空はどこから/猫の長靴 -27ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

アイスホッケー観戦の後、妻が目指したところは――新横浜ラーメン博物館

「全国のラーメン屋さんが入ってるらしいよ」
で、まずは入場料
「ラーメン食うのに入場料払うの?」という不満は――

ここで吹っ飛ぶ

これ、地下に作られた昭和のジオラマ
空(天井)が芸をしている!
作り込んだなぁ


いにしえの昭和
立ち並ぶ映画の看板絵
そしてポスター

この映画、高校時代にリバイバル上映で観た。繰り返し観た。
黒沢映画の、これぞ「大作」――『隠し砦の三悪人』


これは銭湯に貼ってあるのは見たけれど……

昭和の太陽、江利チエミさんの当たり役――『サザエさん』

格子戸の向こうには、わざとらしく(笑)――力道山のプロレス中継


このテーマ館は、いわば『三丁目のタ日』時代の再現
私の世代より若干古い。しかも私は田舎の子である

東京はきっとこんな感じだったんだね
店舗の二階に洗濯物


バーの2階に黒いシミーズ
きっとこのバーのママの物なのだろう

となりのクラブの2階には白とピンクのシミーズが干してあった。きっと地方から出てきた娘さん達がここで働いてるんだね

反対側には、ランニングシャツとボクシングのグローブが吊るしてある――明日のジョーの泪橋の世界かあ~?

わざとらしいけど……何か楽しい(笑)


さて、ラーメン
名前を見て一発で決めた


札幌ラーメン「すみれ」
子供の頃、ラーメンといえば醤油だった
家で作る時、母はベルのタレにラードをぐにゅうと入れていた。
初めて味噌ラーメンを食べたのは8才頃、何処かの観光地だった
そのこってりした甘辛いスープに驚いた。クドくて飲みきれなかった

その時の記憶に一番近い味噌ラーメンが、この「すみれ」

もちろん、今は――


ぜーんぶ飲み切る、この旨さ!w



さて、このテーマ館、これでもかとばかりに当時のものが展示されていたのだけれど……
実は一番トキめいたのが、これ

人通りの少ない階段にぽつねんと――


黄金バット!

私が最も実写で映画化してほしい、昭和時代最大のヒーロー!

因みに、この絵柄は紙芝居版、加太こうじの黄金バット

この人、絵はあんまり上手くないw
でも昭和の風俗の良き記録者である

私のお気に入りはこれ!
絵物語、永松健夫版の黄金バット
このゴシック調・怪奇趣味のコスチュームがたまんない!


私の世代の黄金バットはTVマンガ版

何故か裸の金粉ショーみたいになっちゃった(汗)

映画化するときは服を着せてちょうだいね
プロレスラーじゃないんだから(笑)

というわけで――
わあ~黄金バットだ~、と大はしゃぎのファイミル坊や
良かったね~、とテキトーに合わせる妻

車の中で「黄金バット数え歌」を歌いながら、ゴキゲンで帰路についたのであった

♪ひとつ~ひとっ飛び~風切るマント
   黄金バットが空を往く~
   黄金バットが空を往く~
  それシュッシュッシュッ♪
(それシュッシュッシュッ)

……歌詞は当時の記憶、テキトーです(笑)
私が初めてアイスホッケーを知ったのは札幌オリンピックだった
もし、釧路か苫小牧で育っていたら、もっと早かっただろう



先月、久し振りに観戦してきた
全日本リーグ戦






場所は新横浜スケートセンター
車で一時間半

私が若い頃、日本リーグは6チームだった。
北海道には3チーム――苫小牧の王子、釧路の十條、そして札幌に雪印
札幌OLの妻と友人達は雪印ファンだった

私は王子が好きだったな
札幌オリンピックの時、名キーパー大坪選手は子供たちの憧れ。この人が所属していたのが王子(今のイーグルス)だった

業界柄、ご本人にお会いしたことがあるが、とびきり気さくで明るい人だった
スポーツの世界(いわば戦場)で頂点に立つ人の精神力って、このポジティブさから生まれるのかも知れないね


応援団は、今は鳴り物だけになってしまったけれど、昔は各チームにチアガールがいた
――重ね履きしたストッキングの脚がピカピカ光っていたなあw

彼女たち、みんなそれぞれの企業のOLだった。
応援団席を取り囲むフォーメーションで、インターバルにダンスを披露する。
ところがその間、応援団席のおじさん達は俯いてじっとしている

訊いたことがある
「折角チアガールが踊ってるのに、どうしてノリノリで手拍子とかしないんですか?」
「だって君、同じ職場だぜ――『○○さん、イヤラシイ目で見てた』って噂されちゃうじゃないか」(笑)


