21

 

今回登場する人物

 

  ハムレット・・・・・・・・・・・・クマデン王国の王子

  ホレーシオ・・・・・・・・・・・・ハムレットの親友

  バーナード ・・・・・・・・・・・城の見張り担当の将校

  ハムレットの父の亡霊・・ クマデン王国の先王

  衛兵・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番 

  衛兵B・・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番

  森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手

 

森の妖精(語り手): 夜がやってきました。今は夜です。語り手の私が、「夜」と言えば、夜になるのですから、便利ですよね。ちなみに、私が「嵐」といえば、嵐がおこり、「スマップ」といえば…、それはちょっと無理かもしれませんね。はてさて、お城では、あいかわらず、お祭りさわぎの宴会がつづいていますが、我らがハムレットは、約束どおり、城壁にきています。お父さんの亡霊は本当に現れるのでしょうか。あとは、ごらんになってのお楽しみ。

 

ハムレット: ここはとても静かで、落ち着いた雰囲気だ。エルシナノ城にも、こんな風情のある場所があったのだな。子どもの頃からこの城で暮らしていて、すみずみまで知りつくしたつもりでいたが、知らないこともあるようだ。ところで、もう、そろそろ時間なのではないか。

 

衛兵B: そうですね。先ほどから、あのあたりが気になっております。ほら、あの大きな木の下です。あそこは、森のクマがよく、どんぐりの実を食べにくるところですが、どうもクマではないような気がするのです。ほら、大きな人影のようなものが見えませんか。

 

衛兵A: うーん、よく見えん。あ、そうだ、確かにそうだ。間違いありません。あんな遠くにでるなんて、まさに神出鬼没(しんしゅつきぼつ)だ。

 

バーナード: こちらに向かって、手招きをしているように見えますが。

 

ハムレット: まさに父上のお姿そのものだ。こんな所でお会いすることができるとは。ああ、向こうに行ってしまう。父上!父上!待ってください。

 

バーナード:  殿下、落ちついてください。あのあたりは危険です。山のクマが、どんぐりの実を食べようと集まってくる場所なのです。我々兵士ですら容易には近づけません。しっかり対策を立てて、明日の夜もういちど、挑戦することにしましょう。

 

ハムレット: いや、おれは、今行くのだ。

 

ホレーシオ: もしかしたら、あれは、悪霊かもしれません。悪霊は人の心の弱みにつけ込んで、魂を奪うのです。しかも、殿下を標的にしているようです。行ってはいけません。

 

ハムレット: いや、止めるな。いいか、止める奴は斬る。離せ、その手を離せ。(押しとどめようとする手をふりほどいて、亡霊を追いかける。)おーい、待ってくれ(ハムレット退場)。

 

ホレーシオ: ハムレット様ー、お戻りください。ああ、行ってしまった。仕方ありません。皆で、後を追いましょう。万一、殿下の身に何かがあったら一大事です。

 

衛兵B: (小声で)万一、殿下の身に何かがあったら、縛り首にされるかもしれない。(大きな声で)一大事です。大急ぎでさがしましょう(ハムレットを追って全員退場)。

 

(ハムレット、亡霊を追って登場。)

 

ハムレット: 哀れな亡霊よ、どこまで行くつもりなのだ。もう随分、宮殿から離れたではないか。何か言いたいことがあるのなら、話してくれてもいい頃だろう。

 

亡霊: (エコー)息子よ、息子よ、息子よ、息子よ、息子よ、息子よ。よーく、よーく、よーく、よーく、聞くが、聞くが、聞くが、聞くが、良い、良い、良い、良い。お前に、お前に、お前に、伝えて、伝えて、伝えて、おかなければ、おかなければ、おかなければ、いけない、いけない、いけない、ことがある。ことがある。ことがある。ことがあるのだ。

 

ハムレット: ああ、やはり、父上だったのですね。再びお会いすることができて、本当にうれしゅうございます。

 

亡霊: 私も、私も、私も、おまえと、おまえと、おまえと、会うことが、会うことが、できて、できて、できて、本当に、本当に、本当に、うれしい、うれしい、うれしいのだ。

 

ハムレット: あの、父上、お会いして早々に、不満を言うようで、申し訳ないのですが、お声が反響して、お言葉が聞き取りにくうございます。

 

亡霊: そうか、そうか、分かった、分かった。(エコー消える。)いや、重厚な雰囲気がないと、私の存在を信じてもらえないのではないかと思ってな。どうやら、杞憂(きゆう)であったようだ。さて、息子よ、父の話を聞いてくれるか。

 

ハムレット:もちろんです。一言たりとものがさぬよう、全身全霊でお聞きします。

 

亡霊: しかし、そのためには大きな覚悟が必要なのだ。ひとたび私の話を聞いたなら、おまえは、大きな苦難を背負うことになる。もう一度聞くが、本当に、心の準備はできておるのか。

 

ハムレット: どんな試練であろうとも、受け入れる覚悟でおります。

 

亡霊: いいか、おまえは、私の死の原因をどのように聞いておる。庭で昼寝をしている最中に、毒蛇に噛まれたためだと聞かされているだろう。

 

ハムレット: おっしゃるとおりです。

 

亡霊: それは、全くの嘘なのだ。偽り、虚偽(きょぎ)、欺瞞(ぎまん)、フェイクニュースなのだ。

 

ハムレット: やはり、そうだったのか。

 

亡霊: 真実を知りたいか。

 

ハムレット: もちろんです。父上、ぜひ、お話ください。

 

亡霊: いいか、私は殺されたのだ。卑劣な手段で殺されたのだ。あの日、私は昼食のあと、いつものように、庭で紅茶を飲みながら、うたた寝をしていた。ふと、耳のあたりに何か生ぬるいものを感じて、目を覚ますと、私の耳に何か液体を流し込んでいる男の姿が目に入ったのだ。そいつは足早に逃げていったが、その後、私は激しい痛みのなかで悶絶しながら息絶えたのだ。

 

ハムレット: 予感は当たっていた。それで、その男とは、一体誰なのですか?

 

亡霊: いいか、息子よ、落ち着いて聞くのだ。それは我が弟のクローディアスだったのだ。

 

ハムレット: やはり、そうか。父上の王位と命を奪い、母を汚すとは、許しがたい罪だ。

 

亡霊: よくぞ言った。おまえに私と同じハムレットという名前を与えたのは、間違いではなかった。そう、あれは今から30年ほど前のこと。おまえが生まれたとき、あまりの嬉しさに、自分と同じ名をつけてしまったのだ。だが、期待どおり立派に育ってくれて、私は本当に満足している。

 

ハムレット: 同じ名前をいただき、幼少の頃には混乱したこともありましたが、今となっては、無上の喜びです。

 

亡霊: そうか。では、父ハムレットが、息子ハムレットに命じる。我が分身となり、罪深いクローディアスに復讐するのだ。

 

ハムレット: この命にかえても、かならず復讐を果たします。

 

亡霊: 今の言葉、しかと受け止めた。決して忘れるでないぞ。 ああ、東の空が白んできた。夜が明けがちかい。私はもう行かねばならぬ。それでは、息子よ、さらばだ。父を忘れるでないぞ。最後に、もう一度、我が魂の叫びを聞くがよい。

 

(どこからともなく、狂言のお囃子が聞こえてくる)

 

 おぞましやー、あ、おぞましや!

