紅狩人のブログ -23ページ目

combination

1+1=?

これは日本式出題らしいです

1+?=2

もしくは

1?1=2

などは欧米式出題らしいです

日本式はカトリック制度のような

思考を画一するのに一役買うでしょう

欧米式はプロテスタントのような

人それぞれの考え方や解釈を認め合うのに

一役買うでしょう

私なら

○△○=9

「○」には(1,2,3,6,7,11)のどれかを当てはめ

「△」には(+、-、×、÷)のどれかを当てはめなさい

○△○=○

「○」には(1,2,3,6,7,11)のどれかを当てはめ

「△」には(+、-、×、÷)のどれかを当てはめなさい

と出題するでしょう

なぜなら組み合わせの試行錯誤の

チカラを頭につけさせたいからです

発想力は

モデル1【具体的な何か×具体的な=抽象的な目的やビジョン】

例を挙げましょう

ブロックチェーン技術×デジタル芸術=作品の価値

この「デジタル芸術」の部分を

「特許」としたら

作品の価値は盗用しがたい世界規模の特許管理組織

のなります

さらに「AI」を加えれば審査の人的経費をカットでき

無料でも登録可能になるかもしれません

「モデル1」の「=」より後ろは「何かのため」や

「誰かにため」であって、自分のためだけなら

おそらく多くの人に役立つような

アイデアは思いつかないと思います

何かをハックしてもいいと思います

何かをハックするとは

要素(変数)を抽象度に応じて分解することです

概念レベルか構造(部品やパーツ)レベルか

ビジョンに沿ったレベルかプロジェクトに沿ったレベルか

変数はもちろん中身を入れ替えれます

そして空間的軸で変数の中身を変えたり

安全上の軸で変えたりチャレンジする意味で変えたり

様々です

「モデル1」は掛け算ですが何かを引いてもいいし

足しても割ってもいいですし

変数が機能的であってもいいのです

(いわゆる関数ですね)

フローチャートのようにしたっていいですし

化学反応に近い考え方で

変数を組み合わせるのです

限られた中から自由に選ぶのもいいですし

自分で考えた何かを満たす目的や結果の為に

規定の要素を変えてもいいと思います

その時には目的の明示と狙った結果の被害者と受益者

が必要かと思いますがそれがアップデートされたるとき

成長と見るか信じられないと思うかは

人それぞれの事情を汲まなきゃ

わからないでしょう

Nemesis

自分だけの成功や幸せが目的なら

私が教える技術や考え方は

馬の耳に念仏ですが

私にアイデアをパクるのは

むしろ楽しみとなるでしょう

これまでももちろん私のアイデアを元に

ビジネスをしたり製品を売って

私には何も払わず

儲けを自分たちだけのものとし

大衆への印象操作の為

マスコミを札束で丸め込み

さも自分たちが考え出したかのような

洗脳をしていましたし

今でも私という真相は

表沙汰にしません

というのも

そこには支配者たちの

私に対しての

幼少時代から始まってた

テクノロジー攻撃

(監視、管理、誘導、実験、懲罰も含む)

があったからかもしれません

私の個性は彼らにとって危険らしいです

当然私の幸せや満足を思っての行為ではない

彼らの私への働きかけは

自分(達)の都合を押し付けるものであって

エゴからくる行為です

そして昨今では

凄まじいテクノロジーの発展だけに収まらず

精神性を重要視するような

AIやロボットの社会導入も相まってか

人間とは?と考える人が多くなって気がします

そういうタイミングで

宗教の違いを超えた黄金律も

重要視されるかとは思いますが

カルトとの兼ね合いで

なかなか「支配」や「利権」にこだわる人との

協調や協働は難しいものがあります

(彼らは敵を作って被支配層を意のままにしようとします)

そうして私に対してテクノロジー攻撃を

していた人達もまた

自分たちのことしか考えられないままなのです

(彼らとは特定の人や団体を指しているのではなく

ある人を含むある団体の仲間及び付き従う者達や

支える者達であって世界の政治の糸を隠れて引いてます)


