仲間たちとご飯を食べて、地下鉄に向かうまでのみちのりの道路で、車に轢かれているねずみを見つけた。

 ねずみはけっこう大きくて15cmはあったと思う。けっこうな大物である。

 なんで、ねずみは撥ねられたんだろう。。。道路の幅は40mぐらいで交通量はものすごく多いけど、なんでまた横断を決意したんだろうな。。。

 銀座のど真ん中の交差点付近。

 どんな生き物も「住む」のがとても難しい場所だけど、なんか、普通に撥ねられているこのねずみが少し特別に思えた。

 轢かれちゃったけど、「住む」のが難しい場所で、あのねずみは暮らしていたんだろうな。

 そんで、道路の向こうに横断しなければならない理由があったんだろうな。。。。

 理由はなんだったんだろう。銀座の夜がうるさすぎて嫌になっちゃたんだろうか。確かに暗闇と静寂はない場所だもんね。

 ただ、明るい暗闇がある場所で、それはそれで僕もきついっす。


 未だに、東京の地下鉄がよく分からん。。。。乗り換えするのにけっこう迷う。。。

 もっと分かりやすかったらいいのになー。。。

 もう一度、町並みを整備できたら碁盤の目にしたいなー。

 方向音痴やからなー、自分。

 んー、路線の地図が頭の中にすっぽり入ったらええなー。
 
 方角だけです。今分かっているの。。。。。

 しかし、字が汚いな。。。。。杉本君。。。。


 最近、あるメーカーから待望の新型車が出た。ファンの方々からしたら本当に待ちわびたんだろうと思う。

 ひょんな事から開発者の方々のトークショーを聞くことができたんだけど、最近の車はここまで来たんですか!という驚きの連続だった。。。

 いろいろな世界初の技術が盛りだくさんに採用されているんだけど、当たり前だけど世界初ということは今まで誰も作ったことがないものを作ってしまったということ。

 絶対に簡単じゃないべさ、、、まだこの世に無かったものを形にするなんて。。。。。

 開発者の方は「製品」というよりも「作品」と呼ぶものですと言っていたけど、説明を聞いていたら本当にそう思う。。。

 車ってすごいなー。生活の中でなくてはならないものだけど、まだまだ夢の領域を目指して、多くの人たちが挑んでいる。

 ロマンと言ってしまったら簡単だけど、それだけじゃないいろいろな想いがいろんな人の手によって作れたらと思うと、やっぱりそんな「スーパーカー」に乗ってみたいなー。乗ってみてーーー。
 


 大学生のときによく、はっちゃんと先生と三人で昼飯の後にコーヒーを飲みに行った。

 たわいのない話の中に二人の思慮深い観察眼を感じる話を聞けたのを思い出す。

 ある日、いつものお茶の時間に、ミルクがコーヒーにまざる瞬間が好きだと三人で意見が一致した事があった。

 先生は水墨画の専門。

 はっちゃんは書の専門。

 僕は専門じゃないけどモノクロの写真を撮り始めていた頃だった。

 あの時間は、それぞれの白と黒がつながった時間じゃなかったのかなー。

 最近はコーヒーにあまりミルクを入れないけど、ミルクを入れるときはすぐにかき混ぜずに、ゆっくり白と黒が交じり合っていくのを見ている。その瞬間が今はとても好きだ。

 んー、また、三人でゆっくり飲みたいな。。。

 そうそう、今日は大学の同級生の結婚ぱーてぃーが京都で行われているはず。仕事で参加できなかったけど、みんなや先生はきっと参加しているんだろうなー。きっと、懐かしさが会場を包んでいるんだろうなー。

 かよちゃん、結婚おめでとうね。
 

 隣の畑にある兄の植えたバジルを採ってきて、バジルを水にさらしてる間にニンニクをみじん切り。

 バジルとニンニクのパスタが好きだ。

 たっぷりのバジルとニンニクを入れたパスタ。

 具が何もないぶん、塩の加減がとても大事だけど、シンプルな味なので飽きがこない。

 ピザも焼いたし、バジルたっぷりのパスタも作れてかなり満喫できた。

 自分で作って食べるのって本当に楽しいなー。

 「食」って絶対に生きていくうえで切り離せないものだから、やっぱり出来る限り意識していきたいものです。。。。おいしいものは人を幸せにするんですね。。。次は何を作ろうかなー。


 足を止めて、目を止めて、息を止める。

 そこにある確かな「気配」を感じるんだけど、それはすごく遠くにあるように感じてしまう。。。

 あと、何を止めたらそれを身近に感じれるんだろう。

 うーん、まだまだです。


 えんやえんやといろんな事を話して、互いの考えを言いあって明確な答えが出ないまま夜がふけていく。

 何か具体的な事が決まるのならいいんだけど、そんな簡単にはいかないのが人の集まりであって、個人の考えは衆から生まれず、良くも悪くも個にして集へと融けていく。

 じゃ、生意気な事を言ってる自分が何かできるのかとなると、それがうまくはいかない。実力も感性もまだまだの自分が言える事はただ、「じゃ、やりましょう」って言うぐらい。。。

 いろんな考えがあっていいと思う。本当に。じゃないと面白くないと思うから。でも、やっぱり、みんなが良い方向にいけるのが一番いい。それが一番気持ちいいし、達成感も生まれる。

 そのためにできる事は何かって考えてやって行く事が大切なんやなー。何かの本に書いてあったけど、「何をしたいか」ではなく「何をしてあげられるのか」を一番に考えれるようになれたらいいと。ただ、それってすごく難しい。。。。。

