Fagiale ~僕らの街には夢がある~ -6ページ目

伊藤琢矢が託した想い



「俺たちの夢!」に書いた言葉。

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練習を最後まで出ようとする姿。

彼がファジアーノに伝えようとするものを感じとらなければならない。

俺たちの夢を叶えた男

『俺たちの夢』

1年間この横断幕にかかわり続けました。すごくすごく重く深かった横断幕に込められた意味。

この横断幕には、ファジアーノに所属してきた選手たちの想いがサインとメッセージと共に込められています。

また前身チームRFKや川鉄の選手たちの想いが込められています。


ファジアーノが劣勢に立った時、下を向きそうな結果になった時、常にこの横断幕を見るようにしていました。

勝利が決まった瞬間、最初にこの横断幕を見るようにしていました。







「俺は、ここには書かないよ。代わりにこの横断幕を巻いてやる!」








昨年末JFL昇格の報告会で、横断幕を最初に見た伊藤琢矢選手はそう言いました。

こいつら(礎の選手)をJに連れていってやると真剣な顔で語りました。



同じように重光貴葵選手らも、この横断幕と共に彼らの想いをJリーグに連れていくと話しました。






この横断幕は、ホーム最終戦、JFL最終戦、チームと一緒に行動しました。選手たちと共にベンチ入りしました。




富山戦の試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、リャンコーチが、ベンチに横断幕をとりにいく姿が目に入りました。

そこに、何の迷いもなく伊藤選手が駆け寄る姿が見えました。彼は直ぐに体や首に横断幕を巻きました。

約束を果たした瞬間でした。彼は全ての想いを背負い戦い続けていました。



そこに重光選手たちが駆け寄る姿がありました。

重光選手は、伊藤選手とサポーターに見えるように横断幕を広げました。



丸谷明選手が笑顔で横断幕を広げる姿が見えました。ずっと2006年の悔し涙の印象が強かっただけに、その姿は本当に印象的でした。


川原周剛選手や朝比奈祐作選手らが駆け寄る姿も見えました。




朝比奈選手は何度も何度もこのチームを救ってきました。

昨年末サポーターの前で「俺たちの夢を叶える為にがんばります。」と話し、背番号7を背負い戦い続けました。




重光貴葵選手は「岡山には夢がある」と言った選手です。彼は退団するにあたり、こんなことを言ってきました。


「まだ夢は叶ってませんよ。岡山にはまだ夢があります。J1、アジア、世界……そうなれるクラブだと思っています。」




全てが終わった時、ある選手が言いました。

「一昌さんたちやみんなをJリーグに連れて行けて良かった。本当に良かった。いつも彼らが自分たちの後ろにはいた。」




もっと重くなった俺たちの夢を大切にしようと思います。

ある約束を守ろうと思います。


僕らの街には夢があります。

まだまだ夢は終わっていません。




最後に
同志たちよ、本当にありがとう。

100年続くクラブ

………ファジアーノ岡山が100年続くクラブなら、ひょっとしたら今が忘れ去られる日がくるかもしれません。

歴史に埋もれていくかもしれません。

誰もが触れない日がくるかもしれません。

事実、地域の事や昨年の事を語る者の割合は年々少なくなっています。

それが大きくなることなのかもしれません。夢を叶えることなのかもしれません。それならそれで仕方ありません。


ただ、「今」を伝えることができるのは「今」を知る者だけです。


100年続くクラブにするなら、伝えていく事が我々の礎になっていく者たちの役目だと思います。

我々も、いずれ礎になります。






先日友人との会話の中で、、テレビで放送された岡山の名物についての話題になりました。テレビで取り上げられた「えびめし、デミカツ丼、トンカツラーメン、カキオコ……」どれもが岡山の名物としてはイマイチという感想がありました。

