「お待たせ致しました。」

「ありがとうございまぁす!」

斎藤がテーブルの上にオレンジジュースを置くと早速麻琴はベットから降りて手を伸ばした。

「それと坊っちゃん…奥様からお手紙がきています。」

斎藤が言いずらそうにしているのを訝かしげに見ていた誠人は斎藤からそれを告げられると顔色が一変した。

「なんだと…?ちょっと失礼する。」

斎藤から手紙を受け取ると誠人は足早に部屋を出ていった。

「…どうかしたんですか?」

部屋に残された麻琴は見たこともない誠人の姿に驚いて心配そうな斎藤に声をかけた。

「坊っちゃんは…アメリカに行かれてからお変りになりました。成長されたのだと思っておりましたがどこか違って見えるのです。坊っちゃんのお祖父様が亡くなられて何年も経ったこの家にお1人でお戻りになってからアメリカで何かあったのではないかと思っておりますが…坊っちゃんは何もおっしゃらないのです。」

斎藤は心の内を吐き出した。

「全然気付かなかった…。」

「川本様といらっしゃる時の坊っちゃんはとても穏やかな表情をされていらっしゃいましたから。」

呆然とする麻琴に斎藤は優しく言い聞かせるように言った。
「おっ邪魔しま~す!!」

初めはその豪華さに戸惑っていたが通い続けるうちに慣れた麻琴は元気よく言ってドアを開けた。

「お帰りなさいませ。」

すぐさま斎藤が出迎えて頭を下げる。

「斎藤さん、こんにちは!」

まるで園児のお手本のように麻琴はあいさつをした。

「いらっしゃいませ。今日も川本様はお元気ですね。お飲み物はオレンジジュースでよろしいでしょうか?」

「あ、はい!いつもすいません。」

頭に手を当てて麻琴は言った。

「恐れ入ります。坊っちゃんは紅茶でよろしいですか?」

「あぁ、頼む。」

「あとでお持ち致します。」

柔らかな物腰で言うと斎藤は奥へと下がった。


誠人の部屋は全体を薄いブルーで統一されていて必要な物以外はないシンプルでしかしそれが逆に部屋の広さを際立たせていた。

誠人の部屋に入ると麻琴は恒例となってしまった誠人のベットへとさっそくダイブした。

「気持ちいい~っ!このベットのふかふかとシーツのパリッとした具合がたまらないね。」

そう言いながら麻琴はベットの上で伸びをした。

「俺は布団で寝てみたいけどな。」

誠人は幼い頃からの2人の習慣の違いを表すように言った。
「寒っ!」

麻琴は木枯らしが時折混ざり始めた秋空を見上げた。

「川本~!」

数歩先を歩く誠人が気付いて麻琴の名前を呼ぶ。

麻琴は小走りで誠人に追いついて並んで歩き始めた。


2人の下校は3ヶ月を越えた。

下校している2人の影は段々と長くなってきた。

その2人の影が長くなった分だけ2人の距離は短くなったように麻琴は感じていた。

「今日速川ん家行ってもいい?」

「今日もだろ?」

「もぉ、意地悪っ!」

そう言って2人は今日も影の長さ以上にじゃれ合う。

2人で夏休みには半分以上一緒に過ごした。

夏祭りや花火大会、プールにも一緒に行った。

夜店は初めてだという少しはしゃいだ誠人。
花火に彩られる誠人の横顔。
水の中でよりはっきりとわかった誠人の体格。

誠人の隣でいつもドキドキしていた。

それは麻琴の中で楽しさとして存在し他の感情に置き換えられることはなかった。

それでも麻琴は誠人との夏の思い出に満たされて今日も誠人と歩いていた。

ずっとこうしていたい―。

しかし少しずつ羽毛のように麻琴の心を軽く埋めつくしていった願いはある出来事によってふわふわと飛ばされてしまった。