限界を作るのは誰か。 | 楽々主義

楽々主義

徒然なる日々

大人の事情ですっていう話。

27時間テレビを、
結局は見ましたよ。笑
テーマにあるように、
確かに『テレビからネットへ』
というのが、昨今の流れで。

コンプライアンスとか、
放送倫理とか、
テレビにかかる規制というのは、
年々厳しさを増している。

テレビや番組自体に、
恐らくは限界はナイ。
しかしながら、
出来ることの範囲は、
かなり制限されていて。

ネットなら何でもアリ、
とかではないにしても、
まだ色んな意味で、
のりしろが残されている。

つまりは、
『受け手側』の、
意識の問題でもあるんだと思う。

やはり、家庭の教育力の低下は、
これに拍車をかけている。
ダメなものは、最初から排除する。
まるで無菌室の様な、
ぬるま湯で育つ子ども。
それでは、考える力が養われない。
所謂一般的な善悪とは何なのか、
それを家で教わる機会がナイ。
厳しい日射し、甘い誘惑、
それらと接する免疫もないまま、
思春期を迎えるからよくない。

確かに過度な、刺激的な描写は、
与える影響は大きいかもしれないが、
そこをあえて通り、
苦しい経験や苦い思い出、
痛い思い、辛い気持ち、後悔すること、
そういうことを身をもって体験するからこそ、道徳観や倫理観を獲得していくのではないか。
失敗しない人間はいない。
失敗することが悪なのではない。
失敗から学ばず、
そこで立ち止まって考えず、
そして何より、
そこで大人が、親が、
何も教えないことこそが、悪なのだ。

暴力的表現を見たとき、聞いたとき、
卑猥な表現を見たとき、聞いたとき、
そこは、ある意味でチャンスなのだ。
親が子に、教育を施す為の。

社会に出れば、
更なる悪意に満ちた世界が、
子どもを待ち受けているのに、
そんな世界がナイかのように振る舞うことこそ、偽善でしかない。

テレビに限界があるんじゃない。
ネットなら無限大なんじゃない。

テレビて流れるものを、
その良し悪しを、
判断できない、教える力のナイ、
『大人の限界』なのだ。
自分の教育力の無さを、
テレビのせいにしているだけ。

テレビは娯楽。