僕にだってチカラはあるんだ!
目には目を!歯には歯を!
こんにちわ^^
いつもお越し頂いて本当に感謝しています。
「仕返し」
親や、大人の大きなチカラでねじ伏せられた子供が次に目標とするのは仕返しなんです。
何故、仕返ししようと思うのかといえば、自分のことを認めて欲しいという気持ちがあるからです。
だから本当に自分が誰からも好かれていないんだなと思い込んでしまった子供は、仕返しを考えるようになっちゃうんです。
仕返しはチカラでねじ伏せられた大人に対して直接反抗するものではないかも知れません。
例えば、自分よりチカラの弱い妹や弟に対してチカラでねじ伏せようとする場合だってあります。
あるいはよその子供に向けられることもあります。
そんなときの、子供の声が聞こえますか?
「ほら、僕だってチカラでひとをねじ伏せられるよ!お父さんやお母さんと一緒だよ!」
「だから、僕を認めてよっ!」
…って、言ってるんですょ…えぇ
大人はこの声を見逃してしまう場合があります。
だから、又、怒ります!
「こらっ!小さい子をいじめちゃだめでしょ!ホントにお前はどうしようもない子だな!」
こうやって、自分はホントにどうしようもない子なんだなと落ち込んじゃうんです。
落ち込んじゃった子供が自分を認めてもらうには、周りの人を傷つけチカラでねじ伏せるしかありません。
どんどん、そんな風に思い込んじゃうんです。
「思春期」
「どうせ誰も自分の気持ちはわかってくれない」
…などと考え始めると周りの何もかもが自分の敵に思えてきます。
「周りの大人たちは自分のことを「非行」を繰り返すと思い込んでいる」
「どうせ自分は悪いと思われてる、チカラでねじ伏せるしか無い!」
「自分を認めさせる方法がほかにはわからない」
…
周りの大人はわかって上げなければいけないんです。
「わかる」「もっと、わかりたい」と伝えるんです。
そうしなければいつまで経ってもわかりあうことなんてできません。
大人が子供とわかリ合おうとしないで、悪いことをすれば「罰」を与えれば良いと思ってはいけないんです。
子供が考えることは大人に自分を「罰する権利」があるんなら、自分にも人を「罰する権利」があると思っちゃうんです。
反社会的な行動の中にも、その人なりの「理由」はあるんです。
「泥棒にも3分の理」って、言うでしょ。(盗人にも3分の理)
「大人」
「目には目を!チカラにはチカラを!罰には罰を!」
…こんな考えのまま大人になってしまったんでは大変でしょ!
だから、子供は小さい頃から「罰」でコントロールしてはいけないんですね。
愛情溢れる思いやりと責任で導いてやるのが大人の務めかなと…えぇ
いつも思うのですが子供をどんな子供にしたいと思うのでは無いはずです。
どんな大人に「成長」して欲しいかですよね。
チカラにはチカラで報復するなんて考えでは行き詰るでしょ。
大きなチカラを持ったと思っても上には上が必ずいますから…はぃ
だから子供をチカラでねじ伏せて、いうことをきかすような事をしちゃダメなんです。
>>権力は権力と対立します
今日も「良い」一日を過ごされますように!\(*⌒0⌒)♪
こんにちわ^^
いつもお越し頂いて本当に感謝しています。
「仕返し」
親や、大人の大きなチカラでねじ伏せられた子供が次に目標とするのは仕返しなんです。
何故、仕返ししようと思うのかといえば、自分のことを認めて欲しいという気持ちがあるからです。
だから本当に自分が誰からも好かれていないんだなと思い込んでしまった子供は、仕返しを考えるようになっちゃうんです。
仕返しはチカラでねじ伏せられた大人に対して直接反抗するものではないかも知れません。
例えば、自分よりチカラの弱い妹や弟に対してチカラでねじ伏せようとする場合だってあります。
あるいはよその子供に向けられることもあります。
そんなときの、子供の声が聞こえますか?
「ほら、僕だってチカラでひとをねじ伏せられるよ!お父さんやお母さんと一緒だよ!」
「だから、僕を認めてよっ!」
…って、言ってるんですょ…えぇ
大人はこの声を見逃してしまう場合があります。
だから、又、怒ります!
「こらっ!小さい子をいじめちゃだめでしょ!ホントにお前はどうしようもない子だな!」
こうやって、自分はホントにどうしようもない子なんだなと落ち込んじゃうんです。
落ち込んじゃった子供が自分を認めてもらうには、周りの人を傷つけチカラでねじ伏せるしかありません。
どんどん、そんな風に思い込んじゃうんです。
「思春期」
「どうせ誰も自分の気持ちはわかってくれない」
…などと考え始めると周りの何もかもが自分の敵に思えてきます。
「周りの大人たちは自分のことを「非行」を繰り返すと思い込んでいる」
「どうせ自分は悪いと思われてる、チカラでねじ伏せるしか無い!」
「自分を認めさせる方法がほかにはわからない」
…
周りの大人はわかって上げなければいけないんです。
「わかる」「もっと、わかりたい」と伝えるんです。
そうしなければいつまで経ってもわかりあうことなんてできません。
大人が子供とわかリ合おうとしないで、悪いことをすれば「罰」を与えれば良いと思ってはいけないんです。
子供が考えることは大人に自分を「罰する権利」があるんなら、自分にも人を「罰する権利」があると思っちゃうんです。
反社会的な行動の中にも、その人なりの「理由」はあるんです。
「泥棒にも3分の理」って、言うでしょ。(盗人にも3分の理)
「大人」
「目には目を!チカラにはチカラを!罰には罰を!」
…こんな考えのまま大人になってしまったんでは大変でしょ!