僕は、その理由は誰もがそれらの作り方も歴史も知らないからだと思います。


文化とは伝えていくものだと思います。

自分たちだけが根本を知っていて、お客さんたちを増やしても何の意味ももちません。

本当に街に根付かせ、文化にしていくならです。


それは、このクラブについても同じです。


今を知る者の役目は、この街に「ファジアーノの文化」を作ることだと思います。


これは、今の時代を知る者にしか出来ない役割です。

数字ではないファジアーノや選手から教えられ得たモノを次代に伝えていく、それは簡単なようで難しいことです。

言葉で伝えるのは難しいです。何度話しても、無反応かもしれないし、無意味に思えるかもしれません。じれったさを感じることもあるかもしれません。


でも、今を忘れてしまったら、今は未来に繋がりません。


それぞれの人間には、それぞれのファジアーノがあります。

それぞれの家族には、それぞれのファジアーノがあります。


子どもがスクールに通ってるから興味を持った人たちもいるでしょうし、友だちに誘われて興味を持った人たちもいるでしょうし、同級生がプレーしているから興味を持った人たちもいるでしょうし…………。


それぞれの家系に、それぞれのファジアーノのDNAがあるはずです。

それを子どもたちに伝え、孫に伝え……そうやっていけば、きっとこの街の文化となるのではないでしょうか。


100年経った時に「ウチは代々ファジアーノを応援していたんだ。」っていう家系が沢山あってほしいと思います。

その時に、「今」や「昔」の選手たちを伝説になって岡山に残るようにするのは、我々の義務じゃないでしょうか。

自分は少なくとも、彼らを伝えていきます。



何度も味わった想い…ずっと忘れたことがない想い……があります。

だからこそ、言います。


このクラブを100年続くクラブにします。

今年より、来年、未来のほうがが素晴らしかったっていうクラブにします。


これから出会うヒーローたちを応援します。今まで以上に応援します。今までの選手に対して以上の声援で応援します。


全てを抱いて、そうします。




どんなときも俺たちがいる。


富山戦の前、ある礎の選手が現役の選手に送った言葉らしいです。



これから先も共に歩む仲間たち

兼本 正光
小野 雅明
藤井 陽介
古藤 大輔
徳永 武
酒井 靖雄
松枝 大介
石川 寛和
高木 功
小林 英伸
高橋 裕昭
黒田 和夫
近藤 光央
田玄 久幸
谷川 学
横田 純一
丸山 富洋
高原 良明
石原 翔太
乙倉 健二
村井 裕規
曽根 康介
H・アンドレ
桑原 裕善
青山 裕高
加藤 佳孝
丸谷 祐一
小村 正和
井本 裕一
井上 史久
小林 一基
片山 将樹
白濱 孝典
柴田 祐輔
冨崎 裕一
冨崎 高志
川崎 和弘
藤井 一昌
田渕 健
高瀬 敦
福森 慎太郎
大久保哲弥
吉川 拓真
池田 英
秋吉 大知
右手 大介
明石 康久
弦巻 健人
掛谷 悠
永禮 大貴
脇本 浩
丸野 勝一郎
中島 健樹
川本 康二
梁  圭史
吉谷 剛
石川 哲平
石原 龍二
阿式 幸彦
松浦 宏治
ジェフェルソン

そして………

堤  喬也
玉林 睦実
伊藤 琢矢
木村 允彦
野本 安啓
朝比奈祐作
中川 英之
小林 康剛
川原 周剛
喜山 康平
関口 圭亮
重光 貴葵
金光 栄大
妹尾 隆佑
池松 秀明
小林 優希
武田 英明
青山 俊輔
臼井 仁志
李  彰剛
尾崎 雄二
丸谷 明
藤定 孝章
小野 雄平
滝  裕徳
山口 直大
大島 翼
鴨川 奨
関  隆倫
竹田 忠嗣
金  廣閔
三原 直樹
岩田 大樹





ファジアーノをJにあげたオトコたち「全員」を、絶対に伝えていきます。

J1に行くときも、アジアに行くときも、世界に行くときも、君らを連れていきます。


広島に生まれたわけでも、浦和に生まれたわけでも、鹿島に生まれたわけでも、ありません。岡山に生まれ育ちました。岡山以外の街は岡山以上に好きになれません。


岡山にきたオトコに、岡山には夢があると教えられました。
岡山に帰ってきたオトコに、応援し続けろと言われました。

だから、うちは子孫が絶えるまで岡山のクラブを応援します。


やろう。