33

 

今回登場する人物

 

ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子

クローディアス・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父

ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母

ポローニアス・・・・・・ 宰相、クローディアスの相談役

ローゼンクランツ・・・・・・ハムレットの幼少期の友人

ギルデンスターン・・・ ・・ ハムレットの幼少期の友人

森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手

 

森の妖精(語り手): お芝居の上演は大騒ぎのなかで、中断されてしまいましたね。クロちゃん、いや、国王クローディアスは大慌(おおあわて)で、思わず我を忘れてしまいました。この後一体どうするつもりなのでしょうかね。それはさておき、今、舞台の上では、ハムレットのお母さんのガートルードが、落ち着かない様子で自室のイスに座っており、その周りをポローニアスが何やら忙しそうに動きまわっています。どうやらハムレットがやって来るのを待っているようです。後は、読んでのお楽しみ。

 

ポローニアス: ハムレット様もそろそろ来る頃でしょう。私はこのカーテンの裏に隠れて、様子をうかがっております。いざという時には、このポローニアスめが、即座に王妃様の身の安全を確保いたします。何を隠そう、この私、かつて忍者の修行をしていたことがございます。厳しい修行に耐え、忍びの術を極めました。年をとったとはいえ、まだまだ現役でございます。ですから、王妃におかれましても大船に乗った気持ちで、ハムレット様とお話しください。

 

ガートルード: 忍者の修行ですか。さきほどは役者の修行をしていたと言っていたような気がするのですが。それほど深刻な話にはならないとは思いますが、せっかくですから、お願いしますわ。

 

ポローニアス: あ、靴音がします。それでは、この私はカーテンの裏に。(口で)サ、サ、サ、サ。

 

ハムレット: (遠くから)母上、母上様。

 

ガートルード: ここにいます。ハムレット、こちらにおいで。おまえにききたいことがあるの。先ほどの、あのお芝居は一体なんだったの?父上はたいそうお怒りですよ。

 

ハムレット: そのとおり。分かっているではありませんか。父上は本当にお怒りです。

 

ガートルード: あなた一体何を言っているの。支離滅裂だわ。

 

ハムレット: 母上こそ立派な父上をお忘れになってしまったのでしょうか。しかも、あのような軽薄な男と再婚するとは。あの男はハレンチで、とんでもない臆病者だ。もしかしたら、父上のことをお忘れなのではないかと思い、写真を持って参りました。この写真を見てごらんなさい。近づいて、しっかりごらんください!(一方の手をガートルードの首にまわし、他方の手で写真を見せる)

 

ガートルード: 首から手を離してちょうだい、ハムレット。痛いわ!

 

ポローニアス: (隠れているカーテンの向こう側から)なに、もしや、ハムレット様がガートルード様の首を絞めているのか。これは一大事だ。誰か助けを呼べ! 助けてくれー!人殺しだ!

 

ハムレット: 声が聞こえたぞ。カーテンの向こうに誰かいるな。この剣をを食らえ。死ね、死ね。(持ていた短剣で刺す)。もう、一発くらえ(もう一度刺す)。やった、ついにやったぞ。手応えもあった!クローディアスよ、ついに年貢の納め時がきたな。これでようやく終わった。(カーテンを開けて、刺した相手がポローニアスであることを確認)ああ、何だ、残念。おまえか、ポローニアスよ。おまえは本当にばかだな。おとなしくし引っ込んでいれば良いものを。そんなところに隠れていたら、誰だってクローディアスだと思うに決まっているだろう。

 

ガートルード: ああ、死んでしまった。人殺しだわ、なんて残酷な。

 

ハムレット: 私が残酷ですって、父を殺した男と結婚するのと、どちらが残酷でしょうか。

 

ガートルード: ハムレット、あなたが何を言っているのか、私にはさっぱり分からないわ。

 

ハムレット: どうか父上を思いだしてください。勇敢で人々の尊敬を集めていた立派な王だった。

 

ガートルード: きっと、立派な人だったのでしょうね。

 

ハムレット:  この写真をしっかりと見てください。思い出しませんか。

 

ガートルード: それが全く憶えていないの。どんなに偉大な人でも、もしその人が雲の上に立っていたら、地上からはその姿は見えないでしょ。豆粒ほどの大きさにも見えないものよ。そんな人だったの。だから、私はその姿を自分の〈心の眼〉で見たことがないの。見たことがないものを憶えているわけがないでしょう。たとえ、今、目の前に立っていたとしても、見えはしないわ。

 

ハムレット: 何ということを。父上が聞いたら、さぞかしお嘆きになることでしょう。脂ぎったクローディアス、遊び好きの下品な飲んだくれ、あの男なら母上の心の目に映るというのですか。

 

ガートルード: そうよ、映るわ。昔は、なにも見えていなかった。いえ、見えていないことにすら気づいていなかったの。夫を下品で飲んだくれだと言うのは構わないけれど、私だって、一皮むけば、同じようなものよ。私、今になってようやく愛というものを知ったの。

 

ハムレット: 母上の心が、あのクローディアスと同じだと言うのですか!手をつないでベッドのなかに倒れ込んで情欲の限りをつくす。そんなものが愛でしょうか。

 

ガートルード: 愛なんてそんなものだわ。立派で美しい愛なんて、私には最初から無理だったんだわ。分かったら、もうやめてちょうだい。

 

ハムレット: いいえ、やめません。いいですか、母上・・・。

 

 (先王[ハムレットの父親]の亡霊登場。)

 

亡霊: ハムレットよ、レットよ、レットよ、ガートルードを、ルードを、ルードを、ルードを、苛(さいな)んでは、では、では、いけない、ない、ない、ない。

 

ハムレット: ああ、父上、どうなされましたのでしょうか。分かりました、母上への態度は改めます。

 

ガートルード: (ガートルードには亡霊の姿が見えない)ハムレット、あなた、どうしたの。そこには誰もいないわよ。あなた、一体、誰と話しをしているの。

 

ハムレット: 母上にはあのお姿が目に入らないのでしょうか。ほら、そこに立っているではありませんか。暖炉の前です。本当に見えないのですか。

 

ガートルード: 誰もいないわよ。そこには暖炉と壁しかないわ。ああ、あなた、まさか気が違ってしまったの。最近、様子がおかしいとは思っていたけれど・・・。なんということでしょう。私が再婚などしてしまったからなの。

 

ハムレット: いいえ、母上こそ、あのお姿が見えないのでしょうか。苦悩と怒りに満ちたあのお顔が。 ああ、行ってしまう。父上、父上、お待ち下さい。ああ、母上、あのお姿が本当に見えないのですか。

 

 (亡霊退場)

 

ガートルード: 私には何も見えなかったわ。

 

ハムレット: なんということだ。だが、しかし、黄泉の国からはるばるやってきた父上に免じて、せめて今日だけでもクローディアスとの享楽(きょうらく)をお慎みください。

 

ガートルード: (傍白)ああ、ハムレット、あなた、気が違ってしまったのね。私が再婚してしまったからなのね。最近、様子がおかしいとは思っていたけれど、まさか理性まで失ってしまうなどと思ってもみなかった。かわいいハムレット、どうしたら正気にもどってくれるのかしら。分かったわ、全てあなたの言う通りにするわ。だから、心配しないで。これからはあなたのために生きることにしましょう。

 

ハムレット: いや、やはり、思いのままに生きてくださって結構です。父との約束ですので。(ポローニアスの遺体を指さし)それにしても、こいつには悪いことをした。まとわりついてうるさい奴だったが、命を奪ってしまったことは、後悔しています。ただ、私にはやるべきことがあるのです、たとえこの命を落とすこととなったとしても。ですので、こいつの死を悼んでいるひまは今はありません。ただ、遺体をずっとここに置いておく訳にはいきませんので、かたづけてきます。おやすみなさい、母上。ごきげんよう。(ポローニアスの遺体を引きずって退場。)

 

4幕1場

(クローディアスの私室。クローディアスが落ち着かない様子で一人考え事をしている。)

 

クローディアス: (傍白)まずい。本当にまずい。どんなに美味しいものを食べても本当にまずい。こんなことは生まれて初めてだ。ポローニアスが殺されてから、3日が経つ。もう3日だ。ハムレットのやつは一体どこに身を潜めておるのだ。ポローニアスの遺体を一体どこに隠したのだ。この城のどこにそんな秘密の場所があるというのだ。それとも、考えたくはないが、すでに城の外に逃れたのか。だとしたら、本当の危機だ。ハムレットは絶対に気づいている。気づかれてしまった以上は、一刻も早くあいつをクビキリ王国に送って、首を切り落とさせねばならぬ。一刻も早くだ。それまで、私の魂に平穏が訪れることはないのだ。

