「みる」は美しく、貫禄のある子猫だった。
白とグレー、ツートンの毛は繊細でふわふわしていて、喉元のグレーの模様が蝶ネクタイのようだった。
白い胸毛はたっぷりとして、「ジャングル大帝レオ」を連想させた。
足は太くて長く、こいつは大猫になるぞ、と思わせた。
他の猫と争うこともなく、一番良い場所で香箱座りを決め込んでいた。
獣医は、この子はペルシャ系ですね、と言ったらしい。
そうかな~、ペルシャにしては毛が短い。
おそらく、捨て猫を拾って育てるという妻を、喜ばせたかったのだろう。
因みに、この子の名前、霞掛かった毛並みから、ミスティと付けるつもりだった。
ところが、近所の子供が指差して「あ、ミルクちゃんだ~」と言ったので、みる になってしまった。
私が名付け親にならなかった唯一の子である。
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里親探しでは、みるを看板猫にした。
ユキエさんが みるを抱いて、
「里親探してま~す」と呼びかける。
釣られて寄ってきた人は、のんびりと抱かれている みる の姿を見て、ダンボールの中の子猫たちに目線を移す。
猫を飼ったことのない人には、経験者のコヤナギさんがアドバイスする。
妻は今すぐ決められない、という人の連絡先をスケッチブック(何かと使い手があるので、大きなのを持ってきていた)に書き留め、逆にこちらの連絡先を書いては切り取って渡していた。
用心棒の私は、うろうろして、時々「どんな感じ?」と声を掛けた。
さて
みる系~モノトーン系
白猫の「れい」は尻尾を立てて、つんと澄ましていた。
「このコ、自分が美猫だって知ってるよね」
妻が言った。
美形に相応しい名前として、真っ先に思いつくのが「れい」……これは猫も人間も変わらない( ̄∇ ̄)
但し、このれいちゃん、後頭部に数本だけ黒い毛があった。
もちろん、当人ならぬ当猫は知らない。
このコに目を留めたのは品の良いお婆さんだった。
「まあ、○○ちゃんだわ!」
と飼っていた猫の名を呼んだ。毛並みも目の色も尻尾も似ている……
そして私たちを見て、こう言った
「私は以前にも白い猫を育て上げました。」
一緒にいた中年女性は娘さんだろう。微笑みながらその様子を見ている。
私たちは安心して、れいを渡した。
不安だったのは黒猫の「ジジ」
5才ぐらいの女の子を連れたお母さんがすっかり気に入り、目を離さない。
同行していたお婆さんは渋い顔をする。
猫を買ったことがなく、マンション暮らしだという。
「家の中に閉じ込めておけば大丈夫ですよ、すぐに慣れますよ」とコヤナギさんがアドバイスする。
お母さんは迷った末、ジジを引き取ることに決めた。
お婆ちゃんはやれやれ、と呆れた顔をした。
もし子供が喘息でも起こしたら、猫は当然、飼えなくなる。
マンションでのトラブルだってあり得る。
このお母さんに良い相談相手が居てくれるといいのだけれど……
ジジの性格については、特に印象がない。
名前の付け方が安直すぎた。
まだ『魔女の宅急便』が公開されて日も浅かった。
黒猫=ジジ
名前が先行して個性が埋もれてしまった。
猫といえば丸顔、というのが私のイメージ。
「キベ」は一匹だけ面長だった。
黒を基調に、額からお腹にかけてが白毛だった。鼻の周りが黒く、人間の口髭みたいだった。
当時、日本中を騒がしていた狂信的なテロ集団に、キベという幹部がいた。そのニヒリストの口髭に似ている感じがして、この名をつけた。
私にとってのブサイクな顔、妻にいわせれば味のある顔……
気に入ったのは若い看護婦さんだった。
勤務時間の不規則な職業。
大丈夫?と訊くと
郊外の実家に預ける、お婆ちゃんにお守りを頼む、という。
お婆ちゃんが味方にいれば大丈夫!
私たちはそう思った。
ただ、今日は連れて帰れないから、明日、車で取りに来るという。
キベは箱に戻された。
たった一匹残っていた ふぁいは、その匂いを恋しがった。
翌日、気の抜けた私たちは、寝坊して待ち合わせ場所に遅れた。
でも看護婦さんは気にする風もなく、のん気に待ってくれていた。
チビを見て目を細め
「このコ、可愛いですよね~。どうして『キベ』ちゃんなんですか?」
名前の由来を伝えると
「ひどーい!」と目を丸くした。
そして、「みる」
我が家に戻された顛末は、以前『みるのトラウマ』に書いた。
戻った当初、鳴き叫び、走り回り、テーブルの上のシャブシャブ肉にむしゃぶりついた。
自分で吸い続けた乳首は赤く腫れ上がっていた。
電話があって、妻が札幌に駆けつけるまで、数日の間があった。
ひとりぼっちで閉じ込められていたのだろう。
みるは壊れていた。
みるを返しに現れた、その家の主人は、お宅で飼われますか?
と訊いたという。
飼われるなら、大人になった時の みるちゃんの写真がほしい……
妻は「分かりません!保健所に連れて行くかもしれません!」
と答えた。
しかし、後からつくづくと思う。
捨てずに返してくれて良かった!
他の6匹はどうなっただろう。
もはや知るすべはない。
連絡先を聞いておけば良かった、と妻は後悔した。
しかし、リサーチしてフォローする余裕は、私たちにはなかった。
みるを返してくれた主人、ヘタレだが誠意のある人だったと思う。
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夕刻、里親探しは終わった。
手元には、怯え続けた ふぁいと、一晩だけ預かるキベが残った。
別れ際、「最後に抱っこさせて」とコヤナギさんが2匹を持ち上げた。
ふぁい とキベは、左右から張り付き、コヤナギさんの身体を登った。
コヤナギさんは2匹を手で支えながら、ぽろぽろと涙を流した。
……この人もまた、事情があって、今は猫を飼えない人であった。
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ふぁいは昨年の11月28日、午前1時10分に死んだ。
私の腕の中で、目がどろんと濁っていくのを、2人で見つめていた。
12月1日、火葬場に連れて行き、ふぁいの身体は煙となって空に登った。
そしてこの日から、私のブログは始まった。
みるが死んでから始めた、仏壇に向かっての般若心経も、毎日続いている。
ちび達は私たち夫婦の生活を変えた。
追憶の彼方に消え去ることはない。
ふぁい・みるの兄弟が生きていれば、今18才である。
それぞれどんな風に人間と関わり、その生涯を歩んだことだろう。
白猫の れい、黒猫のジジ
そして、ふぁい と みる
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