空はどこから/猫の長靴 -160ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

朝4時に目が覚めた。

喫煙所に行った。

札幌で迎える夜明けだ。



「永訣の朝」というカッコいい言葉が頭に浮かんだ。

夜明けの空気を吸いたい。
まだ車の通りも少ない国道沿いを歩いた。

お寺があったから写真を撮った。



角のローソンで煙草を買おうとした。
中通りを見たら、寒々とした並木があった。



並木の向こうにセイコーマートが見えた。
セイコーマートは北海道以外では滅多に見かけないコンビニ。
懐かしいのでそっちでタバコを買おうと思った。


中通りを歩いていくと、歩道にうずくまる人影が見えた。

金髪で細身、白いジーンズを履いた女性だ。

ススキノ辺りでは、ホストクラブ帰りなどで、酔いつぶれた女性がいるようだが、こんな住宅街のド真ん中とは珍しい。

立ち上がろうとして、もがいている。
声を掛けるか迷った。

ハイヒールの足でふらふらと立ち上がり、方向転換と思いきや、クルリと半回転して仰向きに倒れた。

ゴツン、と鈍い音が聞こえた。

さすがにマズイ!と近寄った。
苦痛で顔をしかめている。

若い。ダイエットで痩せましたという細い顔にベタな化粧。バサバサいいそうな付け睫毛。

額から鼻にかけて擦り傷だらけ、血が滲んでいる。

白いジャケットとズボンをがっちり着込んでいるのに、腹周りだけは乱れていて、地肌を寒々と晒している。

大丈夫ですかと声を掛けるとウンと言う。立てますかと聞くと頷くが、身体の芯が抜けている。
「家は?」「すぐそこ」
「帰れる?」「帰る、帰る」

上半身を助け起こすと、舗装道路に、ベッタリと、血。
後頭部が真っ黒に濡れている。

げっ、と思った。

そこに散歩中のジャージのおじさんが通りかかる(私がおじさんと言うのだから、60才はトウに超えている)
「頭に怪我をしています」
「救急車は呼んだ?」
「何でもナイ、ダイジョーブ」と慌て出す。

向かいの新聞屋から、あんちゃんが出てくる(私が言うあんちゃんだから、40代くらい)
「救急車、それと警察」おじさんが依頼する。

女の子は必死で否定するが、寝ぼけたように力がない。
元気だったら、さぞかし我々を罵倒するところだろう。

とりあえず新聞店の中に運ぼうと、おじさんが向けた背中に乗せる。
痩せっぽちの女の子なのに、精気のない身体は砂袋のように重い。
首がガクンとのけぞり、尻が落ちる。それを私が後ろから支える。

新聞屋の中はチラシを挟む作業台があるだけ。椅子もない。
とりあえず台の上に乗せる。

頭は?枕か何か…
と言おうとしたら、誰もいない。
おじさんは救急車はまだかと外で見ている。
あんちゃんは奥に引っ込んでしまった。

上半身を抱えたまま、顔を覗き込むと、ぐったりと半眼になっている。
顔に掛かった前髪を掻き上げようとすると、額の血糊で前髪と睫毛が貼り付いていて離れない。

あんちゃんが毛布を持ってきて、身体に掛けたところで、パトカーと救急車が同時に到着する。

救急隊員がさかんに呼びかける。素直に名前、年齢、住所を答えている。
歳は21才だった。

警察は、まず荷物を確認する。たっぷりガラクタの入ったカバンは身体の脇に置いてある。
かくて犯罪の一つ、引ったくりの線が消える。

インパルス堤下さんを一回り小さくしたような警官がカバンの中から免許証を取り出して調べている。

堤下巡査は続いて第一発見者、つまり私の聞き取りを始める。名前、生年月日、住所(千葉県)、電話番号を訊かれる。
かくて事件性を帯びた時に、私は重要参考人となる。

堤下巡査を案内し、道路の血痕を示して状況を説明する。
かくて、暴行傷害の線は薄まる。


酒の匂いはしたか?と訊かれて「あれ?」と思った。
そういえば、酔っ払いの匂いはしていない。
(ドラッグ?…と頭をよぎる)

全身は朝露を浴びてじっとりと湿っていた。
何というか…犬の小便のような匂いがした。
いや、濡れた路面と化粧品の香料とが混じった匂いかもしれない。


やがて女の子は、頭を包帯でぐるぐる巻きにされ、担架で救急車に運ばれた。
車内から女の子のむずがる声が聞こえたが、やがて静かになった。


救急車はなかなか発車しない。

私はおじさんとふたり、新聞店の外に立っている。

「受け入れる病院が決まらないんだろうね」とおじさん。
「まあ…一応、脳の検査をして、後は説教されて終わりでしょうね」

新聞配達員が三々五々帰ってくる。私のシャツをちらりと見る。シャツには血糊がベッタリついている。

彼らが出発する時には、まだ彼女は居なかった。
それから私が通りかかるまでの間に、誰かが彼女を捨てていった。

堤下巡査は救急車の中を何度も出入りする。身元を訊かれた手前、私は待機している。
とりあえず、煙草を吸う。

やがて救急車は静かに出発する。
同時に数台あったパトカーも去っていった。


あれ?
おい、堤下!挨拶なしかい!
「全く警察は…ご苦労さんくらい言ってけよ」
「失礼ですよね」
そして、おじさんと別れた。


頭の中に、ハマカーンの決めゼリフが浮かんだ。
「私は何をやっているんだ!?」

現実の事件(イベント)なんてこんなもの。
オチがない。
何とも言えないモヤモヤ感。


…さて、この長いブログを最後まで読んで下さった方、申し訳ない。

これじゃあ、まるで、モヤモヤ感のお裾分け。


↓いちおう証拠の写真








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今日は斎場の座敷でお棺の番。
ほぼ何もしない一日だった。
この、結末の解らない出来事以外は。


