ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.] -60ページ目

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。

               ヤバイ!痩せたっ!

中古CD-Shopへ行こうと思ってGパンに着替えたら・・・すそを踏むどころじゃない、今にもずり落ちそう。

元々ヒョロっと細身で貧乏そうな体型。そこで体重を増やそうと常々考えているけど、お腹だけ出るのはイヤだとは思っていた。最近「ちょっと顔つきがフワッとしてきた」とか言われて好い気になっていたが、これじゃ又貧乏そうな顔に元通りだな(笑)。

今日の中古CD-Shop探求は素晴らしい釣果だった。24bit by RVGシリーズのBlue Noteの紙ジャケを3つ見つけた。新古盤じゃないかと思うほど、人の触った感触がない状態で1,000円を切っていた。勢いで何も考えずにお金を払った後に1枚は持っているかもしれないと思った。まぁいいか、24bit by RVGだもん(笑)。

その3枚とは、

* out of the Blue (4032) Sonny Red
 
ソニー・レッド: アウト・オブ・ザ・ブルー


* Shades of Redd (4045) Freddie Redd Quintet
 フレディ・レッド: シェイズ・オブ・レッド


* Happy Frame of Mind (4134) Horace Parlan
 ホレス・パーラン: ハッピー・フレイム・オブ・マインド


地味なアルバムばかりですが、どれもが気持ちの良いアルバム。特にHorace Parlanのアルバムは、当時宣伝までしておいて販売されなかった事で有名なアルバムの中の1枚。中々面白い演奏なのに何故販売を見送ったのかだろうか。

他の2枚もそれぞれ味の有る演奏ですが、個人的にはFreddie Reddのアルバムが今日の3枚のうちで一番好きかな。

因みに今聴いているのがFreddie Reddで、持っていたのがHorace Parlanで、ジャケが印象的だがイマイチ好みの演奏では無かったので、今まで手を出さなかったのがSonny Redです。さぁ3枚ともシッカリと楽しまないとバチがあたるよな(笑)。

                親父の薔薇は異常にデカい花を咲かせた


最近読者になってくれた人の紹介を忘れていました。

私のBlogの読者になってくださった人で、書き込んでくれる方や更新の多い方のBlogは、こちらから見てもとても独創的で面白い方が多いように感じます。

また、私が読者にさせてもらった人のBlogの更新が、長い間止まっていると寂しく感じます。

音楽喫茶~ウクレレ弾きのお話~
音楽喫茶~ウクレレ弾きのお話~ と言うBlogを書いているjazzshokoさんは、自らステージに立つウクレレ・プレイヤーです。何か古~い音楽を聴いていたりして時々ビックリさせられます。ドノバンの大ファンなんて人は、あの頃でも私の周囲には居ませんでした(笑)。

Viva!! Happy-Magic club : Love for“you”・・・
Viva!! Happy-Magic club : Love for“you”・・・ と言うBlogを書いていらっしゃる、くまゴロ→さんは、大阪府立大学工学部航空宇宙工学科で勉強をしている現役の大学生さん。若さゆえの悩みも色々と有るようですね。全体的に若い方の好むタイプにシフトしながらもジャンルの垣根無しで楽しんでいる方のようです。

ジャジャ-JAJAH-
ジャジャ-JAJAH- と言うBlogを書いていらっしゃるのは2人の方なのですが、私のBlogに来て下さっているのは、どちらのjajahさんなんでしょう?(笑)。

私が憧れた時代の体現者で、書かれている事が全て、眩しく見えてしまいます。更新が時々なのが残念なくらい内容は面白いBlogです。お店のHPもお持ちなので、是非そちらも見てみて下さい。



今日はBlue Noteの4200番台を聴いています。Aライオンの影響が薄れている時代だと言われますが、ちゃんとポリシーは感じられると思います。リバティに売却して新たな演奏家への興味が薄れたとは言え、音楽への愛がヒシヒシと伝わってくるアルバムばかりです。

                    山道で3つ同時に認識するのは・・・。

私はドミノが嫌いだ。

まず正式な遊び方のルールを知らない。随分昔、友人と二人で説明書を読みながらトライしてみたが、全く何が面白いのかわからなかった。だから私はドミノが嫌いだ。

正式な遊びよりもドミノ倒しの方が有名じゃん、と考えてしまう。TVで小学生がドミノを並べているのを見た事が有るが、あれは倒す為に並べているばかりで、目の数が云々なんてところには全く触れられる事も無い。オマケに最近はドミノじゃ無いものでドミノ倒しをやっている。全然ドミノ倒しじゃないじゃん。

盲目の変態JAZZプレイヤーのローランド・カークがマーキュリーから出したアルバムにDOMINOと言うのが有る。管楽器の全てを彼一人でこなしているのだが、どの曲もその出入りする部分がやけに胸にくる。ノイジーな部分とクリアーな部分を上手く使い分けて、楽器を変えた事で起こるイメージの変化以上のものを感じさせられる。

アルバムタイトルになったDOMINOと言う曲は彼の作曲ではないが、これがまた泣かせる演奏。一度に2本も3本も咥えて音を出したりして、変態って呼ばれているんだから、コッチが泣きたくなるようなフレーズは止めて欲しいものだ。と、言う訳で無理矢理っぽいがDOMINOが嫌いだ。

