洋楽歌詞シリーズ第8回はモリッシー&マーに歌詞で言及したマニックスを前回取り上げた流れからThe Smiths。
選曲は印象的な歌詞の多いバンドだけに悩んだが「Cemetry Gates」(直訳「墓地の門」)。タイトルには文学好きなモリッシーらしからぬスペルミスがあるが一方で歌詞では正しいスペルの「Cemetery」が使われており、一人称の主人公が自分は博識だと言い相手の半端な知性をからかう箇所を読むとこのスペルミスも意図的なユーモアだった可能性がある。
歌詞はそれまでのCDとはちょっとだけ違う2017年豪華再発盤掲載のもの。日本盤の小林政美氏による訳詞を参考にしつつ自分で訳してみた。
A dreaded sunny day
So I meet you at the cemetery gates
Keats and Yeats are on your side
ぞっとするような晴れた日だから
墓地の門で落ち合おう
君のお気に入りはキーツとイェーツ
A dreaded sunny day
So I meet you at the cemetery gates
Keats and Yeats are on your side
While Wilde is on mine
ぞっとするような晴れた日だから
墓地の門で落ち合おう
君のお気に入りはキーツとイェーツ
僕はワイルドだけどね
(訳註:「on your side」は「物理的にそばにある」という意味もあるが、最後にまたキーツとイェーツとワイルドが登場する時の意味合いからも「〜の側/味方」という意味と解釈した)
So we go inside and we gravely read the stones
All of those people, all those lives
Where are they now?
With the loves and hates and passion just like mine
they were born and then they lived and then they died
Which seems so unfair that I want to cry
では中に入って厳粛な面持ちで墓石を読んでみよう
(訳註:「gravely=厳粛な」と「grave=墓」をかけた言葉遊び)
これらすべての人々、これらすべての人生
この人たちは今どこにいるんだい?
まるで僕のように愛と憎しみと情熱と共に
この人たちは生まれ、そして生き、そして死んでいった
あまりに不公平に思えて僕は泣きたいよ
You say : "Ere thrice the sun hath done salutation to the dawn"
And you claim these words as your own
But I'm well read and I've heard them said
A hundred times (maybe less, maybe more)
君は言う「太陽が三たび夜明けへの挨拶をすませる前に」
(訳註:「Ere thrice the sun hath done salutation to the dawn」はシェークスピアの戯曲「リチャード三世」の一節
「My lord, ’tis I. The early village cock, Hath twice done salutation to the morn.」(「ご主人様、私でございます。一番鶏が二度までも朝の挨拶をすませました。」)
の「The early village cock」以降のもじり。主人公の会話の相手が知ったかぶりであることを示している。なお「リチャード三世」のこの部分は部分的な訳しかネットにはなくこのご時世図書館にも行きにくいので自力で補いましたがもし間違い等ありましたらご指摘下さい。)
そしてこれは自分の言葉だと言い張る
けれど僕はとっても博識だしその言葉が発されるのを聞いたことあるよ
何百回もね(それよりは少なかったかも、多かったかも)
If you must write prose or poems
The words you use should be your own
Don't plagiarize or take on loan
もしも散文や詩を描かなきゃならないなら
君が使う言葉は自分自身のものじゃなきゃね
剽窃や借り物はダメだよ
There's always someone, somewhere
With a big nose who knows
Who'll trip you up and laugh when you fall
Who'll trip you up and laugh when you fall
いつもどこかにいるからね
誰も知らないようなかぎまわってばかりの奴
君を陥れようとして実現すればあざ笑う
君を陥れようとして実現すればあざ笑う
You say : "Ere long done do does did"
Words which could only be your own
You then produce the text
From when was ripped
Some dizzy whore 1804
君は言う「まもなくやる、やる、誰かがやる、やった」
(訳註:上述のシェイクスピアの誤った引用を更にいい加減にしたもの)
君のものでしかありえないはずの言葉
そして君はテキストを創る
盗んできた時代からの
1804年のどこかのぼけっとした娼婦
A dreaded sunny day so let's go where we're happy
And I meet you at the cemetery gates
Keats and Yeats are on your side
ぞっとするような晴れた日だから僕らが幸せになれる場所に行こう
墓地の門で落ち合おう
君のお気に入りはキーツとイェーツ
A dreaded sunny day so let's go where we're wanted
And I meet you at the cemetery gates
Keats and Yeats are on your side
But you lose because Wilde is on mine
ぞっとするような晴れた日だから僕らが必要とされる場所に行こう
墓地の門で落ち合おう
君のお気に入りはキーツとイェーツ
だけど君の負けだよ、僕にはワイルドがいるからね
この歌詞はモリッシーが親友と呼ぶ数少ない人物の1人、リンダ・スターリングと実際に何度も行なっていたマンチェスターのサザン墓地での散歩に基づいているのではと言われている。
1954年生まれとモリッシーより5歳年長の彼女はBuzzcoksの1978年のシングル「Orgasm Addict」ジャケを手がけLudusというバンドではヴォーカリストを務めるなどパンク期からイギリスの音楽シーンに関わってきたアーティスト。
こちらは2019年にニューヨークのアーツ・アンド・デザイン美術館でのパンク・グラフィックス展で撮った写真。小さいけど左端が「Orgasm Addict」ジャケ。
この展覧会の模様は詳しくはこちら。
1992年には写真集「Morrissey Shot」を出版。この時期に彼女が撮った写真はたびたびジャケにも使われた。
The Smithsがそれこそ「Heaven Knows I'm Miserable Now」のような曲のために自己憐憫を歌う惨めったらしいバンドというパブリック・イメージを持たれたことをメンバーたちは嫌がっていたがユーモラスな(非常に独特のユーモアだが)歌詞も沢山あることはファンなら知っている。その手の曲の中でも「晴天だからこそ墓地で散歩」というあまりにも突拍子もないテーマ、そして何重もの皮肉が織り込まれたこの歌詞は際立っている。
モリッシーは母国以外では知名度のイマイチなヒット曲やテレビドラマ、それこそ「コロネーション・ストリート」(ちなみにQueen「I Want To Break Free」PVはこのドラマのパロディなんだと)、
本などから拝借したフレーズを歌詞に織り込むことが多い(今では詳しい解説も出回っているものの、育った土地が違うファンにはモリッシーの歌詞はあまりにイギリス的過ぎてわかりにくい箇所が多い)。当然イギリスの音楽メディアからの指摘は当時からあったはずだし、それを踏まえて読むとこの歌詞は反論でありながら同時にそういった指摘がある程度は当てはまることを認めた自虐的な側面も見えてくる。
墓石の下に埋まっている人たちのことを思うと「あまりに不公平に思えて僕は泣きたいよ」と自分もいつかその一員に加わる運命になすすべもないあたりは胸に迫るが聴き終える頃にはモリッシーの空前絶後にして唯一無二のユーモア感覚に明るい曲調が相まってThe Smithsのカタログの中でもとりわけ楽しい名曲に仕上がっている。
フィル・アンセルモ(ヴォーカル)はモリッシーが好きだとインタビューで言っていたがこの曲のタイトルを彼がPantera「Cemetery Gates」で引用したのだとすればこれまた面白い。音楽に限らずアートは引用に引用を重ねていくのだ。
参考書籍、再度手前みそではありますが絶版につき復刊ドットコムで復刊リクエスト受付中の「ザ・スミス/モリッシー&マー 全曲解説」。
こちらも再びの「Mozipedia」。
「リチャード三世」からの間違った引用についてはシェイクスピアのポピュラー・ミュージックへの影響を取り上げたDiscogsの記事で謎が解けました。