立秋を過ぎても連日の暑さ

もちろんボクたちオートバイ乗りは知っている

日陰に秋の空気が淀んでいることを

信号待ちでジリジリと聞こえてくるような日差しに焙られても

ボクたちはこの瞬間を味わいたくてじっと夏に耐えて走るのだ

もう秋は目の前に来ている



またメジャーリーガーの話なんだけど

大谷翔平がドジャースに移籍が決まったころ

高校時代のエピソードとして目標達成シート(マンダラチャート)が話題になっていた

本人の発想だったのか周囲の助言だったのか

彼の目標「ドラフト1位指名を8球団から」に対して

一般的にアスリートに必要だとされる「心・技・体」を網羅した8個の題目と

その題目ごとにそれぞれ8個の具体的な行動目標が書き込まれていた

球速160キロ、コントロール、キレといったピッチャーの本質に関わる事だけでなく

ドラフトでより多くの指名をもらうためには

人間性や運も大切だと考えていたことが見て取れた

感謝、礼儀に始まり、道具を大切に使うとかゴミ拾いとか

一見野球とか、トッププレーヤーとかにマストとは思えない項目が並ぶ

けれど世界中の人が知っている

大谷翔平の素晴らしさはそのプレーだけでなくむしろ人間性の方だと

彼に目を奪われない人間なんておそらく一人もいないだろう

「神は細部に宿る」とはドイツの建築家ミース・ファンデルローエの言葉だが

大谷翔平の細部にはまさしく神が宿るようだと云えば持ち上げすぎか



大谷選手の話をしながらふと我に帰ると

本当にイヤになるくらい自分を恥ずかしく感じる

もちろんあれほどの存在は奇跡に近い

ボクたち(あなたも?)市井の人間には切ない話だ

けどね

市井の民には市井の民なりの努力もある

その価値や大きさは比べられるものではないはずだし

少なくとも得られるものだってあるだろう



ボクはオートバイが好きだから

オートバイで死にたくないと思っている

それと同時にオートバイに乗っている人みんなに死んでもらいたくないと考えている

大好きなオートバイに乗って死んではダメだよ

だから走る時は交通安全に留意し

いつもオートバイを確実に整備しておくように努力している

正しい経験を積んで予測運転の精度を上げたりすることも大切だ

けれど正直なところ事故に会う会わないはやはり「運」だったりもする

大谷翔平のマンダラチャートにも「運」というキーワードがあったように

あれほどの資質と実力を持つ超一流プレーヤーでも

人間である以上「運」の部分があると考えている訳だ

その具体的な行動目標として大谷選手は

あいさつ、ゴミ拾い、部屋そうじ、道具を大切に扱うなどを挙げる

これらは野球とはなんの関係もないようにも見えるし

逆に人間として社会人として当たり前だとも感じる

ボクたちオートバイ乗り

「運」を上げる必要はないか?