 

貴族1: 陛下、ご報告があります。ローゼンクランツ様とギルデンスターン様がやってまいりました。

 

クローディアス: すぐ通してくれ。ああ、待っていたぞ、ローゼンクランツとギルデンスターン。さっそくではあるが、君たちに折り入ってお願いがあるのだ。ぜひ、我が愛するハムレットとともに、クビキリ王国を訪問してほしいのだ。ここに君たち3人を盛大に歓迎するよう記(しる)した、書状がある。到着し次第、国王に渡してくれ。最大限のもてなしを受けることであろう。あちらでの滞在を、存分に楽しんくるがよい。よろしく頼んだぞ。

 

ローゼンクランツ: 「最大限のもてなし」とは、全く身に余る幸せに存じます。

 

ギルデンスターン: お計らいに、心より感謝申し上げます。

 

クローディアス: いつでも出発できるよう、すぐに準備にとりかかってくれ。

 

ローゼンクランツ: 仰せの通り、すぐに荷造りにとりかからせていただきます。

 

ギルデンスターン: (ローゼンクランツに向かって小声で) あそこは容赦ない処刑で有名な国じゃないか。無事に帰って来ることができるだろうか。

 

ローゼンクランツ: しかし、酒が美味しいことで有名な国でもあるぞ。それに、俺たちのような、どうでもいい人間の命までは奪わないだろうよ。今さら逃げることもできないし、どうしようもないじゃないか。行って美味しいものを腹一杯食べて、帰ってくるのだ。

 

ギルデンスターン: 生きて帰ってくるのだ。それが全てだ。あ~あ、やれやれだ。

 

(ローゼンクランツとギルデンスターン退場。その後、ハムレットが貴族2に付き添われて登場)

 

貴族2: ハムレット様をお連れしました。

 

ハムレット: お久しぶりでございます。ご機嫌うるわしゅうでございますでしょうか、陛下。

 

クローディアス: ハムレットよ、なんということをしてくれたのだ。ポローニアスの遺体をどこに隠したのだ。

 

ハムレット: 今頃、ポローニアスはとっても楽しいお食事の最中であることと思います。

 

クローディアス: ハムレットよ!私はまじめに聞いておるのだ、ポローニアスは今どこにおるのだ。

 

ハムレット: いやいや、私だって真面目ですよ。少々頭がおかしくはなってはおりますが、それ以外はまったく真面目です。多分ほとんど全く正気です。ところで、ポローニアスについてですが、実は彼は食べているのではなく、食べられているのであります。ウジ虫どもにね。何といっても、ポローニアスは、これまで美味しい食事を毎日たっぷり食べてきましたので、そろそろ食べられる側に回っても良い頃かと思いましてね。まあ、そんなわけで、今週中に見つからなければ、図書館に通じる渡り廊下の階段の下あたりを探すと、イカの塩辛のような香りがすることでしょう。イカン、イカン、イカン!

 

クローディアス: すぐに探しにいけ。ハムレットよ、こうなってしまった以上、お前の身の安全を最優先に考えねばならん。この期に及んでは、もはや私にはいかんともしがたい。状況が落ち着くまで、しばらくクビキリ王国で静養してきてほしい。

 

ハムレット: 「いかんともしがたい」ですと!なるほど。ところで、陛下はご存じなのでしょうか、イカの足は10本です。ところが…。

 

クローディアス: また、例の悪ふざけか。おまえこそ、いつもヘリクツばかりじゃないか。もうマンネリだぞ。私はもう飽きた。それに何より私は真剣に話をしておるのだ。

 

ハムレット: おっしゃるとおり、確かにマンネリです。これは一本とれらました。次からは改めましょう。しかしながら、私も今とても真剣なのです。いいですか、よく聞いてください。イカの足は10本です。もし私がその足を2本食べてしまえば、残りは8本です。タコと同じではありませんか。それに、タコ焼きのなかに、イカが入っていたとして、一体誰が気がつくでしょうか。まあ、そこがイカんところなんですが。この立派な教訓は、あらゆるものにあてはまります。あなたにも!

 

クローディアス: (傍白)やばい、こいつは、本当に気づいている。気も狂ってなどいない。なんとかしなければ、大変なことになる。

 

ハムレット: それでは母上、お別れのチューをさせていただきます。

 

(クローディアハムレットを押しのける)

 

クローディアス: やめろ! 気色悪い。おれはおまえの母親ではない。おい、やめろと言っておるのだ!

 

ハムレット: いえいえ、それは違います。あなたは私の母上なのです。だって、あなたも母上も同じ2本足ではありませんか。ということは、あなたは私の母上と同じということになるのです。理解していただけましたか。分かっていただければ結構です。それでは、母上、お別れのチューをさせてください。ぜひとも熱烈な口づけを。

 

(ハムレット、クローディアスにキスをする。)

 

クローディアス: おい、誰かティッシュをとってくれ。おまえとうとう狂ったな。そんなことを言うのなら、お前だって2本足ではないか。

 

ハムレット: 確かに、そのとおりです。おっしゃるとおり、私と王妃は同じ2本足です。ということは陛下と私は夫婦ということになります。ならば、夫婦の契りを交わそうではありませんか!

 

クローディアス: (さえぎるように)もう良い、ハムレット 、もう何も言うな。いいか、それ以上何も言うなよ。それ以上おれに近づくんじゃないぞ。そう、そこでじっとしているのだ。そうだ、動くなよ、よろしい。これでようやく落ち着いて話をすることができる。いいか、ハムレット、よく聞くのだ。こうなってしまった以上、できるだけ早くクビキリ王国に向けて出発した方が良い。すぐに出発するのだ。それがおまえのためなのだ。分かったら、すぐに準備にかかってくれ。

 

ハムレット: 国王陛下には逆らえませんからね。へー、へー、分かりましたよ。陛下様々。逆さま様々。世の中逆さま。(退場)

 

クローディアス: クビキリ王よ、書状に記したとおり、到着し次第、間違いなくハムレットを殺すのだぞ。失敗は許されない。容赦のない首切りで出世したおまえの本領をみせてくれ、頼んだぞ。(遠くから叫び声が聞こえ、あわてた様子でガートルードが登場する。)

 

ガートルード: あなた、大変です。レアティーズが父ポローニアスの死の知らせうけて帰国してきました。あなた犯人だと叫びながら、炎のような勢いでこちらに向かってまいります。あなたを殺すと叫んでいるそうです。

 

クローディアス: 放っておけ。私にはやましいことなど一つもない。だから逃げも隠もせん。隣の部屋で待っておる。来たら、そのまま通してかまわんからな。(傍白)どうせ、あいつの父親を殺したのはハムレットなのだから。それに、レアティーズをうまく使えば、ハムレットの問題に一気にけりをつけることができるかもしれん。何と言っても素直なレアティーズは扱いやすいからな。渡りに舟とはこのことかもしれん。よし、もうひと頑張りだ。

 

森の妖精(語り手): うーん。クロちゃん、やっぱりなかなかの悪人ですね。ハムちゃんもピンチの連続です。がんばれ~。次回が楽しみです。気長に待っててね!

 

3幕1場

 

今回登場する人物

 

ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子

クローディアス・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父

ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母

ポローニアス・・・・・・ 宰相、クローディアスの相談役

ホレーシオ・・・・・・・・ ハムレットの親友

森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手

役者1・・・・・・・・・・・・・・・旅回りの劇団の団長

その他の役者

 

森の妖精(語り手): 宮殿の大広間に仮設の舞台が設置され、着飾った貴族たちが続々と集まってきました。ハムレット様が楽しみにしていたお芝居が始まるようです。それにしても、今夜は、皆、かなりおめかししてますね。お城での生活って、案外ヒマなのかもしれません。けれども、そんなお気楽な気分を吹きとばしてしまいそうな、大変な事が起こりそうな予感が…。当たらなければ良いのですが。あとは読んでのお楽しみ。

 

ハムレット: お客もかなり集まってきた。そろそろ開幕の時間だが、準備はできたかな。

 

役者1: 万全です。いつでも幕を開けることができます。

 

ハムレット: わかった。私が相図(あいず)をしたら、始めてくれ。

 

役者1: 了解しました。(退場)

 

ハムレット: さて、我が友ホレーシオよ。打ち合わせどおり、君にはこの席からクローディアスの様子をしっかり見張っていてほしい。劇の最中に、少しでもおかしな様子があったら教えてくれ。

