映画の話を書きたくなった。
『キサラギ』は2007年公開の日本映画。
この映画で小栗旬を初めて見た。
いい男だな~と思った。
華があり、色気がある。
この映画、オタクの「アイドル愛」をテーマにしている。
以前、私は
「『愛』という言葉は手垢にまみれてしまった、禁句にした方がイイ」
と書いたが、この映画の愛は、まさに『大切に想う』の愛である。
これを観た頃は、まさかその後、自分がドップリと「predia愛」に浸るとは、予想だにしなかった。
さて、実はこの映画、私は高く評価していない。
脚本が気にいらない。
だいたい、
アイドルは焼け死んでしまいました~
で始まるコメディなんか、あるもんか!
筋は「実は…」「実は…」のオンパレードでドンデン返しの連続。
作り手が頭の中でストーリーをおもちゃにしている。不愉快だと思った。
たった5人のシチュエーションドラマなのに、すぐに怒鳴ったり食器をひっくり返したりで騒がしい。
では、何が良かったのか?
先ずはオープニング。
疾走感のある曲、金管の音が冴える。
そして影絵で表現される「アイドルに振り回される5人の男」
始まるぞ~!
という期待感をかき立てる。
ちなみに、バツグンのオープニング、で思い出すのは、『フット・ルース』
何しろ、足しか出てこない。
次から次へと足が映り、軽快な主題曲に乗せて様々なステップを踏む。
難しいブレイクダンスから単純に飛び跳ねるものまで
ステップ、ステップ、ステップ!
ダンス映画が始まるよ~!って感じ。
もう一つ、足のアップで思い出すのは『サタデーナイト・フィーバー』
ペンキ缶を片手にダウンタウンを闊歩するジョン・トラボルタ。
軽快なステップに名曲「ステイン・アライブ」が被る。
たまんないね。
ちなみにこの映画、高校時代に初めて女の子と二人で観た。
…と言うと、その後何度もあったみたいだけど、女の子と映画を観た経験なんて、指折り数えて片手で余る。
同時上映がセックスシーンのどぎつい映画で困った。
隣から、女の子の「やだぁ~」と恥じらう声が聞こえた。
私もまだ可愛かった。
さて、本題に戻って『キサラギ』の良かったところ
エンディング。
夕日の差すパーティ会場で、今は亡き「如月ミキ」の歌う映像を流し、5人で振りコピをし、エールを叫ぶ。
実際、撮影の日は暑かったらしく、5人ともヨレヨレ。
懸命に踊り、叫ぶオタクの姿がいじらしい。
「オープニングとエンディングだけ褒めて、本編はダメなのかい」と言われそうだが、そんなことはない。
キャラの立った5人のオタクと1人のアイドル。
設定がいい。
以下、妄想↓
2作目『キサラギ2』を作ろうよ。
まず、アイドルは死なない。
突然、謎の失踪をする。
彼女が忘れられない5人のオタクが集まり、思い出を語る。
次第に明らかになる失踪のいきさつ。
やがて真相に辿り着いた時、
そこに当のアイドルが現れる!
その驚愕の姿とはっ!?
5人のキャラは大体、一作目と同じ
エリートのボン
下町のあんちゃん
農家のせがれ
謎の中年男
そして、ショボクレた初老のオヤジ
あ、この初老のオヤジ、モデルはファイミルね。
一作目ではこの人↓
香川照之さん演じる「いちご娘」
さて、こうなると、
当然、アイドル役はprediaメンバーにやってもらおう!
ところが、
一人一人あまりにキャラが違うから、誰をヒロインにするかで全く違う展開になる。
脚本家の腕の見せどころだぜ。
例えば…
るー王女、突然の失踪!──その真相は!?
天使のアッキー突然の失踪!──その真相は!?
房総の野生児マイマイ突然の失踪!──その真相は!?
アリエッティ桜っちょ、突然の失踪!──その真相は!?
……
……
ちなみに、ルナの場合は簡単だね。
ルナルナ、突然の失踪!──その真相は!?
→お月さまに里帰りしてました~(^○^)
エンディング曲は当然、prediaのMV!
