(今日は2015年2月21日。うちの子供達が産まれて3524日目です。)




一週間も経ってしまいましたが先日のバレンタインデーに、娘がチョコレートをプレゼントしてくれました。


市販のチョコを湯煎して溶かして、型に入れてデコレーションしてくれたんじゃないかな。









こんなのや、








こんなのや、








こんなの作ってくれました。どれもとてもおいしかったのですが......




どうもプレゼントすることより作ることのほうが楽しいんじゃないかな、親しいお友達の女の子とも交換し合ったりしていました。それからこの親父にいつまで作ってくれるのでしょうか。ある日ぷっつり作ってくれなくなる日が来るんでしょうね。そういったことを考えちゃいますね。




小さい頃は私がどこかへ行くというと「一緒に行く!」と泣き叫んだものでしたが、最近はお友達と遊ぶほうが楽しいらしく、私が家にいてもすぐに「**ちゃんと遊んでくる!」と言って遊びに行ってしまいます。社会性が身についてきたのか、どんどん父離れしていっているのか、寂しい毎日です。


1/3夜、同じ町内に住むうちの子供達の同級生のお父さんから電話があり、「明日子供達を連れてスケートしに行きませんか?」


特に予定もないので即决OK.電話をくれたお父さんは「うちが車を出しますよ」と言ってくれますが、聞くと同じ町内の女の子ひとりも誘っていて合計8人、向こうの車もうちの車も定員7名なので「しょうがないから二台で行きましょ。」


お目当てのスケート場はうちの嫁の実家のすぐ近くで、うちの子供達は何度か行ったことがありますしわたしもその辺は土地勘あるので、往路はうちの車が先導して小一時間で到着。


実は私、
スキーはただの一度もやったことありません。
スケートは付き合いで1~2度、「やったことがある」程度です。しかも最後にやったのは何年前だか覚えていない。(おそらく5年や10年じゃすまないでしょう) 「寒いところがいやだから」 それだけの理由でやらない根性なしです。さて、どこまで体が覚えているでしょう。


いざ、スケート靴を履いて恐る恐る氷上に立ってみたら、「無理~、無理~!」リンクの縁にしがみついて牛歩のごとくが精一杯。


これに対して子供たちはすごかった。今回の子供たちは六年生二人、三年生三人でしたが、皆ほとんど経験なし(うちの子達は一~二度やったことがある程度) 特に六年生のAはずいぶんスイスイすべるので、「何回目だ?」と聞いたら「初めて!」だって。悔しいなー子供たちのバランス感覚。




息子がどこかに写っています。




うちの娘と六年生二人組のA、Mです。




うちの娘と六年生のA






うちの子供たちの同級生のK




子供たちが勘で滑るのなら、私は理論派でいこうと、何がまずいのか考えてみました。


①まずは最初の貸し靴の右側のブレードがほんの少し傾いているため、どうしても足が寝てしまう。これは靴を替えて解決。


②しかしそれでも足が寝てしまう。よく考えた末、靴紐がゆるくて靴の中で足が動いてしまうようです。紐を解いてきっちり巻きなおしたらだいぶ安定して立てるようになりました。


③靴と足はずいぶんしっかりして、リンクの縁にしがみつかなくても良くなりましたが、まだスイスイ滑る域には達しません。(このころ子供たちは鬼ごっこをやっておりました) 私は上手に滑る人の足の使い方をよく観察して頭に叩き込みましたが.......できませぬ。そこまでは習得できませんでした。今回はじめて滑るAに「おじさん、滑らないの~?」と冷やかされ、しょうがないので「滑らないんじゃない、滑れないんだよ!」と屈辱の回答。


結局私はヨタヨタとリンクを一周しただけでした。サッカーシューズよりきつい靴は履きたくない。

(今日は2014年12月29日。うちの子供達が産まれて3470日目です。)


思い出した出来事や、スマホから出てきた写真を追加します。

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この10日ばかり多忙でした。いろいろあったことを綴っておきます。



【12/19(金)】

今年の仕事納めまであとちょうど一週間のこの日、FACEBOOKでのお友達である女性ジャズシンガーが小岩のライブハウスに出演するとの連絡を受け、「しばらくライブも聴いていない」のと、この日はうまい具合に出かけられそうなので、フラッと一人で行ってみました。


