ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.] -62ページ目

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。

               Wallace Roney だがや

昔の安売りのSFでは、将来の食事は栄養を濃縮した小さなツブだったりした。食事をすると言う行為は栄養を摂取すると言う行為でしかないというイメージからだろう。『食べる』と言う行為自体に楽しさを求めるのは一部の人間の趣味と言う時代だったのかもしれない。

毎日の生活の中のそれぞれの行為を、全て必要とされる事だけに特化してしまえば、無駄な時間などなくなるのだろう。でも人の人生で必要とされるものが占める量ってそれほど多いとも思えない。自分であれこれと必要を感じ過ぎるのが、自分を辛くしている気がする。

「こころ」が体に与える影響は、生命の維持にすら関係してくるから、肉体的寿命を全うする為に特化され濃縮された人生なんて、時計で測る時間にすると短いものになってしまうような気がする。体を酷使する事が危険なように「こころ」の酷使にも気をつけるべきだと思う。神経質は正しい判断が出来なくなる病気と考えると、気分転換に聴く音楽は薬と言う事になるかな(笑)。


今はJAZZを聴く事がお洒落らしい。気楽に安気に聴けるから「お洒落」って言葉は大歓迎。何処かしら「JAZZ」じゃ無くて「JAZZっぽい」ものが「お洒落なJAZZ」と認識されている気もするけれどね。

そんな訳で「JAZZを聴きます」と言って「お洒落な人」だと思ってもらえるのなら「ラッキー♪」と心の中で歌っても犯罪にはならないよね(笑)。他の音楽も聴くから「~を聴くのがお洒落」と言うものには大抵対処出来るから少し得な感じがする。


    Wallace Roney : Village

マイルス・デイビスの再来とも言われる事が有るルーニー。確かに顔も何となく似ている(笑)。1枚1枚とアルバムを出す毎に新たな事に挑戦する事を許される環境に有る事は、本当の意味で彼にとってプラスになるのか判らないが、それに答えていける能力にいつも脅かされる。


1997年に発表されたこのアルバムは、曲ごとに様々なメンバーを入れ替えながらもアルバム全体のカラーを統一する事に成功したギミック無しのコンペントラリーなジャズ・アルバム。

Lenny White, Chick Corea, Michael Brecker, Pharoah Sandersなどの一般的にも有名な一流演奏家を参加させながらその名前よりも実を得る事が出来ているのは、彼の安定したレベルの高い技術の表れでしょう。


曲構成は自作と他作がほぼ半々。演奏時間も全てが10分以下に抑えられながらも全曲で1時間近い収録時間になっている。これは勝手な想像なのだが、頭の3曲は別のアルバムに納めるつもりだったのではないか。或いは会社側からの意図で後から付け加えたのかもしれない。演奏としては申し分ないが、他の7曲と何処かしら違うものを感じてしまう。

                  falso-08-2

深夜点けっ放しのTVから聞こえる声が気になった。NHKのアクターズ・スタジオ・インタビューと言う番組で、俳優のジェイムス・カーンがリラックスしたふてぶてしい顔で座っていた。半分どころか脳味噌の8割方は寝ている状態だったので、内容の半分も記憶に無いが、とても印象的な言葉が有った。

 

「私はイヤなやつだが、

意図している訳ではない」

 

彼と自分を照らし合わせるのは、随分身勝手な考え方だが、心に沁みる重い言葉だった。それは私が彼よりもずっと醜い性格だからだろう。彼風に私を言葉にするとこうなる。

 

「私はイヤなやつだが、

全てを意図している訳ではない」

 

彼のようになれない訳だ(笑)。

 

 

今の人達にも人気の有る俳優がまだ出てくるらしい。私は・・・もし夜中に目が覚めたら見よう(笑)。
アクターズ・スタジオ・インタビュー


A Little Touch of Schmilsson / Nilsson

アーティスト: ニルソン  タイトル: 夜のシュミルソン

A Little Touch of Schmilssonは、Rock界の異才Nilssonが、スタンダードばかりを歌った奇盤。ゴードン・ジェンキンスをアレンジャーに迎え、ストリングスをバックに極めて真面目に過去の曲と向かい合っている。販売当時、他のRockファンやNilssonのファンはどう受け取ったか覚えが無いが、私は奇妙以外の言葉が浮かばなかった覚えが有る。今のように雰囲気でJAZZを聴くと言う環境なら大ヒットしたかもしれない。

アーティスト: Harry Nilsson
タイトル: A Little Touch of Schmilsson in the Night

アーティスト: Nilsson
タイトル: A Little Touch of Schmilsson in the Night & More


販売当時12曲だったのが現在はアウトテイクも含め随分な量の曲数になっている。日本盤は+10の22曲に。有る意味へヴィなこのアルバムは、22曲続けて聴くのに随分神経を使う事になるのではないか。勿論何かをする時のBGMとしてならCDの交換の手間がはぶける分、雰囲気を壊さないで済むとは思う。私個人がNilssonを聴くのなら別のアルバムを選ぶと暗に言おうと思ったのに書いてしまった(笑)。


