1984年全米1位(Paul McCartney & Michael Jackson の "Say Say Say" を6週間続いたトップの座から引きずり降ろしてその座に就いたが、Culture Club の "Karma Chameleon" に取って代わられた。なお、メインストリームロックトラックスチャートでも1位)、全英28位。さらに、フランスとボリビアで1位、カナダで2位、オランダ、ベルギー(フランドル)、西ドイツ、スペイン、スウェーデン、ノルウェー、ウルグアイでトップ10入り(日本ではオールジャパンポップ20で1位)。前回の記事を書いていて、そーいえば、と思い出したのがこの曲。84年に Duran Duran が来た頃ヒットしていました。ちょうど大学の期末試験も重なっていて、一般教養科目で選択した論理学の試験前にクラスの洋楽好きの連中と「オーナー・オバ・ロンリガーク~♪」と歌っていたアホ学生は私です(笑)。周知のとおり、この曲は Yes の再結成後の第一弾シングルとなったのですが、そこに至る経緯は次のとおり。まず、Trevor Rabin は自分のソロとしてこの曲(トイレに行っている間に作ったらしい)のデモテープを作ってレコード会社数社に売り込んだものの採用されなかったそうです(Rabin 曰く:アリスタレコードの Clive Davis からは「こんなヘンテコな曲はヒットしないよ。もっと Foreigner みたいな曲を書いて出直しな」って言われたんだ。やらなかったけどね)。その後、Rabin は、元 Yes の Chris Squire、Alan White、Trevor Horn、Tony Kaye と組んで Cinema というバンドを結成し、この曲を含む複数の曲を提供してアルバム制作に着手したのですが、そのメンバーの中で誰がリードボーカルをとってもしっくりしないため、こちらも元 Yes の Jon Anderson に声をかけたそうです。そして、既存の Cinema という別のバンドから訴えられるおそれが出てきてバンド名を変える必要が生じたのですが、メンバー5人(Horn はプロデューサーに専念することとなった)のうち Rabin 以外の4人が全員元 Yes、と来れば、もはや他の名前は考えられず、Yes 再結成となった次第です(ただし、これに対して Rabin は難色を示した(無理もないが)とのこと)。こうして出来上がったのがこの曲をフィーチャーしたアルバム "90125"。
1984年全米5位(ミリオンセラー)、全英16位、フランスとドイツで2位、日本ではオリコンで9位。周知のとおり、タイトルはこのLPのアメリカでのカタログ番号です。
日本盤シングルのジャケも。
こちらは2017年に Yes がロックの殿堂入りした際のパフォーマンス。
Steve Howe がベースを弾いてるのは、オリジナルのレコーディングに参加してなかったからかな? 確か、彼は自分抜きで Yes が再結成されたこと(あるいは「Yes」を名乗ること)に不快感を示していたような気が...(まあ、気持ちはわかるけど、あんた、当時は Asia でブイブイいわせてたじゃん、としか言えない)。
Trevor Rabin のデモバージョンはこちら。
確かにちょっとヘンテコ(笑)。
最後に Trevor Horn 率いる Buggles のギグ。