 Rahsaan Roland Kirk : Domino



オマケ

Fats Domino

「デブ」って呼ばれても笑ってる。その余裕が嫌いだ。
  Fats Domino : All-Time Greatest Hits


Domino / Squeeze

欲しいけど持ってない。高いし中々入手困難になっている。そんなところが嫌いだ。
   Squeeze : Domino


Layla and Other Assorted Love Songs / Derek & The Dominos

よりによって複数形かよっ。・・・嫌いだ、と思うよ~。

 
Derek & The Dominos : Layla and Other Assorted Love Songs [Hybrid]



Anna Domino

イザベラ・アンテナでも有名なベルギーのクレプスキュールからデヴュー。クレプスキュール、クレプスキュール、クレプスキュール、痛いっ!舌噛んだ!・・・嫌いだぁ。
 Anna Domino : Mysteries of America/...

               foto-m05

あまり新しい音楽を聴きません。中々聴く機会が無いと言うのが現実ですし興味が無いと言うのも本音です。

ただ古い音楽が『良い音楽』で最新の流行が『悪い音楽』などとは、全く考えては居ません。

この世界には音楽が溢れるほど存在します。記憶と言う行為が進んだ為に新たに生まれる毎に残されていきます。Net等の進化の為に世界中の音楽がリアルタイムで聴く事が出来る時代になったと言っても良いと思います。

そんな時代に音楽内容の良し悪しを持ち出す理由は何処に有るのでしょう。閉鎖的で同等の価値を持ち易い時代と違う現代は、社会的リアルタイムとしての音楽が果たす価値を商業的価値以外に求めるのは困難だと思います。

何十年も前に録音されたものを全て聴いてきた人なら過去の音楽を簡単に切り捨てる事も出来るでしょうが、私にはまだ聴いてないものが沢山有ります。アナログからデジタルへの変化を無視してもあの頃から聴いていない聴きたい音楽も沢山有るのです。

個人が選択出来る時代になったと思っています。個人で楽しむものに『良し悪し』の評価は無意味だと思っています。人の趣味に点数付ける様な行為に興味は有りません。演歌を全く聴かなく興味も無い私に『良い演歌』と『悪い演歌』をレクチャーしてくれても・・・どちらも同じ様に興味が無いのですから(笑)。

不特定多数に「これ良いですよ」と言う発言はまだわかる部分も有るのですが、個人に対して「これ良いですよ」と言うのは暴力的にすら感じる事が有ります。なぜ「私は好きです」と言う語り方が出来ないのかと不思議に感じる事も多々有ります。

話は随分ずれていってしまいましたが、聴く音楽なんて自分の耳で決めれば良い事だと思います。別に聴かないものを全て否定している訳でもなく、聴く機会の無いものに評価は出来ません。こんなにも多くの音楽の全てに耳を傾ける事など無理だと初めから諦めています。

     Jaheim : Still Ghetto

自らルーサー・ヴァンドロスやテディ・ペンターグラスの様に歌ってしまうと自白する部分に好感の持てるJaheim。それでも今風のバックに乗ったリズム感などは、今更ラップ云々も無いですが、現代的な黒人音楽だと思います。個人的にはメロディにシッカリ乗っている時の切れの良さが気に入っています。

彼のアルバムは2枚持っていますが、2002年に発表されたこの2ndアルバム以降は新譜を出していないようです。私が中々気持ちの良い音楽だと感じるくらいだから時代の流れに乗れずに消えてしまったのかな?
               無理矢理写した写真。

小雨の降る天気の中、長野県まで行ってきました。勿論、予定通り用事を作らずに。ただ『行く』と言う行為の為だけに出掛けて来ました。最近は、何かしらの理由が無いと行動しないようになっていましたから、何も行く理由が無い状態で出掛けたかったのです。

 

ところが、何かと理由が出来て中々出掛ける事が出来ない日が続いていました。理由も無く出掛けようなんて、前々から考えているなんて事が既に計画的なのはわかっていますが、実際に出掛けた事は自分にとって新鮮でした。理由も無い事をしようと努力するなんて、何も建設的な部分など存在しませんが、そんな事をやってしまった本人は、ほんの少しだけど、気持ちが良い部分も有ったりします。

 

仕事の電話も有ったけど、ホベルトから「ピザ作るからアパートまで来て」と言う誘いや、ミゲルからの「土日は有難う。それから携帯を替えたから」なんて電話が、何処かしら不思議な感じに聞こえてきました。過去と今が、混ざり合ったような感覚で、そろそろ帰らなきゃと自分に入れるスイッチのようでした。あのままだったら帰ってこなかったかも(笑)。

              

Leroy Jenkins : The Legend of Ai Glatson

Leroy JenkinsのThe Legend Of Ai Glatsonは、とても不思議なアルバムです。このアルバムが販売される以前の出来事が頭の中にモヤモヤッと浮かんでくる感じで、これを聴いている私は10歳にも満たない姿で親父のステレオの前にひざを抱いて座っているのです。過去と今とが混ざり合った、今日の様な感覚を移動を伴わずに味あわせてくれます。