— Neil Sedaka (@neilsedaka) February 27, 2026
https://t.co/k029zrGUCG RIP Neil Sedaka. One of the Brill Building greats responsible for virtually everything on the radio before the “British Invasion”. Goffin&King, Mann&Weil, Barry&Greenwich, Sedaka&Greenfield. Hits later showed great songwriting never goes out of style.
— Paul Stanley (@PaulStanleyLive) February 28, 2026
「オールディーズ」の大ファンである私は、Neil Sedaka も大好きでよく聞きました。彼の代表曲である(私のカラオケのレパートリーでもある)"Breaking Up Is Hard To Do" と "One Way Ticket" はすでに記事にしたので、それ以外の中から特にお気に入りの曲をピックアップして哀悼の誠を捧げます。
まずはデビュー曲。
1959年全米14位。Connie Francis から曲作りの依頼を受けた Neil Sedaka が、ネタを探すために彼女がつけていた日記を見せてほしいと依頼したが断られたことにインスパイアされて書いた作品で、最初は Little Anthony & The Imperials がリリースしたが全くヒットしませんでした。その後、自分でこの曲を歌ってレコード会社のオーディションを受けて合格し、デビューを飾りました。しかし、これに続くヒットが出ず、レコード会社から契約打ち切りを仄めかされたため、もう一度だけチャンスを、と言って発表したのがこちら。
1959年全米9位、全英3位、オランダ、ベルギー(ワロン)、ブラジル、アルゼンチンで1位、ベルギー(フランドル)とイタリアで2位、カナダで4位、ノルウェーで9位。いうまでもありませんが、「Carol」とは、高校のクラスメイトだった Carole King(当時は Carol Klein)のこと(彼女は "Oh! Neil" というアンサーソングを書いている)。ちなみに、このシングルのB面は "One Way Ticket" でした。
続いてこちら。
1961年全米4位、全英8位、カナダと日本で1位、オーストラリアで3位、ニュージーランドで7位。
まだまだ続きます。
1962年全米6位、全英3位、全豪4位、カナダで5位、ニュージーランドで7位。しかし、63年になると彼の人気は下降線をたどり始め、64年の Beatles の米国上陸とそれに続く British Invasion の襲来によりアメリカのミュージックシーンが大きく様変わりしたあおりを受けて低迷期を迎えることとなります(まさしく「弱り目に祟り目」あるいは「泣きっ面にハチ」)。しかし、70年代に入り、Elton John(Neil Sedaka のファンだった)のレーベル(Rocket)と契約してリリースした↓で復活を遂げました。
1975年全米1位(Carpenters の "Please Mr. Postman" に取って代わった。なお、イージーリスニングチャートでも1位)、全英15位、カナダとユーゴスラビアで2位。
こちらも大ヒット。
1975年全米1位(Elton John の "Island GIrl" にトップの座を譲ったが、ミリオンセラー)、全英25位、カナダでも1位。ノンクレジットですが、Elton John がバックコーラスで参加しています。
RIP, Neil