 

ホレーシオ: お任せください。一瞬の表情の変化も逃さぬよう、まばたきする暇も惜しんで、凝視(ぎょうし)しつづけます。

 

ハムレット: 頼んだぞ。芝居が終わったら、教えてくれ。(広間全体に響き渡る大きな声で)さて皆さん、そろそろ開幕の時間です。ご着席ください。

 

ポローニアス: (間髪を入れず、大きな声で) それでは、お芝居に先だって、この私ポローニアスが、一言ごあいさつせねばなりますまい。うん(咳払い)。

 

ハムレット: (傍白)なんだと、あいさつなど頼んでいないぞ。目立つことが好きなやつだな。

 

ポローニアス: さて、皆さん、何を隠そうこの私、学生の時分に演劇をかじったことがございます。いや、決して食べた訳ではございませんよ。プロの役者を目指して日々練習にはげみ、将来を嘱望(しょくもう)された有望新人であったのです。「嘱望」と申しましても、髪の毛を増やそうとしたわけではありません。ちなみに、これは地毛でありますが、それ程までにこの私が有望な役者であったという意味なのでございます。実際に舞台に立ったこともあります。議事堂の前で殺されるジュリアス・シーザーの役でございましたが、立派な死にっぷりであると絶賛されたものです。実際のところ、劇のなかで死ぬのはそれほど悪いことではございません。大いに目立つことができますし、何度でも生き返ることができるのですから、こんなに面白いことはございません。じっくりと時間をかけて息絶えるのがコツであります。今日のお芝居でも見事な絶命シーンを見ることができるかもしれません。楽しみにしております。なにやら物騒な話となってしまいましたが、今宵は和やかな雰囲気のなか、ハムレット様プロデュースの素晴らしい演劇とともに、夜のひとときを過ごしましょう。それでは、ハムレット様にマイクをお譲りいたしましょう。

 

ハムレット: さて、ようやく、長~いお話が終わりました。ネタがすべっても心が折れないところが、役者向きですね。才能は十分にあると感じました。今からでも遅くはありません、ぜひ転職をお勧めします。まあ、どうでもいい話はさておき、気をとり直して、ノリノリでいきましょう。皆さん居眠りしていませんか。そこの飲み過ぎのあなた、起きてますか。そちらの食べ過ぎのあなた、眠くありませんか。そして、一番上段の特等席にお座りの、何かのしすぎのお2人、お元気にしてますか。今宵は、皆さまのために素晴らしい傑作をご用意いたしました。芝居の題名は、『美しき熟年女性-美徳のよろめき』です。 さて、それでは、皆さん、イッツ、ショー、タイム!・・・の前に、ちょっと、タイム! 始まる前に、この私ハムレットが物語の解説をさせていただきます。舞台は、文化の都ウィーン。そこで実際に起こったある殺人事件を題材にした作品です。 

 

クローディアス: ハムレットよ、なかなか刺激的な題名だが、ここで上演して差し障りのない内容なんだろうな?筋書きはきちんと把握(はあく)してあるのか。

 

ハムレット: もちろんです。心にやましいものさえなければ、なんの差し障りもありません。実話にもとづいた物語で、人の精神を深くえぐり取る、リアルドキュメンタリーとでも呼べそうな傑作でございます。それでは、開演!スタート!

 

(古風な音楽)

 

劇中の王: 我が人生の旅路も終わりにちかづいた。

私に残された時間はもはや長くはない。

もし、私の命がつきたなら、どうか、おまえは再婚し、残りの人生を幸せに暮らしてほしい。

人生とは、大海原を泳ぐ遠泳のようなもの、力尽きたものから消えてゆくのだ。

 

劇中の王妃: 陛下、何ということを…

結婚とは海原をゆく一隻の船、命つきるとも、ともに航海をつづけ、決して後悔しないもの。

たとえ陛下が亡くなられても、私は再婚などせず、陛下とともに旅路を続けます。

 

劇中の王: それもよかろう。後悔なきよう生きるがよい。

私は眠くなってきた。一眠りするから、しばらく一人にしてくれないか。

 

劇中の悪役:(登場)

(ラップ調で歌う) しめ、しめ、めし、めし、めしの後

たらふく食って、お庭でお昼寝、優雅なご身分、不公平

しかも、王妃はべっぴん、いけてる女

ほしいぜ、ほしいぜ、もらっちゃえ~

今がチャンスだ、今がチャンスだ、迷わず、とまらず、即、実行

辺りを見回し、周囲を確認、指さし確認、ちょー、おっけー!

誰もいないぜ、猫もいないぜ、ネズミもいないぜ、やっちまおぅ!

ここにあるのは、効き目抜群、毒の薬(やく)、とっても危険な働き者

こいつを耳に流し込み、ぱっとこの場を立ち去ろう、

良い夢見ろよ、あの世でね、おれは、この世で良い夢を!

バイ、バイ、バイ、の、グッドバイ(退場)

 

劇中の王妃:殿下、そろそろお目覚めの時間かと、殿下、殿下、殿下!

ああ、何ということ、さきほどまでは、あんなに元気であられたのに

愛しい人が死んでしまった。ずっとお慕いつづけてきた立派な夫

私はあなたへの愛を胸に生きてゆきます。

 

劇中の悪役:(ラップ調で歌う)♪おい、おい、おい、おい、そこのベィビー 

ヘビーな気持ちにゃ、さっさとバイバイ

おれと一緒に、へい、へい、しないか

生きる歓び、愛しのベィビー! 

元気をだせよ、おれに任せて、楽しくやろう

従うだけの人生たぁ、違う楽しみ教えるぜ

何年たっても、何年たっても、いちゃいちゃ、ラブ、ラブ、チョーハッピー!

いくつになっても、いくつになっても

ラブ、ラブ、ラブ、それが本当の人生さ

カモン、カモン、俺の胸に、カモン、カモン 

 

劇中の王妃:♪(ラップ調で歌う)あん、あん、あん、ああん、あん

心の隙間に、希望の光がさしこんで、だんだん明るくなってゆく

過去は捨て去り、この世を楽しむ、それが世の常(つね)、人の常

私はあなたと暮らします。今日から、今から、すぐにでも。

 

クローディアス: (動揺して思わず立ち上がり、傍白) どういうことだ。なぜあいつが知っている。一体誰が現場を見たというのだ。他に誰が知っているのか。いやいや、落ち着かねば。私の誤解かもしれない。思わず立ち上がってしまったが、何とかこの場をごまかしてしまわねば。(広間に響き渡るほど大きな声で)もうよい。芝居は終わりだ。

 

ガートルード: あなた、どうかしました。どこか具合でも悪いのですか。

 

クローディアス: 何という、不謹慎。破廉恥極まりない。芝居は即刻中止だ。

 

ガートルード: 私の再婚をあてこするような話を上演するなんて、あの子も悪ふざけが過ぎます。

もはや私の手には負えません。

 

クローディアス: そのとおりだ。

 

ポローニアス: クローディアス様 、どうかなさいましたか。

 

クローディアス: いや、大丈夫だ、心配ない。ただ、この劇はあまりに不謹慎だ。我が宮廷にふさわしくない作品だ。全員を部屋にもどらせよ。(クローディアス、ガートルードとともに退場)

 

ポローニアス: 承知しました。(傍白)そうか、これから面白くなりそうだったんだが、仕方がない。(大きな声で)明かりをつけろ!国王陛下のご命令です。芝居は中止、各自すみやかに退席してください。繰り返します。芝居は中止です。全員、即刻、退席するように。

 

貴族1:(叫び声)明かりをつけろ!全員、退席。

 

貴族2:(叫び声)全員、直ちに私室にもどってください。

 

ハムレット: ホレーシオよ、あいつはとんでもなく動揺していた。

 

ホレーシオ: 火を見るより明らかです。それよりハムレット様、あちらからポローニアス様がやって来ます。

 

ポローニアス: ハムレット様 、ここにおられたのですか。ようやく見つけました。国王陛下は大変ご立腹のご様子です。それから、お母上がお部屋でお待ちです。すぐに行ってください。

 

ハムレット: なぜ、国王がお怒りなのか、おれには全く分からない。お前にはあいつ立腹させた、ホシの目星はつているのか。

 

ポローニアス: それはもう、言うまでもございません。もちろん、ホシのめぼしはついております。

 

ハムレット: そうか、それはよかった。それなら、今夜のおかずは梅干にしよう。たまにはおまえも粗食がいいぞ。毎日、油っぽいものばかり食べていると、早死にするぞ。

 