 おぞましやー、あ、おぞましや!

 おぞましやー、あ、おぞましや!

 おぞましやー、あ、おぞましや!

 

  私の昼寝の最中に、耳に毒を注ぐ悪い奴

 おぞましやー、あ、おぞましや!

 悪徳非道の犯人は、悪徳非道の犯人は、

  ハラグロ、黒、黒、クローディアス    

 おぞましやー、あ、おぞましや!

     あいつは王様、おれは毎日、炎で焼かれてる

 おぞましやー、あ、おぞましや!

  何たる非道!不公平! 懺悔(ざんげ)の暇なくころされた

 ふざげんなー、あ、ふざげんなー

  そのうえ、 奴は毎日、毎日、イチャイチャ、べたべた、

 許すまじー、あ、許すまじ!

    そこで登場、我が息子、頼りにしてるぞ、ハムレット

 復讐だあー、あ、復讐だあ!

 分かったかあ、あ、分かったか。

 

   (亡霊退場)

 

ハムレット: しかと心得ました、父上。かならず、ご期待にお応えします。ああ、それにしても、このクマデン王国が、伏魔殿(ふくまでん)と化すとは。極悪非道のクローディアスめ、成敗〔せいばい〕してやる。

 

(バーナード、ホレーシオ、衛兵A、衛兵B登場。)

 

衛兵B: ハムレット様ー。どこにおられるのでしょうか。聞こえたらお返事をおねがいします。ハムレット様ー。

 

ハムレット: ああ、皆がやってくる。今あったことを、ありのまま話したら、彼らを巻き込み、危険にさらすことになってしまう。復讐にも支障をきたすだろう。それだけは避けなくてはいけない。これは一人で成し遂げるべき使命なのだ。なんとか、うまくごまかさねば。おーい、ここにいるぞ。ここだ。

 

ホレーシオ: ハムレットさま。やっと見つけました。藪(やぶ)に視界をさえぎられて、お姿を見失ってしまい、あちこち探しまわっておりました。ご無事でなによりです。

 

衛兵B: (衛兵Aに向かって、小声で)ああ、ご無事で本当によかった。これで私の命も無事だ。

 

衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で)たしかに、ちょと肝をひやしたな。

 

バーナード: お怪我はございませんでしょうか。

 

ハムレット: 大丈夫だ。心配ない。ありがとう。(間) ああ、そうだ、皆に伝えておかなければいけないことがある。残念ながら、あれは父の亡霊ではなかった。だが、皆の親切には本当に感謝している。

 

バーナード: では、一体何者だったのでしょうか。先王のお姿そっくりそのままのように見えましたが。

 

ハムレット: たしかに、そっくりではあった。すごく似ていた。それは否定しない。だが、まあ、何というか、とんだ、そっくりさんだったのだ。父の生前の姿をまねたコスプレとでも言うべきだろう。

 

ホレーシオ: え、本当ですか。

 

ハムレット: つい先ほど、あの亡霊本人から聞いたのだから間違いない。どうやら、この世では、とても真面目な人間だったらしい。しかし、余りに四角四面な生き方をしたため、笑いやユーモアといったものを一度も経験せずに死んでしまい、それが心残りとなって、成仏することができないでいるそうなのだ。

 

衛兵B: (衛兵Aに向かって小声で) 笑いもユーモアもない人生なんて、暗いですね。成仏できないのも、分かる気がします。

 

ハムレット: まあ、いろいろと、努力はしたらしい。「生前の悩みを克服するための自助グループ」に参加したり、通信教育で「霊体セルフコントロール術」を学ぶなどしたが、まったく効果がなく、いつのまにか夜のコスプレを楽しむようになっていたというのだ。ある日、ユーモアのつもりで父の姿をまねてみたら、結構リアクションが良かったので、有頂天となり、つい続けてしまったらしい。出来すぎた話に聞こえるかもしれないが、口からでまかせの作り話ではないぞ、信じてくれたまえ。

 

バーナード: もちろんです。ハムレット様が作り話をされる訳がありませんから。

 

ハムレット: ありがとう。ということで、これで一件落着だ。皆の親切には本当に感謝している。この恩は決して忘れない。

 

バーナード: そうですか、人騒がせな亡霊ですね。

 

ハムレット: それほどまでに、我が父を慕っていたのだろう。今後は、十分注意すると言っていた。それに、もうずいぶん満足した様子であったから、遠からず成仏することだろう。まあ、許してやろうじゃないか。

 

衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で) 見張り番の割り増しボーナスはこれでおしまいのようですね。

 

衛兵B: (衛兵Aに向かって、小声で) でも、まあ、解決してよかった。おれたちの出番もこれでおしまいだ。帰って寝よう。

 

ハムレット: 皆、今日はずいぶん疲れただろう。先に戻って、ゆっくり休んでくれ。私はここで、もう少し頭を冷やしてから帰りたい。大丈夫だ、ここまで来れば、城はもうすぐそこだ。すぐ行くから心配ない。

 

ホレーシオ: 分かりました。殿下もどうぞお早めにお帰りください。

 

(ハムレットを残して退場。) 

 

ハムレット: さて、と、皆、行ったか。落ち着いて考えなくてはいけない。一体、何から始めたら良いのだろうか。そうだ、まずは、愛しいオフィーリアを遠ざけてしまわねば。彼女を危険に巻き込むわけにはいかない。だが、どうやって。うーん、そうだ、最近、私は頭がおかしくなったと思われているようだ。だったら、徹底的に滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に振る舞ってやろうではないか。なかなか面白そうだし、愚かな振る舞いをつづけていれば、黙っていても、皆、勝手に遠ざかってゆくだろう。クローディアスを油断させることもできる。とりあえず、この線でいってみよう。何とかなるだろう。(ハムレット退場)

 

森の妖精: 衝撃の事実が発覚しましたね。ま、まさか、クローディアスが先王殺しの犯人だったとは。ガートルードは、その事実を知らずに、夫殺しの犯人と再婚してしまったのですね。ドロドロです。この欲望うずまくベトベトの水のなかを泳ぐハムレット。この後、どうなるのでしょうか。溺れてしまわなければいいのですが。次もぜひ読んでくださいな。まったねー。

 

1幕3場

 

今回登場する人物

 

