鉄道の常識は、人の世の常識とは違う場合が多い。
鉄道は普通、身分の上の人を、身分の下の人が、跨ぐ事になっている。言い換えると、身分の低い人より、身分の高い人が、下を通る事になっている。
たとえば、信越本線は高崎駅で上越線と分岐している。この場合、身分的には信越線は本線であり、上越線は支線であるから、一見信越線の方が上である。しかし、列車の運転本数を見ると、以前から、上越線の方が運転本数が多い。したがって、上越線が下を通り、信越線の上り線は遠慮して上を跨ぐ様にしている。
ところで、これらの線はもう一つの分岐駅宮内で、合流する。この時は、信越線が下を通り、上越線が遠慮して跨ぐ様にして進入する。これは、日本海縦幹線の一部をなす信越本線の方が、上越線より目上であると判断したからなのだろうか。
いずれにしても、何となく理由がわかる。目上の人は、坂を上ったり下りたりせず、真っ直ぐ進めば良く、目下の人がちょっと苦労するような線形になっている。
佐久平の駅は、小海線が高架駅で、新幹線が地上駅である。珍しい線形だと言う人が多い。しかし、私は上記の法則に従った、至極当たり前な例だと思う。小海線は支線である。一方、北陸新幹線は信越本線の別線扱いであるから、本線である。本線は真っ直ぐ進み、支線が遠慮して上に登る。
この法則は、誰でも納得できる法則だろうと思う。
しかし、単線区間の行き違いの法則は、ちょっと違っている。
通常、単線区間では、列車は駅や信号場で交換をする。この場合、お互いに停まってすれ違うか、目下の列車が停まり、目上の特急などは通過して行く。これはわかる。
でも、列車が遅れてきた場合はちょっと違ってくる。
たとえば、自分が乗っている列車は定時で走っているとする。一方、対向列車は5分遅れているとする。
私の乗っている列車は、定刻に信号場に着いたが、まだ対向列車が遅れていてやって来ないので、ここで待たなくてはならない。通常は通過する信号場で、停まって待つ。すると、5分ほど遅れて対向列車がやって来た。対向列車は、私の列車が5分も停車して待っていたにもかかわらず、自分は停まりもせず勢い良く通過していく。非常識である。自分のせいで、相手が待っていてくれたのに、自分は遅れてきたのでそのまま通過して少しでも遅れを縮めようというセコイ考え方ではないか。
でも、実際にはこの方法の方が合理的なのである。なぜなら、先についた列車が、対向列車が来るまで待つのは仕方が無い。対向列車が到着したら、自分は信号が変わり次第急いで発車するのが最善の方法だろう。逆に、対向列車側は、既に5分遅れている。その上、行き違いの為以外に、その駅に停まる理由は無い。とすれば、相手が停まってくれているのだから、停まらずに早めに通過したほうが、遅れを取り戻せてよいのではないか。
理屈的にはわかるのだけど、心情的は納得できない。
なぜ、遅れてくる人を待っていてやる人が、後回しにされるなんて人道的はおかしい。
鉄道の常識は、人の世の常識とは違う。
でも、納得できる合理的な考え方でsる。