ポローニアス: おっしゃるとおり、今晩は粗食にさせていただきます。まだまだ死にたくはありませんので。

 

ハムレット: それはそうと、あそこに浮かんでいる雲、ほらあの雲だ、まるで鯨のようなかたではないか。

 

ポローニアス: おっしゃるとおり。まさに、鯨のようです。

 

ハムレット: なるほど、そうか。おまえにはあれが鯨のかたちをした雲に見えるのか。おれには天井しか見えないがな。医者に行った方が良いぞ。おれは母上に会いに行く。

 

(ポローニアス退場。 ハムレット、ガートルードの私室に向かって歩きはじめる。途中で、祈っているクローディアスを見つける。)

 

ハムレット: ああ、待て、あそこで祈っているのは、クローディアスではないか。今こそチャンスだ!真実が明らかとなった今、もはや迷う必要などない。死んでもらおう。この短剣で奴の胸を一突き、そう、たった一突きだ。それで全てが終わる。この苦しみも終わるのだ。さあ、いくぞ!いや待て、今、あいつは祈っているではないか。神に祈っている最中に殺したならば、死後、あいつの魂が救済されてしまうかもしれない。あの世でどんな裁きが下るかなんて、誰にも分からないのだから。地獄落ちが、絶対に確実な瞬間に殺すべきだ。酔ってわいせつな言葉を吐いている時、快楽におぼれている時、そんな時こそが復讐にふさわしいのだ。今は、おとなしく立ち去ろう。(退場)

 

クローディアス: ああ、神よ。我が罪深き魂を救いたまえ、と祈りたいところだが、祈ることができない。死後の救いを求めて祈りたいが、悔い改めることができないのだ。先王殺しという罪深い行為によって得られた生活のなんと楽しいことか。毎日が充実して、歓びにあふれている。ああ、愛しのガートルード、おまえには悪いが、ハムレットには死んでもらうしかないのだ。あいつがどのようにして、おれの罪に感づいたのは分からない。しかし、間違いなく真実を知っている。だから殺すしかないのだ、我々2人の幸せのために。しかも、この手をよごすことなく確実に始末しなくてはいけない。どうすれば、良いか。そうだ、外国で始末してもらえばいい。クビキリ王国で殺してもらおう。あの国の国王とは浅からぬ縁がある。王子を一人殺す程度のことはやってくれるだろう。(暗転)

 

森の妖精: あちゃー、ハムレット様ったら絶好のチャンスを逃してしまいました。それどころか、大大大ピンチ到来です。この後どうなっちゃうんでしょうか。絶対アップするから、気長にまっててね。

2幕4場

 

今回登場する人物

 

ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子

クローディアス・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父

ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母

ポローニアス・・・・・・ 宰相、クローディアスの相談役

オフィーリア・・・・・・・・ ポローニアスの娘

森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手

役者1・・・・・・・・・・・・・・・旅回りの劇団の団長

 

 

森の妖精(語り手): お城に旅回りの劇団やってきました。我らがハムレット様のお気に入りの劇団です。色々なことがあって、ささくれていたお気持ちも、ちょっとだけ回復したようです。でも、今回は、ハムレット様、ブチ切れとなりそうな予感。「プチ」ではなく、「ブチ」ですから、本人も周りも大変そうです。まずは、劇団到着の場面からお楽しみくださいな。

 

ハムレット: やあみんな、こんな田舎までよくやって来てくれた。歓迎しよう。景気はどうだい。お客は入っているかい。

 

役者1: 我々のような、昔ながらの劇団は、すっかり影が薄くなってしまいました。我々としても、歌と踊りを増やすなどして、何とか挽回しようとしているところであります。

 

ハムレット: 健闘を祈る。だが、世間はどうあれ、ここでは存分に実力を発揮していってほしい。そうだ、到着したばかりで悪いが、ここで何かつ台詞を披露してもらえないだろうか。

 

役者1: 喜んでご披露いたします。

 

ハムレット: それでは、えーと、あの台詞はどうかな。戦いに敗れた戦士が、人の一生を1本のロウソクに喩(たと)えた台詞だ。

 

役者1: お任せください。それでは「人の命は」のところから始めましょう。それでは…

人の命は1本のロウソクのよう

お誕生日のケーキの上に立てられて

誇らしげに、赤々と燃えさかり

毎年、1本ずつ増えて

華やかになってゆくものの

長さは刻一刻と短くなり

1本、また1本と消えゆく

ひとたび、燃え尽きてしまうなら

可燃ゴミとして

土台についたクリームもろとも捨てられて、

焼却炉の炎で焼かれ

燃えかすすら残らない

ああ、哀しきかな人の一生、ロウソクのごとし…

台詞は以上でございます。この後、主人公は残忍な結末へと向かってゆきます。

 

ハムレット: 相変わらず素晴らしい演技だな!主役の座は、あと10年は安泰だ。私が保証する。

 

ポローニアス: この私も学生の頃、演劇を少しばかり、かじった経験がありますが、今の演技は、まあかなり良い出来でしたな。75点といったところでしょうか。合格ですね。

 

ハムレット: (ポローニアスに向かって)おまえはもう二度と口を開くな!今度、下らんことを言ったら、その口を瞬間接着剤でふさいでやるからな。いいか、よく聞け。もし仮に、おまえが今の台詞を語ったとしたら、そのあまりに退屈な響きに、観客は皆、寝込んでしまうだろう。そして彼らがかくいびきの方が、はるかに美しいハーモニーを醸(かも)し出すことだろう。このおんぼろ、ポローニアス、このご一行を、丁重にもてなすのだぞ。

 

ポローニアス: わかりました、身の丈に合わせて、おもてなしいたします。

 

ハムレット: なんだ、その上から目線の言い草は。いいか、暖かいおもてなしをするのだ。一人1食7万4千円の接待をしろとは言わない。大切なのは心だ。我が王国自慢の山菜料理でおもてなしするのだ。表も裏もなしだ。手を抜くなよ。

 

ポローニアス: かしこまりました。仰せのとおりにいたします。(退場)

 

役者1: あのお方、「家臣困りました」といったご様子で行ってしまいましたしたが、ご迷惑だったのではないでしょうか。

 

ハムレット: 心配ない。 あいつは、従順さだけを頼りに国王側近にまで上りつめた男だ。目上の者の指示には、NOとは言えない体質をしているのだ。遠慮はいらん。

 

役者1: 毎度、格別のお引き立てをいただき、我々一同、大変感謝しております。

 

ハムレット: ところで、今晩、芝居を一本やってほしいのだが、どうかな。

 

役者1: 喜んで演じさせていただきます。我々役者にとっては、演じる歓びこそが生きる歓びなのです。日頃の鍛錬の成果を披露させていただきます。

 

ハムレット:たしか、君たちのレパートリーに、『美しき熟年女性-美徳のよろめき』という芝居があったと思うが、できるかな。

 

役者1: もちろんでございます。

 

ハムレット: もし可能なら、台詞を数行ほどつけ加えさせてもらいたいのだが。

 

役者1: もちろん大丈夫です。おまかせください。

 

ハムレット: 台詞はすぐに届けさせる。今晩また会おう。(ハムレット以外退場。) ようやく、一息つくことができそうだ。落ち着いて、今の状況を整理しておかなくては。さて、おれは何を考え、どう行動したら良いのだろうか。「生きるべきか、死ぬべきか」という哲学的な問題を考えるべきなのだろうか。うん、そうかもしれない。いや、それとも、「このままでいいのか、いけないのか」という現実的な問題に取り組むべきなのであろうか。どちらも 英語で言えば、“To be or not to be”で済むのだが。

 そういえば、ふと、子どもの頃に教えられた童謡を思いだした。ある日森のなかでクマさんと出会った少女についての歌だった。不思議な歌詞であったが、本当のところ、あの少女は、一体どうしたのであろうか。

 野生のクマが、わざわざ、「お逃げなさい」、などと言ってくれるはずがないではないか。また、逃げたところで、助かるわけがない。不運と受け止めて、あきらめたのか。それとも負けを覚悟でクマに立ち向かったのか。いや、おそらくは、恐怖のあまり、なにも考えることができなかったに違いない。それに引きかえ、今のおれはどうだ。考える時間が十分あるにもかかわらず、行動することができない。あの歌の少女の方がよほどましではないか。

 

(オフィーリア静かに登場。ハムレット、オフィーリアに気づく。)

 

ハムレット: ああ、あそこにいるのは、オフィーリア、森のなかの少女だ。すると、おれはクマか! まあ、そんなことはどうでもいい。ああ、美しいオフィーリア、まるで妖精のようだ。森の妖精だ、なんという美しさなのだろう。