ポローニアス・・・・・・・ 宰相

レアティーズ・・・・・・・ ポローニアスの息子

オフィーリア・・・・・・・・ ポローニアスの娘

森の妖精・・・・・・・・・・  語り手

 

森の妖精(語り手):  さて、クマデン王国、唯一の公共交通機関は、クマデン電鉄、略してクマ電です。その終着駅、エルシナノ宮殿正門前の下りホームに、レアティーズがやってきました。重そうな旅行鞄をかかえています。どうやら、大学にもどっていくようです。そのかたわらを、妹のオフィーリアが小さな荷物をひきずりながら歩いています。これはお見送りのようです。はてさて、続きは、どうぞ見ての楽しみ。(退場)

 

オフィーリア:   お兄様、いよいよ出発ですね。どうぞ、お元気で。でも、さびしくなりますわ。

 

レアティーズ: そうだな。さびしくなる。だが、その前に、お前に言っておきたいことがある。

 

オフィーリア:   はい、何でしょうか。

 

レアティーズ:  いいか、オフィーリア、よく聞くのだ。とても、大切なことだ。最近、ハムレット様が、お前に料理をつくってくださると聞いている。それは大変ありがたいことだ。しかし、食べる前には、しっかりと臭いを確かめるのだ。ちょとでも、あやしいと感じたら、決して食べてはいけない。一口、二口、口に運ぶふりをして、「大変、美味しゅうございました」、などと言って、話をそらすのだ。特に、つけあわせのパセリなどは、前日の使い回しかもしれないから、注意が必要だ。分かったか。

 

オフィーリア:   分かりました。しっかり心にとどめておきます。

 

レアティーズ: それから、まあ、何と言ったらいいのか・・・、もっと大切なことがあるのだ。いいか、よく聞けよ。

 

オフィーリア:  はい、はい。聞いております。

 

レアティーズ:  ハムレット様は王子様であられる。決して過ちを犯してはいけないぞ。しっかり、注意するんだぞ。

 

オフィーリア:  お兄様、その過ちとは、一体どのようなものなのでしょうか。

 

レアティーズ:  あっちの方だ。

 

オフィーリア:  「あっち」では分かりません。どちらの方角なのでございましょうか。南でしょうか、北でしょうか? それとも東なのでしょうか。

 

レアティーズ: そうではなくて、アレの方だ。

 

オフィーリア: あれこれ言われても、私には何のことだか、さっぱり分かりません。レ、ア、ティーズお兄様、はっきりおっしゃって下されば、私にも理解できますのに。

 

レアティーズ: おまえ、本当は分かっていて、ふざけているんじゃないのか。

 

オフィーリア:  だって、お兄様があまりに回りくどく話されるものですから。私だって、もう子どもではありませんわ。

 

レアティーズ:  だからこそ、心配なのだ。決して間違いを犯すことがないように注意するんだよ。いいか、分かったね。

 

オフィーリア:  ご心配には及びませんわ。お兄様こそ、あちらで、本当に勉学に励んでおられるのでしょうか。お父様の目のとどかないところで、それこそ、「アレ」の方で、羽根をのばして楽しむおつもりなのでしょう。全くをもって不公平。許せません!その羽根をむしり取ってしまいたいですわ。

 

レアティーズ:  私の方なら心配ご無用だ。あ、父上がやってきた。年を重ねると共に、どんどん話しが長くなってくる。だが、まあ、今日じゅうに電車に乗れれば、十分間に合う。ありがたい話をゆっくり聞くとしよう。

 

ポローニアス:  ああ、レアティーズ、やっと間に合った。急いだので、息が切れてしまった。へークション! ジュルジュル、チーン。ズーズー・・・・うん。ところで、出発前に、お前に、2、3言っておきたいことがある。

 

レアティーズ: 長い話になりそうだ。

 

ポローニアス: レアティーズよ、良く聞くのだ。これぞ名言という名言をおまえに授けよう。しかりと胸に刻んでおくように。それは「まさかの友こそ真の友」だ。いいか、そのような友には、相手が断崖絶壁から真っ逆さまに落ちそうな時でも、しっかりと手をさしのべるのだ。わかったか。

 

レアティーズ: 肝に銘じて、必ずそういたします。父上。しかしながら、その友を助けようとして、自分も落ちてしまいそうになったら、一体どうすればよろしいのでしょうか?

 

ポローニアス: うむ、さすが、わが息子。よいところに気がついた。たしかに、ここからが重要なのだ。いいか、よく聞け、そういう場合には、相手を握る手を、まずは、ちょっとだけ、いいか、ほんのちょっとだけだぞ、ゆるめてみるのだ。それでも自分の身が危ないと思ったら、さらに、もうちょっとゆるめてみるのだ。まあ、大抵の場合は、それで解決することだろう。どんなに素晴らしい友であっても、別れが必要となる場合もあるのだ。

 

レアティーズ: はい。たしかにおしゃるとおりです。

 

ポローニアス: うむ。しかしながら、ここからが最も重要なところだ。決して忘れてはいけないことは、大切な友の人生が、はかなきものとならぬよう、立派なお墓をたててあげることなのだ。金を惜しまず、できるかぎり豪華なものにするのだぞ。(ごまかすように、せき立てて)うん、まあ、そんなところだ、分かったか、うむ、分かればよい。おい、レアティーズよ。何をぐずぐずしておる。さあ、出発だ。勇ましく行ってこい。

 

レアティーズ: 父上、それでは行ってまいります。どうぞお元気で。オフィーリア、先ほどの話を忘れるなよ。

 

オフィーリア:  お兄様。行ってらっしゃいませ、どうぞ、お気をつけて。

 

(レアティーズ退場。電車の発車音が聞こえ、ゴト、ゴトという走行音が遠ざかる。)

 

ポローニアス: あれも、もう大人だ。心配はいらんだろう。ところで、オフィーリア、先ほどレアティーズが言っていた話とは、一体何なのだ。

 

オフィーリア: ハムレット様のことです。

 

ポローニアス: そうだ。そういえば、お前に確かめておかなければいけないことがある。聞くところによると、なんでもハムレット様は、近ごろ頻繁(ひんぱん)におまえの部屋を訪れているそうではないか。そこでおまえたちは一体何をしておるのだ? 

 

オフィーリア: そうですね、毎日のように2人で向かい合って、フー、フーと、汗をかきながら、顔を真っ赤にして・・・。

 

ポローニアス: (さえぎるように)な、な、なんだと!何ということだ。もう終わりだ!