大画面でドーン、とね。
以上、妄想にお付き合い頂き、ありがとうございました~
(^_^)/~
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今回は20代の頃のお話。
世はバブル時代、トレンディドラマの全盛期だった。
でも私はトレンディドラマをあまり見なかった。
だいたい、オシャレな男女の恋模様なんて、
一人アパートで鍋から直にインラン(インスタントラーメン)をすすってるヤツが見るもんじゃない。
でも、主題歌は名曲が多かった。
米米クラブの『君がいるだけで』とかチャゲアスの『Say Yes』、サザンの『涙のキッス』etc.
初めて歌手、久保田利伸を知ったのは、ドラマ「君の瞳をタイホする!」の主題歌『You were mine』
以後、久保田利伸は私の20代を彩る歌手となった。
その後の「ロングバケーション」での『La・La・La Love Song』も名曲だったけど、この時は新婚さん。こちらの心境が違う、いろいろとね。
このドラマ、陣内孝則さんの2枚目半ぶりと三上博史さんの生真面目っぷりが印象に残っている。
さて当時、私がなぜ、「君の瞳をタイホする!」を観ようと思ったのか。
ズバリ、タイトルがイケてるからだ。
「君の瞳~」はご存知、名画『カサブランカ』でハンフリー・ボガートがイングリッド・バーグマンに言ったセリフ
「君の瞳に乾杯」
が元ネタ。
ボギーは美形とは程遠い中年の小男なのに、たまらない渋さがあった。
今、その系譜を継ぐ人となると…
ブルース・ウィルスかな~
「~タイホする」は、これまたご存知、ジョン・ウェインの傑作西部劇『リオ・ブラボー』のセリフ。
中年の無骨な保安官(ジョン・ウェイン)とつかず離れずの関係の蓮っ葉なヒロイン(アンジー・ディキンソン)
ラスト、ヒロインが酒場で歌手に雇われたと言って、黒い下着で首に鈴、のカッコをしている。
ジョン「歌手なんてやったことないじゃないか」
アンジー「客はあたしの足が目当てで、どうせ歌なんか聞かないわ」
ジョン「そんなカッコで人前に出たらタイホするぞ!」
アンジー「何の罪で?」
ジョン「たからモノを未来のオット以外に見せた罪だ」
─抱擁、そしてTHE ENDの文字。
まあ、大して気の効いたセリフじゃないね。
でも、この泥臭いところがイイ!
大根役者(?)のジョン・ウェインが不器用に演じてこそ味がある
…誤解の無いように、私は小学生の頃からジョン・ウェインの大ファンである。
言ってしまえば、西部劇って未開の地を舞台にしたイナカモンのドラマ。
よく、前歯の抜けたような陽気な老いぼれジイサンが出てくるのだが、これが実にいい。
あと、アル中で落ちぶれたガンマンとかね。
それがベタな説得で立ち直ったりする。
西部の男は単純なのだ。
西部劇にも明るい話、暗い話と様々だが、まず痛快に楽しめると言ったら『リオ・ブラボー』、これはオススメ。
と、この回、久保田利伸の思い出を書くはずだったのだが、いつの間にか映画の話になってしまった。
私の青春記はまた後日──
↑家の中をかき回したけど『リオ・ブラボー』のDVDが出て来なかった。
西部劇最大のスター、ジョン・ウェインは死なないヒーローだった。
映画の中で死ぬシーンはほとんど無い。
この『11人のカウボーイ』では珍しく殺された。
敵役の若い役者には後々まで「ジョン・ウェインを撃った男」という悪名がついて回ったとか。
運の悪い男である。
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世はバブル時代、トレンディドラマの全盛期だった。
でも私はトレンディドラマをあまり見なかった。
だいたい、オシャレな男女の恋模様なんて、
一人アパートで鍋から直にインラン(インスタントラーメン)をすすってるヤツが見るもんじゃない。
でも、主題歌は名曲が多かった。
米米クラブの『君がいるだけで』とかチャゲアスの『Say Yes』、サザンの『涙のキッス』etc.