その昔実家から学校に通っていたころ小岩は通過点の駅でしたが、就職して転勤に伴いいくつかの住所を転々とし、今のところに落ち着くまですっかり足を伸ばすことがなくなってしまったので、「今居るところから小岩まで、電車でどうやって行くか」調べるところから開始。すっかり田舎者になってしまいました。結局のところ、新松戸から武蔵野線で西船橋まで行き、総武線に乗る、というルートですな。小岩に着いて、所番地を頼りに歩いていたら突然目の前に目当てのお店が出現。フラッと入るとお友達やらそのバンドの方が準備をしている最中。お店も想像していたより小さくてお客さんが20人も入れば窮屈な感じ。


次々やってくるお客さんの中には昔私が参加していたバンドの親方も居て、この夏以来の再会。


出演者の一人であるお友達のジャズシンガーですが、FACEBOOKで時々コメント交換しているものの実際にお目にかかるのは二度目です。この夏私が出演したライブ以来。曲はほとんどが私ですら知っているスタンダードなものばかりで十分楽しめました。バンドの親方は途中で帰り、私は最後まで聴いて一人で帰りましたが、なかなかハートウォームな良いライブでした。今、なかなか身軽に夜遊びができませんが、懲りずに繰り返しご案内ください。


【12/21(日)】

近所にある、市の公民館を会場にして、うちの子供たちのご学友のご両親がクリスマスパーティを開いてくださって、娘と二人で参加。最近この辺で流行っておりますポットラックパーティで、私は忙しいその日の夕方に小さなピザを数枚作って持っていってやりましたが、作ってからパーティが始まるまでに時間があって、冷めてしまいます。この読みが少し甘かったな。


(会場準備中の写真です。結構広いホールなので子供たちは大騒ぎ!)



最後には主催者のお父さんがサンタクロースになって子供たちにプレゼントを配ってくれてこれまた皆大喜び!。




【12/23(火)】

この日はご近所さんの家族とあの震災で被災した若者数名、総勢(後から聞いた話では)約65名参加の大クリスマスパーティ。うちは家族全員で出席しましたが大盛り上がりの大変楽しいパーティです。お店を借り切ったので今回はポットラックパーティではなく、持ち寄りはありませんし、時間制限はあるものの呑み放題食べ放題。




外国人のお友達も多数参加!写真に写っていない方もまだまだ居ます。


ミュージシャン志望の女の子。私は何度か会ってて顔見知りだし、一緒にギターを弾かせてもらったこともありまして映像がYou tubeにも載っていたりします。この写真には写っていませんが、今回レパートリーに「スタンドバイミー」があったので、ストラト持っていった私は図々しくスライドギターで飛び入り。(ジョンレノンのスタンドバイミーのイメージですね)





さらに、酔って調子に乗った私はこの他にもギターソロで「White Christmas」、友人英国人のブルースハープとボーカル参加による「Sweet home ******」(伏字は我々の住む市の名前)をやらかしちゃいました。(中央が私、マイクスタンドが無かったもので左端でご近所さんの一人がマイクを手で持ってくれてます。右端はブルースハープの友人英国人)



他にもキーボードあり、サックスありの大ジャムセッションです。いやースゲー楽しかった。


「参加者約65名」と書きました。さすがに全員ではないですが大半の人は顔見知り以上の友人です。こんなところに住んでるんです。都合で来られない人たちも結構居たので、全員そろったらものすごいパーティーになるんだろうな。



我が家は私だけ少し二次会へ出て帰宅。あまりの楽しさに、翌日反動が来る.......


【12/25(木)】

嫁が娘と一緒に北海道へ遊びに行ってしまいました。向こうに親族が多くいるんです。はじめは私もあとから息子と一緒に行く予定だったんですが、健康上の理由で「ちょっときついな」と思っていたら息子も「ぼくも行かない。父さんと一緒にいる」と言ってくれたので、年末は二人で自宅にいることにしました。しかし、私の仕事は26日まで。すなわち、25,26日の二日間、息子は一人で留守番しなければなりません。これには悩みました。火災、事故、初めての留守番で何が起こるかわかりません。結局「出かける時はその前にとうさんに電話をかけること」を申し渡し、わが子を谷へ突き落とす獅子のごとく、やらせて見ました。