 

オフィーリア: ハムレット様がおつくりになられオムライスを、いただいているのです。ハムレット様は、毎日、出来立てのオムライスを、私の部屋まで持ってきてくださるのです。

 

ポローニアス: ふー、心臓が止まるかと思った。どうりで、最近、廊下が油臭いと思っていたんだ。

 

オフィーリア: ふんわりした熱々の卵の表面をスプーンでかき分け、切れ目を入れると、バターと解けあった真っ赤な、まるで血のようなケチャップライスがあらわれ、黄色い半熟卵と渾然(こんぜん)一体に混ざり合ってゆくのです。思い出すだけで、また食べたくなってしまうほどです。

 

ポローニアス: お前たちは毎日、毎日、飽きもせず、オムライスを食べているだけなのか。

 

オフィーリア: はい。私にはよく分からないのですが、同じ材料を使っていても、日によって出来が違うそうなのです。今日は卵が中まで固くなってしまったとか、バターを入れすぎてしまった、などとおっしゃられます。私にとってはどれも、この上ないお味なのでございますが。しかも半熟の卵の中から真っ赤なケチャップライスが、湯気とともにでてくる様子を見ていると、なんと申しあげたらよいのか分かりませんが、とても情熱的な気持ちになるのです。

 

ポローニアス: (傍白)気持ちが昂(たか)ぶるのは良いが、子持ちになったらどうするのだ。(オフィーリアに向かって)もう一度聞くが、本当におまえたちは、毎日、一緒にオムライスを食べていただけなのか? 

 

オフィーリア: あ、忘れていました。もう一つあります。

 

ポローニアス: な、な、なんだと!聞き捨てならん!また、心臓が痛みだした。 おまえたち、一体、他に何をやっているというのだ!

 

オフィーリア: ええ、ハムレット様は、時々、オムレツもつくってくださいます。フランスではオムレットと呼ぶそうです。留学中に泊まった宿で、たまたまオムレットにであい、たいそう感動され、宿屋の主人に、どうしてもとお願いして、つくり方を教えてもらったそうです。しかも、ハムレット様は、それは、それは、学問がおありで、むずかしいことをたくさんのことを教えてくださいます。オムレツは庶民の料理だから、ナイフとフォークではなく、スプーンで食べたほうがおいしいとか、中にチーズを入れる場合は、プロセスチーズではなく、レアチーズを入れなければ本格的な味がでないとか。そう、とろけたレアチーズを食べる時にはいつも、なぜが、お兄様のお顔が頭に浮かびます。それにしても、今思い出しても、なんてすばらしい風味・・・。

 

ポローニアス: 分かった、分かった、もう良い。

 

オフィーリア: (夢見ごこちの様子で)あ、それから、卵は1日に2つ以上食べてはいけないとか、コレスレロールには、善玉と悪玉があり、バターを使った料理を食べすぎると、体の中で悪玉コレステロールが増えることもあるそうです。そんなわけで最初のうちは、お互いが1つずつ食べていたのですが、いつのまにか、1つを2人で分けあうようになったのです。私の健康を心配してくださったんですわ。本当におやさしい方。その頃から、お持ちになるスプーンも1本となり、私の分までよそって、食べさせてくださいます。

 

ポローニアス: そういうのを世間では、間接キッスというのだ。まあ、良い。それでだ、いいか、オムレツと食べ物全般に関することを除いて、それ以外に、おまえたちは一体何をしているのだ。

 

オフィーリア: えっと、おしゃべりはしていますけれど、その他は・・・、あ、そういえば、贈り物もくださいます。毎回、お持ちになられたスプーンを、私のマイスプーンにするようにと言って、きれいに拭いて、プレゼントしてくださいます。全部で30本ほどになっております。それから、お手紙を何通かいただきました。

 

ポローニアス: 30本もあったら、すでにマイスプーンとは言わないような気もするが。まあ、そんなことはどうでもいい。もう一度確認するが、本当に、おまえたちは、オムライスとオムレツを一緒に食べることと、おしゃべり以外には、何もしていないというのだな。

 

オフィーリア: はい、誓って、そう申し上げます。

 

ポローニアス: ちょっとは安心できたような気がする。しかしながら、ハムレット様はこの国の王子なのだ。もしも、もしもだよ、仮におまえのことを好いているとしても、自分の意志だけでは結婚などできないご身分なのだ。いずれにせよ、若い男の気持ちなど、熱しやすく冷めやすいもの、信用してはいけない。ハムレット様と会うのはもうおやめなさい。そんなに、オムライスが食べたいのであれば、毎日、私がつくってあげよう。丹精込めてつくる。約束しよう。

 

オフィーリア: それだけは、どうかご勘弁ください。数年前に、お父様が私の誕生日につくってくださろうとしたホットドッグなる食べ物は、とても罪深いもののように思われました。レシピを聞いたお兄様がとめてくださったからよかったものの、あやうくかわいい子犬の命が失われるところでした。

 

ポローニアス: あれは単なる勘違いだったと、何度も言っただろう!どんなに頭脳明晰な、この私でも、たまには間違えることもあるのだ。今度こそ、腕によりをかけてつくる。大丈夫だ!愛する娘のすこやかな成長のためなら、そのくらいはおやすいご用だ。毎日つくる。任せておきさい。

 

オフィーリア: お父様、お料理だけは、どうかおやめください。お願いでございます。わかりました。もう二度とハムレット様にはお会いしません。誓ってそう申し上げます。

 

ポローニアス: うむ、分かってくれれば、良いのだ。この話はもう終わりにしよう。さて、一件落着したところで、ちょっとお腹がすいてきた。おや、もう2時ではないか。久しぶりに親子で食事をしないか。今日は、とてもうれしい気持ちだから、私が料理をつくってみようか。 何年ぶりだろう、腕がなるぞ。今日は、シェパードパイにでも挑戦してみよう。翻訳すると「羊飼いのパイ」となる。これも庶民の食べ物だ、とても美味しいと聞いておる。

 

オフィーリア: ( 傍白)何やら、また、胸騒ぎがいたします・・・(ポローニアスに向かって)それは大変、ありがたいのですが、残念ながら、今はそれほどお腹がすいてはおりません。私はクッキーと紅茶だけで軽く済ませとうございます。

 

ポローニアス: それは残念だ。だがまあ、仕方あるまい。食欲がないというのであれば、無理をすることもない。じゃあ、今日の紅茶は私が入れてあげよう。

 

オフィーリア: いえ、その程度のことでしたら、私におまかせください。紅茶の作法は淑女のたしなみとも申します。すぐに準備にかかります。

 

ポローニアス: そうだな、そうしよう。最近ゆっくり話もしていなかったからな。久しぶりにお茶でも飲みながら、親子のコミュニケーションを図ろうではないか。

 

オフィーリア: そうですね、お父様。

 

(ポローニアス、オフィーリア退場)

 

森の妖精(語り手):  ちょっと安心のおとうさん、ポローニアス、でも心配事が絶えません。このまま、うまくいくと良いのですが。 ともあれ、最後まで読んでくれて、どうもありがとう。次もぜひ読んでくださいね。まったねー。

 