初めて歌手、久保田利伸を知ったのは、ドラマ「君の瞳をタイホする!」の主題歌『You were mine』
以後、久保田利伸は私の20代を彩る歌手となった。
その後の「ロングバケーション」での『La・La・La Love Song』も名曲だったけど、この時は新婚さん。こちらの心境が違う、いろいろとね。
このドラマ、陣内孝則さんの2枚目半ぶりと三上博史さんの生真面目っぷりが印象に残っている。
さて当時、私がなぜ、「君の瞳をタイホする!」を観ようと思ったのか。
ズバリ、タイトルがイケてるからだ。
「君の瞳~」はご存知、名画『カサブランカ』でハンフリー・ボガートがイングリッド・バーグマンに言ったセリフ
「君の瞳に乾杯」
が元ネタ。
ボギーは美形とは程遠い中年の小男なのに、たまらない渋さがあった。
今、その系譜を継ぐ人となると…
ブルース・ウィルスかな~
「~タイホする」は、これまたご存知、ジョン・ウェインの傑作西部劇『リオ・ブラボー』のセリフ。
中年の無骨な保安官(ジョン・ウェイン)とつかず離れずの関係の蓮っ葉なヒロイン(アンジー・ディキンソン)
ラスト、ヒロインが酒場で歌手に雇われたと言って、黒い下着で首に鈴、のカッコをしている。
ジョン「歌手なんてやったことないじゃないか」
アンジー「客はあたしの足が目当てで、どうせ歌なんか聞かないわ」
ジョン「そんなカッコで人前に出たらタイホするぞ!」
アンジー「何の罪で?」
ジョン「たからモノを未来のオット以外に見せた罪だ」
─抱擁、そしてTHE ENDの文字。
まあ、大して気の効いたセリフじゃないね。
でも、この泥臭いところがイイ!
大根役者(?)のジョン・ウェインが不器用に演じてこそ味がある
…誤解の無いように、私は小学生の頃からジョン・ウェインの大ファンである。
言ってしまえば、西部劇って未開の地を舞台にしたイナカモンのドラマ。
よく、前歯の抜けたような陽気な老いぼれジイサンが出てくるのだが、これが実にいい。
あと、アル中で落ちぶれたガンマンとかね。
それがベタな説得で立ち直ったりする。
西部の男は単純なのだ。
西部劇にも明るい話、暗い話と様々だが、まず痛快に楽しめると言ったら『リオ・ブラボー』、これはオススメ。
と、この回、久保田利伸の思い出を書くはずだったのだが、いつの間にか映画の話になってしまった。
私の青春記はまた後日──
↑家の中をかき回したけど『リオ・ブラボー』のDVDが出て来なかった。
西部劇最大のスター、ジョン・ウェインは死なないヒーローだった。
映画の中で死ぬシーンはほとんど無い。
この『11人のカウボーイ』では珍しく殺された。
敵役の若い役者には後々まで「ジョン・ウェインを撃った男」という悪名がついて回ったとか。
運の悪い男である。
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寺山修司は戯曲家、詩人
学生の頃、観た映画
確か『書を捨てよ町に出よう』だと思う。
寺山修司がカメラに向かって話している。
「人生でYESとNO、どちらを多く言っているか」という問いに対して
「NO」と答えていた。
へえ~、そんな人いるんだ。
さすが詩人≒変人だな~と思った。
自分の人生を振り返ると、いかに安っぽく「YES」を口にしてきたことか。
面倒だから、すぐ「はい(分かりました)」と言ってしまう。
「いいえ(同意しません)」というのは気力がいる。
でも、この歳になって気がついた。
「はい」と言うのは、「いいえ」と言う以上に危険なことだ。
自分が「納得」あるいは「同意」したことにされてしまう。
そこに「責任」が生まれる。
「あれは空返事でした」と言っても後の祭りだ。
自分の意識がしっかりしていれば、他人との違いもたくさん見えるはず。
寺山修司が
「‘はい’より‘いいえ’ を多く言ってきた」
というのは、なかなかの名言のような気がする。
近頃は、小心者ファイミルも、さすがに用心深くなり、挨拶以外の「はい」は、あまり言わなくなった。
でも、やっぱり「いいえ」はなかなか言えない。
沈黙するのが精一杯だ。
逆に、相手を下に見たときは「いいえ(違うぞ)」は言い易い。
これはかなり心根が卑しい。
一所懸命の「いいえ」ではないからだ。
すぐに「はい」「はい」言うヤツに
「ホントに分かってる?」と訊くと黙っている。
面倒だから、適当な「はい」で済ませてしまおう。
これではすでに「言葉」とは言えない。