 

(ハムレット、オフィーリアに近づく)

 

ハムレット: ああ、オフィーリア。久しぶりじゃないか。元気にしているかい。

 

オフィーリア: 殿下、お久しぶりでございます。ご機嫌、いかがでございましょうか。

 

ハムレット: 元気だ。ここで君に会えたから、もっと元気だ。

 

オフィーリア: 殿下、申し上げたいことがございます。かねがね、殿下から頂いたマイスプーンをお返しせねばと考えておりました。全部で30本ほどございます。リボンで結んで、持ってまいりました。あれから、毎晩、1本1本、きれいに磨いて、殿下のことを思い出しながら、全てを重ねようと頑張ってきました。でも、それぞれのスプーンの先と柄の部分の角度が微妙に違っていて、重ねていくうちに、どうしても隙間ができてしまって、途中で倒れてしまうのです。順番を替えて、何度も、何度も、何度も、時には明け方まで試してみたのですが、いつも、もう少しのところで崩れてしまうのです。それはまるで、殿下と私との関係を示しているかのようでございました。もはや、あのオムライスをご一緒にいただく機会もなかろうかと思います。ですので、いただいたスプーンを全てお返しいたします。どうぞ、お受け取りください。

 

ハムレット: いいや、返却の必要はない。それなりに再利用してくれ。銀製だから溶かせばお皿にも、フォークにもなる。

 

オフィーリア: 殿下、かなわぬ恋は、胸の奥にしまってしまい、おしまいにすることこが、身分の高い女性にふさわしい生き方」であると、教えられました。ですから、どうぞ、お受け取りください。

 

ハムレット: なに、「かなわぬ恋を胸の奥にしまって、しまい、おしまいに」するだと。何だ、その陳腐な言い草は!世間広しといえども、そんな言葉づかいをする奴は、俺が知る限り、この城に、いやこの世の中に一人しかいない。それは、お前の父親、ポローニアスだ。オフィーリアよ、裏切ったな。おまえの親父は、今どこにいる。

 

オフィーリア: いえ、家におります。

 

ハムレット: それは嘘だ。一体、どこにいる。

 

オフィーリア: いいえ、そんな。

 

ハムレット: あのもうろくじじいが、壁の隙間に首を突っ込んで、抜けなくなってしまわぬよう、目を離さぬことだ。

 

オフィーリア: 殿下、申し訳ございませんが、このスプーンをお受け取っていただけませんか。沢山あって随分重たく、落としてしまいそうです。

 

ハムレット: それもよかろう。美しいオフィーリア。おまえに聞きたいことがある。おまえは誠実か?

 

オフィーリア: 殿下、突然、なにをおっしゃりたいのでしょうか。私には、どのようにお答えしたらよいのか、分かりません。

 

ハムレット: そうか。では、教えてやろう。最近では、心の美しさと外見の美しさとは両立しないのだ。

 

オフィーリア: 殿下、どうしてでございましょう。誠実で美しいことこそが、女性が目指すありかたなのではないでしょうか。

 

ハムレット: いいや、それは昔の話だ。今では、そんなことはあり得ないのだ。なぜなら、美しい女性がいれば、下心をもった男どもがウジ虫のように群がり、たちまちのうちにその女性を堕落させ、誠実さを奪ってしまうのだ。

 

オフィーリア: 殿下・・・。

 

ハムレット: 美しさか、誠実さか、そのどちらか一方をそなえているというのであれば、認めてもよい。しかし、その両方をそなえていると言い張るのであれば、許しはしない。いいか、この私だって、女性に群がるウジ虫どもの一匹にすぎない。生まれてこなければ良かったと思うことすらある。(冷静に)そう、かつてはおまえを愛していた。

 

オフィーリア: はい、そのように信じておりました。

 

ハムレット: だがそれも、遠い昔のことだ。いいか、おれの言葉など信じるべきではなかったのだ。今後、男という生きものがしゃべる言葉を一切信じてはいけない。これはおまえのためを思って言っているのだ。分かったか、分かったなら、尼寺に行け。さあ、尼寺に行け。あそこなら、女しかいないから安全だ。そして、そこで一生、平穏に暮らすのだ!幸せになれよ。では、さようなら。

 

オフィーリア: なんと言うことを、殿下。

 

ハムレット: もう一度繰り返せというのか、良いだろう。おまえが清く美しくありたいと願うのであれば、尼寺に行け!さっさと尼寺に行ってしまえ!(退場)

 

オフィーリア: 何という残酷なお言葉!ああ、気が違ってしまいそう。ハムレット様のお心が壊れてしまった。かつては、あんなにお優しかったのに。私はこれから、どうしたらいいのかしら。ああ、お兄様がいてくださったら。

 

(クローディアスとポローニアス登場。)

 

ポローニアス: イテッ!ジュルジュル。オフィーリアよ、大丈夫か。すべて聞こえていたから、おまえは何も心配する必要はないのだよ。あとはすべて父に任せておきなさい。(自分が鼻をかんだ鼻紙を手渡して)さあ、この鼻紙で、涙と鼻水を拭いてきれいにしなさい。

 

オフィーリア: 大丈夫でございます。鼻紙は大丈夫でございます。

 

クローディアス: (傍白)これではっきりした。ハムレットの心にあるのは愛などではない。それが何であるのかは、今のところは分からない。だが、あの激しさは危険だ。あいつは国民にも人気があるから、こんな様子が知れてしまったら、この私に疑いの目が向けられることになるかもしれない。ただでさえ、私が王位を横取りしたのではないかという噂(うわさ)が広まっているのだから。ああ、不安で胸がしめつけられる。とにかく、あいつを遠ざけてしまわねば。どこか遠くに、もはや帰ってくることができない所に追いやるまで、おれの気が休まることはない。(ポローニアスに向かって冷静に) ポローニアスよ。今のハムレットの様子は尋常ではない。なにかに悩んでいるようにみえる。とても心配なのだ。あいつは私が愛するガートルードの唯一の息子であるとともに、我が国の未来を背負う王子なのだから。

 

ポローニアス: 私には愛の病としか思えないのですが。

 

クローディアス: 確かにそうかも知れない。しかし、最近ずいぶん煮詰まっている様子ではないか。だから、気晴らしに、あいつをクビキリ王国にでも送って、しばらく静養させようと思うのだが、おまえの意見はどうだ。異国の空気に触れれば、あいつの心も晴れ、もとの元気な姿にもどってくれるかもしれない。

 

ポローニアス: さすがは陛下、ご名案でございます。しかし、その前に、今晩の劇の上演の後に、ガートルード様と2人だけでお話しをさせてみてはいかがでしょうか。母親からきつくたしなめられれば、ハムレット様の振る舞いも少しは改まるかもしれません。それでも効果がないようでしたら、クビキリ王国にでも、陛下のお好きなところに送られたら良いでしょう。

 

クローディアス: そうだな、分かった。そうしよう。(傍白)ああ、なんということだ、不安で胸がしめつけられる。いても立ってもいられない。何とかしなくては。

 

森の妖精: ハムレット様、どうしちゃったんでしょうかね。オフィーリア様もかわいそう。クローディアスは自業自得ですね。次回に続きまーす。ぜったい待っててね!

23

 

今回登場する人物

 

ハムレット・・・・・・・・・・・・クマデン王国の王子

ポローニアス・・・・・・・・・ 宰相

ローゼンクランツ・・・・・・ハムレットの幼少期の友人

ギルデンスターン・・・ ・・ ハムレットの幼少期の友人

森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手

 

森の妖精: はてさて、ここはエルシナノ宮殿の中庭です。我らがハムレット様は、相も変わらず、下を向いていますね。でも、カッコイイですね。シブい大人の魅力といったところでしょうか。なんたって、王子様ですから。おやおや、ポローニアスがやってきました。おじちゃんも頑張ってます。後は読んでのお楽しみです~!

