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再発見ジャケットアート [第四回] Sam Cooke

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Live at the Harlem Square Club, 1963/Sam Cooke

またまたまたパーラ a.k.a.
ウワサの謎のCD屋 ピックアップの店長・森山さんに
原稿をいただきました!

僕はブラックミュージック好き、と言っておきながら
60'sのSoulはほとんどわかりません。JB以前というか。
しかし、Sam Cookeは知ってました。名前だけですけどね。

やはり、こういった背景を知る事で聴きたくなるし
掘りたくもなります。うーん、果てしない旅。


今回も大変勉強になります。
それでは、どうぞ!

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およそ1990's以降、ヒップホップという新しい音楽の津波がシーンを覆いました。

それまでまるで評価されなかった、見向きもされなかったアーティストが、
ヒップホップのサンプリングによって再発見されるようになりました。

ゴミ同然だったBLUE NOTEのジャズ・ファンクとか、あるいはソウルのガイド本に
名前がなかったロイ・エアーズなどに脚光が集まるようになりました。
言うまでもなく、ピートロックやMUROの功績でした。

本当に驚くぐらいソウルミュージックに対する見方が変わりました。
それ以前の時代を知っている人間にとっては「ウッソー!!」と思うような
評価の逆転でした。

「フィリーソウルみたいな軟弱なソウル聴いてるヤツはダメだよ」

ということを以前の年配のファンは言ってたものです。
それが

「メロウなフイリーソウルはよい!!」

と見方が逆転するのですから
音楽に対する評価なんてアテにならないもんだと思ったものです。


ボブ・ディランではありませんが、時代は変わります。
時代が変わるとイイと言われたアーティストが無視されるようになり
ダメだと言われたものに値段が高くつくということが起こります。

ヒップホップの登場でその評価を上げた
名盤・アーティストもいれば、その逆もいました。
著しく評価を下げてしまったアーティストはだれか。
黒人音楽でその代表格をあげるとすれば、おそらくサム・クックでしょう。


サム・クックといえばソウルの神様でした。
サム・クック聴かずしてソウルを語るなかれ。
サム・クックこそ最高のソウルシンガー。


しかし、このサム・クックの評価・立場は大きく崩れることになりました。
代わりに神の座に着いたのはジェームス・ブラウンでした。

ヒップホップの登場によって歌そのものよりもリズムビート、
グルーヴの方に若いファンの関心が向かったからです。
サム・クックを聴け!!サム・クックを知らないヤツは青二才だ!!
といっていたオヤジファンの声には・・・誰も耳を貸さなくなりました。

聞いた話で、確認はしていないのですが、オバマ大統領の就任演説の中で
サム・クックの歌詞だか言葉だかが含まれていたそうです。
でも、そのことは 私も事実確認があやふやな状態ですし、
あまり世間でも話題にはなっていないようです。
もしもジェームス・ブラウンの言葉が使われていたら、
間違いなくサム・クックよりも話題になったことは間違いありません。


サンプリングソースとしてソウルを聴くのではなく、
ソウルを純粋にソウルミュージックとしてとらえるとき、
サム・クックは大きく輝きます。



なんてたって元・神。

前ゴッドです。



忘れられた前ゴッド、サム・クックにもっと光をあててください
・・・・と言っても誰もあててくれそうにないから、
今回自分でこんな記事書きました。(笑)

サム・クックは若くして亡くなったので、
あまりたくさんのアルバムは出ていません。
そんな数少ないアルバムの中でこの1枚をあげろといわれたら
このライヴ・アルバムになります。

もし若い音楽ファンの皆さんが
レコード屋さん、CD屋さんに行って、
もし、このジャケ(顔)みたら要注意です。



名盤とかオススメとかいうレベルではなく

ゴッドです。



レゲエの神様と呼ばれるボブ・マーリィの歌声なんかも
サム・クックの流れを継ぐ歌い方だと思います。

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狙ってるジャケ

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He's Coming/Roy Ayers Ubiquity

最近ありがたい事に2つ程のプロジェクトに
参加させてもらってます。

首謀者であるその男(the man)はいつも何かに
飢えていて、いつも何かを狙ってる印象。
自分も負けずに刺激を与えられたらなぁ、
なんてレコードを聴きながら想います。

