「みる」は美しく、貫禄のある子猫だった。
白とグレー、ツートンの毛は繊細でふわふわしていて、喉元のグレーの模様が蝶ネクタイのようだった。
白い胸毛はたっぷりとして、「ジャングル大帝レオ」を連想させた。
足は太くて長く、こいつは大猫になるぞ、と思わせた。
他の猫と争うこともなく、一番良い場所で香箱座りを決め込んでいた。
獣医は、この子はペルシャ系ですね、と言ったらしい。
そうかな~、ペルシャにしては毛が短い。
おそらく、捨て猫を拾って育てるという妻を、喜ばせたかったのだろう。
因みに、この子の名前、霞掛かった毛並みから、ミスティと付けるつもりだった。
ところが、近所の子供が指差して「あ、ミルクちゃんだ~」と言ったので、みる になってしまった。
私が名付け親にならなかった唯一の子である。
▷▷▷▷▷
里親探しでは、みるを看板猫にした。
ユキエさんが みるを抱いて、
「里親探してま~す」と呼びかける。
釣られて寄ってきた人は、のんびりと抱かれている みる の姿を見て、ダンボールの中の子猫たちに目線を移す。
猫を飼ったことのない人には、経験者のコヤナギさんがアドバイスする。
妻は今すぐ決められない、という人の連絡先をスケッチブック(何かと使い手があるので、大きなのを持ってきていた)に書き留め、逆にこちらの連絡先を書いては切り取って渡していた。
用心棒の私は、うろうろして、時々「どんな感じ?」と声を掛けた。
さて
みる系~モノトーン系
白猫の「れい」は尻尾を立てて、つんと澄ましていた。
「このコ、自分が美猫だって知ってるよね」
妻が言った。
美形に相応しい名前として、真っ先に思いつくのが「れい」……これは猫も人間も変わらない( ̄∇ ̄)
但し、このれいちゃん、後頭部に数本だけ黒い毛があった。
もちろん、当人ならぬ当猫は知らない。
このコに目を留めたのは品の良いお婆さんだった。
「まあ、○○ちゃんだわ!」
と飼っていた猫の名を呼んだ。毛並みも目の色も尻尾も似ている……
そして私たちを見て、こう言った
「私は以前にも白い猫を育て上げました。」
一緒にいた中年女性は娘さんだろう。微笑みながらその様子を見ている。
私たちは安心して、れいを渡した。
不安だったのは黒猫の「ジジ」
5才ぐらいの女の子を連れたお母さんがすっかり気に入り、目を離さない。
同行していたお婆さんは渋い顔をする。
猫を買ったことがなく、マンション暮らしだという。
「家の中に閉じ込めておけば大丈夫ですよ、すぐに慣れますよ」とコヤナギさんがアドバイスする。
お母さんは迷った末、ジジを引き取ることに決めた。
お婆ちゃんはやれやれ、と呆れた顔をした。
もし子供が喘息でも起こしたら、猫は当然、飼えなくなる。
マンションでのトラブルだってあり得る。
このお母さんに良い相談相手が居てくれるといいのだけれど……
ジジの性格については、特に印象がない。
名前の付け方が安直すぎた。
まだ『魔女の宅急便』が公開されて日も浅かった。
黒猫=ジジ
名前が先行して個性が埋もれてしまった。
猫といえば丸顔、というのが私のイメージ。
「キベ」は一匹だけ面長だった。
黒を基調に、額からお腹にかけてが白毛だった。鼻の周りが黒く、人間の口髭みたいだった。
当時、日本中を騒がしていた狂信的なテロ集団に、キベという幹部がいた。そのニヒリストの口髭に似ている感じがして、この名をつけた。
私にとってのブサイクな顔、妻にいわせれば味のある顔……
気に入ったのは若い看護婦さんだった。
勤務時間の不規則な職業。
大丈夫?と訊くと
郊外の実家に預ける、お婆ちゃんにお守りを頼む、という。
お婆ちゃんが味方にいれば大丈夫!
私たちはそう思った。
ただ、今日は連れて帰れないから、明日、車で取りに来るという。
キベは箱に戻された。
たった一匹残っていた ふぁいは、その匂いを恋しがった。
翌日、気の抜けた私たちは、寝坊して待ち合わせ場所に遅れた。
でも看護婦さんは気にする風もなく、のん気に待ってくれていた。
チビを見て目を細め
「このコ、可愛いですよね~。どうして『キベ』ちゃんなんですか?」
名前の由来を伝えると
「ひどーい!」と目を丸くした。
そして、「みる」
我が家に戻された顛末は、以前『みるのトラウマ』に書いた。
戻った当初、鳴き叫び、走り回り、テーブルの上のシャブシャブ肉にむしゃぶりついた。
自分で吸い続けた乳首は赤く腫れ上がっていた。
電話があって、妻が札幌に駆けつけるまで、数日の間があった。
ひとりぼっちで閉じ込められていたのだろう。
みるは壊れていた。
みるを返しに現れた、その家の主人は、お宅で飼われますか?