だから、子供は小さい頃から「罰」でコントロールしてはいけないんですね。
愛情溢れる思いやりと責任で導いてやるのが大人の務めかなと…えぇ
いつも思うのですが子供をどんな子供にしたいと思うのでは無いはずです。
どんな大人に「成長」して欲しいかですよね。
チカラにはチカラで報復するなんて考えでは行き詰るでしょ。
大きなチカラを持ったと思っても上には上が必ずいますから…はぃ
だから子供をチカラでねじ伏せて、いうことをきかすような事をしちゃダメなんです。
>>権力は権力と対立します
今日も「良い」一日を過ごされますように!\(*⌒0⌒)♪
権力は権力と対立しちゃいます!
「権力というチカラ比べをしたって幸せにはならない!」
おめでとうございます^^
いつも本当に感謝をしています。
今年もよろしくお願いいたします!
良い、お正月を過ごされたでしょうか。
さて、やたらと「権力」を誇示したがる人がいます。
子供にも大人の中にも「権力」を誇示したがる人はいます。
「権力」を誇示したい人の目的は自分のいる居場所を居心地のいいようにしたいだけなんですよ。
「権力」があれば人は自分に従うと思っているんですね。
小さな子供は大きな「権力」を持てば周りの人が自分の思い通りになることを、親や周りの大人を見ていて感じるんですよ。
勿論、権力なんて言葉は知らないでしょうけど、人を自分の思い通りにしたければ大声を出して命令すればいいんだって感じるんです。
何故かっていうとね、自分がいつも言われてるからなんです。
「早く寝なさい!」とか「何でおとなしくできないのっ!」って、いつも自分が怒られて大人のいうことを聞かされてると、あるとき自分も怒ってみようって思っちゃうんです。
自分も、親や周りの人に対して怒ったら何でも自分の思い通りになると感じてしまうんです。
だからお母さんが「早く寝なさい!」と怒ったときに反抗するのは「僕に怒るのやめなさぁい!」って、お母さんに命令してるのと一緒なんです。
お母さんがもっと怒ってお尻をぶったりしていうことを聞かせようとすると、子供は自分より弱い子を暴力でいうことを聞かせることを覚えてしまうんですよ。
学校へいくようになっても同じなんです。
先生が生徒に強制的にいうことを聞かせようとすれば、子供も他人を強制的にいうことを聞かせることを覚えてしまうんです。
一回でも強制的に誰かを自分の思い通りにできた子供はチカラをもつことが、この場所では居心地がいいんだぁと思ってしまいます。
そしたら先生と子供のチカラ比べが始まっちゃいます。
子供は学校という集団の中でよその子供とも力比べを始めるかもしれません。
この子は「権力」というチカラをもつことを行動目標にしちゃうかも知れません。
チカラをもつことが目標になった子供は、自分の存在を認めないようなことをいう大人に対して反抗します。
きゃっ!反抗期ですねぇ。
こんな大変なことにならないようにしなければいけませんね。
どうすれば良いのかというと、そんなにチカラを振り回さなくてもこの中(社会、集団の中)では、みんなあなたのことを大切に思ってるんだよって教えてあげるんです。
教え方の一つには、少し責任のある立場を与えてみるということもあります。
責任のある立場って?
給食当番とか保健委員とか学級委員とかを任せてみるという選択もあるんです。
先生がその子のやる気を引き出してあげるんですよ。
「あなたが頑張ってくれたから、本当に助かったわ!」…と、
さりげなくね!
立場や地位は「権力」じゃ無いことを教えて上げなければいけませんね。
先生という立場に権力があるんじゃ無いと自分でわかることも勿論大事です。
小さなお子さんが反抗するときの、親の立場にも権力は無いということを子供がわかればいいんです。
立場上あるのは「責任」ですよね。
子供が大きくなって働くようになったときに、こういうことを知っておかなければいけないんです。
「役割性格」と言って、役割が性格を変えてしまうことがあるんです。
あなたの職場の周りの人の中にはいませんでしたぁ?
少し昇進したからといって急に偉くなったみたいに勘違いしちゃう人。
こんな人は、この役職ではこうなければいけないと思い込んじゃってる場合もあります。
本当に「権力」というチカラをもったんだぁと勘違いしちゃってる人もいます。
(口のききかたに気をつけてねぇ!…と、言いたくなる人…)
こういうバカな大人にならないように子供に教えることはただ一つ「責任」です。
優しい思いやりと「責任」なんですよ。
「責任感」をわかる人は役職の責任をわかって、大きな視点でものごとを見れる人になることもあるんです。
自分の「役割」にある日突然気づいて、能力を思う存分伸ばす人もいるでしょう。
「責任」をわかる人は自分の立場と「役割」をよくわかっていて、「ソコ」に存在価値を見つけ、満たされていくんじゃないですかね。
子供は思いやりのある「責任」をわかる大人に「成長」して欲しいと思います。
日本中の子供が「責任」に押しつぶされることの無い、「勇気」のある大人に「成長」して欲しいと願っています。
>>僕にだってチカラはあるんだ
2012年、日本中が活力を取り戻してみんなが笑顔で暮らせますように☆彡
\(*⌒0⌒)♪/
おめでとうございます^^
いつも本当に感謝をしています。
今年もよろしくお願いいたします!
