【課題】叔父
【本文枚数】15枚
【人物】
徳永駿(19)デビュー2年目の騎手
徳永克己(36)駿の叔父
徳永駒子(41)駿の母
堂島伸二(44)調教師
内野圭太(19)駿の同期騎手
厩務員
アナウンサー
 
 
〈一流の背中〉
  
 
○栗東トレーニングセンター(冬の早朝)
数百頭の馬と人々が、道路を行き交っている。角馬場を周回する人馬の白い息が、暁に立ち込めている。鞍上の徳永駿(19)と徳永克己(36)が、馬群に混じり、並んで坂路へと進んでいく。
克己「おい、駿。さっき堂島のテキに挨拶せんかったやろ。挨拶が出来ん奴は何やってもあかん。始めにそう教えたはずやぞ」
駿「マインドブレイカーの主戦外されたんや」
克己「乗り替わりは、この世界じゃ日常茶飯事やろ。先のある馬なら尚更、実績のある乗り役が就くのは当たり前やないか」
駿「あの馬は俺が調教つけて、新馬戦を勝たせたんや。何の説明もなしに乗り替わるのは、なんぼ若手の俺でも納得できんっ!」
克己「……とにかく、ちゃんと挨拶して来い」
駿、前方を睨むと、馬に鐙で指示を出し、速歩で前の馬を追い抜いて行く。
嘶く馬を宥め、駿の背中を見送る克己。
 
○栗東トレセン・堂島厩舎洗い場中(朝)
厩務員に洗われている馬の脚元を熱心に見ている堂島伸二(44)。
堂島厩舎につかつかと入って来た駿が、堂島の側で立ち止まり、
駿「おはようございます!」
顎に手を当てた堂島は無視を決め込み、相変わらず馬を観察している。
僅かに片眉を引き上げた駿が、堂島と馬の間に素早く割って入る。
駿「テキ! おはようございます!」
首を伸ばし、駿を避けて馬を見る堂島。駿、堂島の眼前にグイと顔を寄せ、
駿「(大声)おはようございますっ!」
驚き、僅かに首を竦ませる堂島。
厩務員の声「はは。何や、駿、マインドブレイカーにわざわざ挨拶しに来てくれたんか」
駿、身を翻し、鼻先を寄せるマインドブレイカーを撫でる。その背後で顔を引き攣らせる堂島。笑っている厩務員。
 
○栗東トレセン・堂島厩舎事務所中
笑顔で事務所に入って来る克己。椅子に座った堂島が苦い顔で腕組みし、
堂島「駿、来よったぞ。生意気なやっちゃで!」
克己「すみません。向こう意気ばっかり強うて……。あいつは、まだまだ子供です」
帽子を取り、丁寧に頭を下げる克己。
堂島「期待しとる分、余計に腹が立つわ! なんぼ光るもんがあっても、克ちゃんの甥やなかったら、うちの馬には乗せてへん!」
 
○徳永家・居間(夕)
炬燵に入り、競馬のパトロール映像を見ている駿と克己。
駿「ほら! 馬が縒れとんのに、岩出さんが修正せんから、俺の馬が怯んで足が止った」
克己「若駒が縒れるんは想定内やろが……。実際、馬体もぶつかっとらんし、こんなもん危険騎乗の内に入らん」
不貞腐れて、リモコンを引っ掴む駿。克己、駿からリモコンを取り上げ、パトロール映像を再生する。
克己「駿、自分の騎乗姿勢を見てみろ。馬と体の間に無駄な隙間があるやろ。屋根のバランスが崩れたから、馬が走り難そうや」
不貞腐れながらも、画面を見る駿。
克己「岩出は馬が縒れても、きちんと姿勢を保っとる。このレースの勝ち負けは、騎手の技量の差や。お前が下手糞なんや」
信じられないという表情で、克己を見る駿。克己、駿を見据え、淡々と、
克己「負けを人のせいにするくらいなら、騎手なんか辞めてしまえ。まずは、まともに上体も畳めん、その硬い体を何とかせい」
徳永駒子(41)が、扉から顔を覗かせ、
駒子「克ちゃん、今晩うちでご飯食べて行くやろ? あら? お取り込み中やった?」
克己「いいや、何もない。食わせてもらう代わりに、姉ちゃんの手伝いでもしようかな」
駒子を追って、居間を出て行く克己。真剣な表情で、何度も映像を見返す駿。
 