と訊いたという。
飼われるなら、大人になった時の みるちゃんの写真がほしい……
妻は「分かりません!保健所に連れて行くかもしれません!」
と答えた。
しかし、後からつくづくと思う。
捨てずに返してくれて良かった!
他の6匹はどうなっただろう。
もはや知るすべはない。
連絡先を聞いておけば良かった、と妻は後悔した。
しかし、リサーチしてフォローする余裕は、私たちにはなかった。
みるを返してくれた主人、ヘタレだが誠意のある人だったと思う。
▷▷▷▷▷
夕刻、里親探しは終わった。
手元には、怯え続けた ふぁいと、一晩だけ預かるキベが残った。
別れ際、「最後に抱っこさせて」とコヤナギさんが2匹を持ち上げた。
ふぁい とキベは、左右から張り付き、コヤナギさんの身体を登った。
コヤナギさんは2匹を手で支えながら、ぽろぽろと涙を流した。
……この人もまた、事情があって、今は猫を飼えない人であった。
▷▷▷▷▷
ふぁいは昨年の11月28日、午前1時10分に死んだ。
私の腕の中で、目がどろんと濁っていくのを、2人で見つめていた。
12月1日、火葬場に連れて行き、ふぁいの身体は煙となって空に登った。
そしてこの日から、私のブログは始まった。
みるが死んでから始めた、仏壇に向かっての般若心経も、毎日続いている。
ちび達は私たち夫婦の生活を変えた。
追憶の彼方に消え去ることはない。
ふぁい・みるの兄弟が生きていれば、今18才である。
それぞれどんな風に人間と関わり、その生涯を歩んだことだろう。
白猫の れい、黒猫のジジ
そして、ふぁい と みる
Android携帯からの投稿
十猫十色、
という言葉は、たぶん…ない
私が作った(^O^)
ふぁい・みる達の里親探し
私たちは必死だった。
最悪、8匹とも飼うことも想像した。
子猫の内はまだしも、8匹の成猫が狭い借家にひしめくとしたら……
それに、転勤の時はどうする?
第一、妻は猫喘息である。
家の外で「息が出来ない」と、ゼェゼェ肩を上下させていた。
さすがに「捨てる?」と一度だけ聞いたが、妻は返事をしなかった。
妻はそれ程、猫好きなのだ。
とはいえ、とにかく数は減らさなきゃならない。
里親探しの準備は妻が札幌の実家でやっていた。
友人のユキエさんが手伝ってくれた。
フリーマーケットが開催される公園に持って行く前日、
私が札幌に駆けつけると、青や赤のリボンを首に巻いたチビたちが、コロコロと遊んでいた。
リボンにはそれぞれの名前が書かれていた。
当日、妻の年上の職場の同僚、コヤナギさんも手伝ってくれた。
女性3人体制
およそ商売には向かない、無愛想で角刈りの私は、用心棒みたいだった。
大きなダンボールに猫を移し、「里親探してま~す」と声を掛ける。
貰われていくチビは、トイレの匂いをつけた紙切れを敷いた箱に入れることにした。
箱は空気穴を開けた靴の空箱、すっぽりと納まった。
呼び込みをすると、子ども達が集まってチビ達をオモチャにし出したのでハラハラした。
そして親にねだって手もなく拒否された子ども達は、未練げにうろついた。
ふぁい系──ヨモギ・キジトラ系
「クライマー」は金髪の白人の女の子に引き取られた。
妻は何度も「お父さんお母さんは大丈夫?」と確認した。
女の子は力強く頷いた。
しっかりした子だから大丈夫、妻はそう判断した。
クライマーは白い毛のない、黒と茶のキジトラで、とにかくヤンチャだった。
足元に取り付いたと思ったら、私の体をワシャワシャと登る。
頂上──つまり私の頭──に手を掛けて、エッヘンと得意そうな顔をした。
「シュガーボーイ」は黒の強いヨモギ猫で、キス魔だった。
とにかく人間の唇を吸いにくる。
猫は普通、人間のキスを嫌がる。人間の顔は大きいから怖いのだ。
シュガーボーイの場合、あんまりキスがうるさいので手で押さえると、親指と人指し指の又を吸ってきた。
手がふやけてぶよぶよになった。
このキス魔、制服姿の女子高生に貰われていった。
……何となく羨ましかった( ̄∇ ̄)
「クキ」は黒が薄く、明るい色のヨモギ。
尻尾の先がクキっと曲がっていること、身体にポンとクッキーを置いたような茶色の毛があることから名付けた。
このコは温和で性格の良い子だった。
ふぁいは、一匹だけ身体が小さく、癇の強いコだった。
兄弟みんなをふうっ~、と威嚇した。
でもクキにはよく馴染み、二匹で寄り添って座っていた。
クキを貰っていった親子連れは、既に2匹の猫を飼っていた。
オモチャは何個あっても同じ、とでも言わんばかりであった。
子供達も子猫を鷲掴みするような乱暴さだった。
私たちは断りたかった。
でもまだ里親がほとんど決まらず、焦っている時だった。
クキについては、今思い出しても後悔する。
先住の猫に虐められなかったか、子ども達に乱暴されなかったか……
ひょっとすると、早い内に家を出て野良になったのではないか、と想像する。
そして、終始怯え、箱の隅にへばりついていた「ふぁい」には誰の手も伸びなかった。
子猫たちが徐々に減っていくと、
「一匹も残らなかったらどうしよう」と不安になった。
私たちは箱の中のふぁいを見つめ、「このコだけは残そうね」と話し合った。
──昼から始めた里親探し。
次第に夕刻が迫っていた。
長くなったので、続きは次回、
「みる系」編で──
▷▷▷▷▷
「ふぁい」と「みる」
当時はまだ、私の片手に乗る大きさだったと記憶している。
そして今見ると、妻が意外と可愛い……そんな記憶はなかったのだが( ̄。 ̄;)
8匹写った写真がなかなか見つからない。
これは7匹。おそらく、クキが誰かの影になっている。
肩にいるのが、クライマー。
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という言葉は、たぶん…ない
私が作った(^O^)
ふぁい・みる達の里親探し
私たちは必死だった。
最悪、8匹とも飼うことも想像した。
子猫の内はまだしも、8匹の成猫が狭い借家にひしめくとしたら……
それに、転勤の時はどうする?