やらせてみたものの、会社にいても心配で仕事が手につきません。でもちゃんと友達呼んだり、遊びに出るときは私に電話をかけてきたので、「出かけるときには暖房とテレビを消して、玄関に鍵をかけて出るように」と指示しましたら立派なもので、きちんとやってくれていました。26日にはあまりに気になってこちらから電話してみましたが、普段ガミガミ言う母親がいないせいでしょうか、案外のんびりやっているようでした。



ちなみに25日の晩には褒美にすしを喰わせてやったのですが、小学校に入ったころは2~3皿しか食えなかったのに、今は9皿も喰いやがるどころか、中トロだの、デザートにメロンだの、喰いやがります。(現在小学校三年生) この店は、回転するものの一皿100円じゃないんですよ(涙)




【12/27(土)】

12/21にクリスマスパーティをやった市の公民館でご近所さん主催の「親業講座」というイベントが開催されました。講師を招いて「子の親としての」お話を伺うものですが、この会場設営や、受講者が連れてくる子供たちの託児手伝い依頼が流れてきました。私は「講座」(受講した方たちには大変評判良かった) のほうには興味がなく、プロの保育士さんによる託児に大変興味があったのでそのお手伝いを志願しました。前日になってインフルエンザなどで受講者のキャンセルが多発し「託児のお手伝いは不要になりました」という連絡を受けたのですが、息子と二人きりだし、会場設営手伝いしてから講座が終わるまで託児所で子供たちとずっと遊んでいました。こちらも楽しかったな。


保育士さんは新聞紙、コピー用紙、紙コップ、セロテープ、ガムテープ、紐など、ありふれたものをたくさん持ってきてくれて、これらを使っていろいろ子供たちと遊んでくれます。いやー、勉強になります。前に書いたように本当はこの日私が託児のお手伝いする必要なかったのですが、ついつい楽しくてずっと付き合ってしまいました。しかも図々しく、自分で考えた指遊びを教えてやったり、即興で手品をやったりしましたが、ハイテンションになっている子供たちは手品の最中にいろんなところを覗き込んだり、「あ!今**が見えた!」とか、ちっともまじめに見てくれません。


最後にやった福笑い。今息子に聞いたら、妖怪ウォッチの「フユニャン」だそうです。横の窓から陽光が入ってしまいました。




講座終了~会場の撤収手伝い終わってから息子と二人で近所の天然温泉へ。カルピスウォーター飲んでます。息子はカルピス系が大のお気に入り。うちの子たちは炭酸飲料はあまり飲みません。





【12/28(日)】

実家に住んでいたころ同じ町内に居た古い友人のH君、20歳くらいまで親しくしてもらいましたが、その後彼は浜松へ転居し、私は私でこのA市へ引っ越しまして(実際には途中でもっと紆余曲折ありますが)要は30年以上音信不通だったのですが、最近FACEBOOKでコンタクトが取れるようになり、さらに「28日にそっちのほうへ行く用事があるから会わないか」と連絡いただきました。無論こちらはOKで、調べてみると彼が宿を取ったのはこの沿線のM駅近く、会うのにも非常に便利でしたので、息子と出かけてきました。


7月にライブをやって久しぶりの友達に会ったときもそうだったんですけど、10代20代のころの友達というのは今突然再会しても何のテレもなく、自然に話ができます。



【12/29(月)】

朝から雨模様。息子と私は普段より惰眠をむさぼり、私が作る朝飯を食べてからごろごろ。私の心中としては、「年末だから大掃除もしたいし、大体まだ年賀状も出してない」という気持ちと、「息子と二人っきりだから遊んでやりたいなぁ」という気持ちが交錯し、結局年賀状だけ何とか作って近所の大型スーパーに連れて行ってやることにしました。年賀状は宛名書きが大変面倒なのですが、パソコンに保存してある住所録から半自動で葉書に印刷するプログラムを組んであっという間に完成。(横着の極みですが)


大型スーパーへ行くと、まずかれはおもちゃ屋さんを覗き、(買ってもらえないのはわかっております。先日サンタさんからもプレゼントを頂戴したばかりですのでわがままは言いません。あ、まだうちの子はぎりぎりサンタさんの存在を正しく理解しています。)ゲームセンターで私と少しゲームをやり、満足したのかどうかわかりませんがとりあえず帰ります。