 

ポローニアス: ハムレット様~、こんなところにおられたのですか。外は寒いですね。かなり冷え込んでまいりましたね。木の葉もすっかり散ってしまい、そろそろ焼き芋の季節ですかな。いや、楽しみですな。それはさておき、殿下、先ほどから、ずっと地面を見つめておられますが、一体、何を見ているのでございましょうか。

 

ハムレット: 葉っぱ、葉っぱ、葉っぱだ。落ち葉を見ているのだ。何を見ようと私の勝手だろう。

 

ポローニアス: おっしゃるとおりでございます。それで、葉っぱを見て何をされているのしょうか。

 

ハムレット: 言葉だ、言の葉を読んでいるのだ。葉っぱの葉脈を見つめて、文脈を読み取るのだ。

 

ポローニアス: なるほど。それで、その葉っぱには、一体、何が書かれているのでございましょうか。

 

ハムレット: うるさいな、そんなに知りたいか。では、教えてやろう。書かれているのは、おまえの頭の中身だ。

 

ポローニアス: ほー、なるほど、この私の卓越した頭脳を読みとることができると。それは大変、興味深いですな。それで、一体どのような知性と教養が読み取れるのでございましょうか、殿下。

 

ハムレット: それが、何一つ全く読み取れないのだ。この葉っぱは、かさかさに乾燥しているうえに、虫食いだらけで、読むだけ時間の無駄というものだ。しかも、ほら、このように握りつぶすと、パラパラと粉になって、土に還ってゆくだろ。こうしていると、くだらない本を一冊処分したような気持ちとなり、とても気が晴れるのだ。このまま続けていれば、私の憂うつも少しは改善するかもしれない。

 

ポローニアス: 何ということを。殿下、お願いですから、おやめください。

 

ハムレット: ほら、ここにもおまえの頭の中身が書かれた枯れ葉がある。よし、もう一度、読んでみよう。いや、これはさっきのよりひどい。うすっぺらで、向こう側が完全に透けて見えるではないか。こいつも処分だ。迷わず処分。

 

ポローニアス: 殿下、お願いです。どうかおやめください。私、先ほどから、どうも頭がクラクラするのです。目まいもします。しかも、だんだんひどくなっているような気がするのです。

 

ハムレット: 頭が痛いときに、無理は禁物だぞ。部屋にもどって、ゆっくり休んだらどうだ。ところで、おまえの娘は元気か。こんなふうに虫食いになってしまわぬよう、注意することだ。

 

ポローニアス: (傍白)なるほど、やはり娘のことが気になるようだ。これは、まさしく恋の病にちがいない。私までドキドキしてきたではないか。頑張らねば。

 

ハムレット: (離れたところから)おーい、見てみろ、ここにもおまえの頭の中身があるぞ。こいつも踏みつぶしてしまおう。あ、ここにもある。まだまだあるぞ。みんな、足で粉々にしてしまえ。すべての葉っぱを粉々にすれば、おれの憂うつかなり改善しそうだ。おまえも一緒にどうだ。気持ちが晴れるぞ。

 

ポローニアス: 殿下、先ほどからの頭痛が、どんどんひどくなってきます。大変申し訳ないのですが、これにてお暇(おいとま)させていただきたく存じます。

 

ハムレット: ぜひ、そうしてくれ。そして、ゆっくり休んでくれたまえ。10年も寝たら、おまえの頭も少しはまともになるだろう。目覚めたときには、お墓のなかかもしれないから、起き上がるときには、棺桶(かんおけ)のふたに頭をぶつけないように、十分注意することだ。

 

ポローニアス: あたたかいお心づかいをいただき、身に余る光栄でございます。ああ、それから、たった今思い出したのですが、殿下のご旧友のローゼンクランツ様とギルデンスターン様がおいでになられております。ぜひお目通りしたいと申しております。

 

ハムレット: 分かった、分かった。さっさと通せ。おまえは、さっさとさがれ。いいか、まだまだ、葉っぱはたくさんあるからな。片っ端から踏みつぶすぞ。

 

(ローゼンクランツとギルデンスターン登場。)

 

ローゼンクランツ:ハムレット様ー、ハムレット様ー。

 

ギルデンスターン: お久しぶりでございます。

 

ハムレット: おお、ギルデンスターンか、いや、ローゼンクランツだったかな。ずいぶん久しぶりじゃないか。2人とも元気かい。確か、君たちは、都会で暮らしているんだろ。最近の様子はどうだ。城にいると、世間のことにすっかり疎(うと)くなってしまってね。

 

ローゼンクランツ: そうですね、最近では、人がクマの着ぐるみを着て歩くようになりました。そのうえ、その歩くクマを見ようと、大勢の見物人が集まる始末でして、まあ世も末というものです。

 

ギルデンスターン: ところで、王子様、都会でお菓子をたくさん買って参りました。ババロア、エクレア、それから、丸ごとプリンもあります。どれもみな、なつかしい味ばかりです。

 

ハムレット: そうだな、確かに、なつかしい。しかし、「丸ごとプリン」というのは、記憶にない。それは、「マンゴープリン」の間違いなのではないのか。

 

ローゼンクランツ: あっ、そうです、そうでございました。オレンジとピーチが渾然一体(こんぜんいったい)となったような風味がたまりませんでしたね。スプーンを使わずにカップから直接、口で一気に吸い上げて食べるのが、これまた快感でして。それから、3人でスティックチョコレートを一度に何本口に入れることができるか競争したこともありましたね。

 

ギルデンスターン: 確か、最高は20本だったような気がいたします。

 

ハムレット: 何を言っておるのだ。もう2、3本は入れることができたのだ! おまえたちが、笑わせるから、吹き飛ばしてしまったんだ。あれは大好物だったのに。もったいないことをしてしまった。

 

ギルデンスターン: それから、キットカットを、きっちり半分に割るゲーム、きっちりカットゲームも楽しかったですね。

 

ローゼンクランツ: フリスビーの代わりに、王冠を投げ合って遊んだのも、良い思い出ですね。

 

ハムレット: あれは本当にスリリングだった。

 

ギルデンスターン: 殿下が投げたときに、私が取りそこねて、床に落とし、ダイヤが1つとれてしまって、どこを探しても見つからなかったときには、本当にハラハラしたものです。どうしようもなかったので、ワイングラスを割って、ガラスのかけらをはめ込んでごまかしたのは、3人だけの秘密ですね。

 

ハムレット: いや、あれは私の投げ方が悪かったのだ。もっとスナップを利かせ、しっかり回転をつけて投げるべきだったのに、その勇気がなかったのだ。(思索的に)今もガラスのままかどうか、確かめる術はない。あの王冠も、あんな奴の頭に乗るのであれば、いっそ壊れたままにしておけばよかった。それはそうと、君たち、よく来てくれた。歓迎しよう。城での滞在を存分に楽しんでいってくれ。では、後ほどまた会おう。

 

ギルデンスターン: せっかく、お菓子をたくさん持ってきたのですから、みんなで食べませんか。

 

ハムレット: 今は、全然お腹が、すいていないんだ。あとでいただくよ。

 

ローゼンクランツ: 昔はあんなに夢中になって、食べてくださったのに。しかも、シュークリームとエクレアは賞味期限が迫っております。冷凍パックにいれて持ってまいりましたが、なにぶん時間がかかりましたので。

 

ハムレット: ところで、君たちに、ぜひ聞いておきたいことがある。君たちは、どうしてここにやって来たのだ。

 

ローゼンクランツ: 昔ながらの交通手段でやって来ました。クマ電鉄に乗って、エルシナノ宮殿正門前駅で降り、そこからは歩いて参りました。

 

ギルデンスターン: 鉄道も、駅も、城までの道のりも、昔のままでした。

 

ハムレット: そうか。だが、君たちの方は、すっかり変わってしまったようだな。私が知りたいのは、君たちが久しぶりに、ここにやって来た理由なのだ。前に会ったときから、20年以上は経っている。突然、こんなふうに訪ねてきたからには、何か訳(わけ)があるはずだ。その理由を知りたいのだ。君たちは、一体なぜ、ここにやってきたのだ。かつての友人のよしみで、正直に話してはくれないか。

 

ギルデンスターン: もちろん、殿下にお会いするためでございます。

 

ローゼンクランツ: そのとおりです。

 

ハムレット: それは嘘だ。ローゼンクランツとギルデンスターンよ。おまえたちは、クローディアスに呼ばれて、ここに来たのだろう。

 

ギルデンスターン: 殿下、とんでもない誤解でございます。

 

ローゼンクランツ: 決してそのようなことはございません。

 

ハムレット: 最近のおれの態度があやしいというので、何を考えているのか、良からぬことを企んでいないか、根ほり葉ほり探ってくるように言われたのであろう。

 

ローゼンクランツ: どうか我々を信じてくださいませ、殿下。

 

ギルデンスターン: 昔のまま、何一つ変わっておりません。

 

ハムレット: そうか、分かった。ロクでもないローゼンクランツと、裏切り者のギルデンスターンよ、おまえたちは、おれを散々詮索したあげくに、最後には、「当然グルで、裏切りましたー」とでも言うつもりなのであろう。