良い、お正月を過ごされたでしょうか。
さて、やたらと「権力」を誇示したがる人がいます。
子供にも大人の中にも「権力」を誇示したがる人はいます。
「権力」を誇示したい人の目的は自分のいる居場所を居心地のいいようにしたいだけなんですよ。
「権力」があれば人は自分に従うと思っているんですね。
小さな子供は大きな「権力」を持てば周りの人が自分の思い通りになることを、親や周りの大人を見ていて感じるんですよ。
勿論、権力なんて言葉は知らないでしょうけど、人を自分の思い通りにしたければ大声を出して命令すればいいんだって感じるんです。
何故かっていうとね、自分がいつも言われてるからなんです。
「早く寝なさい!」とか「何でおとなしくできないのっ!」って、いつも自分が怒られて大人のいうことを聞かされてると、あるとき自分も怒ってみようって思っちゃうんです。
自分も、親や周りの人に対して怒ったら何でも自分の思い通りになると感じてしまうんです。
だからお母さんが「早く寝なさい!」と怒ったときに反抗するのは「僕に怒るのやめなさぁい!」って、お母さんに命令してるのと一緒なんです。
お母さんがもっと怒ってお尻をぶったりしていうことを聞かせようとすると、子供は自分より弱い子を暴力でいうことを聞かせることを覚えてしまうんですよ。
学校へいくようになっても同じなんです。
先生が生徒に強制的にいうことを聞かせようとすれば、子供も他人を強制的にいうことを聞かせることを覚えてしまうんです。
一回でも強制的に誰かを自分の思い通りにできた子供はチカラをもつことが、この場所では居心地がいいんだぁと思ってしまいます。
そしたら先生と子供のチカラ比べが始まっちゃいます。
子供は学校という集団の中でよその子供とも力比べを始めるかもしれません。
この子は「権力」というチカラをもつことを行動目標にしちゃうかも知れません。
チカラをもつことが目標になった子供は、自分の存在を認めないようなことをいう大人に対して反抗します。
きゃっ!反抗期ですねぇ。
こんな大変なことにならないようにしなければいけませんね。
どうすれば良いのかというと、そんなにチカラを振り回さなくてもこの中(社会、集団の中)では、みんなあなたのことを大切に思ってるんだよって教えてあげるんです。
教え方の一つには、少し責任のある立場を与えてみるということもあります。
責任のある立場って?
給食当番とか保健委員とか学級委員とかを任せてみるという選択もあるんです。
先生がその子のやる気を引き出してあげるんですよ。
「あなたが頑張ってくれたから、本当に助かったわ!」…と、
さりげなくね!
立場や地位は「権力」じゃ無いことを教えて上げなければいけませんね。
先生という立場に権力があるんじゃ無いと自分でわかることも勿論大事です。
小さなお子さんが反抗するときの、親の立場にも権力は無いということを子供がわかればいいんです。
立場上あるのは「責任」ですよね。
子供が大きくなって働くようになったときに、こういうことを知っておかなければいけないんです。
「役割性格」と言って、役割が性格を変えてしまうことがあるんです。
あなたの職場の周りの人の中にはいませんでしたぁ?
少し昇進したからといって急に偉くなったみたいに勘違いしちゃう人。
こんな人は、この役職ではこうなければいけないと思い込んじゃってる場合もあります。
本当に「権力」というチカラをもったんだぁと勘違いしちゃってる人もいます。
(口のききかたに気をつけてねぇ!…と、言いたくなる人…)
こういうバカな大人にならないように子供に教えることはただ一つ「責任」です。
優しい思いやりと「責任」なんですよ。
「責任感」をわかる人は役職の責任をわかって、大きな視点でものごとを見れる人になることもあるんです。
自分の「役割」にある日突然気づいて、能力を思う存分伸ばす人もいるでしょう。
「責任」をわかる人は自分の立場と「役割」をよくわかっていて、「ソコ」に存在価値を見つけ、満たされていくんじゃないですかね。
子供は思いやりのある「責任」をわかる大人に「成長」して欲しいと思います。
日本中の子供が「責任」に押しつぶされることの無い、「勇気」のある大人に「成長」して欲しいと願っています。
>>僕にだってチカラはあるんだ
2012年、日本中が活力を取り戻してみんなが笑顔で暮らせますように☆彡
\(*⌒0⌒)♪/
ねぇ、見ててよーの行動は?
はぁ~い!注目~!
こんにちわ^^
いつもお越しくださって感謝しています!