   第2回 『なにせにせものハムレット伝』

         ※一部性的な表現が含まれています。ご承知のうえお楽しみください。

 

12

 

今回登場する人物

 

ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子

クローディアス・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父

ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母

ポローニアス・・・・・・ 宰相

レアティーズ・・・・・・・ ポローニアスの息子

ホレーシオ・・・・・・・・ ハムレットの親友

バーナード ・・・・・・・  城の見張り担当の将校

衛兵・・・・・・・・・・  城の見張り番 

衛兵B・・・・・・・・・・・・ 城の見張り番

森の妖精・・・・・・・・・・・語り手

  

 

森の妖精(語り手): クマデン王国の前の王様が2ヶ月前に亡くなったことは、もうみなさんご存じですよね。その後を継いで、あらたに国王の座についたのは、亡くなった王様の弟、クローディアスという名のお調子者です。彼はなんと、なんと、なんと、先王が亡くなるとすぐ、未亡人となった元王妃ガートルードに、恋の熱烈アタックを決行したのです。

 もともと、戦場でのアタックよりも、恋のアタックを得意とするクローディアス、涙ぐましい努力の末、ガートルードのハートを射止めたのでした。そして、この結婚が決め手となって、クローディアスは、見事、クマデン王国国王の座を手にすることができた、というわけなのです。

 で、ここからがちょっと複雑なんですけど、再婚したガートルードには、先王との間にうまれた息子がいます。名はハムレット、我らが主人公です。年齢はすでに30才。先王の直系の息子で、国民の人気も高い王子さまです。母ガートルーが再婚さえしなければ、おそらく彼が王位についていたことでしょう。

 このことが関係しているのかどうかは分かりませんが、最近のハムレットは、かなりひねくれてしまっているようです。かつての明るさはすっかり消えてしまい、顔をそむけて、なにやらつぶやいてはいるようなんですが。 

 説明が長くなってしまいましたが、さて、場面は、エルシナノ宮殿のいちばん豪華な大広間。結婚の儀式を終えたばかりの国王クローディアスと王妃ガートルードが王座に座っています。近くには、国王の相談役のポローニアスとその息子レアティーズがいて、周囲には貴族たちがならんでペコペコしていますさてさて、あとは、ご覧になってのお楽しみ。 (語り手、退場。)

 

ポローニアス: えー、みなさん、ゴホン、エヘン、ゴロゴロ(咳払い?)。静粛にしてください。静粛に。ほら、そこ、おしゃべりやめてください。さて、あらたに国王となったクローディアス陛下から、ありがたいお言葉があります。いいですか、心して聞くように。

 

クローディアス: さて、ここにそろった貴族の皆に聞いてもらいたいことがある。我が最愛の兄であり、先(さき)の国王の死は、今だに、記憶に新しいところではある。しかしながら、国を治めるものには、悲しみに沈んでいる暇はない。それゆえ、この私、クローディアスは、兄の妻であったガートルードを妃(きさき)として迎え、国王という重責を担うことを、迅速かつスピーディに決断したのだ。皆の者にも、よろしく協力をねがいたい。

 

ポローニアス: はい、みなさん、拍手、拍手、拍手・・・はい、ご苦労様。

 

クローディアス: それはさておき、私の良き相談相手、親愛なるポローニアスよ、私に何か願いごとがあると聞き及んでおるが、申してみよ。

 

ポローニアス: はい。実を申しますと、わが優秀なる息子レアティーズが・・・。いや、決して親バカで言っているわけではありません。頭脳明晰なこの私は、決してバカではない。ゆえに、親バカではないのは明明白白なのでございますが、そのレアティーズが、遠い異国の地にある大学に戻り、再び勉学の道を歩みたいと言っております。正直、何の勉強か分かったものではありませんが、若い頃の経験は何かと有意義かつ楽しいものでありまして、私なども若い時分には、まあ何と申しましょうか、色々あったわけではございますが、今ではこのように立派になっているわけでありまして、広い世間で経験を積むのも悪くないと考えた次第です。ぜひとも、陛下のお許しを願うところでございます。

 

クローディアス: 父親の許可がおりたというのであれば、私としても異存はない。レアティーズよ、異国の地で、存分に学んでくるがよい。まあ、なんと言っても、若い日々は二度ともどらぬ貴重なものだ、後悔を残すことなきよう、大切に過ごすがよい。

 

レアティーズ: 寛大なお心づかい、ありがとうございます。ご期待にそむかぬよう、しっかりと勉学にはげんでまいります。

 

クローディアス: うむ。それは、さておき、大切なハムレットよ。お前の方は、大学にもどるのをやめて、ここに残り、私と妃(きさき)とともに暮らしてほしいのだ。そもそも、おまえが学んでいる、なにやら、こむずかし学問には、ほとんど実用性がないと聞いておる。おまえにはもっと実用的なスキルを身につけてほしいのだ。ああ、そうだ!この場で、列席する貴族たちを前にして正式に宣言しておきたいことがある。ここにいるハムレットこそ、私の後を継ぐクマデン王国の王位の継承者である、と。ここにいるもの全員が証人だ。であるから、今後は、安心して国政の勉強に励んでもらいたい。

 

ハムレット: (傍白)ふん。てっきり、おまえは、自分が死んだ後も、30年間は国王の座に居座るつもりだとばかり思っていたがな。

(※傍白:他の人物には聞こえず、観客にだけ聞こえる独り言のようなもの)

 

クローディアス: どうだ、ハムレット。私を父と思って頼りにしてもらって構わないのだぞ。

 

ハムレット: (傍白)おまえが父だと! 母の乳を頼りに生きている赤ん坊のようなおまえが、いったい、何の頼りになるというのだ!

 

クローディアス: ところで、わが息子よ。ぜひ、そう呼ばせてもらいたいのだが、どうしてそんなに元気がないのだ。

 

ハムレット: (傍白)その様子を見ていると、お前の息子のほうはすこぶる元気なようだな。

 

クローディアス: ハムレットよ、まあ、このようなめでたい場で、そのような暗い顔はよしてくれ。

 

ハムレット: (傍白)お前は、毎晩、ベッドで妃にくらいついているんだろうな。 あれからまだほんの2ヶ月しか経っていないというのに。

 

クローディアス: ああ、かつての素直でやさしいハムレットは、一体どこにいってしまったのだ。父親の死を嘆き悲しむのは正しい行為だ。しかし、悲しみすぎるのはよくない。生きるものは、必ず死ぬ。そして残ったものたちが、新しい世界をつくるのだ。世の中とはそういうふうにできている。だからこそ、おまえには国に残って政治を手伝ってほしいと願っているのだ。

 

ガートルード: そうよ、ハムレット。私からもお願いするわ。

 

クローディアス: そうだ、おまえがそんなに勉強したいのであれば、わざわざ国外に留学しなくても良いように、ここに新しい大学をつくろうではないか。わが妻、ガートルードおまえも賛成だろう。

