この秋は広州のオイリュトミー学校で、オイリュトミーを教えながら、日々たくさんの気づきをいただいています。 



 オイリュトミーに真摯に向き合っている、


それぞれの素敵な個性を色とりどりに咲かせている、


総勢19名の生徒さん達。 



この夏、台湾のオイリュトミー学校で3回の卒業生を送り出し、 


ちゃんとディプロマがいただける水準まで育ててあげなきゃ! 


と焦りに近いようなプレッシャーからも自由になり、 


 誠実に丁寧にオイリュトミーを教える決意は変わらないものの、 


以前より広やかな気持ちで生徒さんと向き合う中で 改めて心の底から強く思うこと。



私が大切にしたいオイリュトミーのクラス方向は 


 自分本来の魂のあり方を思い出すお手伝い。 


そのことで この地球に生まれてきた恩恵に感謝しながら、 


幸せな気持ちで人生を歩んでいくこと。 


 幸せの波紋を広げていくこと。 


 このお手伝いを私はオイリュトミーでしたいのだと、とても強く実感しました。 



 だから、教えるスタイルも基本は、生徒さんのその人らしさを引き出すために、 


体の動き方とかで、これまでの人生のいらない思い込みの癖だったり、


小さなトラウマとかがブロックとして体の動きに現れてないか、


流れを止めていないかなどをまずは丁寧にチェックします。 


 そして、生徒さんがより一層その人らしく在れるように、 


個々の動き方や意識の持ち方を変えた方が おそらくもっと心地良いはずと生徒さん自身が、


自分で気づき、


自分で変えられるように


アドバイスさせていただいています。






私は普段台湾に住んでいて、今は1ヵ月間の出張で中国の広州に来ています。


お仕事は午前中のみで、午後はフリー🍀

次の日や、台湾、日本での仕事の準備をしたりもしますし、好きなことをしたり、散歩をしたり、割とゆったりと使えています。


滞在先の部屋は窓から緑の見えて、柔らかな日差しの入ってくる過ごしやすい空間です。



今回中国に来る前に、午後のこの時間を何に使おうかなぁと考えていて、


中国語の勉強?

趣味のバイオリンの練習?