「注目されたぁいは間違った目標行動!」
自分が周りの人から「注目」されていることを、つねに求める子供がいます。
何故かというと、そういう子供の世界観は、周りから「注目」を集めることで自分の安心していられる場所があることを確認するんですね。
「注目」されていることを確認できることによって、自分の「自己重要感」を満たそうとするんです。
だから、何かに付けて「注目」されていることを確認しようとします。
お母さんがチョッと目を離すと、「おあかぁさ~ん」と呼びつけてみたりします。
又、子供の、「どうしてぇ~?」攻撃も「注目」を集めたい一心の場合があります。
あるいは、お母さんがチョッと家事をしているときに何かと邪魔をしたがる子供もいます。
小学校へ上がってもこのような癖が抜けずに教室内で悪ふざけの度が過ぎたり、人に迷惑をかけたり、いたづらをしたりして「注目」されようとする子どももいます。
大人はこういう子供たちの行動にどうやって対処したら良いんでしょ。
状況をよく観察して、只、親や周りの気を引きたいだけだと判断できれば、無視をすればいいのですね。
「おかあぁさ~ん」と、子供が何かに付けてお母さんを呼びつけても、一人で問題を片付けられるようなら「一人でできるでしょ!」と、言って知らん顔してれば良いだけの事です。
「どうしてぇ?」の、質問攻めには「どうしてだと思う?」とか自分で考えさせる質問をしてやればいいんですね。
教室で悪ふざけをする子には、みんなと協調性を発揮できたときを見逃さず喜んで上げます。
一人で、問題を解決できた子供を認めてあげればいいんですよね。
「一人で、できるようになってお母さんも嬉しいわぁ!」という感じで…
勇気づけてあげればいいんだと思います。
注意深く問題の子供を見ていて、何かをできたときに「勇気づけ」てあげればいいんです。
「そんなことできるようになって凄いね!」
イタズラをして「注目」を集めたいだけの子供には…
「君のことは、大好き!でもね、やっていることは好きじゃ無い」
私たち、大人は子供がイタズラをしたときなど、つい叱ってしまうときがあります。
子供を眺めていて気づきました。
やっていることと、この子の中身は別なんだということなんです。
例えばよその子供に怪我をさせるような危ないことをしたのなら、その「行為」だけを叱ってやることなんだと気づきました。
子供が悪いわけじゃ無く、「行為」が問題なんだって…
「善悪では判断できません」
私たち、大人の問題でもしっかりと意識していないと間違ってしまうときがあります。
物事や人を自分の中の「思い込み」だけの「善悪」で判断してはいけませんよね。
「体験」で判断するんですよね。
「体験」はこれまでの経験や積み上げてきた知識によって変わっていきます。
「体験」が変わっていけばものの「見方」や「判断」も変わっていきます。
大人が「体験」でものの見方が変わることを知っているなら、子供にもそれを伝えれば良いんですよね。
「注目」を集めることで自分の安心していられる「居場所」を確認したい子供には、そんなことをしなくてもいつだって「お前は、大事なんだょ、いつも見てるんだょ」って伝えればいいんですね。
言葉で言っても中々伝えにくいので、何か一人で達成できたときに「一人でできるようになって嬉しい!」とか「こんなに成長したんだねぇ!」とか言って成長を一緒になって喜んであげるようにすれば子供は勇気づきますよね。
大人だって自分の「成長」を確認できたときは嬉しいんですから!
いつも、本当にありがとうございます。
心より感謝を申し上げます!
「素敵」な初春をお迎えくださいますようお祈り申し上げます!
\(*⌒0⌒)♪kazu
こんにちわ^^
いつもお越しくださって感謝しています!
「注目されたぁいは間違った目標行動!」
自分が周りの人から「注目」されていることを、つねに求める子供がいます。
何故かというと、そういう子供の世界観は、周りから「注目」を集めることで自分の安心していられる場所があることを確認するんですね。
「注目」されていることを確認できることによって、自分の「自己重要感」を満たそうとするんです。
だから、何かに付けて「注目」されていることを確認しようとします。
お母さんがチョッと目を離すと、「おあかぁさ~ん」と呼びつけてみたりします。
又、子供の、「どうしてぇ~?」攻撃も「注目」を集めたい一心の場合があります。
あるいは、お母さんがチョッと家事をしているときに何かと邪魔をしたがる子供もいます。
小学校へ上がってもこのような癖が抜けずに教室内で悪ふざけの度が過ぎたり、人に迷惑をかけたり、いたづらをしたりして「注目」されようとする子どももいます。
大人はこういう子供たちの行動にどうやって対処したら良いんでしょ。
状況をよく観察して、只、親や周りの気を引きたいだけだと判断できれば、無視をすればいいのですね。
「おかあぁさ~ん」と、子供が何かに付けてお母さんを呼びつけても、一人で問題を片付けられるようなら「一人でできるでしょ!」と、言って知らん顔してれば良いだけの事です。
「どうしてぇ?」の、質問攻めには「どうしてだと思う?」とか自分で考えさせる質問をしてやればいいんですね。
教室で悪ふざけをする子には、みんなと協調性を発揮できたときを見逃さず喜んで上げます。
一人で、問題を解決できた子供を認めてあげればいいんですよね。
「一人で、できるようになってお母さんも嬉しいわぁ!」という感じで…
勇気づけてあげればいいんだと思います。
注意深く問題の子供を見ていて、何かをできたときに「勇気づけ」てあげればいいんです。
「そんなことできるようになって凄いね!」
イタズラをして「注目」を集めたいだけの子供には…
「君のことは、大好き!でもね、やっていることは好きじゃ無い」
私たち、大人は子供がイタズラをしたときなど、つい叱ってしまうときがあります。
子供を眺めていて気づきました。
やっていることと、この子の中身は別なんだということなんです。
例えばよその子供に怪我をさせるような危ないことをしたのなら、その「行為」だけを叱ってやることなんだと気づきました。
子供が悪いわけじゃ無く、「行為」が問題なんだって…
「善悪では判断できません」
私たち、大人の問題でもしっかりと意識していないと間違ってしまうときがあります。
物事や人を自分の中の「思い込み」だけの「善悪」で判断してはいけませんよね。
「体験」で判断するんですよね。
「体験」はこれまでの経験や積み上げてきた知識によって変わっていきます。
「体験」が変わっていけばものの「見方」や「判断」も変わっていきます。
大人が「体験」でものの見方が変わることを知っているなら、子供にもそれを伝えれば良いんですよね。
「注目」を集めることで自分の安心していられる「居場所」を確認したい子供には、そんなことをしなくてもいつだって「お前は、大事なんだょ、いつも見てるんだょ」って伝えればいいんですね。
言葉で言っても中々伝えにくいので、何か一人で達成できたときに「一人でできるようになって嬉しい!」とか「こんなに成長したんだねぇ!」とか言って成長を一緒になって喜んであげるようにすれば子供は勇気づきますよね。
大人だって自分の「成長」を確認できたときは嬉しいんですから!