雀の「チュンチュン」と同じだ。
人の嫌がることをするとハラスメントになる。
今、学生の間で「一気飲みを強要しない」という運動があるらしい。
酒ぐらい「嫌だ」と言えば良さそうなもんだが、言えないんだろうね。
「人の嫌がることをしてはいけない」というルール作りが必要な時もある。
でも、それ以前の問題として
「嫌です」と言える人間を作る方がよっぽど正攻法のような気がする。
他人の気持ちを類推するよりも、自分の気持ちを言うことの方が簡単なはずだからだ。
もし、いつの間にか
「自分の意思を言わせてもらえない社会」が出来上がっているのだとすれば、ずいぶん病んだ話である。
私は何とか
「NO(嫌です、違います、分かりません)」と言う回数を増やしたいと思っている。
とは言え、別に争いごとを好む訳ではないから、
あとは如何に「上手に」NOと伝えるか…
この辺が「人」として生まれた妙味というものだろう。
学生の頃、先輩たちの会話。
「女の子が『イヤ』って言ってる内はいいけど『やだ!』って言われるとキツいよね」
「それが出たら何にも言えないもんな~」
女の子は完璧な「拒絶の言葉」を持っている。
男には無い。
男は柔弱な生き物なのである。
↑これは寺山修司の戯曲『身毒丸』のCD。
とりあえずサムネイル代わりとして。
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学生の頃、観た映画
確か『書を捨てよ町に出よう』だと思う。
寺山修司がカメラに向かって話している。
「人生でYESとNO、どちらを多く言っているか」という問いに対して
「NO」と答えていた。
へえ~、そんな人いるんだ。
さすが詩人≒変人だな~と思った。
自分の人生を振り返ると、いかに安っぽく「YES」を口にしてきたことか。
面倒だから、すぐ「はい(分かりました)」と言ってしまう。
「いいえ(同意しません)」というのは気力がいる。
でも、この歳になって気がついた。
「はい」と言うのは、「いいえ」と言う以上に危険なことだ。
自分が「納得」あるいは「同意」したことにされてしまう。
そこに「責任」が生まれる。
「あれは空返事でした」と言っても後の祭りだ。
自分の意識がしっかりしていれば、他人との違いもたくさん見えるはず。
寺山修司が
「‘はい’より‘いいえ’ を多く言ってきた」
というのは、なかなかの名言のような気がする。
近頃は、小心者ファイミルも、さすがに用心深くなり、挨拶以外の「はい」は、あまり言わなくなった。
でも、やっぱり「いいえ」はなかなか言えない。
沈黙するのが精一杯だ。
逆に、相手を下に見たときは「いいえ(違うぞ)」は言い易い。
これはかなり心根が卑しい。
一所懸命の「いいえ」ではないからだ。
すぐに「はい」「はい」言うヤツに
「ホントに分かってる?」と訊くと黙っている。
面倒だから、適当な「はい」で済ませてしまおう。
これではすでに「言葉」とは言えない。
雀の「チュンチュン」と同じだ。
人の嫌がることをするとハラスメントになる。
今、学生の間で「一気飲みを強要しない」という運動があるらしい。
酒ぐらい「嫌だ」と言えば良さそうなもんだが、言えないんだろうね。
「人の嫌がることをしてはいけない」というルール作りが必要な時もある。
でも、それ以前の問題として
「嫌です」と言える人間を作る方がよっぽど正攻法のような気がする。
他人の気持ちを類推するよりも、自分の気持ちを言うことの方が簡単なはずだからだ。
もし、いつの間にか
「自分の意思を言わせてもらえない社会」が出来上がっているのだとすれば、ずいぶん病んだ話である。
私は何とか
「NO(嫌です、違います、分かりません)」と言う回数を増やしたいと思っている。
とは言え、別に争いごとを好む訳ではないから、
あとは如何に「上手に」NOと伝えるか…
この辺が「人」として生まれた妙味というものだろう。
学生の頃、先輩たちの会話。
「女の子が『イヤ』って言ってる内はいいけど『やだ!』って言われるとキツいよね」
「それが出たら何にも言えないもんな~」
女の子は完璧な「拒絶の言葉」を持っている。
男には無い。
男は柔弱な生き物なのである。
↑これは寺山修司の戯曲『身毒丸』のCD。
とりあえずサムネイル代わりとして。
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