初孫の誕生日は2月6日です。

予定日は2月9日でした。

2月6日の朝、陣痛が始まった時、「えっ・・」と思いました。

3年前、不慮の事故で他界した私の母の誕生日が、2月6日だからです。

人間、地球、宇宙、これらの見事な調和をいつも語っていました。

孫(息子、娘)への愛情もひと際でした。

体そのものは大変元気でしたので、3年前の出来事は家族全員、言葉にならないほど悔しい思いでした。

母は日頃、

「人間はたとえ死んでも、魂は生き続ける」と繰り返し語っていました。

人の為に何が出来るか、そのことに半生を捧げ続けた女性です。

偉大な母であり、女性であったと思っています。

孫(母にとってはひ孫)と、母の誕生日が同じであったことに、私自身はなにか運命的なものを感じてなりません。

目を閉じると、母の笑顔が浮かんできました。


昨日、私に初孫が誕生しました。

出産の為、里帰りしていた娘の陣痛が始まったのが午前9時頃。

病院に行くも、まだ2~3日後とのこと。

昼頃、また陣痛が始まり再度病院へ。

付き添っていった妻から、午後3時頃、

「生まれそうよ」との連絡が入った。

嬉しさ、ホッとした気持ち、など等、私が落ち着かない。

午後4時頃、妻から、

「今日は生まれないかも知れない・・・・」との電話あり。

私は急に落胆し、娘が辛いだろうと心配になる。

それから非常に長く(私にはそう感じた)電話がない。

娘は大丈夫か、赤ちゃんは大丈夫か、など等、とても落ち着かない。

午後8時、

「赤ちゃんが生まれた~・・・赤ちゃんが・・・女の子よ~」

「えー、本当か・・・・・・・・」

嬉しさと、感謝と、娘の頑張りと、

「赤ちゃん、よく生まれてきてくれたね」と。

妻の車の音がして、玄関のドアの音がする。

「デジカメ貸して・・・・。」

非常に慌ただしい。

「どんな子だ・・・・・・。お茶でも入れてくれ・・・」

「駄目・・・赤ちゃんの写真をとるの。」

疾風の如く病院に帰る。

私は少し風邪気味なのだ。

赤ちゃんにうつしていけないので、早く治したいと布団に入る。

午後10時、妻が疲れた顔で帰って来た。

写真を見ながら二人で、

「かわいい・・・かわいい・・・」

と、いつまでも話し込む。

妻の出産の時は、ここまでの心配など記憶にないのだが。

晴れて私も、おじいちゃんになりました。






はじめて日記を書きます。

小学校1年生の最初の授業のようです。

随分年を重ねてきましたが、心の中は青春時代と変わりません。

振り返れば傷ついたり、泥にまみれたり、必ずしも順調な人生ではありませんでした。

それでもいつか起き上がり、少しでも前に進んできた、と思っています。

まだまだこれから知りたいこと、身に着けたいことがたくさんあります。

少しづつ、前進をして行きたいと思っています。