              つばめ

肌寒い日だった。夕方から風も涼しく通り雨も降った。夜はずっとJAZZを聴いている。言葉の断片が出来ても文章としてまとまらない。いつももう一人の自分に対して吐き出す言葉の羅列が文章となっていく。逆に外側に心配事が有ると極めて不安定になり中々難しい状態になる。彼が早く落ち着いてくれる事を願っている。

 

「彼」と言う言葉でヤな事を思い出した。最近また、まこさんからメールを貰ったりするのだが、どうも彼女は私の事をゲイだと思っている(笑)。で、否定する返事と肯定するメールのやり取りが続いてくると、否定する事自体が肯定しているような感じがしてくる(笑)。言葉を正しく伝え受け取ってもらうのは難しい事だと改めて思った。「対話」の大切さをしみじみと感じる40過ぎのおじさんの今日この頃であった。

原朋直, ポール・ギル, ピーター・ミケリッチ, ケニー・ワシントン
タイトル: LET’S

*残念ながらアマゾンでは売り切れのようです。

原君はプロになるかならないかの頃から聴いている現役バリバリのトランペッターです。JAZZ誌での評価も人気も高い素晴らしい演奏家です。まぁ、向こうはコッチを知らないけど、コッチは向こうを良く知っているという、良くあるパターンです(爆)。
よかったらTomonao Hara HP へ行ってみて下さい。
              軍手は好きではない。

午前中からパラパラと雨が降っていました。親父のラジカセを庭に向けてWallace RoneyのVillageを聴きながら松の木の根元で随分大きくなったポポの木を根元まで掘り貫く事にしました。地上の部分は何度も切っているので気がつかなかったのですが根の方は随分深くまで達していて松の根と絡んでいる状態だったので、仕方なく30cmほど掘ったところで切ってしまいました。Wallace RoneyのVillageは夜聴くのにピッタリと言うイメージを持っていたので、新鮮な驚きを感じながら楽しむ事が出来ました。

     Wallace Roney : Village

   Thomas Dolby : The Golden Age of Wireless

昨日Smithさんにお願いして借りたThomas Dolbyを聴きました。1982年と言うと個人的にはPunkで再充填したリアルタイムとしてのRockへの興味もそろそろ尽きかけていた頃で、世間ではMTV最盛期ではなかったかと思います。1曲だけ知っている曲で後の曲は全く知りませんでした。

懐かしさなどの特別な感情が無い私には1枚通しては少々重く感じました。どちらかと言うとテクノ・ポップ系の軽めのポップな音をイメージしていたのでビックリしたと言うのが本音です。人の思い込みと言うのは随分勝手なものですね。1曲目2曲目の曲の良さにもビックリしました。Smithさんに感謝しながらもう何度か繰り返して聴いてみようかと思います。

peru代表の帽子無いからチームので代用。

何とも見栄えの良くない試合でした。特に日本代表は何も得るものが無かったと言っても良いかな。まぁ稲本の縦へ抜けるスピードにパワーが感じられた事くらい。ジーコは相変わらず鈴木君の事が好きみたいだけど使い方が間違ってる。今日の様な中盤のメンバーの場合はベンチでのスタートにすべきでしょう。

しかしロスタイムでの失点は相変わらずの体力の無さ。ペルーの様なチームが自陣へ引き出した時はカウンターに注意するのは当たり前なのに最後の最後で失敗。完全に集中力に欠けていました。あのシーンの1分前にTVの前で私が「気をつけろ!カウンターが来る!」って叫んでいたのは残念ながら聞こえなかったようです(笑)。

元々ペルーは引いてプレーするタイプのチーム。今回もその部分に関しては、ほとんど変わっては居ませんでした。4バックもブラジルの様な攻撃的なスタイルではなく、あくまでも両サイドから切り込まれる事を嫌ってのフォーメーション。試合開始時に前掛りだったのは日本代表がスカスカのポジション取りで、気がついたらセンターラインより前でプレーしてたようなもの。

Peru代表は昔から個人技は悪くないのですが、チームプレイが上手くまとまらないのは、今回も相変わらずでした。狭く密集してプレーするのもトライアングルを作ってプレッシャーをかけるのもペルーのお家事情からくる得意なスタイルとは言え日本代表は学習すべきもの。まぁ彼らも90分出来ればW杯も見えてくるのだが、それが出来ないのも相変わらずでした。

日本もペルーも代表が全て揃ってもイマイチまとまらない所は似ている気がします。お互いが全員揃って試合をしても今日と同じ結果のスコアになるでしょうね。日本で試合をすれば1対0で、ペルーで試合をすれば2対0で、ペルーが勝つというのが現在の両国のレベルだと思います。


しかし最近のAlexは悪過ぎるけど、どうかしたのかな?