THE(ザッ)健康計画! -7ページ目

臓器移植法改正について

臓器移植法改正について、現行の提供者が15歳以上の制約を外すA案が衆院で可決されました。

この背景には脳死を人の死とみなすという考え方があるようです。但し子供の脳死の判定は難しく、医療機関や有識者からの反対意見もまだ多いです。

ちなみに欧米では国内にあるような制約はありません。もっとも提供を承認している方と提供待ちの方達の数に大きな開きがあり、提供待ちの方およびそのご家族の心痛は筆舌し難いものがあります。今回のA案衆院可決は提供待ちの方達にとってはプラスのニュースだと思います。

一方で、脳死については人の死生感が深く関係し、欧米に合わすなどの意見とは次元が違う問題であり、意見が統一されるのは不可能と思われます。

このような背景を持つ審議の場で、一部の議員がニヤニヤしながらヤジを飛ばしていたり、賛成と反対の札を両手に持ってどちらにしようかちゃかすなどの行為があったようです。
とんでもない馬鹿者だと思います。何故このような人間が審議の場にいる事が許されるのか。
恐らくマスコミで騒がれたら即座に反省したふりや言い訳をするのでしょうが。

今後は参院での審議になりますが人の命に関わる事に対して真剣に考えてもらいたいと思います。

医者不足というけれど

医者不足と言われています。医学生のなかでも特に産婦人科と小児科を希望する人が少なくなってきているようです。
その要因として、昼夜を問わない連続した勤務と、激務に合わない報酬面があるようです。

資本主義の世の中で、お金を無視することはいくら人助けを生業にする医者の人達でもできません。人間というものは、むくわれないという気持ちには弱いのです。
ましてや最初から科目によって仕事の量も報酬も大きく違うとなれば、比較的楽で高収入な科目へ人気が集中してしまうのも仕方がないことなのかもしれません。

ところで昨今は勤務医から早いうちに独立開業して診療所を持つ医師も多いようです。
理由としてはやはり同じく激務と割りに合わない収入が主たるものとのこと。
一昔前は大病院のなかで出世するのが流行りだったのが、いまは自信でキャリアアップをしながら独立のチャンスをうかがう。

あれ?まてよ、これは現代のサラリーマン社会とほとんど同じだと思いました。

いまの医学生に人気の科目は心療内科だそうです。なぜかというと心療内科は必要な設備があまりなく(極端ないいかただと机と椅子があれば良い)、比較的に独立費用がかからないからです。そうです、いまの医学生は最初から独立へのビジョンをもっているのです。

彼らがどうのこうのというきはサラサラないです。全ては時代の流れによるものなのでしょう。

ヘルパーさん

介護事務所の方々とお話しをさせて頂いた事があります。

主にヘルパーさん達の現状を伺ったのですが、皆さん疲れているなかで熱心にわたしの質問にこたえてくれました。

話しのなかで上がるのはヘルパーさんに介護される方、つまり介護認定者に対する想いが多かったです。

介護事業というものは、事業者と要介護者、そして行政、医療機関などが関わりあって構成されています。
ヘルパーさんは事業所に所属して要介護者の(またはその家族からの)要請により介護をしに要介護者の住居へ訪問します。

介護項目には配膳や部屋の掃除、入浴の手伝い、介護レベルが重度の方の排泄処理など、他にも色々と定義されています。

ヘルパーさんは行った介護項目を記録し、事業所へ報告します。事業所は介護保険機構へ請求をして報酬を受け取り、そのなかからヘルパーさんの給料が支払われる。だいたいこんな感じです。

他にも要介護者をカウンセリングし、どんな介護項目を行うべきかなどの介護計画を立てるケアマネージャという方もいらっしゃいます。

わたしと相対したヘルパーさんは3名で、皆さん見た目は普通の主婦という感じで気さくな方々でした。
介護の現場を知らないわたしですから、報酬を受け取るとはいえ他人の世話をするとは「大変ですね」的な発言をしたのですが、ヘルパーさん達が言うには「別に仕事だし、介護することにも最初から抵抗はない」という事でした。

ただ不満が無いわけではなく、その不満の根底には「むくわれない」という気持ちが見え隠れしていました。
例えばこうです。

訪問時間に少しでも遅れると怒鳴る人が居る。

介護をしている間、家族はそばにいるのに全く知らん振り。挨拶もしない人がいる。

自分はお金を払っているのだからその対価を要求するのは当然のことだ的な発言をする方、もしくはその家族。

などなど、どうもヘルパーさん達に対する人としての礼儀が欠けているようなお話でした。

なんでも報酬を受け取って行う事は、ビジネスといえばビジネスですが、
それ以前に人間対人間であり、ましてや家族でさえも疎ましく思う事を丁寧に行っているヘルパーさん達なのですから、やはりそこは考えてもらいたいものです。

こういったお話を伺っていつも「またか...」と思ってしまいます。
日本人お得意の損得勘定とでもいいましょうか。
お金を払う方ともらう方ではとにかく払う方が『偉い』と思ってしまう感覚。

『偉く』ないんです。ただ払う方なだけです。経済の流れの一部なだけです。
これが全く対価を要求せず、寄付したということならば、その人は『偉い』といえましょう。

ヘルパーさん達が全て素性の良い人達であるとは言いませんが、介護すること自体には前向きに取り組んでいるなかで、
介護される側はヘルパーさん達に敬意を表さないのは、やはり人としてどうかと思います。

わたしがどうこうできるお話ではなかったので、ますます「大変ですねぇ」としか言えなくなってしまったのですが、
ヘルパーさん達は明るく面白おかしく苦労話をするものですから、聞いてるほうも何となく救われました。

皆さん頑張ってほしいと思います。