行ってきました、留学オリエンテーション。

まるごと英語かと思ったら全くの見当違いでちょっとがっかりしたものの、大事なのは中身中身。

‘生’の留学生活を聴けてなかなか良かった。

パネリスト3人は、留学体系も、私が判断する限りでは性格も違ったので、いろんなタイプの経験談を聴けたことは大きな収穫。

まぁ私にとっては、なによりWesleyanの卒業生がいらしていたので、そこだけで満足度アップだったんですけどね。

オリエンの内容は録音してあって、貸し出しをしているみたいです。


ここでは私にとって大事だった内容をかなりピンポイントでメモります。


・大学に到着したらすぐ日本領事館に在留届を提出する。

・クラスはさっさと選んだ方が賢明。人気のあるものはすぐに埋まるって。一応変えることもできるみたいだし。

・ビザ申請の際に、高校卒業後でも成績証明書が必要。在学中の場合のみって本に書いてあったので会場でも皆さん混乱されていました。大使館の人が言うんだから要るんだね。

・英語学校に行ってから大学へ入る場合、ビザ申請に必要なのは先に入る英語学校のI-20。

大学のI-20が先に届いていたのなら一緒に持っていっても構わないみたいだけど、もし使わなかった場合、向こうへ渡ってから英語学校と大学に話して編入手続きをしなければならないので、大学側が混乱しないように、I-20を使わなかった旨を知らせる必要がある。

・先生と友達を活用しよう。いろんな意味で。

・所持金は$20以下。危ないしカードで十分生活できる。

・本を持っていきすぎない。特に日本語の本は。


有益な情報はもっとあったんだけど、全部書いたらきりがないや。

行った方、なにかあったら書き足して下さい。

これは?っていう疑問がある方、質問もどうぞ~。



5年の月日は私の故郷も、懐かしい人々も、程度の差こそあれ、変えてしまったようだ。

でもまたその変化を尊きものとして受け入れられる自分も、変わったのだなぁと思う。


親戚のお姉ちゃんは、結婚して、もうすぐベイビィが誕生する。大きなお腹を抱えて一緒に遊びまわってくれた。私が退屈しないように絶え間なく気を配ってくれるところは、昔からちっとも変わってない。

親戚の弟くんたちは、随分と背が伸びて、かっこよく成長していた。かわいくってしようがなかった。

幼馴染の男の子たちも、大分大人びて、なんだかちょっと寂しかった。

街も、発展の波に乗り遅れまいと、猛スピードで姿を変えているのだろう、通いなれた道も、懐かしい家並みも、新しい顔で私を出迎えていた。

故郷に、自分の中に、確かに流れた時間を感じる。


なにより、18歳になった私を見るみんなの目が、以前と全く違うものであることに気がついた。

大人扱いされたなによりの証拠、それは、祖母が私に初めてしてくれた、‘授業’。

アメリカへ行くにあたって、私に心に留めておいてほしいこと、ひとことひとこと丁寧に言葉を注いでくれた。私の為だけに語ってくれた、愛情たっぷりの授業。おすそわけするわけにはいかないんだなv

あぁ、父もこういう授業を受けて育ってきたのだ、と思うと、涙が止まらなかった。

自分が何を背負って生きてきて、生きていくのかを、知った気がする。

これまで日本で頑張ってきたことだって、海の向こうからしっかり見守っていてくれたんだ、と思えた。


祖父母の馴れ初め秘話も聞けたし。両親をとりなした人にも会えたし。

それはまさに私のルーツを辿る旅。

自分がこの世に生きていることが、とてつもなく愛おしく思えた。


きっとアメリカへ行って私は価値観ごと揺さぶられるだろう。

でも、どんなに考え方が変わろうが、私のルーツは常にアジアにある。それを痛感した旅でもあった。

それにしては私は中国のことを知らなすぎる。知ろうとしてこなかったからだ。

こればかりは恥ずかしすぎる。後悔しても遅いので今から取り返さないと。

親戚の兄ちゃんに、「次帰ってくるときはボーイフレンドを連れてくるのかな~」と冷やかされたが、「アメリカ人でもいいけど、中国語を話せないと始まらん」と釘をさされちゃった。