第一、妻は猫喘息である。
家の外で「息が出来ない」と、ゼェゼェ肩を上下させていた。
さすがに「捨てる?」と一度だけ聞いたが、妻は返事をしなかった。
妻はそれ程、猫好きなのだ。
とはいえ、とにかく数は減らさなきゃならない。
里親探しの準備は妻が札幌の実家でやっていた。
友人のユキエさんが手伝ってくれた。
フリーマーケットが開催される公園に持って行く前日、
私が札幌に駆けつけると、青や赤のリボンを首に巻いたチビたちが、コロコロと遊んでいた。
リボンにはそれぞれの名前が書かれていた。
当日、妻の年上の職場の同僚、コヤナギさんも手伝ってくれた。
女性3人体制
およそ商売には向かない、無愛想で角刈りの私は、用心棒みたいだった。
大きなダンボールに猫を移し、「里親探してま~す」と声を掛ける。
貰われていくチビは、トイレの匂いをつけた紙切れを敷いた箱に入れることにした。
箱は空気穴を開けた靴の空箱、すっぽりと納まった。
呼び込みをすると、子ども達が集まってチビ達をオモチャにし出したのでハラハラした。
そして親にねだって手もなく拒否された子ども達は、未練げにうろついた。
ふぁい系──ヨモギ・キジトラ系
「クライマー」は金髪の白人の女の子に引き取られた。
妻は何度も「お父さんお母さんは大丈夫?」と確認した。
女の子は力強く頷いた。
しっかりした子だから大丈夫、妻はそう判断した。
クライマーは白い毛のない、黒と茶のキジトラで、とにかくヤンチャだった。
足元に取り付いたと思ったら、私の体をワシャワシャと登る。
頂上──つまり私の頭──に手を掛けて、エッヘンと得意そうな顔をした。
「シュガーボーイ」は黒の強いヨモギ猫で、キス魔だった。
とにかく人間の唇を吸いにくる。
猫は普通、人間のキスを嫌がる。人間の顔は大きいから怖いのだ。
シュガーボーイの場合、あんまりキスがうるさいので手で押さえると、親指と人指し指の又を吸ってきた。
手がふやけてぶよぶよになった。
このキス魔、制服姿の女子高生に貰われていった。
……何となく羨ましかった( ̄∇ ̄)
「クキ」は黒が薄く、明るい色のヨモギ。
尻尾の先がクキっと曲がっていること、身体にポンとクッキーを置いたような茶色の毛があることから名付けた。
このコは温和で性格の良い子だった。
ふぁいは、一匹だけ身体が小さく、癇の強いコだった。
兄弟みんなをふうっ~、と威嚇した。
でもクキにはよく馴染み、二匹で寄り添って座っていた。
クキを貰っていった親子連れは、既に2匹の猫を飼っていた。
オモチャは何個あっても同じ、とでも言わんばかりであった。
子供達も子猫を鷲掴みするような乱暴さだった。
私たちは断りたかった。
でもまだ里親がほとんど決まらず、焦っている時だった。
クキについては、今思い出しても後悔する。
先住の猫に虐められなかったか、子ども達に乱暴されなかったか……
ひょっとすると、早い内に家を出て野良になったのではないか、と想像する。
そして、終始怯え、箱の隅にへばりついていた「ふぁい」には誰の手も伸びなかった。
子猫たちが徐々に減っていくと、
「一匹も残らなかったらどうしよう」と不安になった。
私たちは箱の中のふぁいを見つめ、「このコだけは残そうね」と話し合った。
──昼から始めた里親探し。
次第に夕刻が迫っていた。
長くなったので、続きは次回、
「みる系」編で──
▷▷▷▷▷
「ふぁい」と「みる」
当時はまだ、私の片手に乗る大きさだったと記憶している。
そして今見ると、妻が意外と可愛い……そんな記憶はなかったのだが( ̄。 ̄;)
8匹写った写真がなかなか見つからない。
これは7匹。おそらく、クキが誰かの影になっている。
肩にいるのが、クライマー。
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