(ゲーム中の息子。私は電気仕掛けのゲームはまったくといっていいほど興味がありません。)





また、明日以降なにかありましたら書き足しますね。

(今日は2014年12月7日。うちの子供達が産まれて3448日目です。)


息子が描いた絵を昨日このブログと、もうひとつ別のSNSに投稿したところ、意外に反響がございました。親バカのバカ親が調子に乗って、もう一作品を掲載します。笑ってやってください。





これは彼が一年生の時に描いたもので、これまで彼の作風は一切知らなかったのですが、ある日学級参観か何かで学校に行ったら廊下に貼りだされていたのを初めて見て驚愕したものです。


タイトルは「インコ」だったかな。しかしとてもじゃないけどかないません。

(今日は2014年12月6日。うちの子供達が産まれて3447日目です。)


小学校三年生の息子が学校で描いた絵(というより貼り絵のようです)です。親バカですがこいつの描く絵には以前にも驚かされました。色使い、ダイナミックさ、表現力、構図、どれをとっても私が小さい時も今も、こんなに素晴らしい絵は描けません。心から「上手い!」と思いました。しかし.....



他の子の作品を見る機会がなくて知らなかったのですが、今の小学生は、こんなのザラらしいです。県の展覧会があって、他の友達が選ばれて展示されるらしいのですが、この絵は選ばれなかったらしい。恐るべし今の小学生。

(今日は2014年11月30日。うちの子供達が産まれて3441日目です。)


昨日家族でJリーグの試合を観戦に行ったことを書きましたが、サッカーのプロフェッショナルリーグとしてJリーグが発足したのは1993年のこと。それまで日本にはサッカーのプロリーグというのはなくて、いろんな会社のサッカー部による「日本リーグ」というのが行われていました。現在正月に決勝戦が行われる「天皇杯」という大会も現在はプロであるJリーグ同士の戦いになってしまいますが、それ以前は各会社の実業団チームが出場しておりました。(注:天皇杯は日本サッカー協会に登録しているチームなら出られますので、決勝戦にアマチュアのチームが進むことは可能です。ただし、アマチュアのチームがトーナメント戦でプロのチームを破り続けて決勝戦まで進む、というのはまず困難なことです。これが現実です。)ちなみに1993年のJリーグ開幕初戦のチケットは申込み方式で、倍率が80倍くらいのプレミアチケットでしたが、私は申し込んで当選して観戦に行きました。チケットの半券は大事にとってあります。自分の名前が印刷されています。


さて、小学生の終わりくらいからサッカーフリークとなった私や仲間は当時からしばしばJリーグの前身である「日本リーグ」や、日本が招聘した海外のサッカーチームとの試合を見に行っておりました。そのときのチケット半券が残っているのを思い出しまして、ここに一部(一部ですよ!)をご紹介します。












一番左の一枚と右側の二枚はいわゆる「日本リーグ」のチケットで、今のJリーグのチケットに相当します。1971年ころには会場で観戦していたのがわかります。


左側から二枚目の黄色い奴は、「東西対抗」というんですが、関東にある日本リーグのチームと、関西にある日本チームがそれぞれ東軍・西軍の混成選抜チームを作って戦う、どちらかというとお祭り的な大会でした。凝っていたのはそのトロフィー。サッカーボールが台座に乗っている形のトロフィーでしたが、東軍、西軍引き分けの時のために真ん中から真っ二つに分かれる構造になっていたように記憶しております。(昔の記憶なので間違っているところがありましたらご指摘ください) 引き分けの時は無理に決着付けずに両軍がトロフィーを半分ずつ持って帰るわけですな。お祭りならではです。


これらのチケット、今となってはなかなか目にすることはできない貴重なものです。日本サッカー協会が神田で運営しているサッカーミュージアムに行けばいくらか見られますが、あとは私のような物持ちの良い古いサッカーフリークが個人で保管しているものくらいでしょう。(ちょっと自慢) 他にもいくらか珍しいものがありますが機会がありましたらお目にかけましょう。 今夜は息子に見せて自慢しますか。

(今日は2014年11月29日。うちの子供達が産まれて3440日目です。)