 

ガートルード: ええ、それはもう、もちろんでございます。

 

クローディアス: 我が王国の象徴でもあるクマの健康管理を目的とした獣医学部などはどうであろうか。私の友人に、ちょうど学長にふさわしい者がおる。森のなかで会った友達で、毎年一緒に桜の花見をする仲だ。たしか、今はソバ屋をしているはずだ。まあ、この私の親友なのだから間違いない。予算をたっぷりつけて、すぐに開学の準備に入らせよう。

 

ガートルード: すばらしいお考えだと思います。

 

クローディアス: キャンパスにはこの宮廷から通学したらいい。どうだ。

 

ガートルード: そうよ、ハムレット、ぜひ、ここに残って、皆でなごやかな王室をきずきましょう。

 

ハムレット: 母上までもが、そのようにおしゃるのであれば、したがうしかありません。

 

クローディアス: よくぞ言ってくれた!ハムレットよ。それでは(大きな声で)、そろそろ、昼の宴(うたげ)の時間だ。皆の者ついて参れ。

 

(盛大な音楽とともに、ハムレットを残して、全員退場)

 

ハムレット: 母上ともあろうものが、父の死後たったの2ヶ月で再婚してしまうとは。しかも、相手はよりによって、あの好色なクローディアス、汚(けが)らわしい男だ。しかし、よくよく考えてみれば、おれのこの体も、かなり汚れている。いっそのこと、この体がドロドロと溶けて消えてしまえば、面白いし、悩みもなくなるのだろうが、そう調子よく溶けるはずもない。困ったことだ。

 

(衛兵、ホレーシオなどが駆け足で登場)

 

ホレーシオ: (遠くから)ハムレット様~。ぜひ、お耳にいれておかねばならないことがあります。

 

衛兵A: ハムレット様~。

 

衛兵B: 殿下、殿下、オール電化~。

 

ハムレット: ああ、また、わけの分からない連中がやってきた。彼らが近づいてくる前に、ダッシュで逃げてしまおう。昨年の体力測定では、50メートル、ジャスト9秒だった。あそこの扉まで約20メートル、最近、運動不足だが、目標は4秒だ! (時計を見て)今、9時52分43秒だ、45秒でスタートしよう!3、2…、おや、まてよ、あそこにいるのは我が友、ホレーシオではないか。

 

ホレーシオ: (遠くから)ハムレット様~、お待ちください。私です、ホレーシオです。

 

ハムレット: ああ、ホレーシオ。なぜ、ここにいるのだ。いつ到着したのだ。いずれにせよ、よく来てくれた。君ならいつでも大歓迎だ。それにしても、ひどい田舎でびっくりしただろう。ここにあるのは、酒と、肉と、道楽だけだ。他には何もない。父上が生きていた頃は、こうではなかったのだが。

 

ホレーシオ: じつは、昨晩、そのお父上にお会いしたような気がするのです。

 

ハムレット: 何を言っているのだ。君まで頭がおかしくなってしまったのか。ホレーシオよ。このエルシナノ宮殿に漂うウィルスが、君の精神までをもむしばみはじめたようだ。すぐにマスクをしたまえ。悪いことは言わない、早く国に帰った方がいい。

 

ホレーシオ: いいえ、ここにいる者全員が目撃したのです。昨晩も見たと申しております。いや、どうやら、かなり以前からお姿をあらわしていたようです。

 

ハムレット: まちがいないのか。本当に父上の姿をしていたというのか。

 

ホレーシオ: 確かにそのとおりでございます。ここにいる衛兵2人も証人です。

 

衛兵B: 確かに、見ました。間違いありません。(衛兵Aに向かって小声で)何かご褒美(ほうび)もらえるかな。ワクワク!

 

衛兵A: (小声で)ちょっと、黙ってろ!

 

ハムレット: 父の姿をした亡霊が出たというのか。しかも繰り返し。そうか、よし、わかった、今晩はおれも行くこととしよう。そして亡霊に会えるまで城壁から一歩も動かないぞ。

 

衛兵B: (衛兵Aに向かって小声で)もし、今晩、たまたま出なかったらどうするんだろうね。かなり寒いし、トイレにだって行かなければいけないし、一歩も動かないってのは、いくらハムレット様でも、ちょっと無理なんじゃないかな。それに、亡霊が出るのは、夜だけだから、昼間までいる必要はないし、メシだって喰わなくちゃいけないし・・・。

 

衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で)お前はしばらく黙っていろ。かたい決意を示す比喩的な表現だ!

 

ハムレット: それでは、今晩 9時に城壁で会おう!

 

ホレーシオ: では、我々全員で、お待ちしております。(ホレーシオとバーナード退場。)

 

衛兵B: (小声で)えー!また行くの。おれも絶対、行かなきゃだめ?

 

衛兵A: 当たり前だ!どうやらあの亡霊は、お前の背中が好きなようだからな。お前がいないと出てこないかもしれない。

 

衛兵B: さっきから、どうも、髪の毛の先端が痛むのです。前髪の先っぽが、ズキズキ、ムカムカするんです。だから、今日は、お休みします。

 

衛兵A: だったら坊主にしてやる!来い!耳引っ張ってでも連れて行くからな!

 

衛兵B: あ、それパワハラですよ!

 

衛兵A: 緊急事態だ。お前も兵士だろ。当然の義務だ。来るんだ!(退場)

 

衛兵B: そこまで言われたら、まあ仕方ないか。あれ、誰もいないや。ねえ、みんな、ちょっと、待ってよ。無視しないでよ。おれも絶対行くんだから。(退場)

 

ハムレット: 父の亡霊がでた。そうか。ここ最近、ずっと悪い予感がしていたのだ。父が死んでからたったの2ヶ月での母の再婚、たったの2ヶ月だ。何かがあるとは思っていた。ようし、おれは会うぞ。会って、この目で確かめるのだ。夜が待ち遠しい。

 

森の妖精(語り手): 最後まで読んでくれてどうもありがと~。そろそろ何かが起こる気配ですね。次回もぜひ読んでくださいな。まったねー。

 

 月に1回程度アップして、5、6回で完成させる予定です。

 

 

  シェイクスピアの悲劇をもとに、たあいもない戯曲をつくってみました。名作『ハムレット』の物語の枠組の一部を利用して、冗談を盛り込むことを目的とした、ナンセンスな戯曲です。思えば、最近、冗談やギャグにたいして、あまり寛容であるとはいえない風潮が強まっているかもしれません。しかしながら、シェイクスピアの作品にも笑いの要素がたくさん盛り込まれています。ですから、このとるに足らない作品につきましても、寛大なお気持ちでお読みいただき、楽しんでいただけたらと思います。

 月に1回程度アップして、6、7回で完成させる予定です。

 