いつも、本当にありがとうございます。
心より感謝を申し上げます!
「素敵」な初春をお迎えくださいますようお祈り申し上げます!
\(*⌒0⌒)♪kazu
やりたいようにやればいいんです…けど?
本当にやりたいことには責任を持つ!
こんにちわ^^
いつもお越し頂いて本当に感謝しています!
親は子供のためにと思って「〇〇をやりなさいょ!」と言っても、子供は一生懸命にやろうとしないことがりますよね。
何故なら、人は「命令」されたことには「抵抗」する心を持っているからです。
誰かに何かを押し付けられることは大人だって「抵抗感」を持ちます。
例えば、会社の上司が禁煙したからって、「タバコは体に悪いよ、君もやめなさいょ!」って言われても簡単には止められませんよね。
普通、人に言われて「やらなきゃいけない」と思わされたことは、無意識のうちに自分の心の中に「やらなくていい理由」を探しちゃうんです。
(冗談じゃ無いょ!課長の禁煙と俺がタバコ吸うことと何の関係があるのょ!)
(ストレス発散になるんだもん、タバコ一服するだけでも…)
(医者には禁煙するよう言われてるけど…今は、体は楽になってるしぃ、ちょっとだけなら!)
子供だってうまく口に出して言えなくても、押し付けられたことには「抵抗感」を持ちます。
「〇〇君は、塾に行って成績上がったんでしょ!あんたも塾に行きなさいょ!」
(又、比べられてる?〇〇君が塾に入ったおかげで、比べられなくて済むと思ってたのにぃ…)
(僕も塾に行ったら又、比べられて劣等感を感じるよ-!)
(〇〇君は勉強できるけど僕は運動が好きなんだもん!)
(運動だったら〇〇君に負けないんだけどなぁ…!)
ほかには、小さいチビちゃんが玩具を散らかしたまま、テレビに夢中になっているとき…
「おもちゃ、遊ばないんだったら片付けなさいょ!」
(だぁってぇ!…テレビ終わったら、又、遊ぶんだもーん)
まぁ、子供でも大人でも押し付けられることは嫌です…普通!
ところが、本当に自分で「やりたい」と、思うことには高いモチベーションを持ちます。
「サッカーをやりたい」
「おもちゃで遊びたい」
大人であれば…「タバコをすいたい…」
自分で本当に心の底からそう、思うのであれば「やりたいこと」をやればいいだけです。
しかし、忘れていけないことがあります。
「責任」です。
「やりたいことをする」という「権利」があるのでは無いですね。
「やりたいこと」をやるには「責任」が伴うということが大事ですよね。
子供にはそれを教えてあげるといいと思います。
大人は「責任」を自覚しなければいけないと思います。
「やりたいこと」は「動機」づけと「モチベーション」を持って「行動」します。
自分で決めて「やりたいこと」をやるには「責任」がいつでも伴うことを忘れてはいけないんです。
サッカーをやりたいと、本気で望むお子さんにはやりたいことをやらせれば良いのです。
同時に、「勉強が遅れることをサッカーのせいにしない」ということもわかってもらわなければいけませんね。
練習が辛いので朝起きられないとかは、理由にはならないと教えてあげなければいけないですね。
玩具で遊びたいチビちゃんはおもちゃで遊べば良いのです。
自分でばらまいた玩具は自分で片付けるように「責任」を教えておけば良いですね。
片付け方がわからなくて散らかし放題の子供もいます。
この場合は「片付け方」「整理の仕方」を自分でできるように教えて上げます。
(子供に言って聞かせるときは何について言っているかをハッキリした方がいいですよね)
タバコをやめられない大人は、勿論タバコを吸うことに対して「責任」を持たなければいけないはずです。
自分に対しても、周りの人や社会や環境に対してもです…えぇ
「責任」さえ自覚出来るなら「本当にやりたいこと」を「目標」にすれば良いですよね。
例えば…
何かの理由をつけて仕事に行きたく無いと、思うのなら「家族」「社会」「職場」「自分」などへの「責任」を明確にできるのなら止めればいいだけです。
(目標!会社を止める?…でも、責任とれない…止めれない!)
会社を止めて起業したいと思うときも同じですよね。
うまくいかないことがあっても自分で決めて「行動」したことは自分が「責任」を負うでしょ。
「目標」を決めてもうまくいかないことなんてたくさんあります。
(うまく、いかなくても誰のせいにもできません)
うまくいかなければ「目標」をたて直せば良いだけのことだと思います。
「本当にやりたいこと」は自分が決めるんでしょ。
自分はこれが「本当にやりたいこと」かどうか、「責任」を持てるかどうかを考えます。
「人のやりたいことを自分のやらなきゃいけないこと」と、思わされていないかどうかも考えた方が良いです。
(人の目的を自分の目的だと勘違いしないように!)
これだと「モチベーション」続きませんから…えぇ
自分の目的、他人の目的…
(ちょっと例え話、冷蔵庫を買うと幸せになる…いいぇ!冷蔵庫を買っても幸せになりません!幸せなのは電気屋さん!私が幸せなのは冷蔵庫の中の食品を食べるとき!)