私は45年にわたりサッカー狂です。ボール拾いからライン引き、選手・審判・指導者とあらゆることをやってきましたが最近健康上の理由ですべての活動を停止しています。その私が2005年に授かった男女の双子の息子のほうが私に輪をかけたサッカー狂になってしまいました。通っている小学校のグラウンドで習ってもいるし、家では年がら年中サッカーの試合をテレビで見てるか、ニンテンドー3DSでサッカーのゲームをやってます。


そんな彼は「プロの試合を生で観たい」と以前から申しておりまして、今日ようやくそれが実現しました。


会場は日立サッカー場。

カードは柏レイソルvs清水エスパルス (息子はエスパルスの大ファンです。大前元気が好きらしい。)

とった席はビジターの立見席(ゴール裏です)私はずっと以前に湘南の試合を同じような立ち見で見たことありますが、もう立ち見は辛いですね。



(「複製」の赤い文字は私が入れました) 3-1でレイソルの勝ち。


【閑話休題】

もう時効でしょうから書きます。まだJリーグが始まるずっと前、プロチームが無く実業団サッカーが日本リーグと呼ばれてたころ、当時中学生~高校生の私たちはしばしば国立競技場に試合を見に行ってました。一試合の観客は数千人が当たり前で、一万人入ると「ゴールデンカード」と呼ばれてました。メインスタンド中央付近がS席と呼ばれて値段が高い、その両サイドがA席と呼ばれて値段が安いものの、真正面からゲームを見ることができません。あのころはキックオフまでとりあえず自分たちが買ったA席に座って待ち、キックオフになると区切りのロープをくぐってS席になだれ込んで良い席で試合を見たものでした。今は警備も厳しくなってそんなことはできませんが。


時は流れて、アメリカまでワールドカップの本大会を見に行った私に授かった息子は、客観的な評価をしても結構上手いです。小学三年生の癖にオフサイドは完全に理解しているし、また目がいいもんだから、テレビで試合を見ていても、微妙なジャッジやハンドリングも正しく理解しています。


私の老後は彼をJリーガーにして左団扇の生活、というのが夢ですが、さて、どうなりますやら。

(今日は2014年11月23日。うちの子供達が産まれて3434日目です。)


今日は三連休の中日です。ここまでの行動を書いておきます。最終日の明日は予定がないので明晩書き足すことにしますが今のところなかなか濃密な連休です。


【11/22・土】

珍しく家族四人が完全に別行動でした。私はまず、某名士が別荘に使っていたという、近所の由緒ある建物で開催されたSP盤の鑑賞会に行ってきました。


SP盤ってわかりますか?レコードなんですけどもはや二十代の人だとそのほとんどがLP盤すら知らないご時世になってしまいましたが、


①今レコードとして普及しているのがいわゆるCD。これは音楽がデジタル化されて録音されています。小さいし、音質は良いし、取扱いもとても簡単ですよね。

②CDが発明される前はLP盤と言って直径30センチの樹脂製円盤の両面に音楽のアナログ振動の溝を切ったものが主流でした。(正確な製造方法は少し違うんですけど) 針でこの溝の振動を拾い、その振動を電気回路で大きくして(これを増幅といいます)スピーカーで再生します。私はこれらの世代。もっとサイズの小さい「シングル盤」というのもありました。数は大したことないですが私のLPコレクションは大切に保管してありますので、うちの子供たちは平成産まれにもかかわらずなんとなく知っています。

③そのLP盤が発明される前の規格がSP盤です。乱暴ですがトーマスアルバートエジソンが発明した録音機と同様なものです。音をダイレクトに機械振動に変えて盤に刻み、再生は針で拾った溝の機械振動をラッパ状のホーンに直接流す、という代物です。 (下手な説明で申し訳ございません)


このSP盤、私はその存在を知識としては知っていたのですが、なにぶん私が産まれる前の時代の物のため、音を聴いたことがありませんでした。今回はその鑑賞会ということで貴重なチャンス。


SP盤の音を再生する機械は「蓄音器」と呼ばれるもので、今となっては見ることもなかなか難しいものです。しかも今回の蓄音器はこの鑑賞会の開催メンバーの方による手作り品だそうで、いやはやびっくりいたしました。丁寧で古色蒼然と作られており、「いい仕事してますねー」でした。