○中山競馬場・パドック全景
犇めく観客。パドックを周回する人馬。
T・2013年 有馬記念(GⅠ)
 
○中山競馬場・騎手控室中
立ったまま、モニターを見上げる駿。映像には、馬に跨り、パドックを周回する克己の姿。内野圭太(19)が来て、駿の横に並び、モニターを見上げる。
内野「オグリノホマレ、鞍上が克己さんなら、最後に一発、あるかもしれんなぁ」
駿「嘗ては怪物でも、引退が決まるくらいや。オグリに全盛期の力はない。克己さん、ほんまはリボルバーの依頼も来てたんやで」
内野「俺ならリボルバーを選んでしまうわ……」
駿「当たり前や。それを、先に依頼をくれたのはオグリのオーナーやから言うて……」
内野「俺、克己さんのそういう所、好きや。お前はええな。あんな人の側で競馬学べて」
モニターを睨み、複雑な表情の駿。
 
○中山競馬場・芝ターフ中
ゲートに納まっていく人馬。ゲートが開くと同時に、沸き上がる大歓声。
内芝に殺到する馬群の中で、他馬の接触を受けたオグリノホマレが躓く。
 
○中山競馬場・騎手控室中
駿「あ! 危なっ!」
映像の中の克己が、すぐに態勢を立て直す。固唾を飲んで見守る駿と騎手達。
 
○中山競馬場・芝ターフ中
4コーナーを曲がり、直線に向くと、一斉に馬を追い始める騎手達。懸命に鞭を入れる克己が、先頭馬群に並びかける。残り10m、追いまくる騎手達の中で、克己は追う手を止める。
 
○中山競馬場・騎手控室中
モニターを睨む駿の顔が困惑に歪む。
駿「何でや!おっちゃん、何で追わんのや!」
 
○中山競馬場・芝ターフ中
克己、ゴール直前で手綱を一気に引き絞ると、手放す様に緩める。最後の1完歩でオグリノホマレが鋭く伸び、鼻先数㎝でリボルバーを差し切る。
克己、“よし”という様に、一度だけ奥歯を噛み締めると、馬にブレーキを掛け、大盛り上がりの大観衆の前を、何事もなかったかの様に行き過ぎる。
観客の声「(大合唱)オグリ!克己!オグリ!」
 
○中山競馬場・騎手控室中
アナウンサーの声「凄い凄い!最後の最後で怪物復活! 奇跡の立役者は徳永克己!」
内野「オグリ、勝ちよった。凄いレースや……」
茫然とする内野を置いて、駆け出す駿。
 
○中山競馬場・着順指定エリア中
克己、突っ立っている駿に馬上から鞭を投げて寄越す。慌てて受け取る駿。
克己、馬の首を撫でて労い、下馬すると、堂島や号泣する馬主と抱き合う。
検量室に向かう克己が、ついて来る駿に、
克己「最後、手綱の動き、見てたか?」
駿「……結果分かってて、オグリを選んだん?」
克己「んー? まあな。元があれだけの馬や。70%の出来さえあれば、乗り方次第で勝負になるとは思っとった。うまい事いったわ」
駿「……ほんまに、見事な騎乗やった」
克己「はは。走っとんのも見事なんも、馬や」
立ち止り、克己の背中を見つめる駿。
【課題】兄弟姉妹
【本文枚数】14枚
【人物】
真木翼(5)幼稚園児
真木風花(4)翼の妹
真木冴子(29)翼の母
 
 
〈自失〉愛の国
  
 
○交差点・横断歩道
歩行者信号は赤。横断歩道で、自転車を停止させる真木冴子(29)。前の椅子には真木風花(4)、後ろの椅子には真木翼(5)が乗っている。何気なく振り向いた風花、翼と目が合う。翼、唇を噛み、耐える表情。冴子の手が、翼の右腿を抓っていることに気づく風花。風花、冴子の顔を掠める様に見て、前へ向き直る。冴子、無表情で正面を見据えたまま、後ろ手に翼の腿を抓り続ける。
冴子「クロールのタイムが悪過ぎる……。今のままじゃ、選抜に選ばれないわよ」
翼、濡れた前髪が貼り付いた額を、冴子の背中にそっと擦り寄せ、目を閉じ、
翼「お母さん、ごめんなさい。次、頑張るよ」
信号が青に変わる。翼の腿から手を放し、強い足取りでペダルを漕ぎ始める冴子。周りの人々を次々と追い抜く冴子の眼差しは鋭く、額には汗が見える。
 
