Fagiale ~僕らの街には夢がある~ -32ページ目

元雉戦士 阿式のゴール!

2006年所属選手の多くは、RKCなど社会人チームでサッカーを続けています。

その中で、学生リーグの道を進んだ選手がいます。


阿式幸彦


倉敷芸科大サッカー部に所属する彼が先日のリーグ戦(vs商科大学)で、初得点をあげました。

チームは、現在1勝1分6敗と県2部降格の可能性もありますが、きっと彼の活躍がチームを救うことでしょう。

がんばれ!アシキ!

全力で走りつづけることしか自分にはできない

国際親善試合

8月9日(木)
桃太郎スタジアム

ファジアーノ岡山 vs U‐17ガーナ代表

このチームは、Uー17ワールドカップに出場します。先日も、Jのチームに勝利したようです。

国際親善試合となると、グレミオ戦を思い出します。あの時に、やじるオッサンがいたと思うのですが、アレが誰だったのか知りたい今日この頃。

あのオッサンを軸に、何人かのコアと言われるサポはバラバラにいました。不思議ですよね。


とりあえず、誤解覚悟で書くと、今のままなら地域決勝一次ラウンドを勝ち抜くことは難しいと僕は思います。

今、足りないものが何なのかを確認できるのが、この夏だと思います。




きっと、夏休みだから沢山の子ども達がくることでしょう。

その子たちは、ファジアーノに入りたいと夢見てるかもしれません。

選手に憧れているかもしれません。


大人は、その子たちの夢を壊すような事をしてはいけません。



最後まで諦めない姿。

闘い続ける姿。

試合にでてなくても闘う姿。

ピッチ内外の振る舞い。

全てを、子どもたちは見てます。



『子どもたちに夢を』

それは、本当に素晴らしい言葉です。

同時に、とてもとても責任と自覚が必要なものです。




昨日、ある人のメールで思い出した言葉を記しときます。


『90分間、全力で走りつづけることしか自分にはできない。』

去年の地域決勝前の新聞に掲載された、乙倉健二(2006ファジアーノ岡山所属)のコメント。




僕は、その姿を見て

このクラブに夢見ることができました。






君達の想いも一緒に、埼玉で戦いたい


もう勝つのが分かりかけている試合でも、テンションを下げることや、抑えることをせず、ガムシャラに走る姿に特別な気持ちを抱く。


勝てる確率が少なくなっても、折れることなく真っ直ぐに戦う姿に特別な気持ちを抱く。




言葉に出来ない事や文字に出来ない事が、生きていればある。

たぶん、それが今だと思う。1週間経っても、感情という滝は止まることはなく何かを生んでいる。

しかし、それを文字にしようとすると、何故かそれは止まるのがわかる。何故なら、言葉を選ばなければならないからだ。

だとしても、書いておきたいことがある。




夢を与えてきた人間

夢を受け継ぐ人間

夢を見続ける人間

様々な人間が関わる夢


その夢は、クラブのエンブレムの星となっている。




何かが終わった日だった

何かが始まった日だった


試合後の駐車場で、ある男が笑顔を見せながら、少しおちょくる感じで言った。

『ファジアーノをよろしくお願いします』

僕も笑みを溢して、ボディーにパンチを入れた。

こんな風に話せたのは、いつ以来だろうか。

少しだけ懐かしい話をした。37の話もした。

最後の握手をした瞬間に、何とも切なかった。いや、この表現は、あの時の気持ちをあらわしていないかもしれない。

その男は言った。

『(今日が)たのしかった。』

その男は、今まで悲壮感とも言うべきか色んなものを背負いながらプレーしてきてるように思えた。そんな男から出た言葉に、何とも言えない気持ちになった。

1つのもが終わったと認めなければならない瞬間だった。同時に、深くて重いものを背負った瞬間であった。

色んな想いを話したかったが言葉にはならなかった。ただ1つ言ったのは、「腐ることなくサッカーを楽しんでほしい。」


ボールを思いっきり叩き付けた男もいた。チラッとこちらを見た彼は、何を訴えようとしていたのだろう。試合後、少しだけ話をした。
昨年末の最後の練習で見せた寂しそうな顔が印象的だった。その彼が刻んだ言葉には、今の岡山のサッカーにおける自らの立場が込められていた。

もっともっと見ていたかった。


「君達の想いも一緒に、埼玉で戦いたい」

ポツリ言ったその言葉を彼らはどう受け止めたのだろう。



11というエース番号をつけてきた男は、何かを伝えようとするかのようにボールをネットに突き刺した。今でも、サッカースクールに参加してくれることがあるそうだ。まだ、クラブを愛してくれてる。



コーチスタッフ達とも握手をした。選手からコーチになりクラブを支え、上記の男たちに戦う場をつくった2人。

裏方で支えるあの人の姿もあった。


この人たちと、1つのボールの軌道によってもたらせる喜怒哀楽を共にできたのは幸せだったと思う。



その男たちの背中を軽く叩いたり、おしりを軽く叩いてる男がカッコヨク思えた。

また、怪我から復帰した選手のプレーに心が動かされているのがわかった。

僕は、彼のような泥臭くても熱いプレーを求めていた。



それぞれの想いが交錯した美作。




まだまだ歴史の浅いクラブかもしれないが、そのクラブの歴史を創りあげている意味。

それは、深くて重いものだ。

憧れ・・・共感・・・

子どもから大人まで、そう思える、そんなクラブであってほしい。


今のチームが、今いる人間だけで成り立っていると思ったら大間違いだ。

このクラブに関わるということ、ユニフォームを着るということ、応援するということ、それは当たり前に与えられたものでもなければ常に存在し続けることでもない。


過去の歴史があるから、今がある。今があるから、未来がある。

それを、僕自身、今一度考えることができた1日だった。