光の加減がよくないのは承知で、座った席から辛うじて撮影した写真です。こんな大きなラッパを付けた蓄音器を、映画などで見た方はいらっしゃるのではないでしょうか。中にぜんまいが入っていて、再生する前にハンドルでぜんまいを巻いておき、それで盤を回転させます。また、これは知らなかったのですがこの蓄音器の針には「サボテンの針」を蓄音器用に加工したものを使っているそうで、しかもなんと、まだSP盤再生用としてのサボテンの針が販売されてるそうです。「鉄製の針」を使うものがあるのは知っておりましたが。ちなみに会場となったこの建物も築100年近いもので、我々の住む市が大切に保存している文化財のひとつです。























































10枚ほどの盤を聴かせていただきました。そのうちのほとんどがやはり100年近く前に録音されたものだそうですから大変貴重なものを拝聴したわけです。イタリアのオペラ、日本人によるオペラ、バイオリンやチェロの演奏、漫談、高名な芸者さんによる端唄などなど。しかし不思議なもんです。100年近く前の録音なので雑音は多いし、ダイナミックレンジも広くないのですが、目を閉じて聴いているとまるで生演奏を聴いているような暖かい音色で大変心地よい。テクノロジーにおいてはるかに進化したはずのCDにはこの暖かさがなくていまいち好きになれないんですよ。ちなみに今回の蓄音器は電気を一切使いません。盤に刻まれた音をサボテンの針が拾い、その振動ををラッパで直接大きく響かせ、盤の回転は前述のとおりぜんまいによるもの。ちょうど一時間の鑑賞会でしたが単なる回顧趣味ではなく、その音の暖かさに心底酔いしれました。


鑑賞会を辞したその足で次は駅前の某大手スーパーマーケットへ行きます。そこの一階ロビーで開かれる「ゴスペル」のミニコンサートを聴きに行くんです。私は体裁良く言えば無宗教者、正直に言えば不信心の不心得者ですが、黒人音楽が大好きなのでこのミニコンサートも初めてではなく、二度目かな?知り合いの御夫婦も出演。最後には私のお気に入りの映画の一つであるウーピーゴールドバーグの「天使にラブ・ソングを…」から一曲「I will follow him.」も聴かせていただきました。こちらは約30分のミニコンサート。


さて、今日は忙しい、忙しい。夜には近所のおやじ連中、私を含めて四名で呑み会です。集合までに時間があるのでいったん家に帰り、頃合いを見て出直します。メンバーの一名はこのブログによく登場する英国人。ただし、日本人である奥さんから(まあ、半分本気・半分冗談でしょうけど)「明日は忙しいから早く帰してね。」とメールを頂戴してまして.....しかし帰ったのは11時過ぎ。


【11/23・日】

今日は近くにある市の施設で、ご近所さんたちによるイベントへ娘と二人で出動。三部構成になっていて、


第一部:「タネで遊ぼう」・・・某大学で植物生態学を研究だか講義だかされていらっしゃる御近所の奥様(実は前日のゴスペルコンサートの出演者の一人)が植物の種の話を小さい子供向けにしてくれて、かつ工作もさせてくれるというもの。自分のいる世界と異なる世界の専門家の話を聞くのはとても刺激的です。大変ためになりました。色々種子のサンプルも拝見させていただきましたが、この写真はチョコレートやココアの原料となるカカオだそうです。30センチくらいの長さのもので、こんなに大きいものだとは知らなかった。バオバブの種も見せて頂きました。



第二部:「クリスマスオーナメント」・・・手芸に大変長けている奥様が子供たちにクリスマス用の飾りの工作を教えてくれるものです。実は私、この奥様に作っていただいた小銭入れを異常なほどに愛用しています。いわゆる、「がま口」ってやつなんですが、溺愛していて手放せません。そんな奥様とそのご主人が大量に用意してくださった材料を使って、たくさんの子供たちがきれいなオーナメントを作っていました。見ているだけでとても幸せになるイベントです。ああ、書き忘れてました。この日私は娘を連れてこれらのイベントに参加していましたが、娘もかわいらしいオーナメントを作っておりましたよ。