いや多いにあるだろう

なぜなら事故は「運」の部分もあるからだ



実際には何をどうすれば運が良くなるのかはわからない

お祓いを受けたりお札を授かるのもいいかもしれない

左足からブーツを履き左手からグローブをはめるとか

ジンクスやルーティーンなんかもある

正直逆に何もしていなくても

結局のところ「運」はどうなるものでもないのかもしれない

大谷くんだってゴミ拾いしたり部屋の掃除をしたりしたって

それでチャンスにクリーンヒットを繰り出せるとは思っていないだろう

それだったらバッティング練習に励み、対戦ピッチャーを研究した方が

遥かに効果的だと素人のボクでも思う

でも何か人知れず務めるストイックさに意味を感じることはある

かのイエス様も云われた

「自分の義を見られないために人の前で行わないように、注意しなさい」

さらには「右手のしていることを左手にさえ知られるな」と仰る

そうしてこそ神が細部に、ほんの少し宿らないかな、と思う訳だ

けれどオートバイの事故だって「運」まかせではなく防げるものも実は多い

単独の自爆事故や一旦停止無視みたいな自殺行為の事故もある

右直の事故でもニュース映像で原型が無くなるほど潰れたオートバイを見る

オートバイを操る技術

雑多で混沌とした混合交通を走る経験値

本来はそういった具体的な取り組みで事故にあう確率を下げるべきだ

そんな姿勢でオートバイに向き合っているだろうか

そこでボクが思うのはこんなことだ



誰かの後ろに付いて走っていたり

すれ違うオートバイを見送ったりしていると

とても気になることがある

「爪先」だ

爪先が外に向いて開いたいわゆる逆「ハ」の字になっていたり

これも案外多いんだけど

その爪先がステップより下に(シフトアップの時みたいに)突き出したようになっている

これは全くの個人的な印象だが

オートバイへの向き合い方があの爪先に見て取れるような気がするのだ

なにも教習所で習ったことを蔑ろにするな、と云いたい訳じゃない

あの爪先のみっともなさ、だらしなさ、無頓着さに寒気がするのだ

何度も云うけど個人的な印象に過ぎないと念を押す

ご本人がどういう意識でああなっているのかは知らないしどうでも良い

でもボクはとてもあんなみっともない格好で

大好きなオートバイに向き合いたくはないと考える

それこそ「運」が逃げていきそうだ

第一、あれは本当にカッコ悪いよ



土踏まずをステップに乗せて爪先を前へ向けペダルの上に置く(ペダルに触れてはいない)

