【日本には年齢信仰の呪縛がある】
ネットを見ていると、「女の価値は20代前半が一番高い」やら「実年齢マイナス20歳に見せる」やら「女は若ければ若いほどいい」やら、女性の年齢に関する言葉が本当に多い。
さほど気にしてはずの私の目にすら頻繁に留まるのだから、真剣に気にしている人がいかに年齢信仰に囚われているかは、推して知るべし。
世間の声はどこ吹く風で、子供の頃から私は、年齢を重ねた美しい人が好きだった。
10~20代の美人と言われる芸能人はもちろん綺麗だとは思っていたが、思わず目を奪われるのはきまって60歳を超えたような方。
素敵に年齢を重ねたからこそ纏うことができる、半径数メートルを支配する静謐な空気に魅せられていたのだと思う。
草笛光子さんやマレーネ・ディートリッヒあたりの女優さんが私は大好きなのだが、若い自分の姿だけしか知らなかったら、ここまで好きになることがあったかは疑わしい。
年齢を重ねた姿を見たからこそ、有無を言わせない引力を持っているのだと確信している。
それを考えると、人の美しさを年齢で判断することがない、ヨーロッパ的な考え方は非常に私の性に合っているのだ。
ただ、正直なところ、私も日本に長いので、反射的に感じる部分で年齢信仰に囚われているなと思うことがある。
前述のとおり、私自身は昔から、年齢を重ねた方々にこそハッとする美しさを見出してきたのだけど、こと他人については、もちろん年齢が若いほうが好きだよね、と思ってしまっていることがある。
具体的には、私より一回り以上下の方々から好意を示された時に、わざと年齢を暴露して、距離を作ろうとしてしまうのだ。
理性では、年齢が若いほうがいいというのはひとつの価値観でしかなく、美女より十人並みの容姿、どちらが好きかを論じるのと大差ないと思っているのだが、どうしても反射的に「年齢が高い=相手に申し訳ない」という気持ちが先に立ってしまう。
私自身は年を重ねることに抵抗がないし、実際今の自分が一番好きだと言えるのだけど、こと他人については絶対若いほうがいいと思っているに違いないという思い込みがある。
これは間違いなく、女は若いほうがいいという声をさんざん耳にしてきた影響を受けているのであって、長年の刷り込みとは恐ろしい。
今日が私の誕生日なので、あえて年齢の話をしてみた。
ふと気付くと、アラフォと言い切るのもおこがましい年齢になったのだが、何歳になっても、今の自分が一番好きと言い切れる年の取り方をしたいものだと思う気持ちは変わらない。
ちょうど10年前の夏に撮影した写真が出てきたので、貼る。
中性的な扮装をしてサマになったのは、この2007年の夏が最後だったと思う。
年齢とともに似合うものが変わってきたのを実感しているので、ここ数年は女性的な服装がめっきり多くなった。




