楽々主義 -18ページ目

楽々主義

徒然なる日々

きっとどす黒いんだろうっていう話。。。

原爆の日、
我らが首相はついに、
『非核三原則』を、
宣言しなくなった。

集団的自衛権の行使及び、
関係法案を専ら議論中に。

国会では、これを批判。
『安保法案に非核三原則を盛り込むべき』
という主張に対して返したのが、
『私がナイと言ってるんだからそれで十分でしょう。』
という言葉だ。

ま、そんなことだろうと思いました。

非核三原則なんてもんを、
そこに明記してしまったら、
アメリカが日本に持ち込めない。
つまりは、そんな腹だろう。
そして、そんなことは言えないので、
『首相である私の発言をもって、これに代えさせていただきます。』
という主旨なのだろう。

支持率は30%台半ば落ち。
逆に言えば、まだ30%は支持している。

これから、日本が向かう場所は、
どこなのだろうか。

抑止力抑止力と、
まるで絶対的な魔法であるかのように、
その言葉を連呼しているけれども、
じゃあ、過去の戦争を振り返って、
現在も続く、自爆テロなんかを見て、
果たしてどれほどの威力があるのか。

人なんか容易く命を捨てるし、
容易に人なんか殺せてしまう。

どこまでいけば、
抑止力たるのかなんて、
そんなの分かるわけもなく、
『来るか来ないか分からない恐怖』
から、逃げたいが為に、
一時の、安寧を得るために、
そうやって、誰も彼もを敵視して、
殺戮破壊兵器の増産に乗り出す。

そのことこそが、
平和から一番遠退く手段なのに、
それでも人は、
平和を願っていると嘯く。

殺し合うことこそが、悪。
戦争をすること自体が、罪。

平和を築くために、
暴力でもって物事を納めよう。
という、極めて危険な、思想。
そういうものこそ、排除し、
排他し、忌み嫌わなければ、
また結局は、
同じことが繰り返されるだけ。

戦国から江戸になったのも、
江戸から明治になったのも、
第一次から第二次になったのも、
全部、全てを暴力で解決したからだ。

抑止力なんてのは、
そんな御大層なものじゃないんだ。
一時的に痛みを和らげる、
鎮痛剤みたいなもので、
効果は切れるし、
繰り返せば、効力は弱まる。

日本が大切にすべきところは、
そんな安っぽいハリボテの、
見せかけの平和であってはいけない。









大人の事情ですっていう話。

27時間テレビを、
結局は見ましたよ。笑
テーマにあるように、
確かに『テレビからネットへ』
というのが、昨今の流れで。

コンプライアンスとか、
放送倫理とか、
テレビにかかる規制というのは、
年々厳しさを増している。

テレビや番組自体に、
恐らくは限界はナイ。
しかしながら、
出来ることの範囲は、
かなり制限されていて。

ネットなら何でもアリ、
とかではないにしても、
まだ色んな意味で、
のりしろが残されている。

つまりは、
『受け手側』の、
意識の問題でもあるんだと思う。

やはり、家庭の教育力の低下は、
これに拍車をかけている。
ダメなものは、最初から排除する。
まるで無菌室の様な、
ぬるま湯で育つ子ども。
それでは、考える力が養われない。
所謂一般的な善悪とは何なのか、
それを家で教わる機会がナイ。
厳しい日射し、甘い誘惑、
それらと接する免疫もないまま、
思春期を迎えるからよくない。

確かに過度な、刺激的な描写は、
与える影響は大きいかもしれないが、
そこをあえて通り、
苦しい経験や苦い思い出、
痛い思い、辛い気持ち、後悔すること、
そういうことを身をもって体験するからこそ、道徳観や倫理観を獲得していくのではないか。
失敗しない人間はいない。
失敗することが悪なのではない。
失敗から学ばず、
そこで立ち止まって考えず、
そして何より、
そこで大人が、親が、
何も教えないことこそが、悪なのだ。

暴力的表現を見たとき、聞いたとき、
卑猥な表現を見たとき、聞いたとき、
そこは、ある意味でチャンスなのだ。
親が子に、教育を施す為の。

社会に出れば、
更なる悪意に満ちた世界が、
子どもを待ち受けているのに、
そんな世界がナイかのように振る舞うことこそ、偽善でしかない。

テレビに限界があるんじゃない。
ネットなら無限大なんじゃない。

テレビて流れるものを、
その良し悪しを、
判断できない、教える力のナイ、
『大人の限界』なのだ。
自分の教育力の無さを、
テレビのせいにしているだけ。

テレビは娯楽。








タイプは変わる?ずっと同じ?ブログネタ:タイプは変わる?ずっと同じ? 参加中
私は変わる
多分、根本は同じなんだろうけどっていう話。

まぁ、好きなタイプっていうと、
難しいですわな。
どストライクなんてのは、
そうそうお目にかかれないし、
逆に、何の気なしに接してる内に、
好きになることもあるので。

中身と外見とでも、
色々とあるから、
まぁ、そりゃあ容易ではない。
なので、今回は『見た目』
に、絞って書こうかなと思います。

外見だとしたら、
髪は前髪パッツン、
肩くらいの長さ、
黒髪ならベストです。
最近はあんまり関係なくなったけど、
ショートカットが似合う子は良い。笑

多分、年々変化してる。笑
というよりは、
修正されていってんだろうな。笑
より、現実味のある方へ。笑

好みってのは、
ジャンルを問わず、
それぞれだから、
違っていいんだ。
それこそ、
俺さえ好きであれば、って。

私は、
あと、外見的な部分では、
ムチムチした人が好きなんですよ。
細い人と太った人は、
それだけで対象外ですね。。

と言うと、
必ず『ぽっちゃり』流行ってるとか、
太った人でも同じじゃない?とか、
そういうカテゴライズをしてくる輩がいるんですけれども、
いやいや、
それは違うんだと。
俺のムチムチ感と、
世に言うぽっちゃりは、
ちょっとニュアンスが違うんですよ。

ポテッ
ではなく、
ムチッ
張りですよね。笑

その辺のことが、
なかなか共感されなくて。。。笑

ああ、あと昔からずっと言い続けているのは、『ハーフ好き』。
土屋アンナさんに始まり、
木村カエラさん、加藤ローサさん。
このお三人は、神のレベルですね。
分かりますかね、
あくまでも、このお三人です。
最近流行ってるハーフとは、
これまた私の中では別物なんです。笑

ええ、面倒でしょ!?笑
知ってます。笑

で、まぁじゃあ今、
kankumの中で、
誰がタイプなのかと言われれば、
1位   篠崎愛
2位   岸本セシル
3位   上原愛衣

ですね。

あくまでも、外見のみですけど。
つーか、中身は知らないし。笑

ともあれ、
だいぶ偏った、
そして節操のない、
好みであることは、
自覚してます。笑














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