怒り [日本映画] | 冷やしえいがゾンビ

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怒り

見ました。 http://www.ikari-movie.com/

 

 

予告編のタッチ、小説原作、豪華すぎるキャスト。個人的には 嫌いなタイプ の作品だろうなーと感じていました。1800円を払うのさえためらい、「安く見られる日に行った方がいいかも?」なんて思いつつ、公開2日目に1800円支払って観賞。

 

ネガティブな先入観を持ったままで見終わったところ、端的に言って圧倒されました。

 

演技が凄い。

音楽が素晴らしい。

編集が上質。

 

映画を見ている喜び=見応えが詰まった濃厚な作品です。

 

事前に「今年の日本映画を代表する作品」という評価も目にしましたが、同意します。納得です。

 

以下、内容に触れていきます。ネタバレ含みます

 

 

 

冒頭に、東京の住宅街で起こった夫婦の殺人事件が描かれます。真夏の一軒家で雑に殺されていた2人。現場検証している2人の刑事。

 

犯人は何処へ消えた? この疑問が提示された後でこの映画は三ヶ所の物語を描いた群像劇になります。

 

東京都心に暮らす2人の男性。妻夫木聡、綾野剛。

 

小さな港町に暮らす父と娘、1人の男性。渡辺謙、宮崎あおい、松山ケンイチ。

 

沖縄に暮らす若い男女と、1人の男性。佐久本宝、広瀬すず、森山未來。

 

それぞれの場所で生きる、謎に満ちた3人の男(綾野剛、松山ケンイチ、森山未來)に「こいつが殺人犯かも」という疑惑を背負わせながら物語が語られていきます。

 

誰が犯人なんだろう? と観客に感じさせるミステリー性を帯びながら、それぞれの場所で構築されていくドラマ性もそれぞれ厚みがある。

 

しかし三ヶ所の主要登場人物が別の場所に生きる人物に出会う事はないので、最後まで群像劇としての構造は保たれている。例外なのは殺人事件を捜査している刑事だけ。

 

一人の殺人犯に対し、身近な人間を「あの事件の犯人ではないか?」と疑っていく三ヶ所の人々。はかなくも貴い信頼と、その思いが揺らいでいく瞬間。これをクライマックスに設定した物語が『怒り』です。

 

映画の前半は、素性の知れない男性3人がそれぞれの地域で居場所を確立していくまでの流れを描いていきます。ハッキリした変化が起こるでもなく、展開らしい展開がない。その中で少しずつ構築されていく人間関係。やや焦れったく感じる面もありました。

 

しかしこの映画は、日本映画界が誇るべき名優を揃えた質実剛健な配役によって上質なドラマを作り上げる事に成功しているのです。展開や変化の作り方を評価してしまいがちな私ですが、静的な演技の中に感じられる確かな感情のうねりを、8人の役者(と、それ以外の脇役たち)からしっかりと感じられる作品なのです。

 

東京パートでは妻夫木聡と綾野剛がハッテン場で知り合い、同棲生活を始める。過去を語らない綾野剛に対して警戒心を捨てきれない妻夫木聡だったが、徐々に心を許して深い関係になっていく。

 

千葉(港町)パートでは、東京で風俗勤めしていた宮崎あおいを父親である渡辺謙が故郷へ連れ戻す。渡辺謙の職場でアルバイトしている松山ケンイチは人懐っこい宮崎あおいと親密になっていく。

 

沖縄パートでは、那覇に住む広瀬すずと佐久本宝が、無人島で出会った森山未來と出会い、交流を重ねていく。

 

それぞれで変化らしい変化が起きるのは映画の後半。その変化自体も、普通の長編映画に置き換えてみれば序盤で処理されてもおかしくないようなもので、決して奇抜というわけでもないのですが、この映画の凄みは最初から最後までものすごく緻密な演出でリアリティとドラマ性を生み出しているところ。

 

演出というのはつまり、監督による演技指導。画面上で見る事が出来るのは俳優達が体現している結果ですが、俳優個人の独断とは思えないような色付けの演技があらゆる場面で見られます。一見すると違和感を覚える要素が、うまくキャラクターの内面を表している。これこそ演出家としての監督の凄みです。

 

原作『怒り』は市橋達也が起こした実際の殺人事件と、その後の報道、逮捕までの流れを参考にしたストーリーらしく、特徴があるようで無いような、アジア系ならではの顔を持った3人の役者をうまく使った構成になっています。

 

視聴者が3人の容疑者の中から「殺人犯はこいつだ」と確信させないよう、最後まで引っ張った構成にもなっていて、そこが映画全体の牽引力(興味の持続性)を生み出しています。

 

疑惑を生み出しつつも、確信に至らせないストーリー構成は流石なんですが、撮影や編集によってそれを強固にしているのも確かであり、監督がこの物語のミステリー性をしっかり理解し、完全にコントロール出来たからこそ映画としての質につながっている。

 

いわゆるミスリードでハラハラさせながら、ためて、ためて、そののちに犯人の正体を決定的にする瞬間の構成は素晴らしかったです。「フーダニット」構成をよく理解している。これは小説とはまったく違うアプローチでしょう。

 

あるキャラクターが、刑事から指紋照合の結果を聴いた瞬間の熱演! その熱演さえもミスリードとしてうまく機能させているディレクターとしての腕力!! 本当に圧倒されました。

 

さらにこの映画は音楽と編集がとにかくハイレベル。

 

音楽は坂本龍一が素晴らしいスコアをいくつも書き下ろしているのですが、それでいて叙情性を高めたいであろう瞬間にも音楽に頼ろうとせずBGM無しで構成している場面などもあり、感嘆させられました。

 

編集は「画面で提示している場面に、違う場面の音声を載せる」という手法をかなり大胆に取り入れていて、群像劇ならではの牽引力につながっていると思います。

 

撮影/カメラワークに驚かされるカットも多々あるのですが、終盤にカフェの椅子から立ち上がった妻夫木聡を捉えるカットには心を鷲掴みにされました。

 

役者個人について言及すればキリが無いのですが、豪華キャスト陣の中で唯一無名とも言える佐久本 宝(さくもと たから)君には大いに驚かされました。彼は沖縄に生きる平凡な青年を演じており、広瀬すず、森山未來とのアンサンブルを見せてくれています。

 

 

早々にフレームアウトしそうなキャラクターとして登場するにも関わらず、その存在感と確かな演技力にビックリさせられました。パッと見でブレイクの予感も感じさせない普通の男子が、まさかここまで多くの出番を得て、ここまで熱量の大きい演技を見せてくれるなんて。無名俳優を使う意味、リスクを背負う意味を感じさせてくれた見事な演出でした。

 

総合的に言うと。

 

凄い映画を見たなあと素直に感じられる作品でした。

 

前半は心に火が着かず不安を覚えたものの、ホットすぎる俳優陣の素晴らしい演技、音楽と編集の見事な技巧、展開の上手さとクライマックスの高み…これこそ日本映画の最高峰と言って良いと思います。

 

「考えさせられる映画」という評価を下したくなる作品ではありますが、テーマ(在日米軍問題、ネット社会のネガティブ面に対する暗喩)の提示だけで満足しているような脚本ではなく、観客の心ときっちり向き合った純然たるエンターテイメントでもあると思います。最後まで楽しく、面白い映画でした。大満足です。

 

是非多くの人々に見てほしい一本です。心に何かが突き刺さる事でしょう。