOKでしょうか・・・。


 たぶん,最初子どもたちはこの数字の並びをボンヤリとしか

見ていなかったのではないかと推測します。で,「覚えろ!」と

言われて初めて真剣に読み取ろうとした,あるいは考え始めた

のではないかと。


彼らの様子を見ていると,例えば


「長さ6mのテープは長さ15mのテープの何倍ですか」


という問題において,思考ではなく反射神経で解いている可能性を

否定できないのです。つまり,


6 15 掛け算or割り算


という3つのキーワードだけを瞬時にイメージして,どれを使うかだけ

考えて計算している可能性が高いと思っています。これだと,別に

普段から問題文を「深く読み込む」習慣がなくても,ボンヤリと問題

を眺めるだけでも解けますから。


だから,


6÷15  15÷6


で悩むケースが続出するのでしょう。



このような悪い習慣がついていればいるほど,そりゃ「自分でルール

を探す」問題には対応できませんね。


今日は保護者の皆さんにも授業を見学していただきました。

その後保護者会で色々と話したのですが,もう少し深く話したかった

のはこの辺りです。自分の中でうまく伝えられた自信がないので,

ここに残しておくことにします。




地球に戻ってきました

 地球を離れて66日,6月30日夕方に地球に戻ってきました。


無事クリアです!



27日(土)と今日,なんと大宮駅から自宅まで,距離にして5km+αを歩けるほどに。。


ヤマトに挑戦する前(3月頃)には,その半分の地点から歩いただけでも足がガクガクになっていました。


 この2回は,ノンストップでスタスタ歩いて帰ってこれるようになりましたから大きな進歩です。今日は1時間かかっていないので,これならいつ電車が止まっても大丈夫!?



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があるのですが,どうやら7月中旬に「天下統一」編が出るようです。ヤマトをもう一周やったら,次は戦国武将になろうと思ってます^^。