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楽々主義

徒然なる日々

バカで最高なんだっていう話♪

先日のMステに、
我らがギターヒーロー
ken yokoyamaこと、
横山建さんが出演した。

昔こそ、
本人がまず、
トガりまくってたし、
メディアに頼らなくたって、
知名度もあったから、
必要もなかった場所。

しかしながら、
Hi-standard活動休止、
90年代のメロコア黄金期を過ぎると、
徐々にそのジャンルやバンドたちも、
地下に潜り始めてしまった。

代わって、
耳障りのよいポップな曲や、
アイドルやダンスグループが、
その最前線を占めることとなる。

CDなんていう媒体すら、
最早ただの握手会チケットのオマケ。
限定版だのとプレミアを付けて、
コレクション代わり。
その封さえも開けられることはなく、
音楽は商業のツールの一つになった。

一発屋のお笑い芸人のように、
流行り廃りで曲を聴き、
ボタン一つで曲を買い、
消費物でしかなくなった。

そんな現状に、
一石を投じる試みだったと感じる。

周りには華やかな、着飾った、
キラキラした人ばかり。

その中で、俺のヒーローは、
まさに異色、異彩。
いい歳したオジサンが、
短パンでガチャガチャした、
五月蝿い音楽を爆音で流す。

それがたまらなくカッコよかったし、
それでいいと思った。
別にチャートを賑わさなくても、
オリコンランキングに載らなくても。

アナーキーで、
マイノリティで、
だけど、
ドヤ顔で自信満々にかき鳴らす、
あの姿が、
あれこそが、
ロックンロールだと思うのだ。

イロモノでいい。
ゲテモノでいい。
異端でいい。

『他と全然違ったって、誰かと一緒じゃなくたって、何も怖がらなくて良いんだぜ。人は人、俺は俺、それの何がいけないんだよ、こんなに面白いことはナイだろう。』

なんだか、そんな風に、
言われているような気さえした。









奥深さだねっていう話☆

最近、
ハマッたアニメ、
というか漫画。

下町の大衆食堂の倅である幸平創真。父であり、かの有名な食の殿堂『遠月学園』の元第二席である城一郎を超えるべく、自らも遠月へ。ライバルや仲間との修行の日々を過ごしながら、彼は彼だけの道を見つけようとする。

なかなか面白い作品。
今までにナイ斬新さは、
食のリアクションにちょいエロを入れ込んだ、まさに少年が読みたくなる王道料理漫画。

過去には色々な料理の漫画はあれど、
なるほど、五感を上手く使い、
『ジャンプらしさ』を取り入れ、
かつ、料理の奥深さを演出している。

私はアニメから入ったんですが、
これはうん、アニメ向きだわ。
やっぱり、彩りとかあるから。
例えなんかも分かりやすくて、
適度にギャグも混ぜてあるから、
緊張と緩和が実にいい。

料理ってそれこそ、
国だけじゃなくて、
地域が変わるだけで、
無限近く種類がある。
食材一つとっても、
ジャンル一つとっても、
個性ってヤツが如実に出る。

これはもう、
完成された、まさに文化。
歴史や自然、
生まれた経緯、
皿の上に表現される、
芸術作品とも言える。

そこに、
作り手の思いや、
食べる人に向けた気持ち、
単純な『味』だけでなく、
色々な要素が複雑に絡み合っている。

高いものは美味い。
美味いものは高い。
確かに、それも一面だが、
それだけじゃない。

そこに料理人としての、
誇りや矜持、信念があるかないか。

実に何層にも折り重なった、
『味わい』というものが、
確かに感じられる漫画だな~と思う。

オススメでげす。(三国藤吉、風。)








選んで選んでたどり着く普通なんだろうっていう話☆

宮藤官九郎さんの、
『ロケット☆ボーイ』を読んだ。
読んだのと合わせて、ドラマも観た。

サラリーマン小林、田中、鈴木の三人。
それぞれに夢や理想を胸にしまい、当たり前の大人として生きている。
ある日、野球場で偶然出会った三人は、ともに過ごす内に、『本当に自分のしたいこと』について、真剣に考え始める。。。

クドカンにしては、珍しい作品。
ジャニーズが主人公でなく、
年齢設定も30歳と高い。
お馴染みメンバーもほぼいなく、
しかも、全7話と短め。

でも、紛れもなくクドカン作品。
そう思える、いい作品だった。

元々は、相方であるRYUHに勧められた。
俺は全然この作品については、
知らなかったのですが、
いやはや、流石だな~と思った。

クドカン作品には、
青春がたくさん詰まっている。
友情、夢、彼女、家族、生き方。

個性豊かな登場人物と、
まるでお笑いみたいなやり取り。
基本はギャグ調で進んでいきながら、
シメるとこは、グッとシメてて。

クドカン作品に共通するのは、
そんな無茶苦茶な世界観にもかかわらず、
何故だか妙にリアルなところ。
『普通』というキーワードが、
異質に思えるところから、等身大の悩みや葛藤、苦しさや切なさとなって、自己投影させやすくしている。

みんながみんな、
強くもなくて、
みんながみんな、
弱くもなくて。
長所と短所が、常に表裏一体。

流されて、選ばされるんじゃなく、
自分で考えて、掴みとる、『普通』。

普通になること自体が、
別に悪いことじゃない。
クドカンの描く『普通』は、
実は色んな意味が、過去が、選択が、
たくさんの『普通じゃないこと』を経て、
たどり着いた先の『普通』で、
だからきっと、
そんな『当たり前だから。』
みたいなことが、
すべらかく青春に昇華されている。

地味な、目立たない、
そんな日常の中にだって、
別に特別なことじゃなくたって、
普通の中にだって、
色んなドラマがあるんだ。

多分、
あのドラマに、
ジャニーズや、若さや、お馴染み感がまるでないのは、
きっと、そういうとこもあるんだろう。