 だから、夜がふけても酒を飲み呑むのだ。

 えんやえんやと話して、答えがでないまま時を共にするのだ。それは無生産の中で行う収穫祭なのだ。


 新幹線の中のドアの前で小さな子が疲れて、僕のカバンに寄りかかっていた。

 母親がもうすぐだから寝ちゃ駄目だよと言っている。でも、子供はうつらうつら。

 ドアが開いて降りると、その子の祖父と祖母とおぼしき人がドアの付近で待っていた。

 子供は眠気はどこへやらと、祖父に飛びついて行った。母が「ジジ」が来てくれたよーと後ろから子供に言っている。

 「ジジ」が孫を見つけたときの顔の変化がたまらなく良かった。眠気を忘れて走って行く子供の後ろ姿もよかった。ちょっとほっとできて、気力をもらえた。

 ここではいつも、こんな風景があるんだろうか。そう思うと贅沢な場所だなー。

 なんでか、「間宮兄弟」の「新幹線は良いなー」という台詞を思い出した。

 そういえば、僕が初めて新幹線に乗ったのは小学生のとき祖父と祖母の三人でだった。

 新幹線の中でアイスばかり食べて、初めて見る富士山に驚いていたのを思い出す。祖父と祖母はそんな僕を見てニコニコしていたと思う。

 「ジジ」の姿に、今年亡くなった自分の祖父の像が重なって見えた。叶わないけど無性にじいちゃんとまた話がしたいなーと思った。

 新幹線に乗って東海道を行ったり来たりする時、必ず富士山を見ようと思うんだけど、なぜかこっちに来てから見れた事がない。かすんでいて見えないのか、見える場所に来たときに寝てしまっているのか。。。

 見れない度に少し残念だと思うんだけど、最近はいいんじゃないかなって思う。昔、祖父と祖母と三人で見れた富士山を覚えているから。

 それに、今、見たらきっと懐かしさよりも寂しさのほうが多いだろうなー。

 でも、やっぱり「新幹線」っていいなー。いろんな場所と想いをつなげちゃいますからねー。


 最近ストレスがたまっていると思う。もんもんと考えてばかりだろうからか。

 人と人が集まった場合、互いで何かしらの方向性や建設的な話がなかったらあんまり意味ないと思う。。。。お褒めの言葉や激励なんていらないと思う。だって、何でもやるのは自分のためでしょう。死ぬまで「自分」とは一緒にいるんだから。自分をごまかしたら、いろんなモノが味気なくなっちゃう。

 あと、人には向いている事と向いていない事があると思う。それって本人が気づかなかったら、誰かが言うのも親切なのかも。
 
 何でもうまくやる人ってけっこう人の見えない所でやっている人が多いと思う。やってるからうまくいく。でも、やっててもうまくいかないのはそれが本人にとって「向いていない」事なのかも。。。。個人の趣味とかなら、なんの問題もないんだけど。。。。

 それと、「プライド」ってなんだろう。個人の信念というか個人の思考というものなのかな。自分のしている事にプライドを持つのは大切だと思うけど、それを守るためにはいつも努力してなきゃ「プライド」はキープできないんじゃないかな。だから、キープしている事に「プライド」をもっていいんじゃないかな。それをしてなくては「プライド」なんてただの飾りで、しかもそれは己を彩る飾りではなく、相手から見たら見苦しい飾り。

 ある人が言ってくれたけど、僕は柔らかい心を持っているらしい。。自分ではそうは思わないけど。本当に。

 でも、またいつか会ったときにそう思ってもらえるような自分でありたいと思いやす。そのためには柔らかい心をキープしているプライドをもった自分でいたい。うす。。。

 あー、風邪を引いたから、文がへんてこりんだ。明日の朝には治さないと。。朝六時には秋田に向かって新幹線に乗らなきゃ。。。。。頼む、治ってくれ風邪ちゃん。もってくれ体、三日間の撮影に。
 
 そっちは晴れているのだろうか。電車を降りて、ふとやけに夜が明るいなと思ったら今日は中秋の名月だった。

 中秋の名月って全国的に雨が多くて実はあんまり奇麗に見えないらしい。去年は雨だったと関東のラジオでは言っていた。ちなみに去年の今日は覚えていない。。。ただ、雨だったと言われて、そうだったのかという感じにしかならない。。

 でも、今年は月が奇麗だと思えた。月だけではなく、雲も奇麗だと思った。雲があったから月が奇麗だと思えた。

 光は透明で雲が白くて流れが速くて、月は出ては隠れる。ぼーっと見ていると月が速く動いているように思える。当たり前だけど雲のほうが速く動いている。でもそんなんどっちでもいいやんかと落ち着く。こんな事を駅からすぐにアパートに帰らずに荒川の土手でしばらく空を眺めて思っていた。

 そっちでも満月が見えただろうか。今日は世界中が満月なんだろうな。どこからどう見ても満月で、ひっくり返しても丸くて、今日もウサギが餅をつく。

 フンザで見た満月を思い出す。もっと白くて透明で、その光を受けた山々が静かに空気を鳴らしていた夜。ほんの小さな音でも遥か先まで届くんじゃないかなって思うほど、まったく音がなかった夜。鉱物が泣く夜ってあんな夜なのかな。

 そんなんを思い出して、いつか見せてあげれたらなって思う。そんな日が来るかなってなんの保証もないのに、ただそう思った。

 んん、日付が変わった。今日も朝一出発、日付が変わっても仕事だ。。。。24時間後、何かなければ高い確率でパソコンに向かっている自分が想像できる。

 なんか、なんかなーだな。。。。