(もう一つ、これに投資をして勉強すればあなたはお金が儲かるから幸せになれる…いいぇ!これを買えば儲かるのはあなたで、幸せになるのはあなた!もしも、私がお金がもうかっても、それ自体は幸せでは無い!私が考える幸せはお金を使って得られるものによる!…何?)
又、子供に話を戻しますけど…
子供に「片付けなさいっ!」って、言うのですけど、本当は片付けたいのは親の方だったりします。
(子供は片付けたいと、思っていない場合が多いと思います)
(叱られるから、片付けなきゃって思うことはあります)
(〇〇しなきゃ〇〇なことが起きる…)
〇〇しなくててはいけないと、思うとプレッシャーがかかってしまうんですね。
だから、子供は片付けなくてもいい理由を探しちゃうんです。
「今すぐ、やりなさい!」って、言うと、今すぐは「嫌っ!」と言う理由を見つけちゃうんです。
だから、子供はよく…「だぁってぇっ!」…と、いう理由を探してしまうんですよ。
「やりたいこと」をやればいいのだと思います。
ただし、「責任」はいつもついてくるんですね。
大人はこれを教えてあげるんですね!
(チビちゃんでも「責任」をわかって、片付け方がわかれば片付けますょ…)
(それ以外で「行動」しない理由の一つには、「怠惰」の心があります、大人でも持っています)
誤解の無いようにもう少し付け加えます。
多くは子供の「行動目標」の中に隠れている心として…「間違った行動目標」を持つこともあります!
子供でも大人でもこれらの「動機」が「行動目標」の中に含まれていれば「動機」を見直さなければいけないですよね。
何故なら、このような「動機」で「行動」しても誰も、幸せにならないですし「成長」もできないからです。
この4っつのことは次回にしようと思います。
>>続き「間違った目標」(予定)
こんにちわ^^
いつもお越し頂いて本当に感謝しています!
親は子供のためにと思って「〇〇をやりなさいょ!」と言っても、子供は一生懸命にやろうとしないことがりますよね。
何故なら、人は「命令」されたことには「抵抗」する心を持っているからです。
誰かに何かを押し付けられることは大人だって「抵抗感」を持ちます。
例えば、会社の上司が禁煙したからって、「タバコは体に悪いよ、君もやめなさいょ!」って言われても簡単には止められませんよね。
普通、人に言われて「やらなきゃいけない」と思わされたことは、無意識のうちに自分の心の中に「やらなくていい理由」を探しちゃうんです。
(冗談じゃ無いょ!課長の禁煙と俺がタバコ吸うことと何の関係があるのょ!)
(ストレス発散になるんだもん、タバコ一服するだけでも…)
(医者には禁煙するよう言われてるけど…今は、体は楽になってるしぃ、ちょっとだけなら!)
子供だってうまく口に出して言えなくても、押し付けられたことには「抵抗感」を持ちます。
「〇〇君は、塾に行って成績上がったんでしょ!あんたも塾に行きなさいょ!」
(又、比べられてる?〇〇君が塾に入ったおかげで、比べられなくて済むと思ってたのにぃ…)
(僕も塾に行ったら又、比べられて劣等感を感じるよ-!)
(〇〇君は勉強できるけど僕は運動が好きなんだもん!)
(運動だったら〇〇君に負けないんだけどなぁ…!)
ほかには、小さいチビちゃんが玩具を散らかしたまま、テレビに夢中になっているとき…
「おもちゃ、遊ばないんだったら片付けなさいょ!」
(だぁってぇ!…テレビ終わったら、又、遊ぶんだもーん)
まぁ、子供でも大人でも押し付けられることは嫌です…普通!
ところが、本当に自分で「やりたい」と、思うことには高いモチベーションを持ちます。
「サッカーをやりたい」
「おもちゃで遊びたい」
大人であれば…「タバコをすいたい…」
自分で本当に心の底からそう、思うのであれば「やりたいこと」をやればいいだけです。
しかし、忘れていけないことがあります。
「責任」です。
「やりたいことをする」という「権利」があるのでは無いですね。
「やりたいこと」をやるには「責任」が伴うということが大事ですよね。
子供にはそれを教えてあげるといいと思います。
大人は「責任」を自覚しなければいけないと思います。
「やりたいこと」は「動機」づけと「モチベーション」を持って「行動」します。
自分で決めて「やりたいこと」をやるには「責任」がいつでも伴うことを忘れてはいけないんです。
サッカーをやりたいと、本気で望むお子さんにはやりたいことをやらせれば良いのです。
同時に、「勉強が遅れることをサッカーのせいにしない」ということもわかってもらわなければいけませんね。
練習が辛いので朝起きられないとかは、理由にはならないと教えてあげなければいけないですね。
玩具で遊びたいチビちゃんはおもちゃで遊べば良いのです。
自分でばらまいた玩具は自分で片付けるように「責任」を教えておけば良いですね。
片付け方がわからなくて散らかし放題の子供もいます。
この場合は「片付け方」「整理の仕方」を自分でできるように教えて上げます。
(子供に言って聞かせるときは何について言っているかをハッキリした方がいいですよね)
タバコをやめられない大人は、勿論タバコを吸うことに対して「責任」を持たなければいけないはずです。
自分に対しても、周りの人や社会や環境に対してもです…えぇ
「責任」さえ自覚出来るなら「本当にやりたいこと」を「目標」にすれば良いですよね。
例えば…
何かの理由をつけて仕事に行きたく無いと、思うのなら「家族」「社会」「職場」「自分」などへの「責任」を明確にできるのなら止めればいいだけです。
(目標!会社を止める?…でも、責任とれない…止めれない!)