素早く踏みかえられるなら母趾球でステップを踏んで踵をフレームに当ててもいい

疲れてくるとどうしてもああなるというなら休憩すべきだ

爪先を前へ向けると自然に股関節が閉まる

大切なのはむしろこっちで

股関節を閉めることで下半身全体がオートバイに自然に密着する

爪先を前に向けていればニーグリップを意識する必要はない

技術的にも理にかなっているし

とにかくオートバイ乗りとして真摯にオートバイと向き合っている感じに

好感が持てるし憧れてしまう

もちろん好感を持たれたくてやっているつもりはないんだけどね

ステップに置いた爪先を前へ向ける

それはボクのオートバイへの敬意と畏怖、愛情と恐怖の表現だ



まあとにかく事故にはくれぐれも気を付けよう

むかし読んだ本にオートバイに乗る人の寿命は乗らない人より7年短いとあった

これは病気にかかるのではなく事故で命を落とすという意味なのだろう

特に若い人は周りの人の人生をも大きく変えてしまうことが多い

オートバイで死んではだめだよ

気を付けて、気を付けて

今日も大切な人が待つ家へ帰り着こう




猛暑日という言葉もそろそろ定義を変える時期に来ている気がする

35℃なんて当たり前なんだからただの夏日でいいんじゃない

もうこれからは37℃以上で猛暑日だね

やっぱり体温越えてるかどうかは明確に違う

体温越えの気温ではヒトのホメオスタシスは機能しない感じがしている

オートバイは真夏はオフシーズン

エアコン効かせた部屋の中で妄想は膨らむばかりだ



サンディエゴ・パドレスのピッチャー ダルビッシュ有と

元WBC日本チーム監督の栗山英樹との対談記事をネットで読んだ

印象的だったのは多くは野球経験者であるコーチではなく

データ収集や分析が役割のアナリストをスペシャリストと云っていたこと

自分の感覚と科学的分析を照らし合わせ

そこから課題を見つけ改善点を探っていくやり方は

今のメジャーリーグでは普通のことだと教えてくれる

経験も大切だがその裏付けに科学的なものを持っている必要があると

ダルビッシュは云い切っていた



オートバイのコーナリングは奥が深い

それはヒトの感覚と物理法則という相容れ難い要素を持つからか

またはライダーとマシンそれぞれの重心と運動系を持つからか

ライディングがスポーツであるなら

やはり科学的な分析や裏付けは必要ではないかと思う

恥ずかしいからあまり大きな声では云わないけど

オートバイのことがなんでそこまで好きなのかと云えば

操ることの面白さなんだと思っている

上手くいったり下手クソだったり

どこかで何かをカジってきてはそれを試しながら走る

そんなことをもう40年近くやっているような気がする

辻司、根本健、和歌山利宏

ボクの理論の柱はこの人たちの「言葉」だ

どうにもしっくりこないのは

佐川健太郎(ケニーとか自分で云ってる痛いオッサン)、柏秀樹

あとはほとんどの元レーサーたち

そもそもレーサーなんて科学以前に自分の感覚だけで走れている人が多い気がする

あの人たちにひとを教えることなど所詮無理なのだと思う

そもそも感覚を表現する「言葉」(理論)を持ち合わせていない

ライダーは進入で「Dive into the corner」して

「Get the inside」で旋回する、なんて文章に寒気がする

云っていることは感覚としてはわかる

でもこれが「ライディングの科学」の一節とは到底信じがたい話だ

そもそもヒトの感覚はめいめい大なり小なり異なっているものだ

だからライディングにも科学的な根拠が必要な時期にそろそろ来ている

コーナリングとはオートバイの運動なのか

それともヒト(ライダー)の動作なのか



ヤマハのモトボットの研究は

コーナリング論争に大きな楔を打った

オートバイが直進の安定状態から

どうやってリーンを開始し旋回に移ろうとするかを「科学的」に解明した

それどころかライダーの体重移動が実は不要だとも結論付けていた

旋回へ移行したオートバイが自分で曲がっていく(セルフステア)ことも

ステアリング軸とフロントフォークのオフセットや

キャスターアングルなどの操舵系の構造や

キャンバースラストやスリップアングル

オーバーターニングモーメントなどのタイヤが生む様々な作用で説明可能

グリップの強度もセルフアライニングトルクの増減でライダーは知ることが出来る

しかし本当にジオメトリーだけでオートバイが走るなら

ライディングのミスはなぜ起こるのだろうか

オートバイの動きだけにフォーカスされすぎて

体重移動なしに可能というだけで

ライダーがそこに関わるファクターを蔑ろにしていないだろうか

たとえは唐突だけれど

愛のない結婚は可能だとしても

そのことが男女間の結びつきに愛が不要だとは云えない

この位レベルの低い論理に聞こえるのはどうしてなのかな

読めば読むほど突っ込みどころがまだまだ満載な結論に感じるのだ



とりあえずこのステアリングのトルクステア制御に関しては

以前から倒し込みの方法として云われてきたもので

逆操舵とかカウンターステア、フェイントステアなんていう

クルマのドラテクでは別の意味に使われている言葉で表現されていた

辻司の「ベストライディングの探求」(1985年刊)

ボクのライディング探求はここから始まっているけど

その中にすでに「あて舵」と紹介されている

モトボットを引き合いに出して

オートバイのコーナリングは体重移動ではなく

このあて舵とセルフステアのバランスをとってコーナリングするのだ

と云い張る人は一定数いるが本当にそんなことが可能だろうか

もしくは速度域が人の認知能力をはるかに下回る極低速での話をしているのだろうか

公道のほとんどのコーナーがブラインド(出口まで見渡せない)の状況で

一瞬たりとも状況判断を遅らせられずもちろん見誤ることもなく

コーナーに合わせてステアリングトルクをコントロールするなど

コンピューターとセンサーなくして不可能だ

たとえ50km/hでも1秒間に14mも進んでしまうんだよ

鈴鹿の130Rに180km/hで進入してみたらいい

ちがうかな、どうだろう

ベストライディングの探求の辻さんのすごいところは

ただステアリングを押すのではなく

体重移動のための身体の移動と同時にグリップを押せと書いているところ

これは感覚と一致した動作に思える

だけどね

その辻さんもライダーが筋肉を動かしてすることと

そのフィードバックを感じることを混同してしまっている

これ、よくある「ライディングテクニック表現の誤謬」

運動神経を使ってすることとその結果、感覚(知覚)神経が感じるフィードバックを

同一視、もしくは混同している

しかも辻さんは(ボクは辻さんリスペクトしていますけど)

コーナリングのきっかけはイン側ステップへの荷重だ、と断言している

ご丁寧に、荷重と踏んずけるは違うから気を付けてとまで書いている

意図するところは間違ってないのだろう

でも、踏んずけずに荷重するは正直わかりにくい

なぜか

それはイン側ステップへの荷重は体重移動の結果であって

イン側の足からの感覚神経のリアクションに過ぎないからだ

言葉が定義されてもおらず使い方も曖昧

それよりももっとダメなのは

イン側ステップに荷重はしないでしょ?

イン側の足って基本ぶらぶらだよね、だってライダーは基本シートに乗っかてるから

極低速での車体コントロール以外でイン側ステップに乗る事ってないと思うけど

ちがう?

身体がロールしていく動きをイン側ステップへの荷重と感じて(考えて)しまっているだけで

内尻(ほんとは股関節)か外側の膝とか脚とかに荷重されてないかな

(オートバイに触れているのはそこだけだから)



佐川何某のライディングメソッドにダメだしするというブログ記事をたまたま見つけた

(佐川健太郎氏「バイクテク」にダメだし☆はじかれる反論)

おそらく骨格とか筋肉なんかの運動学を学んだ人だと思うんだけど

(ご本人は動作研究者、パフォーマーと名乗られておられる)

