【課題】喧嘩
【本文枚数】12枚
【人物】
遠山美里(15)高校生
遠山樹(17)美里の姉
遠山要子(41)美里の母
遠山修司(41)美里の父
遠山倫司(5)美里の弟
 
 
〈負の連鎖〉
 

 

○遠山家・居間
灯りを点さない薄暗い室内。炬燵に入ってテレビを観ている遠山樹(17)。腕を組んで扉に凭れた遠山美里(15)が、不機嫌な表情で樹の背中を見ている。
美里「ちょっと、あのサボテン、ひっくり返しといてご免の一言もないの?」
無視を決め込み、テレビに向けられたままの樹の顔に、意地悪な笑みが浮かぶ。樹を睨み、部屋を出て行く美里。
 
○遠山家・美里と樹の共同部屋1
机に向かい、勉強をしている美里。体の左側に気配を感じ、目を向けると同時に椅子ごと右側へ吹っ飛ばされる。
樹「お前、しつこいねん! サボテンごときでガタガタ言いやがって!」
痛みに顔を歪め、起き上がろうとする美里の頭を、樹が踏み抜くように何度も強く蹴る。頭を抱え、蹲る美里。美里の意識が遠のいていく。
 
○遠山家・美里と樹の共同部屋1(夕)
夕日で橙色に染まった部屋。畳の上で、意識を取り戻した美里の顔は腫れあがり、唇には血が滲んでいる。仰向けになり、暫く天井を眺めている美里。隣の部屋から、談笑している樹の声が聞こえてくる。美里、上体を起こし、唇の血を拭うと、立ち上がる。部屋の隅に立て掛けられていたギターを手に取り、隣室へ続く襖を開ける。
 
○遠山家・美里と樹の共同部屋2(夕)
樹、子機で話しながら、襖の向こうで無表情に佇んでいる美里を睨む。入室してくる美里。樹、美里の手に握られたギターに気づき、美里を訝しげに見上げる。美里、樹の頭上からギターを振り下ろす。殴られた衝撃で、子機を落とし、這うように逃げだす樹。美里、樹を追い、ギターで執拗に殴打する。美里の目は常軌を逸している。
樹、立ち上がるも、強い一撃を喰らい、障子ごと縁側へ弾き飛ばされる。
 
○遠山家・縁側(夕)
倒れた障子と、雪見硝子の破片が散らばる中で呻く樹。美里、ギターを放り、樹に掴みかかる。必死に応戦する樹。
縁側の廊下の奥にある部屋から飛び出してくる遠山倫司(5)。争いを目の当りにし、驚愕の表情を浮かべると、一旦部屋に引っ込むも、顔だけを覗かせ、怯えた様子で見つめている。
美里「殺したらあ! いつまでも殴られっぱなしやと思とったら大間違いじゃ!」
縁側に飛び込んでくる遠山要子(41)。
要子「あんたらっ! 何してんの!?」
争う美里と樹を引き剥がそうとする要子。それを機に、逃れようとする樹。美里、咆哮し、掴んだ樹の服を離さない。泣き出す樹。
要子「美里! あんたなんちゅう目してんの」
襖にしがみついたまま、泣き出す倫司。
要子「倫司! 店へ行って、お父さん呼んできて! 早う! 早う!」
倫司、三つ巴の戦いの側を恐る恐るすり抜け、助けを呼びに走る。
遠山修司(41)が、縁側に面した庭に駆け込んで来る。勝手口の付近でへたり込み、大泣きしている倫司。
泣き叫ぶ樹の髪を掴み、床に叩き付けている美里。要子、縁側に座り込み、引き攣った顔でげらげらと笑い、
要子「やれ!殺し合え! 姉妹で殺し合え!」
修司、土足のまま慌てて縁側に上がり、美里を掴みあげると、張り飛ばす。美里、庭に転がり落ちるも、すぐに立ち上がり、尚も樹に襲いかかろうとする。切れた下瞼から血が滴り、興奮で全身が震えている美里を、修司が抱き止める様にして抑え込む。
 
