illustration
上記は3次元の世界図です
2元論や分離の意識やゲーム理論の世界でもあります
戦争やビジネスや研究や空間もこのように表現できます
ABCDなどの要素は個体や組織や国などの
存在だったり現象だったりします
細い矢印は行為や仕事やフォーカスやアウトプットであり
インプットでもあります
太い矢印は座標やグラデーションなどの基軸です
微分積分の古典力学の世界でもあります
洞窟の隠喩で表現された心理的投影のような
心の内面がベクトル先になされます
次の図は4次元の世界の図です
時間軸が加わったため3次元の世界で
因果と視点の移動が扱えます
なので自分や自分の仕事や行為が
他者やその仕事や行為の受け取り側から認知できます
相対性理論の世界でもあります
過去や過去の延長線上の現在だけでなく
延長線上の未来から現在へアプローチできます
次は5次元の世界図です
世界における要素はαからβにかけて統合したり包括し
βからαにかけて細分化されたり解像度は細かくなります
4次元の世界では扱いきれない複雑系に対して
一つの系としての集合などにより
内と外を作ることで外に対するアウトプットや
外からのインプットにより線形に扱えます
複雑とする要素のインプットやアウトプットについて
解像度を荒くαからβに移すことでほぼホワイトボックスにできます
目的や手段の関係もαやβによる大目的や大々目的もつくれますし
手段の手段も可能です
思考における抽象と具体の行き来も
αとβの解像度により応用である横展開が決まります
量子から銀河、宇宙全体の解像度でもあります
次に6次元の世界ですがこれは確証ではありません
5次元の世界をフィードバックで包括させた感じでしょうか
フィードバックループの過程は一つだけではなく
方向性による選択や
さらに大きなフィードバックループの方向性による選択や
フィードバック結果を踏まえた再入力による
再フィードバックへの影響や5次元による
解像度の横展開によりフィードバック過程に
要素の投影(写像)がなされます
intelligence
人は投影するものなのですが
投影自体が問題なのではなく
受け入れられない要素の投影の代償を
自分の代わりに相手に負わす行為や言動が
人や国のカルマを作ってきました
それを受け入れるという体験を他者を通して
知る、あるいは学ぶという猿知恵が
他者にとって社会にとって他国にとって世界にとって
問題となってきました
投影の代償を負わす人や国にとっては
代償を負わす正当な理由があると思っているのですが
そもそもに立てば自分の未熟さや無力さが事の発端です
それを子供の頃に作ってしまうと
インナーチャイルドとの癒しの対話が必要となり
国ではメタ認知が必要となります
国単位でメタ認知ができないのには
人類意識との分離意識にあります
過去を含めて自己を問題状況を作った一因として
俯瞰で見れず自分には非がないとして
非がないとしたらどうして受け入れられないのか
どうして問題が起きてしまったのかが
考えられずそれ自体が投影だということがわからないのです
そしてメタ認知とは意図して創造する領域の作業です
投影の作業ではその代償を負っている何かが
自分の世界から分離されて
光の世界をつくろうにも影を落とします
しかしメタ認知ができるようになると
光の世界をつくろうとした時に
代償を負わす必要がないのでそこに影はできません
つまり真の意味で世界を創造できるのです
国として世界を創造しようが
人としてコミュニティやコミュニティの中の自分の人生だろうが
意図して創造できます
投影の代償を負わせたことによる
投影の引き戻しが起きないと
真のメタ認知はできません
どこかが他者や他国の問題となり続けて
自己をその問題の一因としてみなせず
世界に問題を作り続けるからです
それは法や制度や構造やシステムや歴史認識やシンボルとして
社会や世界に残ってるかもしれませんし
宗教的な教義かもしれません
まだ世界では投影の引き戻しが政治においてなされてません
それどころか選民意識を持った人たちが
大衆に投影の代償を負わして世界を支配するといった
人類に世界に暗い影を落とそうとするものたちもいます
日本はアメリカや韓国や中国やロシアなどによる
投影に引き戻しが起きないと何ともできない状態です
私に対しても投影に引き戻しはされてません
そのカルマの生産から何とか逃げようと
猿知恵を使ってますがそれが人類や世界に社会に暗い影を落としてる
ってことに気づきたがらない人たちばかり
知的生命体の知能ってそういう使い方ができるのが
高度な知能のはずないんだけど
高学歴や名門大学出た人に限ってそういうことに知能を費やすよね
cognition
かねてから時間軸や空間軸をフラクタルな面で見る
ということを紹介してきましたが
面の中には点も線も含まれ
点は時間軸においては事象
空間軸においては存在
線は時間軸においては因果(関係)
空間軸においては(相対)関係となってますが
トーラスの次元で見ると
面もまた空間軸においては全体
時間軸においてはステージかもしれません
しかしトーラスで捉えないと
空間軸における全体はあくまで主観から見た部分であり
時間軸におけるステージはストーリーから切り取った
シーンでしかありません
フィードバック図はトーラスから捉えた時
初めてその真の意味に捉え直せます
フィードバックとついになる概念がフィードフォワードだからです
そしてフィードフォワードは更なる大きな
フィードバックの部分だからです
この世界ではしばしば歴史は繰り返すといわれますが
更なる大きなフィードバックの学習に気づかないと
つまりメタ認知ができないと
今のステージが全てだと思い込み
いつまでも歴史を繰り返すことでしょう
宗教は世界観を提供し世界への解釈を与えますが
どの宗教も古い世界観を科学的発見によって
アップデートできないため
新しい科学的知見の発見との間にハレーションを起こします
特に宗教と政治が密接なシステムにおいて
支配者側の不安を投影した代償を
新しい科学的知見を発見した科学者に負わせてきた歴史があります
何も宗教家だけの話ではなく
経済においての経営者もビジネスモデルに対して
新しいテクノロジーや知見に見合ったアップデートをするのではなく
その新しいテクノロジーや知見を非難する経営者やビジネスマンは
今もなおネットやテレビで持論を展開してます
教育においてもchatGPTについて否定的な教育論者がいます
これら全てメタ認知能力の欠如です
新しいテクノロジーや知見を使おうとも理解しようともせず
古い世界観の主観で判断してるのです
社会システムである国のOSや世界のOSを誰でも開発できると
するとシステムの支配者はただの運用者です
つまり新しいテクノロジーや知見でシステムをアップデートする
社会実装に抵抗や非難するのではなく
システムの運用者はただ理解すればいいのです
また新しいテクノロジーや知見の社会実装の導入を判断するのは
専門家を通した国民の代表である選挙で選ばれた人がいいですが
社会システムの既得権益者がメディアを通して国民の不安を煽り
新しいテクノロジーや知見がよくわからないけど
なんだか不安だからという理由でネガティブな印象を持つ
国民はこれまで一般的でしたし
今だけ金だけ自分だけのメディアは
その責任から逃れ続ける限りメディアとしては機能せず
権力の監視ではなく暗躍する真の権力者の手駒でしかないでしょう
欧米で勘違いされてるメタ認知ですが
仏教はメタ認知の知見が脈々とあります
しかし分離の意識からなる科学の視点にそんなに知見がないため
世界にグラデーションをつける視点が苦手です
しかし科学的視点である二元論は学際的な科学的視点である
システム的な思考においては古いパラダイムであり
科学的視点は微分積分である分離の意識から
相対的な絶対からの卒業を経て
複雑性を扱えるメタ認知という全体と部分にいたり
そして真のフィードバックやフィードフォワードのループの
無限の入れ子に至ると思います(おそらくですが)



