「速川くん?…大丈夫?」

ボーッと想いにふける誠人を見て美佐子は問いかけた。

「え?…あ、はい。そういえば何を持ってこられたんですか?」

誠人は自分の気持ちを隠すように美佐子が持ってきた見知らぬ紙袋に話をそらした。

「あ、そうなのよ!うちの子も早く言えばいいのにずっと黙ってるんだもの。はい、これうちの麻琴から。」

そういって美佐子はドサッと台に紙袋を置いた。

誠人ははっとして美佐子の顔を見た。

麻琴の母親が看護師をしているのは知っていたがまさか自分の担当が麻琴の母親だとは思ってもいなかった。

「びっくりしたでしょ?速川くんが学校お休みしてる間麻琴が授業ノートをつけてたのよ。いきなり部屋にこもって勉強し始めたから熱でもあるのかと思ってたけどね。」

にっこりと微笑んだ顔に麻琴の面影を探すように誠人は美佐子を見つめた。

「そ、それで川本は…」


―会いたい―


―ダメだ―


―傍にいて欲しい―


―また泣かせてしまう―


―好きだ―


―また傷付ける―


―抱きしめたい―


―汚れた手で触れてはいけない―


愚かな行為だとわかっていながらも誠人は問いかけずにはいられなかった。
「失礼しま~す!ごめんね、遅くなって!今日朝から急患で忙しくって!」

バタバタと慌ただしく部屋に入って来たかと思うと美佐子は早口でまくしたてた。

「今日も具合は変わりないかな?ま、明日退院なのに何かあった方が大変だよね!じゃ体温と血圧を計るわね。」

美佐子は誠人そっちのけで一人で話を進めるとテキパキと測定の準備を始めた。

「アメリカの学校はもう決まったの?速川くんはアメリカ育ちだから言葉には困らないだろうけど年末に大変ね。日本は楽しかった?」

美佐子は血圧計のシュコシュコと音を立てながら誠人に尋ねた。

「……はい。」

誠人は1つ1つの思い出を噛み締めるかのように答えた。

麻琴と出会ったこと。
麻琴と過ごしたこと。
麻琴を好きになったこと。

初めて訪れた平穏な日々。



いつも傍に麻琴がいた―



なのに誠人は自分が抱える闇に飲み込まれ麻琴を傷付けて自分から遠ざけようとした。

どんなにもがいてもその闇から抜け出せず結局誠人は病院のベッドの上にいる。

誠人はそれを罰だと思っていた。

こんなに汚れてしまっている自分が純粋で無垢な麻琴を手に入れたいと望んでしまった罰。
「そ、そうなんだ……。」

様々な想いが交錯し麻琴はそれだけ言うのが精一杯だった。

麻琴はまだ話を続けようとする美佐子に一方的に終わりを告げよろよろと自分の部屋へと向かった。

麻琴は部屋に入ると後ろ手にドアを閉めそのままドアに寄りかかり目を閉じた。

混乱した頭を整理しようと試みる。

しかしどんなに冷静になろうとしても動揺は増すばかりで麻琴の胸を締め付けた。

『速川がアメリカに帰る…?学校にもう来ない…?もう…会えない?』

ふと麻琴は顔を机に向けた。

そこには誠人の為に書きためたノートがある。

『こんなの…もういらないんだっ!』

その信じたくないけれどどうすることもできない事実に麻琴はやるせなさを感じて大股で机に近付くとそのノートを勢いよく払い落とした。

バサバサと落ちていくノートを見つめる瞳からは涙が一筋流れ落ちた。

ようやく足元のノートを1つ1つ拾った時にはノートに涙のシミが広がり麻琴はえぐられるような胸の痛みから守るようにそのノートをきつく抱き締めた。

『速川…速川っ…速川っ!!』

消えない胸の痛みを打ち消すように幾度となく麻琴は誠人の名を呼んだ。