この記事に出会ってボクは興奮した

それはコーナリングの科学とはヒトの動作の科学だとうっすら感じていたからだろうか

コーナーへ向けてライダーが重心を移す動作は

彼が書いていたとおり「背骨を弓なりにする」ことが必要だろう

左へ重心を移動するのなら(左コーナーへ向けて)左の脇腹を開くような格好になる

(ここが重要なんだけど)特に意識は必要ない

意識するなら左肩関節(左上腕)が内旋し肩甲骨がずり上がることと

その結果として上半身のスパイラルライン(筋膜の連鎖)によって

骨盤の右側が肩に近付こうとする(引き上げられる)こと

つまり骨盤は左足の股関節を軸にして左へ回旋する



わかりにくいね

左カーブへ進入する時

背骨を弓なりにして左脇腹を付きだす(左に凸)ってこと

その時、左の肩と骨盤の右側が互いに引き合うような動きになっているかがポイント

違うかもしれない

でもこうするだけですべての辻褄が合う

イン側の肩を内旋する動きはあて舵になるし

イン側の肩がずり上がりアウト側は下がる

イン側の股関節に荷重を感じ

タンクがあればアウト側の膝や脚全体を介してそこに荷重が乗る

ただし下半身は実は何もしなくてもいい

骨盤は上半身の動きに合わせて動くはずだからだ

しっかり重心移動の動きが出来ていると

オートバイは経験したことがないほどスムースにコーナリングしていく

これは右利きの人が左にコーナリングする時顕著に分かる

どこにも力みのない、だから恐怖心や疑念もない

無重力のような気持のよい世界にいられる

力みが無いので対向車や路面の変化にも落ち着いて対処が出来るし

そもそもコーナリングスピードがあきらかに上がっているのを感じる

深く突っ込んで一気に向きを変えて旋回を楽しめるのだ

手足の使い方や頭の位置

ブレーキングだったりトラクションだったり

各論的なものも知識としてはあった方がいいと思うけど

そこではそんなすべてが完成されたパズルのようにピタリと嵌まっていることに気付くだろう

コーナリングを科学的に解析するとはいえ

コーナリングをあまり複雑に考えるのはやはり違う

鈴鹿8耐を久しぶりに最初から最後まで見たけど

ライダーたちの動きはみんなシンプルでナチュラルだった

コーナリングに必要な科学的根拠

それは結果的に気持ち良いコーナリングになっているはずだ



ただもちろんこれは結論ではない

なぜかといえば

やはりオートバイがそれ自身で曲がろうとするメカニズムは確かにあるからだ

そしてそこへライダーが動きを合わせているだけなのだという感覚もある

けれど直進状態の安定からコーナリング状態への安定へ移行するためには

絶対にヒト(ライダー)の意志とアクションが必要だ

オートバイが曲がるのか

ライダーがオートバイを曲げるのか

と云えばやはりライダーがコーナリングさせているのではないのだろうか



ながながと独りよがりな机上の空論をお読みいただきありがとうございます

興味がある方は一度お試しあれ

交差点の左折で左の脇腹を付きだすだけで

(無意識なのに)ステアリングが大きく右に振り出され

次の刹那には何事もなく左へステアしていくのを体感した時

確実な重心移動の大切さを目の当たりにしてしまって興奮したって訳です



オートバイは基本的には雪や氷の路面はむずかしいので

冬には走りに行く場所が限られてしまっていて

なんとなく「オフシーズン」みたいな感じになるけど

逆に夏は夏で、どこへだって行けるんだけど

日中は暑くてとてもじゃないけど長い距離は遠慮したいね

アタマをすっぽりヘルメットで包み

足には革の分厚いブーツとくれば

狂気の沙汰にも見える

剥き出しのエンジンやマフラーからは容赦なく熱が襲い

水冷オートバイなんてことになると

渋滞で嵌まっている時にかぎって冷却ファンが止まらない

股間をマジで火傷することがある

走っていられれば良いのだけれどね

およそ市街地を炎天下に走ることは避けたい



けれど見方を変えれば

夏の暑い時期に太陽に焙られながら

オートバイで走るのも実はそう悪くない

(でた!アマノジャック!)

