2026年1月奈良旅二日目⑥鳥谷口古墳
当麻寺から北西の二上山の登山口近くにある鳥谷口古墳は大津皇子の墓の可能性が提示されて議論を起こしています。
↑池の向こう側の茶色い草原の部分です。




↑鳥谷口古墳から池越えに東方面。

↑こちらは鳥谷口古墳の南側にある当麻山口神社


ここからJRの香芝駅にひたすら直下降して行きます。北加守の交差点を東に降りて途中で振り返ると二上山の山頂上に太陽が輝いていました。

ひたすら降りましたが香芝駅近くの踏切がカンカン鳴り、もう間に合わないかと一瞬諦めましたが、瞬時に走って改札に着くと電車はホームに入りお客が下りていました。かき分けると多分ちょっと待ってくれたかなぁ?電車に乗ることができました。感謝感謝で後味の良い初日でした‼️
2026年1月奈良旅二日目⑤橿原神宮前駅までと当麻寺
飛鳥資料館からは橿原神宮前駅までひたすら西に歩きます。と言いつつ奥山廃寺跡に行きます。
↑甘橿丘遠望。意外に小さい。

↑畝傍山と二上山。

↑奥山廃寺。
結局大官大寺跡はまたも行かず。
この後、近鉄御所駅に移動してあけぼのさんでかりん糖饅頭をたくさん買い、そのまま当麻寺へ。しかし、尺土駅の待ち時間がちょっと長く、尺土駅から当麻寺まで歩くことにしました。尺土駅から西にまた長尾神社へ。



当麻寺でのお目当ては普通に当麻曼陀羅。当麻曼陀羅は中将姫が織ったというのが寺の伝承ですが、最近の研究でどうも760年前後に唐から輸入された可能性が出てきていて、改めて自分の目で見たくなりました。ちなみに、最近読んだ宇治平等院関連の本にある通り、当麻曼陀羅も浄土?の堂舍の屋根は緑色=瑠璃光→霊鷲山を示しているそうです。また、本堂の中将姫像はやはり美しい顔立ちです。金堂の弥勒如来像は前も見た筈ですが、土製とのことで新鮮に驚きました。ちなみに当麻寺は二年くらい前に写真は撮ったので今回は無しです(笑)。
2026年1月奈良旅二日目④飛鳥へ
高家地区の衢から飛鳥へはひたすら直下降のような急な下り道です。飛鳥方面からの登りは結構骨が折れそう。ある意味高家地区とその後背地の倉橋地区や更に東の忍阪地区は飛鳥からは攻めにくい地形と思います。日本書紀には見られないですが、高家地区が壬申の乱での飛鳥争奪戦に全く関連しなかったとは考えにくいと感じます。
↑牽牛子塚古墳始め真弓丘陵が見下ろせます。

↑振り返ると陽が多武峰方面からまぶしく輝いています。


↑分かりにくい分岐を右に折れると山田寺跡が右手に見えて来ました。山田寺は山田道と高家方面の道との衢のすぐ東の微高地にあり両方を押さえる拠点であることが良く分かります。

折角なので山田寺跡に寄りました。



この後、飛鳥資料館にも寄りました。山田寺の回廊の展示は遥か昔に見ましたが、飛鳥寺の塔心礎の舍利容器や川原寺、小懇田宮推定地等で発掘された瓦とかやキトラ古墳、高松塚古墳の展示などゆっくり見ることができました。
次に続く。