○真木家・翼と風花の寝室(夜)
豆電球だけが灯る部屋。並べた布団の上で、翼と風花が横になっている。風花が翼の方に体を向ける。
風花「お姉ちゃん、バタフライできるんだね」
翼「(小声)しー。声、大きいよっ」
風花、両手で口を塞ぐと、芋虫の様な動きで布団上を這い、翼に近づく。
風花「(小声)バタフライ、一番だったね!格好良かったよ。私もスイミングしたいな」
翼「(小声)風には無理。たくさん運動しちゃ駄目だって、お父さん、言ってたもん」
風花「なんで? 私もお姉ちゃんとバタフライしたいよ。こうやって、こうやって……」
布団の上で、水泳の真似事を始める風花。翼、じたばたと妙な動きをする風花を見て、顔を綻ばせる。
ふいに扉が引かれ、冴子が部屋に踏み込んで来る。翼と風花、一瞬動きを止めた後、弾かれた様に布団を被り直す。
冴子「……あんた達、まだ寝てなかったの?」
布団に潜り、身を固くする翼と風花。冴子が、布団から僅かに覗く翼と風花の頭を、足の爪先で順番に揺する。
翼、布団から少し顔を出し、怯えた表情で冴子を見上げ、
翼「ごめんなさい……。今すぐ、寝ます」
薄闇に佇む冴子の頭上に照明があり、逆光を受ける冴子の顔は、翼から見えない。無言で部屋を出て行く冴子。
ほっと息を吐き、身じろぐ翼。隣の布団の中からは、風花のくぐもった嗚咽が漏れている。翼、風花を布団ごと抱き込み、目を閉じる。
翼「もう、寝よう。おやすみ……」
寄り添って横たわる姉妹の姿。
 
○市営プール・更衣室中
紺の競泳用水着を着た翼が、ロッカーに荷物を仕舞い、鍵を掛ける。
風花「お姉ちゃん、水着着れたよ! 行こう!」
意気揚々と翼の前に立つ風花は、フリルの付いた黄色い水着を着ている。翼、ずれている風花の水泳キャップと髪を整えてやりながら、
翼「お母さんが先にお昼ご飯だって」
風花「え~……。先にプール入りたいよぅ」
口を尖らせ、ふくれっ面の風花。翼、左手にバスタオル、右手に風花の手を握って、足早に更衣室を出ていく。
 
○プールサイド・屋外フードコート
パラソル席に座り、カップ麺とフランクフルトを頬張っている翼と風花。冴子はアイスコーヒーを飲みながら、ぼんやりと遠くを眺めている。
風花「お姉ちゃん、このお蕎麦おいしいね!」
翼「お蕎麦じゃないよ。カップラーメンっ」
冴子「カップスターの塩味よ。おいしい?」
翼・風花「(声を揃え)うん! おいしい!」
微笑む冴子。日差しに彩られた姉妹の満面の笑みが、冴子に向けられる。
冴子「これ食べたら、翼はバタフライの練習をしなさい。せっかく選抜に選ばれたんだから、もっと上手にならないと」
風花「えー……。お姉ちゃんと遊びたーい」
机の下で足をばたつかせる風花。カップスターの中を無表情で見つめる翼。
 
○競泳用プール中
人も疎らな競泳用プールで、一心にバタフライの練習をする翼。
プールの縁に座った風花が、つまらなそうに水面を蹴り、隣接する遊泳用プールで楽しむ人々を、羨ましそうに盗み見ている。プールサイドから翼を追う冴子の手にはストップウォッチ。
冴子「翼、もっと顎を引いて! あと10M!」
 
