【課題】兄弟姉妹
【本文枚数】14枚
【人物】
真木翼(5)幼稚園児
真木風花(4)翼の妹
真木冴子(29)翼の母
 
 
〈自失〉愛の国
  
 
○交差点・横断歩道
歩行者信号は赤。横断歩道で、自転車を停止させる真木冴子(29)。前の椅子には真木風花(4)、後ろの椅子には真木翼(5)が乗っている。何気なく振り向いた風花、翼と目が合う。翼、唇を噛み、耐える表情。冴子の手が、翼の右腿を抓っていることに気づく風花。風花、冴子の顔を掠める様に見て、前へ向き直る。冴子、無表情で正面を見据えたまま、後ろ手に翼の腿を抓り続ける。
冴子「クロールのタイムが悪過ぎる……。今のままじゃ、選抜に選ばれないわよ」
翼、濡れた前髪が貼り付いた額を、冴子の背中にそっと擦り寄せ、目を閉じ、
翼「お母さん、ごめんなさい。次、頑張るよ」
信号が青に変わる。翼の腿から手を放し、強い足取りでペダルを漕ぎ始める冴子。周りの人々を次々と追い抜く冴子の眼差しは鋭く、額には汗が見える。
 
○真木家・翼と風花の寝室(夜)
豆電球だけが灯る部屋。並べた布団の上で、翼と風花が横になっている。風花が翼の方に体を向ける。
風花「お姉ちゃん、バタフライできるんだね」
翼「(小声)しー。声、大きいよっ」
風花、両手で口を塞ぐと、芋虫の様な動きで布団上を這い、翼に近づく。
風花「(小声)バタフライ、一番だったね!格好良かったよ。私もスイミングしたいな」
翼「(小声)風には無理。たくさん運動しちゃ駄目だって、お父さん、言ってたもん」
風花「なんで? 私もお姉ちゃんとバタフライしたいよ。こうやって、こうやって……」
布団の上で、水泳の真似事を始める風花。翼、じたばたと妙な動きをする風花を見て、顔を綻ばせる。
ふいに扉が引かれ、冴子が部屋に踏み込んで来る。翼と風花、一瞬動きを止めた後、弾かれた様に布団を被り直す。
冴子「……あんた達、まだ寝てなかったの?」
布団に潜り、身を固くする翼と風花。冴子が、布団から僅かに覗く翼と風花の頭を、足の爪先で順番に揺する。
翼、布団から少し顔を出し、怯えた表情で冴子を見上げ、
翼「ごめんなさい……。今すぐ、寝ます」
薄闇に佇む冴子の頭上に照明があり、逆光を受ける冴子の顔は、翼から見えない。無言で部屋を出て行く冴子。
ほっと息を吐き、身じろぐ翼。隣の布団の中からは、風花のくぐもった嗚咽が漏れている。翼、風花を布団ごと抱き込み、目を閉じる。
翼「もう、寝よう。おやすみ……」
寄り添って横たわる姉妹の姿。
 
○市営プール・更衣室中
紺の競泳用水着を着た翼が、ロッカーに荷物を仕舞い、鍵を掛ける。
風花「お姉ちゃん、水着着れたよ! 行こう!」
意気揚々と翼の前に立つ風花は、フリルの付いた黄色い水着を着ている。翼、ずれている風花の水泳キャップと髪を整えてやりながら、
翼「お母さんが先にお昼ご飯だって」
風花「え~……。先にプール入りたいよぅ」
口を尖らせ、ふくれっ面の風花。翼、左手にバスタオル、右手に風花の手を握って、足早に更衣室を出ていく。
 
○プールサイド・屋外フードコート
パラソル席に座り、カップ麺とフランクフルトを頬張っている翼と風花。冴子はアイスコーヒーを飲みながら、ぼんやりと遠くを眺めている。
風花「お姉ちゃん、このお蕎麦おいしいね!」
翼「お蕎麦じゃないよ。カップラーメンっ」
冴子「カップスターの塩味よ。おいしい?」
翼・風花「(声を揃え)うん! おいしい!」
微笑む冴子。日差しに彩られた姉妹の満面の笑みが、冴子に向けられる。
冴子「これ食べたら、翼はバタフライの練習をしなさい。せっかく選抜に選ばれたんだから、もっと上手にならないと」
風花「えー……。お姉ちゃんと遊びたーい」
机の下で足をばたつかせる風花。カップスターの中を無表情で見つめる翼。
 
○競泳用プール中
人も疎らな競泳用プールで、一心にバタフライの練習をする翼。
プールの縁に座った風花が、つまらなそうに水面を蹴り、隣接する遊泳用プールで楽しむ人々を、羨ましそうに盗み見ている。プールサイドから翼を追う冴子の手にはストップウォッチ。
冴子「翼、もっと顎を引いて! あと10M!」
 
○遊泳用プール中(夕)
疲れた様子で、プール内に佇む翼。
風花「お姉ちゃん! 水の滑り台、行こうよ」
風花が翼の腕を引くも、翼は動かない。風花の地団太に、水面が激しく波打つ。
風花「あれ、滑りたーい。 お姉ちゃーん」
風花が翼の水着を掴み、無理に引っ張る。翼の表情が曇り、風花の手を強く払うと、風花の頭を水中に突っ込む。
暫くもがいた後、水面に顔を出した風花が噎せながら、驚いた様子で翼を見る。トプリと小さな音を立て、水中に消える翼。次の瞬間、風花の全身が水中に引きずり込まれる。水中では、潜水した翼が、風花の足を引っ張っている。時折、喘ぎながら水面に浮上して来る風花の顔は恐怖に強張っている。
 
○プールサイド(夕)
無表情で歩いて行く翼。風花、息を喘がせ、涙と水に濡れた顔を何度も拭いながら、必死に翼の後を追う。
風花「(嗚咽混じり)姉ちゃっ。待って、待っ」
風花、歩く速度が落ちて行き、苦しげに立ち止まると、泣きじゃくりながら、
風花「(絶叫)姉ちゃん!風花のこと、嫌い!?」
ハッとして立ち止まり、振り返る翼。その場にへたり込む風花。
泣き続ける風花を茫然と見ていた翼が、直立不動のまま、横向きにプールへ跳び込む。水を打つ大きな音と、降りかかる水飛沫に驚き、顔を上げる風花。
 
○遊泳用プール中(夕)
翼、仰向けに浮いて来るも、脱力したまま動かない。翼の見上げる先には、橙色の空と鱗雲。風花が慌てた様子で、水を搔き分け、翼に近づいて来る。
風花「(しゃっくり)お姉ちゃん……、大丈夫?」
顔は空に向けたまま、目線だけを風花に寄越す翼。翼、再び空に視線を戻し、
翼「カップスター……、おいしかったなぁ」
目を閉じ微笑む翼。つられて笑う風花。