 

ローゼンクランツ: とんでもないことです。

 

ギルデンスターン: 決してそのようなことはありません。

 

ハムレット: まあ、良い。おまえたちから下手な詮索をされるのは御免だから、私の方からその理由を教えてあげよう。実はな、このところ、連日、宴会ばかりが続いているのだ。しかも出される料理ときたら、肉やらケーキやら、胃にもたれるものばかりなのだ。その結果、動物性脂肪のとりすぎと、野菜不足に陥ってしまい、肩こり、肌荒れ、イライラが激しくなってしまったのだ。しかも、こんな食生活をつづけていたら、生活習慣病になって、命をおとしてしまうかもしれないではないか。そう考えると、とても憂うつな気分になり、人と会うのが嫌になってしまったのだ。だから、今は誰にも会いたくないのだ。

 

ローゼンクランツ: 誰にも会いたくないのでございますか。

 

ギルデンスターン: それは残念この上ないことでございますね。

 

ハムレット: おまえたちが困らぬように、わざわざ、とっておきの秘密を教えてあげたというのに、なぜ、そんな不真面目な返事をするのだ。

 

ローゼンクランツ: 実は、我々は、城に来る途中、旅回りの役者の集団と出会いました。

 

ギルデンスターン: 確か、あれはハムレット様のお気に入りの劇団であったと記憶しております。彼らもお城に向かっていると言っておりました。殿下が憂うつで、誰とも会いたくないのであれば、あの役者たちも、出る幕がなさそうですね。

 

ハムレット:なに、あの劇団がこちらに向かっているというのか。なぜそれを、一番に言わないのだ。今日、唯一の朗報ではないか! すぐにでも会いたい。広間に急ごう。

 

(ポローニアス登場。)

 

ポローニアス: ハムレット様~、殿下、ヘー、ジュルジュル、ご報告があります。

 

ハムレット: またやって来たのか。めげない奴だな。

 

ポローニアス: 先ほど、旅回りの劇団が城に到着いたしました。宣伝のチラシによりますと、レパートリーは極めて多彩で、「ごくごく普通の悲劇」、「見ているとなぜか不愉快になる恋愛ベタベタ喜劇」など、どのような芝居でも演じることができるそうです。私個人としては、この「ちょっと不健全ではあるけれど、ものものすごーく面白いお勧め喜劇」というのを観てみたいものですな。

 

ハムレット: 分かった、分かった、それはすごいな。あそこにいる、あの連中だな!急ごう、何年ぶりだろう。

 

森の妖精: なんだか面倒くさい連中にかこまれて、ハムレット様、大変そうですね。がんばれー。でも、お気に入りの劇団がやってきたから、ちょっとは気が晴れるかもしれませんね。それは次回のおったのしみー。

 

2幕2場

 

今回登場する人物

 

クローディアス・・・・・・・クマデン王国国王、ハムレットの叔父

ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母

ポローニアス・・・・・・・ 宰相

オフィーリア・・・・・・・・ ポローニアスの娘

ローゼンクランツ・・・・・・ハムレットの幼少期の友人

ギルデンスターン・・・ ・・・ ハムレットの幼少期の友人

貴族

 

森の妖精(語り手): 最近、宮殿では、ハムレットの奇妙な振る舞いが、噂になり始めています。どうやら、作戦開始のようです。みんな応援してね。はてさて、おだやかな午後のひととき、国王の相談役のポローニアスが、お部屋でくつろいで新聞を読んでいます。いや、居眠りしているのかもしれません。とっても気持ちよさそうですね。そこに、娘のオフィーリアが、やってきます。あとはご覧になってのおたのしみ。

 

オフィーリア: 父上、ハムレット様が大変でございます。

 

ポローニアス: また、オムライスを持ってやって来たのか。

 

オフィーリア: いいえ、何もお持ちではありませんでした。

 

ポローニアス: なんだかよく分からんが、とにかく言いつけどおり、きちんと、お断りしたんだろうな。

 

オフィーリア: 私が気づいたときには、もう部屋のなかまで入っておられたのです。しかも、そのお姿があまりにも異様であったので、私は気持ちがすっかり動転してしまい、身動きはおろか、一言も口をきくことができなかったのです。

 

ポローニアス: 一体、どんなご様子だったというのだ。

 

オフィーリア: ハムレット様は、手も腕も口もケチャップまみれで、真っ赤になっておりました。ご自分でおつくりになられたオムライスを、手づかみで食べてしまったかのようでした。そう、体じゅうが真っ赤に染まって、まるで、そう、殺人犯のようなお姿でした。

 

ポローニアス: 最近、ハムレット様のご様子が、以前にも増しておかしくなったと、うわさには聞いておったが、それほどまでとは思っていなかった。それは本当に確かなのか!

 

オフィーリア: ええ、もちろん、間違いなくケチャップでした。血ではありません。このように、指ですくって舐(な)めてみますと、風味ゆたかで深みのあるお味がいたします。

 

ポローニアス: おい、オフィーリア、おまえ手が真っ赤じゃないか。ケガはないのか。すぐに医者に行こう。

 

オフィーリア: いいえ、これはケガではないのです。ハムレット様がケチャップまみれの手で、私の手を握りしめたので、私の手までもが、このように真っ赤に染まり、まるで殺人の共犯者のような姿になってしまったのです。

 

ポローニアス: 本当に、ケチャップなのか。どれ、一口。(オフィーリアの腕からケチャップを指ですくってなめる。)うん、たしかに美味しい。ところで、おまえ、最近、ハムレット様に何か特別なことを言ったりしなかったか。

 

オフィーリア: いいえ、お父様の言いつけどおり、すべてお断りいたしました。それ以外には一切口をきいておりません。

 

ポローニアス: なるほど、そうか。それが原因だったのか!殿下は、恋の病に陥(おちい)っていたのだ。それもかなり重症のようだ。私としたことが、おまえの健(すこ)やかな成長を願うあまり、判断を誤ってしまった。だが、もう心配ない。あとは、私に任せて、おまえは奥で休んでいなさい。すぐもどる。

 

オフィーリア:  仰せの通りにいたします。ああ、この手の色は、まるで、洗っても、洗っても、消し去ることができない罪の証のよう。ああ、気が狂ってしまいそう。(退場)

 

ポローニアス: 間違いない。ハムレット様は、娘に失恋してしまったと思い込んで、オムライスをやけ食いしてしまったのだ。思い起こせば、私にもほろ苦い思い出がある。あれは、大学3年の春のこと、失恋の痛手により、マシュマロをやけ食いしてしまったのだ。なぜ、マシュマロだったのかは憶えていないが、その後、数日間、胸の苦しみに悩まされつづけたのだ。しかし、それが食べ過ぎによる胸焼けなのか、失恋による胸の痛みなのか、当時の私には分からなかった。いや、今でも分からない。いいや、そんなことはどうでもいい。ああ、何ということだ。一刻も早く、国王陛下にご報告しなくてはいけない。(退場)

 

2幕3場

 

宮殿の広間。国王クローディアスと王妃ガートルードが、臣下からの報告を受けている。ポローニアスが息を切らしながら登場する。

 

ポローニアス: フー、フー、へー、へーか、陛下~。急いで階段を上ってきたので息が切れてしました。ヘークシュン。陛下、ぜひとも、至急、お耳にいれておかねばならぬことがあります。なな、なんと、ついに、ハムレット様のご不調の原因が究明されたのであります。まさに、究極の真実が明らかになったのです。

 

クローディアス: そう簡単に分かれば苦労はないがな。まあよかろう。とりあえず、言ってみろ。

 

ガートルード: 私には、父親の死と、私たちの早すぎた結婚以外には、理由がないような気がいたしますが。

 

クローディアス: ポローニアス、先を続けてみろ。

 

ポローニアス: そもそも、この私、陛下のお幸せを願い、日々、精進しておるところでございますが、この度、ハムレット様のご不調に関しまして、全くをもって間違いのない真実、完全無欠の事実を解明いたした次第でございます。

 

クローディアス: 前置きはいいから、早く要点を話してみろ。

 

ポローニアス: ハムレット様の、病(やまい)は世界じゅうのどんな名医でも治せない、人類ほぼ最古の病、すなわち、恋の病、ラブの病、アモールの病なのでございます。いや、これが全く、つける薬のない病いでありまして、何とかせねばならぬと、陛下にご報告にあがったという次第でございます。

 

クローディアス: まあ、そのような可能性も、全くないとは言い切れぬが。

 