走り出した瞬間の涼しさは格別で

「ああ、夏だ」

と実感させてくれるし

夏の暑さは冬の寒さと一緒で

厳しければ厳しいほど楽しい

実際、ヘルメットの中を伝い落ちる汗に思わず笑ってしまうなんてこともある

やれ水分補給だ、やれこまめな休憩だ

ヤイのヤイのうるさい昨今だけど

これくらいの暑さを乗り切れるくらいの体力と健康は持っていたい

良く食べ、良く汗をかき、よく眠る

これは良い生き方、良い人生にもつながる

「異常気象」とか云ってないで健常者なら普通に乗り切れ

ましてやこんな夏にオートバイで走り回りたいならなおさらだ

ライダーは身体が資本

このあいだ北海道へ行ったとき

フェリーで乗り合わせたライダーはご多聞に漏れず

ほぼ中高年だったんだけど

長年乗り続けた彼らの年季の入った相棒といい、その無駄のない立ち回りと云い

みなベテランの雰囲気が好ましかった

そしてやはり一様に大柄でがっしりとした身体つきをしているように見えたが

これこそが長くオートバイに親しむための資質なのだと改めて感じた

ロートルライダーたちがライディングの腕を磨きながら

老いていく身体のケアにも努力しているとはよく聞く話だ

燃料、荷物を含めて250㎏超の車体を

坂や段差にも対処しながら押し引き出来る筋力は必須だし

一日中炎天下や風雨の中を走り切る体力気力もいる



クロ介(BMW R100)

ジェネレーターのコイルが死んで交換した

修理に出す間にタイヤの交換もしてもらった

ミシュランのバイアスタイヤ ロードクラシック

現在のタイヤの選択肢は基本的にはこいつかブリジストンのBT46の2択

ミシュランは今回2回目だ

少し操縦感にクセのあるタイヤで気に入っている



口コミなんかを見るとファーストインプレッションで

切り返しや起すのが重いとか

セルフステアが強いといった

おそらくネガティブな感想が多い

たしかにいつもどおりコーナーに入ろうとすると

身体が反応しないうちにフロントが切れてそのまま切れ込もうとする動きを感じる

またその動きに身体を追従させると今度はそのあとにリアが妙な動きをする

する、というか感覚的に受け入れがたい挙動に感じるみたいだ

けれど、もしそう感じるならフロントの動きを少しだけ弱めて

リアが旋回するリズムにフロントを追随させると

目からウロコの旋回を見せてくれると思う(RSC=リアステアクラブ員なもんですから)

フロントの動きをコントロールする(ステアトルク制御)というと難しく聞こえるけど

これは感覚的にできる動きなので

無意識ではなくそれを意識的にやる気になることが大切だ

(実際は意識するだけで特に何もしなくても、そうなってくれることが多い)

旋回のはなしがしたいけど、ちょっとここで飛行機のはなし


(自衛隊HPから画像拝借)

旋回する飛行機が空中でバンクしているのを見たことがあると思うが

体重移動でバンクしてるわけでなく(当たり前)

エルロンという補助翼を使ってバンク(ロール)させている

ラダー(方向舵)を操作するだけだとヨー方向に機体をよじるけどほとんど曲がらないが

機体を進みたい方向へバンクさせながらラダーを切ると滑らかに旋回していく

パイロットは横滑り計(ボール)をみて(ベテランは感覚的に分かるけど)

バンクと旋回の効率を最適化(バランス)させている(実際にはエレベーターも使う)

すなわち飛行機の旋回はロール、ヨー、ピッチすべてを同時にコントロールすることで成立しているのだ。



バンクするだけ、舵を切るだけ、では旋回しない

そうオートバイと同じだ

オートバイもバンクだけでは旋回できず舵角が必要

さらには遠心力の反力であるグリップ力(内向力)なんてものもある

しかもセルフステアとバンク角がリニアにリンクしているわけではなく

ともすると寝かせれば効率が上がると思いがちだがそれがそうでもない

やはりスピードとバンクと舵角の関係は複雑なのだ

だからバンクさせ遠心力につり合い舵角をつけて旋回する一連の動きは

すべてがほぼ同時に進行していく

どこでバンクを止めどこから旋回を強め、とコマ送りのようには進まない

けれど人間のセンサーは案外正確で

効率の良い旋回は気持ちいいと感じられるような気がする

そしてそれを繰り返すことでこの複雑な力学を無意識に操れるようになる



舵が切れる力(セルフステア)を舵を保持すること(保舵)でコントロールする

その動きはそのままリーンアングルをコントロールすることになる

カウンターステアとか逆操舵とかいう怖ろしい言葉とやっていることは同じだけれど

リーンアングルを作るための体重移動と保舵はみな無意識にやっていることだ

けれど路外逸脱や正面衝突の事故の記事を目にするたびに

ただ何となく曲がれているライダーが多いのかも、とも思ってしまう

前にも書いたけどライディングテクニックの記事の用語はかなり危うい

「加重」なのか「荷重」なのか「反力」なのか

感覚を言葉にする難しさが未消化のまま

プロライダーの肩書でそれらしい造語を使われると

それだけでその意味不明な用語がまかり通ってしまうように見える

「イン側のステップに荷重をかける」

これ、意味わかります?