○遊泳用プール中(夕)
疲れた様子で、プール内に佇む翼。
風花「お姉ちゃん! 水の滑り台、行こうよ」
風花が翼の腕を引くも、翼は動かない。風花の地団太に、水面が激しく波打つ。
風花「あれ、滑りたーい。 お姉ちゃーん」
風花が翼の水着を掴み、無理に引っ張る。翼の表情が曇り、風花の手を強く払うと、風花の頭を水中に突っ込む。
暫くもがいた後、水面に顔を出した風花が噎せながら、驚いた様子で翼を見る。トプリと小さな音を立て、水中に消える翼。次の瞬間、風花の全身が水中に引きずり込まれる。水中では、潜水した翼が、風花の足を引っ張っている。時折、喘ぎながら水面に浮上して来る風花の顔は恐怖に強張っている。
 
○プールサイド(夕)
無表情で歩いて行く翼。風花、息を喘がせ、涙と水に濡れた顔を何度も拭いながら、必死に翼の後を追う。
風花「(嗚咽混じり)姉ちゃっ。待って、待っ」
風花、歩く速度が落ちて行き、苦しげに立ち止まると、泣きじゃくりながら、
風花「(絶叫)姉ちゃん!風花のこと、嫌い!?」
ハッとして立ち止まり、振り返る翼。その場にへたり込む風花。
泣き続ける風花を茫然と見ていた翼が、直立不動のまま、横向きにプールへ跳び込む。水を打つ大きな音と、降りかかる水飛沫に驚き、顔を上げる風花。
 
○遊泳用プール中(夕)
翼、仰向けに浮いて来るも、脱力したまま動かない。翼の見上げる先には、橙色の空と鱗雲。風花が慌てた様子で、水を搔き分け、翼に近づいて来る。
風花「(しゃっくり)お姉ちゃん……、大丈夫?」
顔は空に向けたまま、目線だけを風花に寄越す翼。翼、再び空に視線を戻し、
翼「カップスター……、おいしかったなぁ」
目を閉じ微笑む翼。つられて笑う風花。

【課題】1年後
【本文枚数】13枚
【人物】
浦飯 靱負(19)大学生
浦飯 榮(41)靱負の母
浦飯 帯刀(たてわき)(42)靱負の父
浦飯 巴(17)靱負の妹
榊 匡臣(19)靱負の友人
草場 瑞恵(47)霊能者
 
 
〈墓守〉
 
 
○浦飯家・靱負の自室内
ベッドの上でまどろむ浦飯靱負(19)。開け放たれた窓からは入道雲の浮かぶ空が見える。さんざめく蝉の声。靱負の瞼が再び落ちていく。階段を登って来た浦飯榮(41)がドアを開け、寝ている靱負を見つける。
榮「靱負。……やだ、この子寝てるわ。今日は墓参りだって言ったのに……。仕方ない。置いて行くか」
 
○浦飯家・吹き抜けの階段(夕)
3階まで一直線に伸びる階段を、1階の階段口から見上げている靱負。空間は橙色に染まっている。
3階付近の1段には、男の首が乗っている。男の顔は赤黒く腫れ、穴という穴から泡立った血が溢れ出している。
ゆっくりと階段を登り始める靱負。その視線は、途切れることなく男の首に注がれている。
震える手で手摺を掴み、男の首を跨ごうと苦心する靱負。男の流血が、靱負の足先に触れる。驚いた靱負が、階段を踏み外し、仰向けに落ちて行く。
 
○A大学・中庭
ベンチに並んで座る靱負と榊匡臣(19)。靱負に覇気はなく、目の下には濃いくまが浮かんでいる。
榊「靱負がそんなオカルトチックなこと言い出すなんて、珍しいな」
靱負「昨夜なんか、近所の交差点にある柳の木で首吊ってやがんの。ぶら下がったまま俺に何か言ってんだけど、もう俺怖くてさ」
榊「その男、まじで見覚えないの?」
靱負「皆目見当つかねーっつーの。夢見んの怖くておちおち寝てらんねーし、参ったわ」
榊「……お前さ、嫌がるかんもしんないけど、岸上にそういう類で頼りになる先生がいるんだ。今から行ってみるか?」
 