○遠山家・居間(夜)
樹、痣だらけの顔を氷嚢で冷やしている。体育座りの美里の全身には生傷。
修司「何でこんなことになったんや……?」
樹「知らんやん!こいつが急にキレよってん」
修司「美里、そうなんか? 理由は何や?」
美里「サボテン、やられたから……。だけど、それはただの切欠や」
修司「どういう意味や?」
美里「ほんまのこと言うてええの? この家の抉らんでええ傷、曝け出すことになるで」
冷めた目つきで要子を見る美里。要子の目が不安げに揺れる。
美里「お父さんもよう分かってるやろうけど、お母さんは昔から私と姉ちゃんに、理不尽なことで、尋常じゃない暴力を奮ってきた」
要子「何言うてんのこの子! 子供を躾で叩いて、何が悪い。人のせいにすな!」
急に激昂する要子を手で制し、美里に続く言葉を促す視線を送る修司
美里「この人は、自分が親から受けて来た負の連鎖を止めることが出来んかった。姉ちゃんは幼い頃、特にその的になってた」
俯いたままの樹の肩が震えている。
美里「昔は庇ってくれた姉ちゃんの心が破裂して、私に痛み分けをするようになったんは、当然の流れやと思う」
無表情で語る美里の目から涙が零れる。修司、苦渋の表情で項垂れ、
修司「すまん。どうにもしてやれんかった」
美里「連鎖は私で終わらせようと今まで堪えて来たんやけど、親友からもらったサボテンやったから……我慢できんかった」
顔を紅潮させ、睨みつけてくる要子に、諦めた様な笑顔で応える美里
美里「姉ちゃんも、お母さんも、恨んでへんで。何不自由ない生活、恨む道理なんかない」
美里、立ち上がり、中空を見ながら、
美里「それに、私にも同じ血が流れてること、今回のことでよう分かったしな……」

【課題】別れ
【本文枚数】十枚
【人物】
水沢琴子(18)バスケットボール部部員
依田舞(18)バスケットボール部キャプテン
本並光(16)琴子の後輩部員
武士沢郁美(38)バスケットボール部顧問
審判
部員A
部員B
女生徒

〈誰が為に〉

○泉遥高校・体育館内
審判の笛が館内に響き渡る。
審判の声「前半終了! ハーフタイム」
椅子から立ち上がった武士沢郁美(38)の前に、素早く集まる部員達の眼差しは強い。部員達のTシャツの背には、“明翔高校 限りなき挑戦”の文字。
郁美「後半が勝負や。ベスト4の壁を越えたいなら、全て出し切れ。泣いても笑っても、今シーズンが最後のチャンスや」
T試合後半 終了まで残り1分
電光掲示板には、明翔38ー45葛葉。
明翔ベンチでは立ち上がった部員達が、
部員A「残り1分です! まだ勝てる!」
部員B「打った! 入れ! ……ああ」
茫然とベンチに座る水沢琴子(18)が、天井の水銀灯を見上げる。周囲の歓声が遠退き、視界がぶれる。
上空から見た試合の様子と、瞬きすらしない琴子の顔が交互に映し出される。
琴子の肩を、本並光(16)が強く掴む。光を見上げる琴子。汗に濡れたユニフォーム姿で、嗚咽しながら琴子の肩を支えに立っている光。光の目線は途切れることなく試合を追っている。
明翔6番の選手が、ルーズボールを追って、明翔ベンチに突進してくる。ボールを空中で掬い、味方へパスした後、パイプ椅子に突っ込む6番。6番は味方のベンチに目もくれず、壁を突いて態勢を立て直すと、またすぐに走り出す。つられて立ち上がる琴子。その眼差しには生気が戻っている。
電光掲示板には、残り時間3秒の表示。明翔5番が、コート半ばでドリブルを止め、ゴールに向かって渾身の遠投をする。
ボールがぶつかった衝撃に、ゴール板がスローモーションで揺れる。床で弾むボール。鳴り響くブザー音。一瞬の静寂の後、相手ベンチから湧き上がる歓声。