開始直前の様子。この写真撮影時にはお客さんが少なくて心配しましたが、直後に続々と集まって椅子を追加するほどの大盛況となりました。





第三部:「英語でチャット!」・・・友人の英国人(前述)は英会話教室を自営しておりますが、そのつてで近

隣の英会話教室のティーチャーを15人くらい集めてマンツーマンでおしゃべりさせてくれる、という企画です。一回大体10分くらいおしゃべりさせてくれるのですが、それを数回させてくれました。すなわち複数のティーチャーとお話しできるわけです。これはいい企画だったなー。私も数名のティーチャーと話をさせてもらいましたが彼らの国籍によって聞き取りやすい、聞き取りにくい、がありました。自分にとって一番聞き取れたのはオーストラリアからの女性ティーチャーだったかな。もっとも私も、中学、高校の授業以外にちゃんと習ったことはなく、一時期仕事で海外に行く機会が多くて、現地の人たちとどうしてもしゃべらざるを得ない状況になったことがあっただけでして、まあ、私のは語学なんてもんじゃなくてインチキなんですが。他にもUSAやフィリピンやハイチなどからのティーチャーたちが大活躍。


開始前の撮影です。この企画もこの撮影後に続々とお客さんが来て大盛況でした。結構小学生も参加していて話してました。うちの娘も私が話しているとやってきて、「これが俺の娘だ」と紹介するとティーチャーが名前を聴いたり歳を聴いたりする程度には受け答えしておりました。ちょっと照れながらも握手なんかもしてましたね。日本も国際化したもんです。私が小学生のころには外国人なんか真空管式モノクロテレビのブラウン管上でしか見たことなかった。




【11/24・月】

今日はこれといった予定はなく、嫁と子供たちはサッカーの試合に出かけて行ってしまって居りません。昨日一昨日が結構忙しかったのでさっきまでゴロゴロしてました。スマホでブログを見てたら昨日の第二部で講師を務められた奥様がこのブログを紹介してくれていました。感謝です。「お手伝い」って言ったって全然大したことしてませんでしたのに。


さて、も少ししたらI市のホームセンターでも行ってくるか。


と思っていたら嫁から電話。サッカーの試合に連れて行った娘の具合が悪くなったそうで、急遽私が迎えに行きます。今少し弁当を食べさせて寝かせていますが何やってんだかなー、私が出かけることはかなわなくなりました。

(今日は2014年10月26日。うちの子供達が産まれて3365日目です。)


今日10月26日は二件のパーティーにお誘いがあり、娘と娘の友達一名との計三名ではしごしてきました。息子はサッカーの大会があり、母親と行っております。


【一つ目】

ミュージシャンを目指しているお嬢さん(私二回だけ即興でセッションしたことあります)が東北から私たちの市の隣にあるタイ料理カフェで30分ほどのステージを三回やるという。こりゃ行かなきゃなりませんな。知らないお店ですが私はタイ料理が大好物です。美味しいものといい音楽、たまりません。


3ステージの二つ目を見に行こうと思ったら、ラッキーなことにそこが一番予約が入ってないとのこと。娘は私と行くといってますが当日夜のパーティーに一緒に行くはずのお友達が同行できるかどうか。小学生なのでやはり御両親の許可が無いとね。夜のパーティー出席はすでに許可が下りていますが、日中分はとりあえず私と娘の二名で予約を入れます。


二名で予約を入れた後、そのお友達も日中のパーティーに参加できることになり、人数変更の連絡をした後近所にあるお宅まで迎えに行きます。お友達もさることながら一緒に出てきたお父さんは「どこかで見たことある人だな」と思って、車の中でお友達に聞いたら、私が少しだけ関わったサッカーチーム(現在息子が所属)でコーチをやっていたそうです。納得。


会場であるタイ料理カフェへ行く途中で花束購入。これは柄にもない行動で、今考えると恥ずかしい。


お嬢さんのギター弾き語りを聴きながら私はまず、フォーを注文。東南アジア料理は大好物なので、「パクチー大盛り!」と頼んだのですが期待したほど載っていなかった。もっとドサッと載せて欲しかったんですがねぇ。うちの娘は小さい春巻き、飲み物、アイスクリームのセット、お友達はいくら勧めても「さっきご飯食べたからいいです。」の一点張りで、うちの娘の頼んだセットに付いていたアイスクリームにちょっぴり手を出しただけ。私はさらにもう一品、ナシゴレンみたいなやつを辛目の味付けで頼んで満足。お米は長粒種(おそらくタイ米)だったのは見逃しませんでした。旨かったですよ。タイ米にはちと思い出があります。


演者であるお嬢さんのボーカルは、口ばっかり達者の元ギタリスト(すなわち私)に言わせればもう少しボイストレーニングが必要かなー。フォルテシモのところで少し音程が上がるのも気になります。でも相当の熱意があるのできっとそれらを克服して素敵なシンガーになるでしょう。


ちょうど私の食事が終わった頃、近所の英会話講師一族+αがやってきて、挨拶した後入れ替わり。お店が狭いので譲り合わないと聴けません。


15:45頃帰宅。夜の部のパーティーは食い物一品持ち込みなので、私はチーズケーキを作り始めます。今焼いてますが、久しぶりなので上手くできますかどうか。おや、焼きあがったようですが、出来栄えはどうでしょうか?




