ティータイム心和むクラシック音楽を聴きませんか -14ページ目

2026年1月奈良旅四日目③稲渕集落

棚田から上り、程なく稲渕集落に入ります。



↑↓龍福寺

↑長屋王の子?の竹野王が造立した石塔らしいです。この人はWikiによると女性で藤原武智麻呂の妻にあたる人の可能性が高いみたいです。この石塔は元は先ほどの朝風峠にあったとのことです。
何が記載されているかは分かりません。

集落の中にもこうした渓流が続きます。
切りが良いので、次に続く。

2026年1月奈良旅四日目②稲渕棚田

稲渕の棚田に出ました。丁度そこは朝風峠という所らしいです。


↑峠を振り返って。
↑雪雲が垂れ込めていますが時折雲間から陽が射します。かなり空気が冷たい。
↑昨日は正面の芋峠方面に栢森から入谷の集落に行く予定です。芋峠を越えて吉野に降りることも考えましたが、龍門寺跡辺りに熊出没情報が複数あり、山の法面的に吉野側に降りる道は熊の行動範囲内と判断して飛鳥に戻る行程に決めました。




次に続く。


2026年1月奈良旅四日目①飛鳥中尾古墳

相変わらず奈良駅発6時55分の万葉まほろば線に乗り、畝傍駅で降りて近鉄の八木西口駅まで歩いて橿原神宮前行から吉野線で朝8時前くらいに飛鳥駅下車。高校生もたくさん下車します。

そこから普通に東へ野口方面に歩きましたが、高松塚古墳のある公園でそう言えば中尾山古墳は見たことなかったとフラフラっと入りました。中尾山古墳は入口から近く少し登ります。ちなみに中尾山古墳は文武天皇稜の可能性が指摘されています。



ここからいつもの悪い癖で野口方面に戻らず、南へ稲渕方面に直接出る道を選択(笑)。丁度ミハ山の西側辺りに出るかなぁと思いながら歩きます。奈良の丘は見かけより奥が深く意外に高度を稼がないとならない道が多いです。地図も私道とか入り繰んだ表示が多く道に迷い易い印象です。
↑登り道に入りました。
↑↓かなり高度を稼ぎました。ここまで平日の朝8時30分くらいなのに人一人会わなかったのはさすがに気持ち悪い感じがしました。逆に烏の群れがたくさん上空を旋回して私を警戒しているように見えました。こいつらに襲われたら一たまりもないなと思いながら歩きます。


更に杉の林を抜けるとやっと峠に到着。稲渕側に出ました。稲渕の棚田の中に飛び出したようです。

次に続く。