明日、義父に最後の別れを告げ、一つの肉体がこの世から消える。
私の長いイベントが取りあえずの結末を迎える。






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昨夜、義父が息絶えた。

体力の全てを絞り出し、ミイラのようになって死んだ。

意識はとうに無くなっていた。
紫の斑が滲む肌。黄色く澱んだ目。
骨と皮になった腕で宙を掻いて呻いていた。
そして静まり、息絶えた。

身体に一垂らしも精力を残すものか、と言わんばかりであった。



十日ほど前、看護師さんが妻に尋ねた。
「お父さんは何をされてた方ですか?」
父は仕事は事務職、スポーツに打ち込んだこともない。
私「あんまり丈夫なんで不思議なんですね」
妻がポツリと「牛乳かなぁ…」

父は酪農業の家に生まれ、一日三杯牛乳を飲んでいた。
とにかく牛乳が好きで、80歳を過ぎてからも毎日牛乳を飲み続けた。

体格がよく、骨太だった。
痩せこけていくにつれ、その骨の太さは際立った。

病院も驚く生命力の秘訣が牛乳だとすれば、牛乳とは恐るべき食物である。


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空港に向かう電車の中、こんなフレーズが頭をよぎった──

「力の限り生きてやれ」

そう、北海道を歌った松山千春さんの名曲「大空と大地の中で」の一節だ。

雄渾な曲である。
ご当人のトークによれば、
松山さんはこの曲を、十勝平野で農業に打ち込む友人のために作った。
…因みに、その友人はカラオケスナックで、この曲の由来をおねえちゃんに自慢していた
…という微笑ましい(?)エピソード付き。


♪果てしない 大空と
 広い大地の その中で
 いつの日か 幸せを
 自分の腕で 掴むよう♪
 …
 …
♪生きるのが つらいとか
 苦しいだとか 言う前に
 野に育つ 花ならば
 力の限り 生きてやれ♪


生命力のある限り生き抜いた
という点において、義父は見事な人(生き物)であった。


妻も弟も最後を看取ることが出来た。
生き切った。大往生だと思う。

今夜は義弟とワインを飲み交わす。



散る桜 残る桜も 散る桜
(良寛さん辞世の句)

今年の北海道は例年よりー足遅れて桜の季節を迎えた。

「桜が咲くのを待ってたのかねぇ」
妻が言った。



(写真は日比谷花壇さんのウェブサイトから)



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黒澤映画『赤ひげ』

とにかく重厚な映画である。
そしてキャラが立っている。
円熟した三船敏郎と初々しい加山雄三。
内藤洋子のおでこも可愛かった。
もちろん、二木てるみの鬼気迫る演技は絶品。



黒澤映画は監督自身が脚本を練り込んでいるから、人物造形が緻密である。
そして絵画の心得があるから、構図がしっかりしている。

それだけに、監督色は強くなる。
いかにも黒澤明が「作り込んだ」という映画になる。
この辺は好みの別れるところであろう。


「人間の一生で臨終ほど荘厳なものはない」


この大作映画、前段のシーンである。
膵臓癌の末期、老人はすでに意識はない。
半開きの口が呻いている。

赤ひげ(三船)は、若い医師(加山)にその死を見届けよ、と命じる。
死の荘厳さを知れ、と。
若い医師は、老人の喘ぐ姿に眼を背ける。


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ドラマで観たので、どのくらい事実かは分からないが
先代の林家三平師匠は、死の床で歪む己の顔を、こぶ平さんに見せなかったそうだ。

「笑い」という芸に徹した人の、息子へのメッセージ。
芸人として、父の思い出を語る時に、心に曇りが生じないように──「笑って語れ」と。


実際、すでに意識もなく、苦悶の表情を浮かべた表情を長く見てしまうと、その姿が深く記憶に刻まれてしまう。


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義母の死は心臓発作で突然だった。郵便局で荷物を送った帰りだった。
それは私たち夫婦が関西に転勤した、ほんの数ヶ月後だった。

私は死に目に会わせないために、妻を連れまわしたようなものだった。

母の死後、郵便局から荷が届いた。
それは娘への最後の贈り物。六花亭のお菓子だった。


義父の死がいよいよ近づいている。
すでに身体にはチアノーゼ(肌が紫に変色)が出ている。

今度こそ、妻は死に目に会うことになる。
その最後の姿は、記憶に刻まれることになるだろう。


私は、関東で手をこまねいている。

ただ、妻の目に「荘厳な死」と映ることを願うだけだ。







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