私もこれはシリアスな条件として受け取った。確かに、連れて帰って見せたいもんな。

なんにしろ、自分の根っこを確認する旅で、これから私が歩んでいく道にも自信がついたんだ。

なにがあっても私の根っこは揺るがない。ずっしりと腰を据えて、中国から見守っててくれるんだから。
そっから養分もらって、これからもにょきにょき伸びてくぞ。

アメリカ人に、追いつけ追い越せ。

「日本人って中国に対してどう思ってるの?いじめられない?」

「南京大虐殺のことってちゃんと勉強するの?」


こんな質問をひっきりなしに浴びせかけられたのは久しぶりのことだ。

日本でなら繊細な問題として避けられるか、良くて‘恐る恐る’切り出される話題を、親戚の男の子に始まり、知り合いのおじいちゃん、更には初対面の女の子にまでいきなり持ち出されては、こっちがたじろいでしまう。

反日デモの報道がなされていないとはいえ、国連常任理事国入りへの反発は強く、ネット上での不買運動の呼びかけも盛り上がっていたという。

デモに行って騒ぎを起こす人は一部だとはいえ、国民の大半が、肯定的であろうが否定的であろうが、隣国の動きに関心を持っていることは確かだ。

国の未来に関わる世界の動き。

視点に柔軟性があるか否かを別にすれば、関心や意識をもつことの影響力を考えさせられる。

願わくばそれが外から植えつけられた愛国心から発するものでなく、内から自然と湧き出る自国への尊敬が生むものであってほしいものだが。


その初対面の女の子は、シリアスな話をする反面、日本の歌手や漫画についても良く知っていた。

「中国人男性と日本人女性はもっとも相性が良い」とされているらしく、男の子たちは日本の女の子と知り合いたくてたまらないらしい。(もっとも日本女性が「謙虚でおしとやか~」なイメージ通りだとすれば、だけど)


私から見ても、日本という国は、文化、ひと、言語、どの面をとっても特殊で興味深い存在である。

その近現代史から学ぶことも多いはず。強みにできる教訓を自国の指導者がなおざりにしてるとはもったいない話だ。


今両国にとって大切なことはなにか。しっかりと見極めていきたい。
中国側が過去への執着をある程度和らげる意味でも、日本側が誠意を込めた対応をするという意味でも、共に一歩譲って過去を清算しなければ、ほんとうの意味で手を取り合って先へ進むことはできない。

日中には乗り越えてほしい壁がある。

私を育ててくれた、大切な祖国たちだから。


もっと書きたいことがあったのに帰国して頭が大幅に弱っているらしく、エンジンがかかりません。

来週は母校で高校3年生の礼拝を任されているというのに原稿はまだまだという情けない状態。

机の上は一種のカオスです。頭の中もカオスです。

日本にいられる時間も、あと2ヶ月もないかもしれないのに・・・!


帰ってきました、日本に。やはり我が家が一番です。

今回の帰郷はいつになく内容の濃い、思い入れのあるものになりました。

外食猛攻撃にはさすがに参りましたが。南方は辛いものが多いので胃も喉も大荒れです。痛いよぅ。


懐かしい顔にたくさん出会った一方で、五年の月日が流れたことを自分の変化から感じて、嬉しかったり寂しかったりといろんな感情が今でも渦巻いています。

少しずつ記事をアップしていきますが、今日はとりあえず疲れたのでだらだらします・・・

渡米が早まりそうなので、準備も加速度を上げて進めたいと思います。

頭を切り替えろーー!

4月22日から5月3日まで中国に帰省します。

御用のある方はEメールでどうぞ。携帯メールも使えますが(なにしろグローバルスタンダード☆笑)高くつくのでやめてください(せこいなグローバルスタンダード)

5年振りってなかなかすごい。前に帰ったときは中1だったってことか。今より10cmくらい小さかったな・・・

 

今回はいろんな意味で楽しみです。

反日騒ぎが向こうではどう受け止められているのか、はたまた話題にさえ上っていないのか、この目でしかと見てきたい。

 

 私としては、どっちの国民の気持ちもわかるが、どっちの政府の対応にも不満があるといったところだろうか。

「謝れ」「そっちが謝れ」とかやってる場合じゃない。

どちらの国民にも事実を多面的に知ってもらう、湾曲した情報から生まれる誤解で、不必要な警戒心や猜疑心を増大させないようにする。これが先だろ。

そのために今は協力してほしい。自らを譲歩し、相手の言葉に耳を貸す態度を見せてこそ、国民の信頼を勝ち取ることができるのだから。

 

でも、日本がどんなに頑張っても情報規制で半分目隠しされている中国国民に伝わらないのかと思うと悲しい。

そんなときこそ個人間の交流がものを言うのだろう。

私もいっちょ頑張らにゃ。

今までパソコンをウイルスに侵されていました。よりにもよってこんな時に!