さて、勉強には正解があるものないものがあります

「正解」ですから解釈する人によって変わります

違う時間軸の座標にいる人とは違いますし

違う空間軸の座標にいる人とも違います

その違いは視点や視野の違いです

逆に正解が変わってないということは

次元の問題でもあります

点、線、面、(時間軸が加わり)因果、システム

次元の学びは点から始まります

点の次に面を説明するのが難しいように

いきなり因果を学べません

最初は誰でも自分から見た視点で

物事を捉えて考えます

次に相手の立場で物事を捉え考えます

次に共同意識仲間意識で物事を捉え考えます

次に自分の(した)してる(する)ことを

相手の立場で捉え考えます

次に自分の(した)してる(する)ことを

共同意識で捉え考えます

次に自分の目的の為に(した)すること

をあらゆるシステムに対して

受益者と被害者の立場で捉え考えます

一生かけて死ぬまでに学んだことが

自分から見た視点だけで捉えて考えるだけの人もいます

自分達さえ良ければいいと考える人は

面の学びの最中です

目的は持てますが

あるゆるシステムの受益者や被害者の

ことまで考えられません

システムという概念も獲得できてないと

外=敵、ともなりかねません

それは、敵の敵は味方など

理性の世界の話ではなく

本能の話かもしれません

(猿の名残?)

システムを学び終わると

次の次元に行くとは思いますが

それが何なのか私にはわかりません

が、システムを学ぶ最中は「創造」と「破壊」を

繰り返すみたいです

点の世界はバラバラの中で生き

線の世界はやったりやられたりの中で生き

面の世界は同じように生き

因果の世界では許したり許されたりの中で生き

システムの世界では創造と破壊の中で生きる

とは思いますが

そんな単純な話で終わるわけもないとも思います

学ぶことはもっともっとあると思います

教育機関で因果の勉強は

悲惨にもいじめとして体で覚えます

苦痛な時間って長く感じますよね

楽な時間はあっという間にすぎるのに…

いじめられっ子がいじめっ子に

なりにくいかとおもいますが

目的を持てるまで世界の広さを実感できれば

いいのですが、

私のように、世界の支配者層に

狙われるといくら私がシステムの世界の勉強をしても

彼らが面の勉強の最中では

それをただ楽しんでいられては

なんの学びも期待できません

私に面の勉強を教えて上げてるつもりなんでしょうが

小学生じゃないんだから

責任がついて回ってるし

人には自由意志があって

同調圧力だろうが上司命令だろうが

私に対して何らかの行為をすることを選んだんだから

ただ単に許されようとか

責任を回避しようとか

そんなんで因果の何がわかるの?



capacity

前回は道具や機能が

状況を変えることによって

新しい道具として機能として

変えていく考え方を書きました

それを踏まえた上で

問題解決の考え方と

ちょっとだけですが創造の本質に

ふれてみたいと思います

機能は状況によって開発さてます

それは海の生物が

陸上に進出したかのよう

元々ある要素を変えて適応させます

では問題とは何でしょう

それは一言で言って

「仕事」です

多くの人が給料をもらってする労働とは

ちょっと違います

エネルギーの働きと捉えると

労働も入るとお思いかも知れませんが

労働は事業の手段であって

事業はおそらく社会システムの実装すべき

機能のことでしょう

「起きる」人間の世界では

仕事は「起こす」ことでしょう

「起きる仕事」とは物を動かす

熱を生む、光るなど物理の世界の現象です

(化学の範疇は反応になります、薬は目的に即した仕事)