○泉遥高校・体育館外観(夕)
帰り支度を整える明翔の部員達の間から、啜り泣きが聞こえる。その傍らで、花壇のコスモスが風に揺れている。
光が依田舞(18)に抱きつき、号泣しつつ、
光「もっと先輩らと一緒に戦いたいです! 私が不甲斐ないからっ……すみません! これで終わりなんて……絶対に嫌です」
舞「本並は後輩やのに、レギュラーとして本当によくやってくれた。明日からは本並がキャプテンやろ? 泣くのは今日で最後や」
縋る光の頭を撫でながら、光の肩越しに苦笑を送る舞。笑い返す琴子。
鞄を襷掛けにし、立ち上がった琴子の前には舞がいる。舞、深く腰を折り、琴子に礼をする。琴子、動揺しながら、
琴子「……何!? 舞、何してんの?」
周りの部員達、琴子と舞に視線を向ける。
舞「今まで本当にありがとう。琴子らがおったから、ここまでやってこれた。4強の悲願、叶えられんで……ごめん」
琴子「……十分やで。レギュラーの皆はようやってくれた。いい景色、一杯見せてもらったもん。……本当に、感謝してます」
頷く周りの部員達。琴子を見つめ、唇を震わす舞。
琴子「キャプテン、お疲れ様でした」
琴子、深くお辞儀し、顔を上げると、堪え切れない様子で涙を零している舞。琴子、目に涙を滲ませながらも、笑顔で舞を強く抱き締める。
琴子「鬼のキャプテンを最後に泣かせれたし、私もバスケやってきた甲斐、あったな」
近付いてきた明翔7番が、舞の手から4番のユニフォームを奪い、舞の頭に被せる。周りの部員達の顔は、汗と涙に汚れているが、晴れやか。

○明翔高校・体育館内
壇上には、“明翔高校卒業”の横断幕。拍手に包まれ、体育館から退場していく卒業生達。琴子、出口を出た所で脇に逸れ、振り向くと、体育館を見渡す。満足気に微笑んだ後、深く一礼する琴子。琴子に気付いた女生徒が近付き、
女生徒「琴子~。今日でお別れなんて寂しいよ。……って、あんた全く寂しそうじゃないし!」
琴子「ははっ」
女生徒「もう! 琴子は寂しくないの?」
琴子「ううん。私も寂しいよ。だけど、涙も、ついでに汗も、もう十分この体育館に染み込んでるから。涸れ果てちゃって出ないわ」

○明翔高校・バスケットボール部部室前
郁美と向かい合う卒業生部員達。
郁美「目標を達成するには、何が必要や?」
琴子「練習……。行動です!」
郁美「そうや。努力し続ける才能を失うな」
部員達「はい! ありがとうございました!」
郁美、眉間に皺を寄せ、部員達を見渡し、
郁美「……解散!」
風に煽られ、翻る横断幕の映像。横断幕には、“限りなき挑戦”の文字。

【課題】出会い
【本文枚数】11枚
【人物】 玉菊(22)祇園甲部の芸妓
上杉時生(23)京都大学の大学院生
景山誠司(70)京都市立美術館の館長

〈あだ花〉





○京都市立美術館・展示室
クリムト作『接吻』を眺めている赤いワンピースを着た玉菊(22)の後姿。他に客はいない。監視員の上杉時生(23)が、腕時計を見て、椅子から立ち上がる。上杉、玉菊の背後に近づき、
上杉「お客様、そろそろ閉館のお時間です」
首を少し巡らせ、背後の上杉に小さく頷くと、出入口へ向かう玉菊。
展示室に景山誠司(70)が入って来る。老紳士といった風情の景山。景山、立ち止まり、歩いて来る玉菊に、
景山「おお、玉菊。来てたんか」
玉菊、顔を上げ、景山に気づき、
玉菊「景山さん。こんにちは、おおきにさん」
景山「言うてくれたら案内したのに。水臭い」
玉菊「せわしのうしたはったら、あかしまへん思て……。えらい堪忍え」
玉菊と景山を見ている上杉。
景山「また、お花つけるさかい」
玉菊「おおきに。宜しゅうおたの申します」
玉菊、歩き出す景山にお辞儀をすると、出入口へ向かう。玉菊の後姿を見つめている上杉。景山、上杉の側に来ると、振り返って玉菊を見ながら、
景山「えらい別嬪やろ。玉菊いう芸妓や」
上杉「玉菊……さん」