    『なにせにせものハムレット伝』

 

第1回

 

今回登場する人物

 

  ホレーシオ・・・・・・・・・・・・ハムレットの親友

  バーナード ・・・・・・・・・・・城の見張り担当の将校

  ハムレットの父の亡霊・・ クマデン王国の先王

  衛兵A ・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番 

  衛兵B・・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番

  森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手

 

11

 

森の妖精(語り手): どこにでも、ありそうで、なさそうな田舎の小国クマデン王国。ここは、四方を山にかこまれ、平和と自然を愛するのどかな国。そう、つい最近までは・・・。

 場面はエルシナノ宮殿の城壁の上。夜の寒さのなか、見張り番の衛兵2人が、たき火で暖をとっています。ここ数日、深夜すぎに、あやしい物の怪(もののけ)が出没するという噂が、兵士たちのあいだにひろまっており、夜の見張りを嫌がる者が増えています。しかし、そんななかでも、このお気楽な2人は、特別割り増しボーナスとひきかえに、連日連夜、寒さに凍えながら、懐(ふところ)をあたためています。はて、さて、どんなことが起こりますやら。

 

衛兵B: 隊長、起きてください、仕事中に、寝ないでください。こんなに寒いところで居眠りしたら、お化けになっちゃいますよ。

 

衛兵A: お、どうかしたか。

 

衛兵B: 今、寝てましたね。

 

衛兵A: いや、寝てない。

 

衛兵B: 寝てましたよ、よだれたらしながら。そのよだれ、もうすこしで凍ってしまうところでしたよ。まったくもう。寒いったらありゃしない。せめて、美味しいものでもあったら、ちょっとは元気もでるんですけどね。

 

衛兵A: まあ、美味しいものは我慢するとしても、確かに寒いな。ここのところ、経費節減のため、薪もすくないから、たき火の炎にも、まったく元気がない。まさに風前の灯火(ともしび)といったところだ。万一、この火が消えてしまったら、それこそ本当に寒くなってしまうだろう。おい、そういえば、風がだんだんと強くなってきたような気がしないか。いや、気のせいではない。おい、突風だ。火が消えそうだぞ。なにかで風を防ぐんだ。なんでもいい。そうだ、おまえのその上着だ。それを脱いで風を防ぐんだ。ついでに燃やしてしまってもいいぞ。おい、早く脱げ!

 

衛兵B: そんなこと言ったって、腕がひっかかって・・・。そう簡単には脱げませんよ。女の人から、「脱げ」なんて言われたら、気合いも入るんですけどね。

 

衛兵A: あ~あ、ぐずぐずしているから、消えてしまったじゃないか。しょうがない。もう一回点けるとするか。火種にするから、そこのゴミ箱から、なにか燃えそうなものをあさってこい。昨晩、食べた弁当の箱のなかに割りばしかなにかがあるだろ。

 

衛兵B: ゴミ箱あさりっすね、おっけー! 真っ暗いなかで、ゴミ箱に手を突っ込むっていうのも、かなりいけてますよね。なんつーか、こー、ぬるぬるするものもあるし。あ!エビフライのしっぽみっけ、身もちょっと残ってるし。大体、お弁当のエビフライなんて、衣が8割、エビが2割なんて場合も多いじゃないですか、でも、しっぽの部分には必ずエビが入ってるんだから、そこを食べ残すなんて、なんてもったいないことをするんでしょうね。おいし!ぷりぷりします。

 

衛兵A: おい、変なもの食って、腹こわしても知らんぞ。さっさと、燃えそうなものもってこい。

 

衛兵B:へーい。 

 

衛兵A: よし、と。まず、弁当箱をちぎって、丸めて、その上に割りばしをのっけて、よし準備完了!いいか、おれがマッチを擦(す)ったら、そっと吹くんだぞ。やさしく。そーっとだ。人の耳元に息を吹きかけて、ゾクッ、とさせる時みたいに、そーと、だぞ。OK いいか、いち、にの、さん!さあ、吹け、吹くんだ!

 

(衛兵Aマッチを擦る。衛兵Bは衛兵Aの耳元に息を吹きかける。)

 

衛兵B: ふ~、はぁ~、どうですか。

 

衛兵A: いや、誰がおれの耳に息を吹きかろと言った!

 

衛兵B: いや、なんか、そうしろって、言われたような気がしたんで。笑いの基本かなと…。

 

衛兵A: ばかやろう、俺たちは芸人ではないのだ。あれが最後のマッチだったのに。もう1本も残っていない。しかしだ、な、なぜかわからんが、なんだかこー、少し気持ちが、なんていうか、こー。ところで、おい、おまえ、さっき、寒いと言ったな。よし、おれが暖めてあげようじゃないか!ちょうど良い、上着も脱いでおるではないか。

 

衛兵B: やめてくださいよ。仕事中にその気になったらどうするんですか。

 

衛兵A: 冗談だよ。お前が、先にふざけたんだからな、文句は言えんだろう!

 

衛兵B: そっか、なんか、ちょっと期待したんだけどな。

 

衛兵A: なんだと!

 

衛兵B: いやまあ、なんていうか、なにかしていないと、ぜんぜん退屈だし。そうですねぇ、じゃあ、気持ちだけでも明るくなるように、クイズでもしませんか。

 

衛兵A: ええ? また、めんどくさいことを言う。でも、時間もたっぷりあることだし、まあよしとするか。

 

衛兵B: それでは、じゃじゃーん。第一問、テニスで相手の選手が打った球を、ネット際で、ノーバウンドで打ち返すことを、なんていうでしょ~うか?スマッシュの方じゃないよ。

 

衛兵A: ふん、「ボレー」てんだろ。

 

衛兵B: だったら、もうちょっと難しいやつ。「働けー」というかけ声と反対の意味の言葉は?

 

衛兵A: うーん、「休めー」か?

 

衛兵B: 残念、「さぼれー」でした。じゃあ、最後の問題でーす。レトルトカレーの元祖といえば?

 

衛兵A: そりゃ「ボンカレー」だ。おまえ、亡霊って言葉のだじゃれのつもりだろうが、クオリティが低すぎだ。だいたい、「さぼれー」も「ボンカレー」も、「ボ」と「レ」しか合ってないじゃないか。もっとましな問題はないのか!