会社を止めて起業したいと思うときも同じですよね。
うまくいかないことがあっても自分で決めて「行動」したことは自分が「責任」を負うでしょ。
「目標」を決めてもうまくいかないことなんてたくさんあります。
(うまく、いかなくても誰のせいにもできません)
うまくいかなければ「目標」をたて直せば良いだけのことだと思います。
「本当にやりたいこと」は自分が決めるんでしょ。
自分はこれが「本当にやりたいこと」かどうか、「責任」を持てるかどうかを考えます。
「人のやりたいことを自分のやらなきゃいけないこと」と、思わされていないかどうかも考えた方が良いです。
(人の目的を自分の目的だと勘違いしないように!)
これだと「モチベーション」続きませんから…えぇ
自分の目的、他人の目的…
(ちょっと例え話、冷蔵庫を買うと幸せになる…いいぇ!冷蔵庫を買っても幸せになりません!幸せなのは電気屋さん!私が幸せなのは冷蔵庫の中の食品を食べるとき!)
(もう一つ、これに投資をして勉強すればあなたはお金が儲かるから幸せになれる…いいぇ!これを買えば儲かるのはあなたで、幸せになるのはあなた!もしも、私がお金がもうかっても、それ自体は幸せでは無い!私が考える幸せはお金を使って得られるものによる!…何?)
又、子供に話を戻しますけど…
子供に「片付けなさいっ!」って、言うのですけど、本当は片付けたいのは親の方だったりします。
(子供は片付けたいと、思っていない場合が多いと思います)
(叱られるから、片付けなきゃって思うことはあります)
(〇〇しなきゃ〇〇なことが起きる…)
〇〇しなくててはいけないと、思うとプレッシャーがかかってしまうんですね。
だから、子供は片付けなくてもいい理由を探しちゃうんです。
「今すぐ、やりなさい!」って、言うと、今すぐは「嫌っ!」と言う理由を見つけちゃうんです。
だから、子供はよく…「だぁってぇっ!」…と、いう理由を探してしまうんですよ。
「やりたいこと」をやればいいのだと思います。
ただし、「責任」はいつもついてくるんですね。
大人はこれを教えてあげるんですね!
(チビちゃんでも「責任」をわかって、片付け方がわかれば片付けますょ…)
(それ以外で「行動」しない理由の一つには、「怠惰」の心があります、大人でも持っています)
誤解の無いようにもう少し付け加えます。
多くは子供の「行動目標」の中に隠れている心として…「間違った行動目標」を持つこともあります!
子供でも大人でもこれらの「動機」が「行動目標」の中に含まれていれば「動機」を見直さなければいけないですよね。
何故なら、このような「動機」で「行動」しても誰も、幸せにならないですし「成長」もできないからです。
この4っつのことは次回にしようと思います。
>>続き「間違った目標」(予定)
ポチ☆^^
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大人だって最初の一歩を踏み出すときがあるんですぅ!
子供だって、えぃ!やぁっ!って、踏み出すんですょ!大人だって…
こんにちわ^^
いつもお越しいただいて本当に感謝しています!
人って、何か目標が決まると何だか「やる気」が出てくると思うのですが如何ですか?
これは、大人でも子供でも同じだと思うんですよね…えぇ
そうは言っても到底達成できないような目標を立てても「やる気」出ないですけど…
例えば、世界中の戦争を明日から無くしよう…と、思いたっても、今すぐにはどうしようも無いですよね!
少しだけ、話しがそれますけど「目標」と「計画」の考え方なんですけどね…
「目標」というのは、今すぐには達成できなくても良いんですよね。
例えば「今月の売上!目標100万円達成!」というような目安ですね。
「計画」になってくると、「設計図」のようにこれをやって、次はあれをやってという「行動基準」がはっきりと示されていなければいけませんよね。
これらは、「目的」を達成する為の「手段」です。
(手段と目的の記事を削除してしまったので、いつか又書こうと思います)
子供には、こんな理屈は要りません。
目標をもってくれるだけで嬉しいですね。
誰だって何かをやり始めると上手になりたい、上達したいという「欲求」は持っているんですよ。
要は、子供が自分の持っている能力を発揮しようと思って、色々考えているときにどうやったら「勇気」を出して「最初の一歩」を踏み出せるかなんですよね…はぃ
勿論、子供が本気で何かをしたいと考えていることが大事なのはいうまでもありません。
例えば、子供が「僕は野球選手になるんだ!」と、言えば親はどう言います?