もっとひどいのだと「イン側のステップを踏む」って書いてある

ステップを踏んずける?

どこを支点にして踏むの?

椅子に座った状態で言葉のとおり試してみればわかるけど

右足で床を踏むと左の尻が硬直する(左足が浮くかも)

この時右足に掛けた力と左の尻にかかった力は釣り合っているはずだ

これでは体重移動にならない

だから「イン側のステップに荷重をかける」では伝わらない人がいるってことだ

まともな人ほど頭の中が「?」でいっぱいになる

(イン側ステップへ荷重するのはないと思うけど、基本ぶらんぶらんでしょ)

「タンクに当たった外側の膝を内へ押し込むように荷重する」

これも一緒だ

そもそもやり方が分からない

片側だけニーグリップを強めるのと何が違うのか?

コーナリング中に外側の膝に力を入れてタンクを押している人がいると思う

膝を内側に閉めると爪先が外にけられるから

そうね、これもプラマイゼロで荷重はのらない

(でも深いバンク角ならここへの荷重は実はかなり強い)

そもそも「荷重」って何?

構造物にかかる力(重さ)のことだ

だから荷重は間違ってない

ただ「加重」はちょっと違うかも



とにかくコーナリングはすべてが同時進行する

同時進行だけど進入と旋回では明確に異なる

ツインリンクもてぎのダウンヒルストレートから90°コーナーを見ていると

フルブレーキングからコーナーに向けて進入する動作から

ある一点で急にバンク角を深めグリっと向きを変えるのがわかる

セルフステアを殺しながらコーナー深く進入し

一気に保舵を緩めて(0ではない)セルフステアを優位にして旋回力を強める

ここがまさに向き変えポイントになる

 

なんかロードクラシックの性格を説明したかっただけなのに

メンドクサイ話になってしまったな

ロードクラシックのやや強いセルフステアを活かすには

コーナー進入での保舵(ステアトルク制御)を少し意識的に強め

いつもより少し奥へ向き変えポイントを設定してはどうか

そうすれば旋回ポイントでそれを一気に解き放った時

持ち味の鋭い旋回力を活かせませんか?という提案だ

スーッと弧を描くようにフロントが意外な速さで回り込んでくる感覚は快感を伴い

リアタイヤと車体の動きにリンクした効率の良い旋回を生んでくれる

これをわかってもらいたいな、と思っただけなんだけどね

とにかくクイックな向き変えばかりを意識していると

ついそのタイミングが早くなりがちだ(インに付くのが早すぎる)と思う

このロードクラシックのセルフステアが強いのは事実なので

それをしっかり活かす組み立てで走れば

BT46なんて味も素っ気もないと感じると思うけどなー


 



雨の季節に入ったようだね

田んぼの稲たちもこれまでは疎らで頼りない葉を風に揺らしていたが

ここに来てずいぶん株がしっかりとしてきたように見える

ねむの木に鮮やかな桃色の花が咲き

夏の野草も次々と花をつけている



路傍にこんなでかい実をつける木を発見

なんだと思う?

これ、クルミだってさ

硬いタネは馴染みがあるけどこいつは知らなかった

それにしても梅雨とはいえ

オートバイで走ると風の涼しさが際立って

さわやかな心地がする夏の入口

列島に横たわる梅雨前線の位置を見れば

いまの空気が爽やかなのかジメジメモワーんなのかすぐにわかる

そう、今日は前線の北側にいるんだね

雨の合間を縫って

少しでも走っておこうと

天気が回復すればすぐに山へ向かうのだが

もちろん雨のすぐ後は実はあまり楽しくはない

山陰(やまかげ)や森の中は路面が乾ききらず

落ちた枯れ枝や流れ出た土砂で気をつかう

山水(やまみず)が洗い越す場所も多くて

すね辺りがびしょ濡れなんて目にも合う

第一、 オートバイが泥でキチャなくなるじゃん



今日は久しぶりにクロ介(BMW R100)