そこには状況があります

「空間」です

陸海空宇宙、森、田舎、都会、干潟、砂漠などです

状況次第で問題となるかならないかが変わります

地球の海に隕石が落ちれば

その衝撃で陸地に大波が起きるかも知れませんが

誰もいない陸地に落ちればクレーターだけで

済むかもしれません

原子炉の落ちれば大惨事です

では何を持って解決とするのでしょう

一言で言って

「被害を無くす」ことでしょう

どうやって?テクノロジーを使って。

大自然の物理現象に対処できるのは

物理現象を制御できるテクノロジーが有効です

波の問題か、摩擦の問題か、熱の問題か

問題を数学モデルに落とし込んだら

それに関わる機能を対応させます

予め問題が想定できていたら

準備できます

そして社会システムをアップデートさせ

実装していけば災害に強い街になります

もう一つ仕事には人が起こすものがあります

そして人が起こす仕事には

利己的な仕事と利他的な仕事があります

自分や自分達の為に機能する組織か

他者や社会システムのために機能する組織か

この2つの違いはエントロピーにあります

前者は自分や自分達以外の何らかの

エントロピーを増大させます

後者は自分や自分達以外の何らかの

エントロピーを誕生させるか縮減します

人である以上衣食住を得るために

誰かの協力を得たり生き物の命を

頂かなければなりません

どうしても完全な利他な存在になれないのです

そこで人間は感謝をして与えてくれる存在に

敬意を払うのですが

思い上がった人間や

お金さえあればこの世は思い通りに

生きる事ができると思ってる人間には

感謝の念がありません

(お金の為に何でもする気概の人は

大したことできません、

仕事で何かに秀でる人はお金の為に

生きてる人ではありません)

現代人で私に感謝の念を抱く人は

私の事情を知るごく限られた人で

多くの人は誰が考えたアイデアかも知らずに

アイデアを盗んで儲けてる人に評価や対価を払って

その恩恵を享受して当然の顔をしてますが

アイデアを生んだ私にはなんにも届いてません

それに不満を覚えてマウントを取れば

嫌われるという始末

人間って面白いですね

人(私)の気持ちがわからないから、

わからないほど幸せだなんて(笑)

しかしこの世界の住人は

私が目的とする

「皆の困ったを解決する」に値する人達でしょうか

「蓋を返せば悪魔を助けてた」ってことに

なってないでしょうか

アメリカのリーマンショックの問題を解決したのは

アフガニスタンの人々を苦しめる為ではありません

しかし結果的にはそうなってます

もっと大きな戦争を防げたとしても

この世界の社会システムは

これまで通りにしとくのは

お利口な生命体と言えるのでしょうか

支配者の顔色をうかがえば馬鹿な奴で

終わる話しかもしれませんが

複雑系と言われるシステムも(社会も)

考え方が支配しています

そしてこのブログや私のtwitterで書いてるのは

問題に対する考え方や

アイデアの出し方

などから実践した解決案やアイデアです

(最近はアイデアの安売りは控え目ですが)

つまり組織のトップが

私のように考えたり

私のように考える人に理解を示せば

システムは被害者を生むよりも

受益者を生むことができるのです

それは「システムの開発」です

経済開発だけでなく人権開発もです

そしてそれは「想い」なのです

自分を想えば誰かを軽んじます

誰かを思えば自分を軽んじるかもしれません

しかし前者は憎悪や嫌悪が返ってくるのに対し

後者は感謝や尊敬が返ってきます

私に何も払わないで

私から何かを得ようと

本当にできるのでしょうか

私がいくら教えようと

私のように仕事ができる人はいますか?

私の気持ちがわからないで

私のように考えるって

できないから

同じような仕事ができないんじゃないんですか?

足を踏んでる方は

踏まれてる方に気持ちがわからない

足を踏んでることを謝罪して足をどかす、か

自分が踏まれる立場にならないと

足を踏まれるということが

相手にとってどんなことかわからないままです

足を踏まれることによって

踏まれた相手が取る行動や言動に

自分にとって不都合があったら足を踏まないか

踏むことを繰り返さないことがいい事だ

と考えられるまでプロセスを踏まないと

自分のことしか考えない人は

わからないのです

私がどんな気持ちで

「皆の困ったを解決したい」

と日々考えてるかわかりますか?

おそらく世界中の人が

自分さえ良ければいいと考えて

行為行動するとどうなるか

一度想像してシミュレーション(妄想)してみれば

その意味するところはわかるかもしれません