などなどいろいろ考えていたのですが、

ふと思いつき


そうだ。パステル画を描きたい。


自分が体験している音と色が響きの世界、


それらが動いて、脈打ったり、凝縮して形を結んで、ほどけてまた流れていく世界を、


パステルまで目に見えるようにしてみようと


なんとなく思ったのです。



それでスーツケースに詰めるときに、


中国語学校クラスで以前使っていた教科書も、


バイオリンも持ってくるのは諦め、


パステル画材のみを持ってくることにしました。



パステル画を描いた後に、そのままだと色のパウダーが流れてしまうので、


フキサチーフと言う固定剤に使うのですが、


飛行機の国際線を使うため、スプレー缶は持ってくるのは諦めて、


出張先の中国で、ヘアスプレーで代用しようと思いました。



そして、以前に書いた通り、出張先の中国入りした翌日の晩にすーさんの訃報を知ることになります。


その時にパステル画を持っていて、本当に救われました。


大きな心の支えであった大切な人が亡くなったと言う事実に、パステル画を描くことで、


喪失感や悲しみにとらわれることなく、


死は人間のひとつのあり方なのだと、


魂はなくなることなく、ずっとそこにあるのだと気づくことができたと思います。



彼への感謝や、


彼から受けた見守ると言う大きな愛のあり方、


目には見えない繊細なものに

耳を傾けられるようになっていた自分の心の変化など、


色と形の世界で表現することで、


再び見つめ直し、それらを深めて変容することができました。



パステル画描いた日の翌日のランチタイムに、アシスタントの子に、


ヘアスプレーを購入をお願いしました。


彼女の英語はそこまで達者ではないです。


ですので、普段髪の毛を結っている私が


ヘアスプレーを使うのとどうも結びつかなかったらしく、自分の英語力の問題かと


一緒にランチをとっていた通訳さんの所へ確認に行きました。


そこで私は、ヘアスプレーとして使うのではなく、パステル画を描いたから


固定剤の代わりにヘアスプレーを使おうと思っていると少し込み入ったことを伝えました。


すると、通訳さんは


「スプレーを買わなくても、ちょうどそこにフキサチーフ、パステル専も固定剤スプレーがあります!」



見ると、アシスタントのと並ぶ私の机の横に、紙袋に入った専門的なパステル画材が一式置いてあるではありませんか。


この状況が理解できずにポカンとしていると、


通訳さんが説明してくれました。



「 1年ほど前にこのパステル画材一式を購入したのですが、全く使うことがなくて。


このアシスタントの子が絵を描くと言うことを聞いたので、よかったらもらってくれないかと、昨日話していたところだったんです。


彼女はパステル画材は家に既にあるんだけれども、


かぶって持っていても悪いものでもないから、いただきますということで、


今日彼女にあげようと思って、ちょうど持ってきたんです。」



アシスタントの子も、とても優しい子なので、


パステル画材は私の家にもう既にあるものだし、


よかったらどうぞ使ってくださいと譲ってくれました。






右側がもともと持っていたパステルで


左側がこの時いただいたパステルです。


どちらも大切な私の宝物です。


フィキサチーフや、練り消しなどは写っていませんが、本当に一式揃ってしまいました。



関わってくれた人、みんなの親切でこんなありがたい出来事に恵まれたんだなぁと、


部屋でしみじみと感謝の気持ちに従っていると、


ふと、はっとひらめきました。



昨日、私が自分ですーさんにお願いしたことを。


このやりとりしている声が、


本当にすーさんのものだと言うサインが欲しいと。




これがちゃんとつながってるよってサインなんだ!


彼とそのスピエネ関係者が、私に必要なこのタイミングで、このフィキサチーフやパステル画材を届けてくれたのだ、、、



そうやって、心にストンとひらめきわかった瞬間に、


またもや声を上げて泣きました。


本当にありがたくて。


泣きながらすーさんにお礼を言ったら、


「今頃気がついたの」からかうような声で、返事がきました。


私は鈍感な自分に思わず笑ってしまいました。



この道具を見ると、何ともいえない大きな愛情と、確かな魂の存在を感じます。




パステルを描くことで、


自分の魂がとっても喜んでいる、


そこから自分の新しい道が開けてくる、


そんな強い予感がしています。




天国への感謝状、


これからもオイリュトミーと共に


自分の魂の源泉とつながることとして


どんどん描き続けていくことになるのでしょう。


とても幸せな時間をいただいています。








私は普段台湾に住んでいて、今は1ヵ月間の出張で中国の広州に来ています。


お仕事は午前中のみで、午後はフリー🍀

次の日や、台湾、日本での仕事の準備をしたりもしますし、好きなことをしたり、散歩をしたり、割とゆったりと使えています。


滞在先の部屋は窓から緑の見えて、柔らかな日差しの入ってくる過ごしやすい空間です。



今回中国に来る前に、午後のこの時間を何に使おうかなぁと考えていて、


中国語の勉強?

趣味のバイオリンの練習?