ポローニアス: もし、間違っておりましたら、私の首にしていただいても結構でございます。

 

クローディアス: え、いいのか、本当に。

 

ポローニアス: いや、喩えでございます、それほどまでに自信があるという意味でございます。

 

クローディアス: 冗談だ。とりあえず、その真実とやらを詳しくおしえてくれないか。

 

ポローニアス: 1週間ほど前のこととなりますが、我が純真で誠実なる娘オフィーリアが、ハムレット様と健全かつ公明正大なおつきあいをしていると、報告してまいりました。我が娘の初恋の話を聞き、やや複雑な心境となったことは言うまでもありませんが、娘とハムレット様との間には、超えがたい身分の差がありますので、陛下の忠実なる家臣であるこのポローニアス、心を鬼にして、娘にハムレット様とのおつきあいを禁止したしだいでございます。ところが、ところが、その結果、ハムレット様はつれない態度に傷ついて、精神に不調をきたしてしまった、というわけなのでございます。

 

クローディアス: 出来すぎた話のようにも聞こえるが。

 

ポローニアス: にわかに信じることができないのも当然でございます。それを見こして、有能なる家臣ポローニアス、ここに物的証拠をもって参りました。

 

クローディアス: 証拠か、なるほど。それは一体何だ。

 

ポローニアス: ハムレット様が娘に渡した手紙でこざいます。まあ、はっきり申しあげるなら、ラブレターでございます。私が読み上げてさしあげましょう。「我が美の女神、いとしのオフィーリア」、ああ、なんて恥ずかしい文章なんでございましょうか。ま、それはさておき、先を続けますと、

 

君の誕生日には、必ず手紙を書くよ、オフィーリア

誕生日でない日にも、毎日送るよ、ラブレター

そして、いつか、結婚しようよ、オフィーリア

ああ、あと何通手紙を書いたら、結婚できるか、オフィーリア

指折り数えて、待っている  

ああ、美しい、オフィーリア、ぼくは君を愛している

お昼になったら、また手紙を書くよ、オフィーリア

午後になったら、また会おう。それまで、しばしの別れだ、ハムレット

 

クローディアス: うーむ。それは本当にハムレットが書いた手紙なのか。

 

ポローニアス: 紛れもなく、そのとおりなのでございます。このとおり、ハムレット様ご自身の肉筆でございます。

 

ガートルード: 確かに、筆跡はハムレットのものです。間違いありません。けれど、文体はあの子のものとは、かなり違うように思います。何というか、軽薄で、ふざけて書いたような印象すらうけるのですが。

 

ポローニアス: 「恋は人を詩人にする」と、古(いにしえ)の詩人も申しておるところでございます。恋する気持ちが強すぎて、気恥ずかしい手紙を書いてしまった経験は、だれにでもあるのではないでしょうか。

 

ガートルード: 確かに、その手紙が、本当にハムレットが書いたものなら、こんなにうれしいことはありません。私は2人の愛を全力で応援いたしますわ。ねえ、あなた!

 

クローディアス: まあ、それはそうだ。しかし、まずはこの目で確かめてみなくては、信じることはできない。

 

ポローニアス: この私、その点につきましても、もうすでに立派な計画を立てております。ハムレット様は、ほぼ毎日、午後3時頃、広間の前の廊下を歩きながら、何やら考え事をされます。ですので、その時間に合わせて、オフィーリアをその廊下にいさせ、ハムレット様とお話をさせてみようと考えております。そして、物陰から2人の会話を聞けば、まあ盗み聞きとはなってしまいますが、全てが明らかになるのではないかと存じます。

 

クローディアス: まあ、そうだな。分かった。そうしよう。進めてくれ。

 

(貴族登場)

 

貴族: 国王陛下、報告があります。陛下の客人と申す、怪しい身なりの者2名が、城門のあたりをうろついております。名前は、たしか、ローなにがし、ギルなにがしとか言っております。あまりにも、うさんくさいので、城のお堀(ほり)にでも放り込んでやろうかとも思いましたが、念のため、ご報告申し上げます。いかに処分いたしましょうか。

 

クローディアス: ああ、その2人なら心配ない。私が呼び寄せた者たちだ。もし不潔だったら、風呂に入れて、着替えをさせてから通すのだ。アルコール消毒を忘れるな。体温もきちんと測れよ。

 

貴族: 分かりました、そのようにいたします。(退場)

 

ガートルード: (ポローニアスに向かって)先ほどの話が本当なら、うれしいことですわ。ぜひ、そうであることを願っております。

 

クローディアス:(ガートルードに向かって)まあ、確かめてみることが先決だ。

 

(貴族、ローゼンクランツとギルデンスターン登場)

 

貴族: 先ほどの2名が参上いたしました。

 

クローディアス: (ローゼンクランツとギルデンスターンに向かって)よくきてくれた、ローゼンクランツ君とギルデンスターン君。どっちがどっちなのか、さっぱり分からんが、歓迎しよう。よく来てくれた。

 

ローゼンクランツ: お招きいただき、

 

ギルデンスターン: 大変、光栄に存じます。

 

ガートルード: あなた方のことは、むかしハムレットから聞いたことがあるような気がします。幼い頃、とても仲良くしてくれたんですよね。

 

クローディアス: そこで、君たちに、折り入って頼みたいことがあるのだ。最近、ハムレットの様子が暗く、皆、心配しておるのだ。我が妻、ガートルードもとても心を痛めておる。昔からの友として、それとなく、ハムレットの心のなかを探ってほしいのだ。

 

ローゼンクランツ: できる限りのことをしてみたいと思います。

 

ギルデンスターン: 幼なじみの私どもにでしたら、ハムレット様も、きっと心を開いてくださることと思います。

 

クローディアス: よろしく頼む。たしか、右側がローゼンクランツ君で、左側がギルデンスターン君だったかな。

 

ガートルード: ぜひ、悩みの原因を見つけてくださいね。えーと、ローゼンスターンさん、ギルデンクランツさん、でしたよね。

 

ポローニアス: さて、ローゼンギルデンさんと、スターンクランツさん、かな。このところハムレット様は気持ちがとても混乱しています。もしかしたら、お二人のことが分からないかもしれないので、まずはこの私が、あなたがたをご介いたします。先に行っててください。すぐに行きます

 

(ローゼンクランツとギルデンスターンのみ舞台に残る。)

 

ギルデンスターン: なんだか妙な雰囲気だな。こんなに歓迎される理由はちょっと思い当たらない。さっきのお目通りだって、すごく適当にホイホイってな調子で、別におれたちじゃなくても、ネコでも豚でもよかったような雰囲気だったじゃないか。おれたちはハムレット様とは、子どもの頃、ちょっと友達だったにすぎない。もしかしたら、人違いかもしれない。だいたい、おれたちで良いということは、誰でも良いということなんじゃないかな。何か調子がよすぎる気がするんだ。今、着ているこの服だって、さっき古着屋で買ったものだから、おかしいのバレバレだと思う。

 

ローゼンクランツ: やっと巡ってきた千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスじゃないか。いいか、この服だって借金してやっと買ったんじゃないか。せめてその分くらいは稼いでからじゃないと帰れんぞ。おれたちは何も悪いことをしていない。ぜんぶ向こうからの申し出なんだ。問題ないんだ。

 

ギルデンスターン: おれの死んだ母ちゃんは、人生高望みしてはいかん、分相応が一番だって、いつも言っていた。悪い予感がする。ここに来る途中で引いたおみくじも、街角の手相占いも、タロット占いも、結果はみな大凶だった。週刊誌のラッキー星占いの結果だけが、良かったけど、あれ全然当たらないから、むしろ不安なんだ。ある日突然、宮殿から放り出されるくらいなら良いんだけど、いきなり首チョンパなんてことになったら目もあてられない。

 

ローゼンクランツ: いいか、明日の生活の心配もなく、暖かいベッドに寝て、美味しいワインを飲めるのだ。こんな幸運は、もう二度とないだろう。気持ちがふさいでいては、楽しいものも楽しめないじゃないか。そうだろ。

 

ギルデンスターン: 確かに、そうかもしれない。今日の夕飯なにかな。

 

ローゼンクランツ: なにがなんだかさっぱり訳が分からんが、しばらくは豪勢にやろうじゃないか 。

 

森の妖精: うーん。あやしい2人組が登場してきましたね。まあ、悪い連中じゃなさそうなんですが。ギルデンスターンさんの悪い予感が当たらないといいですけど。他方、おとうさんポローニアスも悪い人じゃないんですけどね。どうなることやら。次回もぜひ読んでくださいね。まったねー。