義父を入所させた。家内は我が家で

看取りをしたかったのだが、事情が急変した。

あっち、こっちの施設を見学して、結局は我が家の

近くの施設に決まった。人を送り出すというのは寂しいものだ。

私も義父の生き方に共感はしていなかったが、相手が年を取り

身体が弱くなってくると可哀想になってくると同時に、恩義を受けた

事を思わずにはおられない。

家内は今朝も早くに施設に行ってきた。昨夜の義父の状態がどうだったのか、

人に馴染む事が苦手な義父が、他の入所者に受け入れてもらえたかどうか、

心配でたまらなかったようだ。

仏教の言葉に人の一生は「生・老・病・死」とあるが、これだけは間違いなく

誰にでも近ずいてくる。





な~んか、近頃は身の回りの話になってしまった(≡^∇^≡)


昨日の出来事は午前中、遠縁の人の葬式に行ってきた。


神主さんの祓詞「掛まくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の


日向の橘の小戸の阿波岐原に禊祓へ給ひし時に……」


(かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ つくしの


ひむかのたちばなの をとのあわぎはらにみそぎはらへ


しときに……)


この言葉は禊の場所が宮崎市阿波岐原町であったことを


言っています。禊をする時にたくさんの神様が


お生まれになっておられるので、日本の神の


発祥地がこの宮崎の地であったんですね。


「日向神話」と言われる所以です。





photo:01


家内の病院診察で市内に来た。
義父も少しは外に連れ出したほうが良いと思い、一緒に連れて来た。
診察の間、近くの公園で待っていると、鳩が寄って来た。
義父は鳩にパンクズをやったり自分の飲み水をやったりしている。
若い頃の義父は良く働いていたし、財産も増やしてきた。
やりたい放題のところもあり、反発もされてきた。
人は、生まれた環境や育ちが違う様に、人生の歩みも違う。
島倉千代子の「人生いろいろ」の所以である。
徳川家康は「人の一生は重荷を背負うて遠き道をゆくがごとし。
急ぐべからず、急ぐべからず」と言っている。






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