「でもっ!無理やって、うちの家系は体が小さいから無理に決まってるょ!」
…なんて、言われたら子供はいっぺんに「やる気」無くしちゃいますよね。
「お前なら、できる!最初は辛いかもしれないけど、勇気を出してっ!」
…って、「限界を超える」ような「言葉」をかけてあげた方が「やる気」出ますよ。
子供の「努力目標」は成長に合わせてどんどん変わってきますから「目標」は何だっていいんです。
大人だって何かをやり遂げようとすれば「目標」や「目的」、その「手段」は常に変わりますよね。
大事なのは、「目標」を持ってそれに向かって進むことなんです。
子供が「勇気」を出して最初の一歩を踏み出せるように、いくつか「言葉」を出してみます。
大人でも子供でも人間は新しいものを発見したり、できるようになるとワクワクした気持ちになります。
だから、大人もいつだって自分には「無理」「できない」なんて考えないのです。
いつだって自分には「できる」と思うんですよね。
そうやって思えるようになるために、自分の頭のなかにある「限界」という「枠」を取り外してしまうんです。
子供だって野球選手になりたいとか絵描きになりたいなんて夢をもつんですから、大人だって夢を持っていいんですよね。
これまで、「できない」「無理」と思い込んでいた脳みその中を今すぐに「できる」脳みそに入れ替えするんです。
ちょっと、乱暴な言い方をしましたが、もしも、今までこんな風に思い込んでいたのなら、考え方の「制限」を外して可能性を広く考えてみるんですね。
☆もしも、あなたが何かに行き詰っているのなら、今までの思い込みを取り外して新しい考え方を取り入れてみると「勇気」が湧いてくることがあります。
「私に今できることはなんだろう?」「何をすれば問題は解決するだろう?」…などの、質問を自分に対してどんどんしてみるんですね。
「私がやりたいことは?」「こんな自分になろう!」…って、「ゴール」が決まれば「目標」を定めて「最初の一歩」を「えいっ!やっ!」って踏み出すんです。
子供だって何度も、何度も最初の一歩を踏み出しているんです。
大人ができないわけが無いです!…はぃ
ワクワクしちゃってください!
今日から「パラダイムシフト」ですよー!(既成概念に囚われない!)
「できない」「無理!」を今すぐに「できるっ!」に言いかえるんです☆…勇気出ますょ!
>>どうやって乗り越えるぅ
いつも本当にありがとうございます!
こんにちわ^^
いつもお越しいただいて本当に感謝しています!
人って、何か目標が決まると何だか「やる気」が出てくると思うのですが如何ですか?
これは、大人でも子供でも同じだと思うんですよね…えぇ
そうは言っても到底達成できないような目標を立てても「やる気」出ないですけど…
例えば、世界中の戦争を明日から無くしよう…と、思いたっても、今すぐにはどうしようも無いですよね!
少しだけ、話しがそれますけど「目標」と「計画」の考え方なんですけどね…
「目標」というのは、今すぐには達成できなくても良いんですよね。
例えば「今月の売上!目標100万円達成!」というような目安ですね。
「計画」になってくると、「設計図」のようにこれをやって、次はあれをやってという「行動基準」がはっきりと示されていなければいけませんよね。
これらは、「目的」を達成する為の「手段」です。
(手段と目的の記事を削除してしまったので、いつか又書こうと思います)
子供には、こんな理屈は要りません。
目標をもってくれるだけで嬉しいですね。
誰だって何かをやり始めると上手になりたい、上達したいという「欲求」は持っているんですよ。
要は、子供が自分の持っている能力を発揮しようと思って、色々考えているときにどうやったら「勇気」を出して「最初の一歩」を踏み出せるかなんですよね…はぃ
勿論、子供が本気で何かをしたいと考えていることが大事なのはいうまでもありません。
例えば、子供が「僕は野球選手になるんだ!」と、言えば親はどう言います?
「でもっ!無理やって、うちの家系は体が小さいから無理に決まってるょ!」
…なんて、言われたら子供はいっぺんに「やる気」無くしちゃいますよね。
「お前なら、できる!最初は辛いかもしれないけど、勇気を出してっ!」
…って、「限界を超える」ような「言葉」をかけてあげた方が「やる気」出ますよ。
子供の「努力目標」は成長に合わせてどんどん変わってきますから「目標」は何だっていいんです。
大人だって何かをやり遂げようとすれば「目標」や「目的」、その「手段」は常に変わりますよね。
大事なのは、「目標」を持ってそれに向かって進むことなんです。
子供が「勇気」を出して最初の一歩を踏み出せるように、いくつか「言葉」を出してみます。
大人でも子供でも人間は新しいものを発見したり、できるようになるとワクワクした気持ちになります。
だから、大人もいつだって自分には「無理」「できない」なんて考えないのです。
いつだって自分には「できる」と思うんですよね。
そうやって思えるようになるために、自分の頭のなかにある「限界」という「枠」を取り外してしまうんです。
子供だって野球選手になりたいとか絵描きになりたいなんて夢をもつんですから、大人だって夢を持っていいんですよね。
これまで、「できない」「無理」と思い込んでいた脳みその中を今すぐに「できる」脳みそに入れ替えするんです。
ちょっと、乱暴な言い方をしましたが、もしも、今までこんな風に思い込んでいたのなら、考え方の「制限」を外して可能性を広く考えてみるんですね。
☆もしも、あなたが何かに行き詰っているのなら、今までの思い込みを取り外して新しい考え方を取り入れてみると「勇気」が湧いてくることがあります。
「私に今できることはなんだろう?」「何をすれば問題は解決するだろう?」…などの、質問を自分に対してどんどんしてみるんですね。
「私がやりたいことは?」「こんな自分になろう!」…って、「ゴール」が決まれば「目標」を定めて「最初の一歩」を「えいっ!やっ!」って踏み出すんです。
子供だって何度も、何度も最初の一歩を踏み出しているんです。
大人ができないわけが無いです!…はぃ
ワクワクしちゃってください!
今日から「パラダイムシフト」ですよー!(既成概念に囚われない!)
「できない」「無理!」を今すぐに「できるっ!」に言いかえるんです☆…勇気出ますょ!
>>どうやって乗り越えるぅ
いつも本当にありがとうございます!
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