20日ぶり

最近SRに乗ることが多くて

下半身がSRに馴染んでしまっているらしいのか

走り初めに一体感を試すコーナーでさすがに違和感を感じた

いま履いているミシュランのロードクラシック

少しクセがある

腕と上半身、それと下半身の動きが

ロードクラシックの接地点の移動のスピード(速い)に合っていないと

カラダがオートバイを異常と感じて

アタマが「?」てことになる

それに加えて路面状況が悪いとくれば

なかなかブランクを埋めることが出来ず

家に戻るころにやっとアジャストできたかな、なんて感じだ



それと今日はもう一つ心配な症状が出た

ひとつ峠を越えた先の直線路で

電圧計の針が11.0Vを指していることに気付いた

うん?と思いライトを消してみたが11.5Vくらいにしかならない

4速に入れて回転が3000rpmに落ちた時

チャージランプがうっすらと点灯しているのを見つけた

「レクティファイヤーだな」

おそらくしっかり充電されておらずほぼバッテリーだけで走っている

ここから家まで40km弱

ぜんぜん行ける距離

クロ介の発電ユニットは発電量を制限するレギュレーターと

発電流を整流するレクティファイヤー(ダイオードボード)が別になっている

レクティファイヤーはエンジンケースの中に置かれているが

熱に弱いレギュレーターは別にしたかったんじゃあないのかな

どのみち素人の推察に過ぎないのでどうでも良いことだけど

で、そのレクティファイヤーも定番トラブルのひとつ

レクティファイヤー自体よりそれを固定するためのステーが問題

電装パーツなのでやはり振動や熱は大敵

あのエンジンケースの中では条件は最悪かとも思うが

R90リリース時に増える振動の対策として

BMWがステーをゴム脚に変更した

これが多分失敗

失敗ではないか

いずれにしてもゴムなので30年を超えて耐えられる訳がない

劣化してくると振動で折れ(ちぎれる)

そして脚が折れて倒れたボードからリークしたりショートしたりして

レクティファイヤーが壊れる(ダイオードが死ぬ)



けれどそんな症状もその後すぐに何事もなく元に戻った

何やねん?

で、翌日テックMCに相談に向かったらまた壊れた

今度はイグニッションONでチャージランプが付かない

こうなればワンチャン(?)球切れの可能性も出てきたが

ローターコイルの断線なんて最悪もある

このローターコイルの断線は意外と定番トラブル

実はボク、この充電系のパーツはほぼ中古品を持っている

ローター、ステーターコイル

ブラシとバネもまだまだ使える

レクティファイヤー、レギュレーター

もちろんチャージランプの球は予備がある(意外にレアなワット数3Wジャスト)

だから球はすぐに試したんだけど

残念ながらダメだった

まあローターかなー?

ということでクロ介はしばらく入院になりそうだ

手持ちの部品と一緒に預けてきた



でいつも仕事の速いテックMC

結果もう帰ってきたクロ介

次の日には原因もわかって修理完了連絡

果たしてローターコイルの断線による発電不能だった

手持ちの中古部品で修理できたので工賃だけで助かった

でもついでにタイヤ交換もお願いしといたので

そっちが悲鳴の金額

タイヤ

ヤバいくらい値上がりしている

そして新品になってタイヤのプロファイルもしっかりデフォルトになった

ミシュラン ロードクラシック

やっぱり最初は手強い

すごくリーンしたがるし、その割に起き上ってこない

でも起き上がってこない(重い)と云うのは実は感覚的なことで

アクション(ハンドルやステップへの作用)を与えれば即座に素早く反応してくれる

SR400みたいに車体が反応してない重さとは質が違う

因みにSR400でリーンの深いコーナーから

すぐに逆方向の深いコーナーに切り返すような場合

最初のコーナーを捨てて切り返しからの次のコーナーに照準を合わせるべきだね

1個目の進入で遅くなって後ろから突かれても

素早く切り返して逆方向の2個目で強く加速脱出する方が楽しいし

その方がSRらしい

ああ、どうでもいいか

とにかく、しっくりこない感じがさらに強まったことは確か

タイヤの慣らしも含めてじっくりまた乗り込むしかないな


 