 

衛兵B: ちょっとは楽しい気分になれるかなって、思ったんですがね。それにしても、本当に、毎日、毎日、律儀な亡霊ですね。 私なんて、もうすっかり慣れっこになってしまいました。それに、他の衛兵たちが嫌がるおかげで、割り増しボーナスまでもらえちゃったりしてますからね。このまま毎晩ずっと、適度に出続けてもらえると、懐(ふところ)の方はかなり暖かくなりますね。でもそれにしても、寒いですね。(ことさらに強く)バーナーでもあればな~。ドーと火がつくんだけどな。 バーナー(ことさらに強く)があれば最高でしょ。ねえ、ねえ、今のギャグ分かりました?バーナードっすよ、バーナード!あの人たちも、そろそろ来る頃でしょ。

 

衛兵A: どうしておまえは、だじゃれなしで、話すことができないんだ。そういえば、もう、夜中過ぎだ。(コツ、コツ、コツという靴音が、だんだん近づいてくる。)あ、足音がする。だれかきたぞ。

 

ホレーシオとバーナード登場。

 

衛兵A: おい、誰だ、名を名乗れ。

 

バーナード: バーナードだ。

 

衛兵B: え、なんですって。よく聞こえませんでした。もう一度、お名前を、はっきりとおっしゃっていただけませんか。

 

バーナード: バー、ナー、ドだ。 ホレーシオも一緒だ。お前こそ誰だ。

 

衛兵B: えへ、えーへーでーす。バーナード将校様。今、ちょうど、あなた様のお話をしていたところであります。なにを話していたかは秘密ですがね。

 

バーナード: どの程度の話していたかは、だいたいの想像はつくがな。それはともあれ、ホレーシオよ、ここが現場なのだ。

 

ホレーシオ: 真夜中を過ぎると、このあたりは本当に暗いですね。月でも出ていれば、いいのですが。

 

衛兵B: 真っ暗で、自分の足も見えないほどですよね。

 

ホレーシオ: 私が読んだ書物によると、東洋のお化けには足がないそうです。もちろん、私は信じてなどいませんが。まあ、もしかしたら、あなたは近視という病かもしれませんね。一度、医者に診てもらうといいでしょう。

 

衛兵B: (小声で)インテリという連中は冗談というものをしらない。

 

衛兵A: (小声で)おまえの言うことがくだらなすぎるからだ。それに、今のは、もしかしたら冗談かもしれない。レベルが高すぎて、おれには判断できん。

 

ホレーシオ: それは、さておき、亡霊などという非科学的なものが、本当に存在するのでしょうか。この目で確かめない限りは、とても信じることはできません。

 

(衛兵Bの背後に、亡霊がひっそりと登場する。まだ、誰も気づかない。)

 

バーナード: このとおり、ホレーシオはぜんぜん信じてくれないんだ。うーん、それはそうと、見張り番の君、少しばかり身長が伸びたように見えるんだけど。なんというか、こう、ちょっと大きくなったような気がするんだけど。

 

衛兵B: へへ、まあ! おれも、なかなか大きな男だからな。器(うつわ)の大きさとでも考えてくれたまえ。なーんてね。

 

衛兵A: いや、まて、ちょっとまて、でた、でたぞ。お月様じゃないぞ。亡霊だ! お前の後だ!真後ろ!! 振り返ってみろ!

 

衛兵B: うそー、いやだよ。なんで、よりによって、そんなところにでるの。怖いよ、振り向けない。動けない。ちびりそう。どうしよう。おかあさーん。

 

ホレーシオ: (冷静に)うーん、まさに、亡くなった王様の生き写しですね、いや亡霊ですから、死に写しとでも言った方が正確かもしれません。

 

衛兵B: どうでも良いから、なんとかしてよ~。背中が凍(こご)えそうだよ

 

衛兵A: まあ、落ち着け。そう騒ぐな。危害を加えそうな様子は、今のところはない。大丈夫だ、多分。ホレーシオに話しかけてもらうから、そのままじっとしていろ。いいか、動くなよ。

 

衛兵B: まじっすか。それに、いま「多分」って言ったでしょ。

 

バーナード: (ホレーシオに向かって)亡霊はラテン語しか話さないといわれている。そこで大学出のインテリ、ホレーシオよ、わざわざ、君に来てもらったのは、君なら、あの亡霊と話すことができるのではないかと思ったからなのだ。

 

ホレーシオ: わかりました。試してみましょう。(欧米人が日本語をしゃべるときのような口調で)ちょっと、そこの亡霊様、なにか、言ってみーてくださ~い。黙ってーいたのではな~んにも分からないではあ~りませんか。な~んどもでてくるのですから~、なにか、大~切な理由があるのではないでしょうか。このようにお会いすることができた、せっかくの機会ですので、ぜ~ひお話いただけると~ありがたいと~ぞんじます。ハーイ。

 

衛兵B: (傍白)うん、さすがは、インテリ。違いますね!なぜか、俺にも理解できる、分かりやすいラテン語だ。これがラテンのリズムっていうのかもしれない。(亡霊に向かって)あのー、それはさておき、亡霊様、恐れ入りますが、ちょっとだけ、私から離れてもらえると、ありがたいのですが。ほんのちょっとだけで良いんですけどね。

 

(亡霊、足早に退場。)

 

ホレーシオ: 今の、あなたの言葉に、ひどく気分を害したようです。怒りの表情をうかべ、荒々しい足どりで向こうの方に行ってしまいました。

 

衛兵B: (急に強気になって)くそー。脅かしやがって。ばか、ばか、ばーか、石ぶっつけてやる。 あれ、消えちゃった。

 

衛兵A: 亡くなったとは言え、王様の姿をした亡霊に向かって、石を投げるとは許し難い行為だ、化けて出るかもしれんぞ。

 

ホレーシオ: そうですね。しかしながら、亡霊というのはすでに死んだ存在です。ですから、「化けて出る」という表現には、やや論理的な矛盾があるかもしれませんね。冗談はさておき、あの亡霊は、このクマデン王国に大きな危機が迫っていることを、伝えようとしているのではないでしょうか。亡くなった先王が、この国の先行きを憂(うれ)えて、黄泉(よみ)の国からわざわざ、もどってきてくださったのかもしれません。ですから、一刻も早く、このことをハムレット様にお伝えしなくてはいけません。さあ、皆で参りましょう。

 

衛兵B: え、皆で行くの。おれも行っていいの。行く、行く、行きまーす。やったー。王子様に会えるぞ。

 

 

 

 

最後までお読みいただき、どうもありがとうございます。

次回に続きます。

 

 

おにぎり山ふもと歳時記(35)

 

 

 12月に、マメトラのガソリンを抜いた。タンクを空にして、春までおやすみ。おうちのなかでは、ペレットストーブに炎がともり、薪ストーブもすこしずつ稼働しはじめた。就寝時には、豆炭あんかが、おふとんをあたためる。

 末には、干し菜をつくった。大根を収穫したあと、のこった葉っぱでたくさんつくったけれど、食べきれるかな。切り干し大根もすこしだけ。どちらも大好物。

 

軒下で風に踊る大根菜

 

 1年つづけた畑の歳時記は、一時中断。

 

 つぎは、数年前に書いた戯曲を、何回かに分けて掲載してみようかな。『ハムレット』のパロディだけど、だれか読んでくれるかな。かな、かな、かな。