「けど残念ね。年明け前にアメリカに帰っちゃうそうよ~。やっぱり親御さんは心配なのよね~。学校に戻る前に帰っちゃうそうだし。学校とかいろいろ慣れてきたでしょうにこうなって気の毒だわ。」

美佐子は顎に軽く手をあててうんうんと頷いたが麻琴は全身の血の気が引くのを感じていた。

『速川がアメリカに帰っちゃう…?』

突然のことに麻琴はキョロキョロと目を泳がせた。

「な…んで…?」

麻琴は声が震えながらも尋ねた。

「なんでってアメリカにいた方が安心でしょ。あんなに綺麗でしっかりしたお母様が取り乱すくらいだもの。とっても心配していらしたのよ。」

そういって美佐子は思い出す素振りをしてみせた。

「あの青い瞳の子にも会えなくなるのも寂しいわね~。毎日お見舞いに来てたのに。2人ともとっても美男子でお母さんあの子が退院した後何を生き甲斐に仕事したらいいのかしら。」

はぁとわざとらしく溜め息をつく美佐子の隣で麻琴はビクッと身体を震わせた。

青い瞳の子は虎太郎に違いなかった。

『やっぱり虎太郎もお見舞いに来てたんだ…。ずっと速川の傍で……。』

麻琴は自分をギュッと抱きしめた。
「母さん、あのさ…こないだ近所で事故があった時に怪我した人どうなったの?」

麻琴は遠慮がちに夕食の後片付けをする美佐子に尋ねた。

「あ~あの麻琴と勘違いした子ね。今は私が担当してるのよ。あの子ほんとに駄目かと思ったわよ。でも一週間前くらいに意識が戻って今は普通に話せるまでに回復してるのよ。やっぱり若いと治るのも早いのかしらね~。すんっごい綺麗な男の子でね、母さん寝顔見ただけでドキドキしちゃったわよ~!!」

美佐子は鼻歌でも歌うように軽やかに答えた。

「ま、足を骨折してるから全治にはまだかかるわね。あ、そうそうあの子麻琴と同い年だけど帰国子女なんですって!なんでも勉強の為にこっちに1人で戻ってきたとか!」

麻琴は誠人の経過が気になっていた。

『速川意識戻ったんだ!!』

麻琴は一番知りたかった情報が耳に入ると一人心の中で喜んだ。

しかしそんな麻琴の気など知る由もない美佐子はすでに麻琴が知っていることばかりを噂好きの主婦のようにペラペラと喋った。

麻琴は密かに微笑み小さくガッツポーズをしたが次に麻琴の耳に入ってきた言葉に握っていた拳は力なく落ちてしまった。
「よっ!…と。」

麻琴は誠人がいる病棟から一番遠い病棟の階段を駆け上がって屋上に辿り着いた。

そこは麻琴の母美佐子が働いている病院でもあり幼い頃父が亡くなって寂しさを紛らわす為に通った麻琴にとって庭のようなものだった。

学校帰りのこの時間、病院では夜にむけて忙しくなり屋上にくる人はほとんどいない。

麻琴は屋上伝いに誠人がいる病棟までやって来ると屋上のフェイスにもたれかかった。

『速川も目を覚ましたらこの景色を眺めるのかな…』

少しでも同じ景色を眺めていたい。

少しでも同じ風を感じて呼吸をしていたい。

少しでも傍にいたい。

誠人を求めてやまないその想いは少しでも誠人とのつながりを欲していた。

そうやって麻琴は一日、また一日と病院に通っては屋上で誠人を想った。


そして家に帰ると麻琴は机に向かった。

『俺が速川の為にできるのはこれくらいだよな…』

麻琴はその日の全授業のノートを整理し誠人用につけ直した。

美佐子や悠弥はそんな麻琴を熱でもあるのかと冷やかしたが麻琴はまた誠人が学校に出てくる日を夢見ていた。