本州に住む者にとって

北海道とその他の地との決定的な違いはここだ

自宅の前の道路にオートバイを出して

いつもの路地を抜け、幹線の国道へ出る

そのまま野を越え山を越え

いつかの街を行き過ぎて

海を越える大きな橋を渡ったり

まだ見ぬ地につながる道路を走り抜け

そしてもうここより先に道はないと辿り着いた先に

ぽかりと浮かぶ海の向こうの大きな島



ツーリングをしていると

ずいぶん遠くまで来ちまった、と感慨に耽る時があるが

それは家の前からこんなところまで「道」はつながっているのだ

という事への感慨でもある

そして最果ての岬の先に浮かぶあの大地へは

その「道」はなんと繋がらないのだ

北海道とそれ以外の地の決定的な違い

それは「道が繋がっているのか、いないのか」だ





北海道が島ならば船に乗り込む必要がある

北海道を目指す長距離フェリーの航路にはいくつかあるが

愛知に住むボクには名古屋港から出る太平洋フェリーが馴染みだ

全長が200mもある巨大な船

4層の船倉の上に4つのデッキがある

家から名古屋港のフェリーターミナルまでは約50kmで1時間強

ごみごみした名古屋へのアプローチと工業地帯の通過で案外疲弊する

しかもフェリーへの積み込みの都合で出航時刻90分前の集合が課せられている

ここからすでに「待ち」の過剰債務だ

乗船手続きが午後5時前に終わるとすると

苫小牧港で下船するまであと42時間もある

今回は午後6時過ぎの乗船だったので

外界とシャットアウトされた「禁固41時間」の刑だ

なにを大袈裟な、と思うだろうが

翌朝、房総半島沖を航行するフェリーから太平洋を眺めてみればわかる

海以外のものは何も見えず、視界にはただ水平線だけが左右に広がる世界

この海の向こうは「アメリカ」なのだよ

身体の奥深くから湧き上がる正体不明の恐怖

「広場恐怖症」というこころの病があるそうだが

そうでなくても自分が置かれている状況の怖ろしさに不安になるだろう

左舷を見ればかろうじて陸地が見られる

けれど2kmはあるかな、あの岸まで

ボクには絶対泳ぎ切れない



かく云うもののこんな巨大フェリーの船長は実は相当信頼できる

海技士1級免許を持つ者しか船長にはなれない

パイロットもそうだけど、こんな危うい乗り物を

信頼に足る乗り物にしているのは彼らのおかげだ

だからもちろんフェリーは心配ではない

問題はあまりに暇すぎて心に変調をきたす程だという事

ボクは気にならないけどモバイルの電波もあまりつながらない

(携帯電話の頃よりはずいぶん改善されたけどね)

それにエンジンなのかスクリュ―なのか

ずーっと小刻みに縦揺れがある

それは乗り物だから当たり前なんだけど

電車やバスと違って2日間ブッとおしの振動

これ案外慣れない

あと、立つとよくわかるけどやっぱり長い周期の揺れが絶えず来る

印象では房総沖がいちばん揺れる

潮目の関係ではないかしら(知らんけど)

とにかく閉じ込められ逃げ場を失いながら

延々と縦揺れをかまされるとやっぱりメンタルの弱いボクは

得体のしれない強迫観念に襲われて

落ち着かなく不安定な感情に陥ってしまう

北海道への着岸が待ち遠しいというより

どうしてわざわざこんな目にあいながら北海道へ行くのか

もう自分でもわからなくなってしまうのだ



けれど気分転換と考え直して大浴場へ行ってみたら本当に一瞬で気分がすっきりし

その勢いで食堂に行きバイキングを楽しみながらビールを空けるとすっかり元気になった

まー所詮その程度の落ち込みだ

そうして我慢に我慢を重ね

延々と時間を浪費すること41時間

薄暗い船倉のかなたにぽっかり開いたゲートから

本当に「空っぽ」な気持ちで北海道の大地へと

オートバイを走り出させる

「ただいま、待たせたな北海道、約束どおりまた来たぜ」とつぶやく

そして5分後には支笏湖へ続く樹海の中の真っすぐな道にいるのだ

芽吹いたばかりの新緑の木々

少し冷たく感じる空気と青い空

「ああ、やっぱり北海道は特別だな」と

その時唐突にそして改めて感じるのだ



答えになっていない?

そうだね、ぜんぜん意味が分からない

道が繋がっておらず

フェリーに40時間も揺られて廃人同然となって送り込まれる大きな島

でもこれ以外に北海道がその他の場所とは違う特別さは思いつかない

だって、これってやっぱり特別じゃない?

フェリーの中でぼんやり音楽を聴いたり本を読んだり

ご飯を食べ、酒を飲み、寝台でテレビを眺め

そんなさなか、ふと暗く湿った船倉で

同じように時を待つ相棒のこと(オートバイね)を考える

起きてるかな?それともずーっとウトウトしていやがるのかな?

大きな荷物を積んだまま置いてきたから身体が痺れたとか文句云うかな?

こんなオートバイとの濃密な時間は北海道ツーリングならではと思うけどな



もう北海道へ行くこともないだろうと走り始めたが

やはり機会があればもう1回は行きたい

まだ道南が走れていないのと能取岬へ行けなかった(コンディション最悪のため)ので

少し心残りがある

機会があれば、なんて云ってる年齢ではないか

うん、なんとかしてここ数年内には計画しよう

北海道は楽しかった