ロボット・ドリームズ その2 | 令和に残したい昭和生まれのゲイライフ

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ほとんど件名のロボット・ドリームズに触れていないけど、一応生意気に昨今の映画に関して講釈を垂れたブログはこちら。

ロボット・ドリームズ その1

 

 

舞台は1980年代のニューヨークらしく、現代のようにネット社会になっていないのもストーリーを成立させるのに都合が良いのだろうが、登場人物も全て様々な動物の擬人化設定なのである。

 

 

ディズニーが「ズートピア」でこの設定を使っていたし、イルミネーションも「シング」で同様の設定だったので、この時点でファミリー向けのあざとさは多少は感じ取ってはいたのだ。

 

 

けれどキャラクターデザインに関しては、可愛さであるとか萌え要素には迎合してない感じではあったので、その点に関してはひねくれものからでも最初から受け入れやすかった部分である。

 

 

そして映画にはセリフはなく、往年のチャップリンの映画の如く動きと表情とBGMのみでキャラクターの心情を表現し、非言語的なコミュニケーションにより、想像力が喚起される仕組みだ。

 

 

主人公のドッグがレンジで温めるミールキットを一人で食べながら、テレビをザッピングしている様子だけでも、彼が都会の中で孤独を感じているが良く表現されているのを感じる事が出来た。

 

 

そんな彼がテレビショッピングで友達ロボットを販売しているのを見たので、最初の動機としては本当の友達の「代替え」として、ロボットを買う事を決めるのだ。

 

 

意気揚々と組み立てたロボットは従順なだけではなく、好奇心も旺盛で無邪気な為、心配かけたり振り回されたりもするのだが、そういったエピソードの積み重ねが本当の友情を養っていく。

 

 

最初は単に寂しさを埋めたかったり、他の人達のように友人との交流を楽しみたかっただけだったのかもしれないが、次第にロボットに対してそれ以上の感情を持ち始めている事に気付くのだ。

 

 

しかしここで気付かされるのだが、キャラクターのデザインと動物の擬人化により、ロボットに対しての友情以上の感情が芽生える事に対して、全然違和感が無い流れになっているのだ。

 

 

もしこれが日本の萌えキャラクターで展開されると、途端に生々しさの方が強調されてしまい、ロボットがラブドールのような感じに見えてしまい、主人公も変態のように映ったであろう。

 

 

その後のストーリーについてはここでは触れないでおくが、ドッグとロボットはお互いを大切な存在だと思い続けながら、ある事件をきっかけに離れ離れになってしまうのである。

 

 

そして時間が経って運命の悪戯のせいでそれぞれが違う人生を歩む事になるのだが、それでも過去にとても愛し合った時間があった事だけはお互い胸に大切にしまい、自分の人生を続けるのだ。

 

 

50年も生きていればたいがいの事は経験しているもので、お互いの気持ちだけではどうにもならない事だってあるのは分かっているので、このラストには思わず滂沱の涙が溢れてしまっていた。

 

 

この映画を観た後で、アース・ウィンド・アンド・ファイヤのセプテンバーを聴くと、ついつい涙腺が緩くなってしまうのは、もはやパブロフの犬と変わらないのである。

 

 

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今回のイケメン紹介は、ゲイ人気では王道の畠山健介です。

ラグビー界では堀江翔太や田中史郎と人気を分かち合っていましたが、自分にとっては永遠のセンターです。