そんな時に思い付いたのがこのジャケ。
自分が初めてゲットしたレア盤(?)だったと思います。
再発も出てますね。確かD.L氏もサンプリングしていました。

一人の男が周りのの仲間に囲まれて(サポートされて)
自分の向かう先を見ている、という印象です。
このジャケのように勇気づけられるジャケって
なかなか無いように思います。


プロジェクトに関してはリリースOKサインが出たら
このBlogでも取り上げる予定です。
お楽しみ。

再発見ジャケットアート [第三回] Talking Heads

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Talking Heads/Remain In Light

またまたパーラ a.k.a.
ウワサの謎のCD屋 ピックアップの店長・森山さんに
原稿をいただきました!

今回のジャケ、BeatlesのLet It Beのジャケの
パロディーかな?なんて思ったら
さすがに違いました。

文章を読むと顔のペイントの印象が
グッと変わる事と思います。

いつも大変勉強になります。
それでは、どうぞ!

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遠い昔のことですが、1978年に音楽シーンは
大きな、大きな転換期を迎えました。


2010年の今では想像しにくいことですが、
当時はまだヒップホップという音楽がありませんでした。
もちろん、テクノもハウスもなかった。
ターンテーブルにまつわる音楽はまだ登場していなかったのです。
ほぼすべてを人力で演奏しなければいけない時代。

その人力時代(!?)に大きな転換期があったとすれば1978年です。
ターンテーブルなどの機材革命以前に、
音楽シーンを大きく変革しようという動きがありました。
世間ではこれをパンク、ニューウェイヴと呼びました。

これが1978年前後で出てきた大きな動きです。
パンク・ニューウェイヴとは一体何だったかというと、
暴論ですが、一言で言ってしまうと


「音楽シーンが一気にアフロ化、レゲエ化を始めた」


という現象でした。



ロック、ポップス、ソウル、ジャズなどの主軸サウンドが
アフロ、レゲエなどを吸い込んで異質化をはじめたのです。
SEX PISTOLSやCLASHなどが有名ですが、どちらにも
レゲエが深く関わっています。
レアグルーヴのネタは1970'sの中盤辺りから多く
出始めている と思うのですが、あれもジャズが
アフロ・ファンク化したことで生まれたものです。
それまでのジャズにはなかった動きです。

そして、そのアフロ.レゲエ化は世界同時多発的なもので、
イギリスではブリストル、アメリカではニューヨーク、
日本では東京などが起点になりまし た。
すべてが「よーいドン!!」で始まったような
一斉発射の動きでもありました。
1978年に日本でYMOが出現していますが、
あれもポップスのエキゾ チック化、エレクトロ化
(エレクトロファンク)だったことを考えれば
この動きに一致するとボクは思います。

そして、この動きや人脈が後のヒップホップ、ハウスを
大きく呼び込む機動力になっています。
決してターンテーブルの登場という機材だけが
起爆剤になったわけではありません。
こういうことは後から振り返ったのでは
なかなかわからないことですが、音楽の変化は
機械(ハード)によって起こったものではなくて、
あくまで人間(ソフト)の部分にその発火点があったことは
確認しておきたいものです。


そして、それを起こした人間たちとは・・・・白人であったこと。
これも重要です。


ヒップホップ(黒人)があらわれて音楽シーンを変えた
という人がいますが、あれはウソです。
白人たちが黒人音楽の魅力に取り付かれて、白人が率先して
アフロ・レゲエへのめり込んだ。これが事実です。
ソウル・ファンクの世界はもともと黒人たちが
やってることでしたから、それは横に置いとくとしても、
ロック・ポップスの白人中心主義は白人たちによって
壊されていったことは強調しておいてよいでしょう。


今回のジャケットはパンク・ニューウェイヴの中心的存在、
Talking Headsです。メンバーのデヴィット・バーンには
アフロレゲエ趣味があり、サウンドにもそれが大きく
表れています。キーボードにはP-FUNKの
バニー・ウォーレルが参加したりしたグループでした。

音楽の白人中心主義は当の白人たちによって
壊されていった・・・という揺らがない証拠が
Talking Headsのこの音楽、このジャケであると思います。
アルバムの中身はハイブリッド・ファンク。超名盤。