まあまあ、かな。見た目は今までで一番ですが味はどうでしょうか?さて、そろそろ二つ目のパーティーに出かける準備するか。


【二つ目】

ご近所に住むうちの子供たちの同級生のご両親が「ハロウィンパーティ」を開催するそうで、お誘いいただきました。こちらも日中と同じメンバー(娘、娘の友達、私の三名)で参加。(向かって左がお友達、右が私の娘です)




食べ物を並べたテーブルの端っこにそっとチーズケーキを置いて様子を伺ってみると、やはり皆さん最初はご飯ものやおかず系に手を出して、私のチーズケーキに手を出す方はいませんでしたが、ゲームを終えて帰ってしばらくするときれいになくなっていました。実はこのパーティー、ホストファミリーは旦那さんが外国人、奥様が日本人という家族(うちの周りにはこのパターンの夫婦が大変多い)なんですが、旦那さんも「俺が焼いたんだ」と言ったらびっくりして食べてくれて、「甘すぎなくて旨い」と言ってくれました。半分は社交辞令として聞いておきます。


最初はみんなで持ち寄ったものを勝手に飲んだり食べたり。この形式はいいですね、色んな家庭の味を楽しめます。今回の会場の周りは公園になっていまして、そこの四か所に分かれて隠れているお父さんたちを見つけて、「Trick or treat!」というとお菓子をもらえ、四か所すべてでお菓子をもらって会場に帰り着くとゴールイン、というゲームをやりました。私は女の子ばかり8人のグループのガード役。(何せ暗いですから)



私がガードした8人組、ゴール後の写真です。ずいぶん背の大きい子もいますが皆同じ歳らしく、それを聞いてちょっとびっくり。


帰りは21時過ぎになってしまい、娘のお友達のご両親には心配かけてしまいました。とっても楽しかったけど、とっても疲れた一日でした。

(今日は2014年9月15日。うちの子供達が産まれて3365日目です。)


今日は三連休の最終日。息子と娘は朝から弁当持って練習試合に出かける予定です。先日私が作ったラン〇パッ〇もどきを息子がいたく気に入ったようで、数日前から「試合の日に作ってくれ!」と騒ぐばかりか「今度はハムカツ入りも作ってくれ!」とナイスで御無体なリクエスト(朝から揚げ物揚げるのかよ!)



息子のリクエストです、「よしよし、作ったる!」と昨日材料の買い出しと仕込み。しかし昨夜はお友達と呑みに行く約束をしていて夕方出かけ、ついハメを外して、酔っぱらって帰宅したのが夜中の一時頃。(お友達にご迷惑をおかけしてなければよいのですが) ところがそんな時刻に帰ってきたのに、普段ならぐっすり眠っている息子が起きだしてきて、こんなメモを私に渡します。






























ますます約束は破れません。酔眼朦朧のままその時刻に簡単な下ごしらえをし、今朝6時過ぎに起こされて調理。


①ツナ缶と微塵切の玉ねぎをマヨネーズで和えたもの

②コンビーフと微塵切の玉ねぎをマヨネーズで和えたもの

③ハムカツ(市販のお惣菜じゃないですよ、今朝自分で揚げました)


の三種類のラン〇パッ〇もどきを作ってみましたが「う~ん、ちょっと量が少ないかな」と思い、冷蔵庫に少し残っていたソーセージでソーセー人もどき、パンの耳でフレンチトーストもどき、(なんだよ、もどきばっかりじゃん!?) 茹で卵を追加で作ってタッパーに詰めてやりました。



(完成間近のハムカツ・ラン〇パッ〇もどき。くどいですが自分で揚げたハムカツです。)






















試合頑張って来いよ!