原作とドラマの乖離 | 急行越前のブログ

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さだまさしさんの「かすていら」という本がドラマ化された。


遠藤憲一さんの親父は確かにすごい。本物よりも迫力があり、怖いらしい。

でも、原作を読んだ私には、全く別物のホームドラマにしか見えない。


監督の目にはこう映ったのだろうか?だとすれば、今すぐ監督を辞めて欲しい。

文章の読解力を、もっと高めて欲しい。

さだまさしさんの文章独特の行間を、全く読んでいないとしか思えない。

ただ文字面だけを読んだようなドラマである。


この物語は、単にさださんの親父さんの武勇伝を描いた、娯楽ドラマではない。

文章のそこかしこに、さださんの父親に対する尊敬や敬愛の気持ち、父親のさださん達子どもに対する愛情が満ち溢れている。そして、子ども達には恐れられていない、とても優しい子煩悩な親父なのである。その親馬鹿振りがまた素敵なのである。

このドラマでは、星一徹ばりの頑固親父が、暴れまわっている。

佐田家の、愛すべき親父の雅人さんには、似ても似つかないと私は思う。


ドラマの表現次第で、原作も評価されてしまう。

監督が上手に描けば、原作は引き立つ。

原作が良すぎる場合、ドラマ化は難しいと思う。

原作を超えることが出来ないからだ。

でも、素晴らしい原作があるのに、ドラマで極端に表面的な表現しかしないのは、監督の怠慢である。


原作者は、命を削るようにして小説をつむぎだしている。

ドラマ製作者は、心して原作を拝読して、最大限ドラマに生かして欲しい。