回復したからいいものの、バックアップしたデータ以外全て消滅。画面がすっきりしちゃったよ・・・。

お気に入りページが消えたのはイタイです(泣)今まで集めた留学関連ページたち、も一度探しなおさねば。

 

ふぅ。エッセイやらなにやらでちょっと気疲れ。たまには脱線しようっと。

息抜きにと外に出ては桜を眺めてばかりです。もう満開を過ぎた今日なんかは、風が吹くたびに辺り一面の桜吹雪に見とれていました。これで見納めかと思うと寂しいです。

次に日本の桜を見られるのは何年後だろう。どんな自分がいるんだろう。私がどれだけ変わっていても、そのときにはまた、友達とお花見をしたり、桜並木が続く河原で家族と写真を撮ったり(なぜか毎年の恒例行事と化している)、今までと変わらない春を過ごしたいなぁ。

なんだかコメントが書けないので(頼むぜアメブロ)記事にしちゃいます。

皆様温かいコメントをありがとうございます。
まず、ファンさんへ。International StudentsにとってFinancial Aidがネックになるのは確かです。

HarvardやYaleのように完全にNeed Blindの大学ならば気にしなくいてもいいと思います。が、中国などの優秀な学生と競えるほどのステイタスがない場合、金銭面で切実な彼らから奨学金を奪うのは難しいでしょう。
私の場合は出願した大学全てに対して要請したのがいけなかったのです。ただでさえ高望みだったのに(苦笑)出願者の中で自分が一番上だろう、と思える安全圏の大学をいくつか定め、そこに対してAidを申請するなら、きっともらえると思います。これは単なる憶測ですが。
私は今回、なんの考えもなしにねだったことを深く反省しています。だからといって初めから奨学金をあきらめる、ということはできなかったと思いますが。もっと準備していれば、というのが心残りです。
奨学金をもらうのは難しい、と認識した上で戦略を練っていけば道はあるはずです。頑張ってくださいね!!

Qookieさんも、アドバイスありがとうございました!今、Carletonに出すessayを書いております。最終的な結果がどうであれ、納得の行くまでやることやっとかなきゃ気が済まないという、意地っ張りな奴です。
Wesにも、半分入る気で、合格者のコミュニケーションの場として提供されているらしい、メーリングリストに登録して投稿を傍観しています。Wesについてあれこれ論じ合っていてなかなかおもしろい。判断材料になるほど信憑性があるかどうかは謎。

皆様、本当にありがとうございます。周りの支えを励みにしつつ、まだまだ不安定な生活を送ります。。

ここまで公開しておいて、結果に凹んでいるからといって書かないわけにはいかない。精神的に回復しつつあるからこそ書く気になったのだが。

自分が今までしてきたことはなんだったのだろうと、思わずにはいられなかった。そんなことはないと知っていても、自分の全てを否定されたようで自信を粉々に砕かれた気さえした。なにより、まだ待つのかよ!?

Harvard College: 不合格

Brown University: 不合格

Tufts University: 不合格

Colgate University: 不合格

Georgetown University: Waiting List(補欠)

Williams College: WL

Vassar College: WL

Carleton College: WL

Wesleyan University: 合格

もう言い訳さえしたくない・・・。とりあえず、WesleyanのRegularにも応募しておいて良かった。フリーマンには裏切られたが、Wes自体はとても良い学校だと聞く。昨夏訪れたキャンパスの中でも一番綺麗で過ごしやすそうな印象を受けた。

でも、面接がうまくいったGeorgetown、Essayに力をいれたCarletonに更に焦らされることになるとは。Williamsは逆に考慮に入れてもらえる気さえしなかったが。

もう待つことには慣れたけど、正直WLは考えてなかったので(おい)かなり面食らった。

Carletonに行きたいよ~~。

聞くところによれば今年は激戦の年だったようで、運が悪かったとしか言いようがないのかもしれない。でも反省すべき点は探せばぽろぽろ出てくるだろう。辛い時期はこれからってことか。

 

今私が知りたいことは、

Wesleyan University(CT)について。是でも非でもいいから、噂、実態、意見etc

Waiting List について。可能性はいかほど?待機中にすべきことは?

予想が甘すぎたのは確かだが、それにしても予想外の厳しい結果。うーん、耐えるしかない。

これから大学留学をする方に今言えるたったひとつのことは、手当たり次第にFinancial Aidを申請しないこと。これが壁だったのだと、実際にAdmissionsの方もおっしゃっていたから。全部の大学に出すことだけは、やめておいた方がいい・・・。