えんやえんやといろんな事を話して、互いの考えを言いあって明確な答えが出ないまま夜がふけていく。

 何か具体的な事が決まるのならいいんだけど、そんな簡単にはいかないのが人の集まりであって、個人の考えは衆から生まれず、良くも悪くも個にして集へと融けていく。

 じゃ、生意気な事を言ってる自分が何かできるのかとなると、それがうまくはいかない。実力も感性もまだまだの自分が言える事はただ、「じゃ、やりましょう」って言うぐらい。。。

 いろんな考えがあっていいと思う。本当に。じゃないと面白くないと思うから。でも、やっぱり、みんなが良い方向にいけるのが一番いい。それが一番気持ちいいし、達成感も生まれる。

 そのためにできる事は何かって考えてやって行く事が大切なんやなー。何かの本に書いてあったけど、「何をしたいか」ではなく「何をしてあげられるのか」を一番に考えれるようになれたらいいと。ただ、それってすごく難しい。。。。。

 だから、夜がふけても酒を飲み呑むのだ。

 えんやえんやと話して、答えがでないまま時を共にするのだ。それは無生産の中で行う収穫祭なのだ。