初めて現場で観戦した時のアイスホッケー
まず、印象に残ったのは、音だった
氷が削れる音!
シャッ!シャッっと鋭い音が、肌寒い会場内に響くんだ。
ああ、これが現場の臨場感なんだな、と身ぶるいした
今回の横浜では、この氷の音が若干鈍かった
温度の差かな?と思う
厳冬の北海道より、氷が柔らかい感じ

そしてもつれあってフェンスにぶつかるドスンという振動
がっちり防護服を着ているから(特に昔はモコモコだった)痛そうに見えない
それでも、やっぱり怪我もあって、流血した選手が運ばれた後、氷上の血をチームメイトがスケートでガッガッと削っている姿には、寒々としたワイルド感があった


音の次はスピード
パックがゴールの後ろに回っても、試合は続行する。このゴール裏で肉弾の攻防戦が繰り広げられる
そもそも、ゴールを狙うゲームで、キーパーの後ろまでフィールドだ、というスポーツが他に有るだろうか?

そして選手交代のスピード
氷上での全力滑走はスタミナが数分と持たないから、3セットが目まぐるしくチェンジする。
ゲームの中断なんて待ってられない。フェンスを跨いて飛び出して行くんだ
気がつくとリンク上に選手がひとり多かった――なんてこともあったらしい


選手の数といえばペナルティボックス
アイスホッケーはルールが簡潔で、危険行為をした選手は悪ガキの罰みたいに箱に閉じ込められる
その間、少ない選手で試合が続行する。これを「ショートハンド」と言う。
逆チームにとっては「パワープレイ」――得点のチャンスだけれど、こういう時って反って点が入らない。不利な側ががっちり守りに入るからだ
荒れた試合では、ペナルティが続出し、ボックス満杯、リンクすかすかになったりする
見ていて爽やかじゃないね、やっぱりフェアープレイがいいや



さて、観戦後
横浜だから中華料理かな?
とノープランの私を尻目に、スマホ片手の妻は駐車場も通り越し、ストトンストトン歩いて行った――

その先は?

後篇に続く
旭川は雪で真っ白!


モミの木~モミの木~
いつも緑よ~♪

イミテーションのツリーに綿なんか乗せなくてもいいんだよ
この街はジングルツリーだらけ


でもね、ちょっと待った
これはドイツ・トウヒ(スプルース)
つまり、モミの木(ファー)ではない

デンマークにちょっとだけ出張した時、
ドイツ向けのクリスマスツリー(トウヒ)が大量に栽培されていた


林業≒クリスマスツリーというくらい、ヨーロッパはクリスマスに掛ける意気込みが違う


モミの場合だと、スパイダーという高所作業機械があって、梢に近い枝をシュパンシュパンと切っていた


この枝がリースの材料として大量出荷される

樹勢の衰えたモミの木は、最後に伐採されてパルプ材(紙の原料)となる


さて、日本のジングルツリー
かつて、俳優の津川雅彦さんが北海道広尾町(襟裳岬の近く)でサンタ王国を作った時、広尾町ではアカエゾマツの鉢で生きているクリスマスツリーを出荷していた
アカエゾマツはトウヒ属である

その頃、オホーツク海近くに住んでいたファイミルさん、近所で小規模に作っていた苗木屋さんからアカエゾ・ツリーを分けてもらって庭に飾った
妻は電球のデコレーションをいっぱい飾って、箱庭のジングルランドが出来上がった――
何しろ、新婚さんである
冬だけど春だったね(笑)


日本でおめでたい針葉樹と言えば、アカマツ、クロマツ(パイン)だろうな
2葉の長い葉っぱの束は、邪気を掃き清める縁起物
でも、ジングルツリーとしてはどうかな

曲線っぽくて、典雅だけど凛々しさに欠ける

一方、これは一位(いちい)、別名オンコの木


マツと並んで縁起の良い木だけど
和風すぎてジングルツリーな感じがしない


もし、件の歌がクリスマスツリーを歌った曲ならば
モミの木~、じゃなくて、正確にはトウヒの木~♪となる

とはいえ、これは元々ドイツ民謡、日本人が勝手にクリスマスソングにしちまったのだ
この点、スコットランド民謡がいつの間にか卒業ソングになっちゃった「蛍の光」と同じだね

モミ(ファー) とトウヒ(スプルース)とマツ(パイン)は違うよ、と林業的には思うけれど、
知ったことか!と怒られちゃうね

大切なのは雪冠を被った常緑樹の美しさ
その荘厳さに出会えるのは北国ゆえの醍醐味なのである



さて、旭川に前回来たのは10月下旬
奇しくも早めの初雪が降った時だった

寒そうなモミジの木



昨日のモミジ、深紅の装いも捨てて、もう寒がるのもやめちゃった


落葉樹は眠りに就いた

常緑樹は頑固に緑


関東に移植された亜寒帯種のファイミルは
――酷暑の夏に夏眠したいね