旅の楽しさも人それぞれである。
私は、30年近く前の旅であっても、どこに行き、どこを周り、どんな列車に乗り、何を食べたかなど、殆ど記憶している。「学生時代に初めて北海道に渡った時、青函連絡船の中でハンバーグ定食を食べた」というような具合である。私は、誰でもみなそのように覚えている物だと思っていた。私だけが、記憶力が良いわけではなく、もっと記憶力の良い人はたくさん居る。むしろ、私は記憶力は悪い方だと思う。
しかし、先日ある人に新婚旅行の想い出を聞いて驚いた。北海道に行った事は記憶していたが、どこに行ったかも殆ど覚えてない。「函館と旭山動物園。そのくらいです。」と彼は言った。まさか、新婚旅行で2箇所しか観光地に行かない訳はなかろう。たとえ、彼がそうすると言っても、奥さんは許すはずは無いと思う。旭川まで行けば、層雲峡にも行きたいだろうし、富良野のラベンダーも見たいだろう。
ここで私は気付いた。同じ旅行をしても、人によって感じ方は全く違うのだ。初日の夜、何を食べたかを覚えている者もいれば、観光に行った場所も数箇所しか覚えていない人も居る。同じ洞爺湖を見ても、感動してそこで食べたかにラーメンまで覚えている人も居れば、行った事さえ忘れてしまう人もいる。
私のような旅行好きにとっては、旅は喜びや楽しみの連続であり、想い出があふれかえっている。しかし、興味の無い人にとっては、新婚旅行や家族旅行は義務を果たす為の行動でしかないのかもしれない。
日々旅にして、旅を棲家とす。
なんと素晴らしい人生だろうか。