○店舗・外観
扉には“フラワーアレンジメント教室”の文字。榊の後から、緊張気味に店に入る靱負。生徒たちに指導していた草場瑞恵(47)が榊と靱負に気づく。瑞恵に会釈する榊。落ち着かない様子で、店内を見回している靱負。

○同・応接室
ソファーにそっと腰を下ろす瑞恵。コーヒーカップを置こうとする靱負。猫の鳴き声に脇を見ると、靱負の尻の辺り猫が蹲っている。
靱負「(小声で)っ!……いつのまにっ」
瑞恵「榊くんから、電話で事情は聞いたわ」
靱負「こういう経験は初めてで……。俺、何かに憑かれてるんでしょうか?」
瑞恵「うーん。じゃあ少し見させて貰うわね」
靱負をじっと見つめる瑞恵。息を飲んで待つ靱負と、心配そうな榊。
瑞恵「あなたの御親族で、自殺なさった方がいるわね。おそらく縊死。若い方よ。夢に出てくる人はその男性」
靱負「まじっすか。そんな人、俺知らない」
榊「けど、先生、こいつの夢に何でわざわざ?」
瑞恵「近親からの墓参りがなくなった寂しさを、浦飯くんを通じて親族に訴えてるのね」
額を搔き、困った様子の靱負。
瑞恵「あなたは墓守の宿命を持ってる。無理のない範囲で、その務めを果たしてみて」
 
○浦飯家・仏間
座布団に正座し、俯いている靱負。向かい合って座す浦飯帯刀(42)は、腕組みし、神妙な面持ち。
榮が古いアルバムを手に、仏間へ入って来る。帯刀にアルバムを渡す榮。
帯刀、アルバムを捲っていた手を止め、一枚のモノクロ集合写真が載ったページを靱負に見せる。
帯刀「この中に、夢の男は居るか?」
差し出されたアルバムを見た靱負の表情に怯えが走る。靱負、写真の中の学生服を着た青年を指さし、
靱負「この人だ……。間違いないよ」
戸惑った様子で、僅かに唇を震わす榮。帯刀、眉間の皺を深くし、
帯刀「これはな、父さんの従兄弟の優作だよ。高校生の時に亡くなった。自殺だった」
無言で帯刀を見つめる靱負。
帯刀「うちの店に、優作の母親である万里子叔母さんが来てた時に、ちょうど知らせが入ってな。家の鴨居で優作が……」
言葉を詰まらせ、膝元を擦る帯刀。榮、痛みを堪えるように目を瞑る。
帯刀「ショックで叔母さんはおかしくなってしまってな……。今も生きてるが、もう誰のことも覚えてないよ。息子のことも……」
靱負「優作さんの父親や兄弟は?」
帯刀「父親は優作が亡くなる前に色々あって……。とにかくもうこの世にはいない」
榮「優作さんには確かお姉さんがいたわよね?」
帯刀「美佐子ちゃんは、女手一つで子供二人抱えて、頑張ってるよ。きっと毎日が必死で、墓参りに行く余裕は、今はないだろう」
靱負「父さん。この人の墓がある場所は?」
帯刀「奈良の大和郡山ってとこだ」
靱負「俺、ご家族に代わって墓参りに行くよ。夏休みに連れてってくんないかな?」
真剣な表情の靱負に微笑みかける榮。靱負を見据え、頷く帯刀。
 
○浦飯家・吹き抜けの階段(朝)
2階踊り場に射し込む朝の光。
T・1年後
ドアをノックする靱負。
靱負「巴、開けるぞ~」
ドアを開け、室内を覗き込む靱負。
ベッドに伏している浦飯巴(17)。
巴「う~……。こんな朝早くに何よ~」
靱負「今日は墓参りだろうが。母ちゃんも父さんも、とっくに準備始めてんぞ」
 
○浦飯家・巴の部屋(朝)
靱負、カーテンを勢いよく開けると、眩しげな顔で、のそりと起き出す巴を尻目に、仏間へ続く襖に手を掛ける。
 
○浦飯家・仏間(朝)
立ち上る線香の煙。仏壇の前で正座し、合掌した靱負が、祖父母の遺影に向い、
靱負「今から墓へ行くからね。めっちゃ旨い団子持ってくから、期待して待ってて」