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2026年1月奈良旅三日目 興福寺から十輪院

奈良も雪の可能性が予報された昨日、遠出は避けて、そう言えば今まで拝観しなかった興福寺の中金堂と東金堂の拝観をすることにしました。朝、郵便局に寄り興福寺には9時15分くらいに到着。そこにはまさかの人がいない(笑)。確かに寒いですが、インバウンドの人達が全くいない‼️ 喜んで拝観チケットを購入してまずは中金堂へ。こちらの本尊釈迦如来像は江戸時代の物で平成時代の物と言われても納得できるくらい金色の彩色が鮮やかです。



更に東金堂へ。こちらはパラパラ観光客が来ましたががらがら。お寺の見守の皆さんもあまりの寒さでさすがに辛そうでした。東金堂は薬師如来像が本尊で瑠璃光世界を表現するため床は緑色のタイルが敷かれていたらしいです。ちなみに薬師如来像は室町時代の物。東金堂の建物も1415年建立らしくその頃の像かと感じます。また、文殊菩薩像と維摩居士像は鎌倉時代初めの九条兼実の復興時の物かと。文殊菩薩像は聖徳太子を意識したかなぁとも感じました。また、中金堂も東金堂も四天王像はなぜか創建当初の奈良時代の物が燃えずに残っていたことになりますが不思議なことですね。また、日光月光の二菩薩像は飛鳥の山田寺から強奪した物と思われ、白鳳期の像でした。

その後は猿沢池を通り奈良町の元興寺の子院だったらしい十輪院へ。昨年二回土曜日午前中に訪れ、共に法要で本堂内部を拝観できなかったので、平日ならと三度目の正直(笑)。

↑石造の興福寺曼陀羅。春日曼陀羅は知っていましたが興福寺曼陀羅は知りませんでした。前回いい加減に見てましたね(笑)。

↑霊験あらたかな不動明王像とのこと。
↑左側は氷が張ってました。
本堂内部の地蔵菩薩像は鎌倉時代だったかに発掘されて出てきたらしく、最初は剥き出し、次に石屋根、次に像を納める建屋、内陣建屋、外陣建屋が継ぎ足しのように建立されて行ったらしいです。十輪院からは他にもたくさん出土品が展示されていました。説明も丁寧で詳しく、来て良かったです。昨日はここまで。近鉄奈良駅前の本屋さんで1冊購入しました。




2026年1月奈良旅二日目⑥鳥谷口古墳

当麻寺から北西の二上山の登山口近くにある鳥谷口古墳は大津皇子の墓の可能性が提示されて議論を起こしています。

↑池の向こう側の茶色い草原の部分です。



↑鳥谷口古墳から池越えに東方面。
↑こちらは鳥谷口古墳の南側にある当麻山口神社

ここからJRの香芝駅にひたすら直下降して行きます。北加守の交差点を東に降りて途中で振り返ると二上山の山頂上に太陽が輝いていました。
ひたすら降りましたが香芝駅近くの踏切がカンカン鳴り、もう間に合わないかと一瞬諦めましたが、瞬時に走って改札に着くと電車はホームに入りお客が下りていました。かき分けると多分ちょっと待ってくれたかなぁ?電車に乗ることができました。感謝感謝で後味の良い初日でした‼️




2026年1月奈良旅二日目⑤橿原神宮前駅までと当麻寺

飛鳥資料館からは橿原神宮前駅までひたすら西に歩きます。と言いつつ奥山廃寺跡に行きます。

↑甘橿丘遠望。意外に小さい。
↑畝傍山と二上山。
↑奥山廃寺。
結局大官大寺跡はまたも行かず。
この後、近鉄御所駅に移動してあけぼのさんでかりん糖饅頭をたくさん買い、そのまま当麻寺へ。しかし、尺土駅の待ち時間がちょっと長く、尺土駅から当麻寺まで歩くことにしました。尺土駅から西にまた長尾神社へ。


当麻寺でのお目当ては普通に当麻曼陀羅。当麻曼陀羅は中将姫が織ったというのが寺の伝承ですが、最近の研究でどうも760年前後に唐から輸入された可能性が出てきていて、改めて自分の目で見たくなりました。ちなみに、最近読んだ宇治平等院関連の本にある通り、当麻曼陀羅も浄土?の堂舍の屋根は緑色=瑠璃光→霊鷲山を示しているそうです。また、本堂の中将姫像はやはり美しい顔立ちです。金堂の弥勒如来像は前も見た筈ですが、土製とのことで新鮮に驚きました。ちなみに当麻寺は二年くらい前に写真は撮ったので今回は無しです(笑)。