T2週間後
薄らて唇を開け、放心した様に『接吻』の前で佇む玉菊。初老の男女が出て行くと、展示室には玉菊と上杉のみ。
上杉、椅子から立ち上がり、『接吻』の前まで歩いて来ると、絵を見ながら、
上杉「先日もいらしてましたよね? それで、今日と同じに、この絵をずっと見ていらした」
玉菊、無言で上杉の方に首を巡らす。玉菊と上杉の視線が合い、微笑む上杉。
上杉「確か、あなたは玉菊さん。館長から伺いました。『接吻』、美しい絵ですよね」
玉菊「美しい絵……」
玉菊の瞳が揺れ、僅かに表情が曇る。
上杉「この絵には、愛の絶頂期が描かれています。けれど、男女が居るのは崖の上で、絶頂の先にある悲劇を予感させる……」
玉菊「私には分かりません。何度見ても、絶頂も、その先の悲劇も、分からない……」
恥じ入る様に俯く玉菊。上杉、僅かに首を傾げ、
上杉「あなたには、この絵がどのように映っているのですか?」
玉菊「(小声で呟く様に)この女性は、背後の男性を愛してなどいません……」
上杉「え……? もう一度……」
眉根を寄せ、玉菊に一歩近付く上杉。恐れる様に、一歩後退さる玉菊。玉菊、上杉に怯んだ様な眼差しを向ける。
玉菊「女が浮かべる恍惚は、掻き抱かれる存在であり得た自分への讃歌でしかない……」
玉菊、上杉の視線から逃れる様に顔を背け、鳩尾の辺りで両手を強く握り、
玉菊「閉じられた眼差しの向こうには、ただ自分だけが映っている。この女は……、(絞り出す様に)自己愛の化け物や……っ」
玉菊の目の縁に、薄らと涙が滲む。
玉菊「胸の内のどこを探ったかて、愛すべき人の影を見出すことは一生叶わん。それでも、最期は男と崖から飛び降りんならんっ」
苦し気な表情で小さく唾を飲み、瞑目する玉菊を、当惑しつつ見つめる上杉。玉菊、上杉に背を向け、足早に去る。

○京都市立美術館・外観(夕)
美術館から出て行く玉菊を追って来た上杉が、玉菊の正面に回り、腕を掴む。
上杉「ちょっと待って下さい!」
玉菊、息を詰め、そっぽを向いて、
玉菊「……すみません。おかしなこと言うて」
上杉「謝らんで下さい。……君は、自己愛の化け物なんかやない。僕はそう思います」
上杉を見た玉菊の目から涙が一筋。
上杉「たとえ愛してなくても、君は自分を愛してくれる男と一緒に飛び降りる言うた」
玉菊「別に、うちのこと言うたんと違います」
上杉「今更、嘘言わんでもええ」
下唇を噛んで、僅かに身を捩り、逃れる素振りを見せる玉菊。
上杉「君を想う男への餞(はなむけ)に、そこまでする覚悟の君は、ほんまは人を深く愛せる人や」
玉菊、涙目で上杉睨み、自嘲気味に、
玉菊「最期まで真っ赤なあだ花を手向ける……。そんな女のどこに愛がありますのや」
上杉、掴んでいた玉菊の腕を放す。
上杉「あだ花でも、それで男が喜んだら、そこに価値は生まれるやろ……?」
小さく溜息をつき、玉菊に苦笑いを送る上杉。玉菊、掴まれていた腕を摩り、
玉菊「どんだけようでけた贋作でも、贋作である限り、どこまで行っても、ほんまもんにはならしまへん」
玉菊、徐に居ずまいを正し、横付けしているタクシーへと歩き出す。

○タクシー・車内(夕)
玉菊、道路側の後部座席を陣取り、
玉菊「祇園まで、お願いします」
上杉、じわりと動き出したタクシーの車内を、美術館側の車窓外から覗き、
上杉「玉菊さん、またここへいらして下さい」
知らぬ振りの玉菊の横顔に夕日が射す。
上杉「いいえ、今度は僕があなたに会いにっ」
走り出したタクシーの車内から、後ろを振り返る玉菊。上杉の姿が遠ざかる。



【覚書】
逃げ道を作らない上杉(玉菊からすれば優しくない男)