などなどいろいろ考えていたのですが、

ふと思いつき


そうだ。パステル画を描きたい。


自分が体験している音と色が響きの世界、


それらが動いて、脈打ったり、凝縮して形を結んで、ほどけてまた流れていく世界を、


パステルまで目に見えるようにしてみようと


なんとなく思ったのです。



それでスーツケースに詰めるときに、


中国語学校クラスで以前使っていた教科書も、


バイオリンも持ってくるのは諦め、


パステル画材のみを持ってくることにしました。



パステル画を描いた後に、そのままだと色のパウダーが流れてしまうので、


フキサチーフと言う固定剤に使うのですが、


飛行機の国際線を使うため、スプレー缶は持ってくるのは諦めて、


出張先の中国で、ヘアスプレーで代用しようと思いました。



そして、以前に書いた通り、出張先の中国入りした翌日の晩にすーさんの訃報を知ることになります。


その時にパステル画を持っていて、本当に救われました。


大きな心の支えであった大切な人が亡くなったと言う事実に、パステル画を描くことで、


喪失感や悲しみにとらわれることなく、


死は人間のひとつのあり方なのだと、


魂はなくなることなく、ずっとそこにあるのだと気づくことができたと思います。



彼への感謝や、


彼から受けた見守ると言う大きな愛のあり方、


目には見えない繊細なものに

耳を傾けられるようになっていた自分の心の変化など、


色と形の世界で表現することで、


再び見つめ直し、それらを深めて変容することができました。



パステル画描いた日の翌日のランチタイムに、アシスタントの子に、


ヘアスプレーを購入をお願いしました。


彼女の英語はそこまで達者ではないです。


ですので、普段髪の毛を結っている私が


ヘアスプレーを使うのとどうも結びつかなかったらしく、自分の英語力の問題かと


一緒にランチをとっていた通訳さんの所へ確認に行きました。


そこで私は、ヘアスプレーとして使うのではなく、パステル画を描いたから


固定剤の代わりにヘアスプレーを使おうと思っていると少し込み入ったことを伝えました。


すると、通訳さんは


「スプレーを買わなくても、ちょうどそこにフキサチーフ、パステル専も固定剤スプレーがあります!」



見ると、アシスタントのと並ぶ私の机の横に、紙袋に入った専門的なパステル画材が一式置いてあるではありませんか。


この状況が理解できずにポカンとしていると、


通訳さんが説明してくれました。



「 1年ほど前にこのパステル画材一式を購入したのですが、全く使うことがなくて。


このアシスタントの子が絵を描くと言うことを聞いたので、よかったらもらってくれないかと、昨日話していたところだったんです。


彼女はパステル画材は家に既にあるんだけれども、


かぶって持っていても悪いものでもないから、いただきますということで、


今日彼女にあげようと思って、ちょうど持ってきたんです。」



アシスタントの子も、とても優しい子なので、


パステル画材は私の家にもう既にあるものだし、


よかったらどうぞ使ってくださいと譲ってくれました。






右側がもともと持っていたパステルで


左側がこの時いただいたパステルです。


どちらも大切な私の宝物です。


フィキサチーフや、練り消しなどは写っていませんが、本当に一式揃ってしまいました。



関わってくれた人、みんなの親切でこんなありがたい出来事に恵まれたんだなぁと、


部屋でしみじみと感謝の気持ちに従っていると、


ふと、はっとひらめきました。



昨日、私が自分ですーさんにお願いしたことを。


このやりとりしている声が、


本当にすーさんのものだと言うサインが欲しいと。




これがちゃんとつながってるよってサインなんだ!


彼とそのスピエネ関係者が、私に必要なこのタイミングで、このフィキサチーフやパステル画材を届けてくれたのだ、、、



そうやって、心にストンとひらめきわかった瞬間に、


またもや声を上げて泣きました。


本当にありがたくて。


泣きながらすーさんにお礼を言ったら、


「今頃気がついたの」からかうような声で、返事がきました。


私は鈍感な自分に思わず笑ってしまいました。



この道具を見ると、何ともいえない大きな愛情と、確かな魂の存在を感じます。




パステルを描くことで、


自分の魂がとっても喜んでいる、


そこから自分の新しい道が開けてくる、


そんな強い予感がしています。




天国への感謝状、


これからもオイリュトミーと共に


自分の魂の源泉とつながることとして


どんどん描き続けていくことになるのでしょう。


とても幸せな時間をいただいています。







<スピエネのすーさんが起こしてくれた奇跡の話の途中ですが、スピエネとやりとりするために大切な感性のあり方について、気づきがあったので、シェアします。

こんなような日常にちりばめられている、当たり前に通り過ぎてしまうであろう奇跡な体験を気分がフレッシュなうちにシェアします。>


毎日夕刻に、近くを流れる大きな川のほとりに夕日を見に散歩に行く日課にしています。 



 学校の校門を出て、すぐのところに、屋台でオーガニックのパンを売ってるおじさんに毎日会います。


 一昨日、初めてパンを買ってみようと小銭を持って散歩前に行きました。 


 そしたら欲しいパンは20元で、私は18元しか持っていなかったのです。


足りないから別のパンにしようとしたところ、 


 「いいよ、いいよ。18元で充分だから、このパンおいしいから持ってってよ」 


 何度もお礼を言って、2元おまけしてもらい、温かい気持ちでお家に帰りました。 


 パン屋のおじさんは毎日いるので、翌日、昨日足りなかった分の2元を握り締めておじさんにお返ししようと立ち止まりました。 


 「これ昨日の分です。パンほんとにおいしかったです。ほんとにありがとうございました」 


 そう言ってお金を渡そうとしたら、 

 「いらないよ。困った時はお互い様だよ。うちのパンを美味しく食べてくれたんだったら、本当によかった。」 


 そう言っておじさんはお金を受け取りませんでした。 


 屋台でパンを売っているおじさんのお金が有り余ってるとは、想像しにくいです。 


 おじさんの笑顔と、温かい気持ちが本当に心に染みて、 そんな人の温かさに触れられること、深く感じ取れること、 また、自分自身が、そんなふうにありがたさを心いっぱいに受け取れる感性と心の状態でいられること、 人として生きていて何よりの幸せだなぁと思いました。 


 思わず涙が出そうになる位の胸いっぱいの幸福感で、 美しい夕焼けを眺めながら、散歩していました。 


 音楽や言葉の響きという非物質の動きやエネルギーと共鳴し、 自らの心と肉体を通じて、それらを実際の動きに移し替えるオイリュトミーは、丁寧に学んでいくと、人の心の繊細な動きにとても敏感になれます。 


 生きている人間の心の温かさも、 亡くなった友人の気配も感じることができ、いまだに見守ってもらえてるのを感じることが実感できるのは、オイリュトミーの贈り物です。 


 PS 台湾の学校で新規の生徒さんを募集しているので、オイリュトミーに興味のある方はメッセージでお尋ねください。



恩師の訃報を知った翌日の朝から、



出張先の中国・広州にてオイリュトミーの仕事が始まりました。




ご存じない方のために説明すると、


オイリュトミーは一見ダンスのようにも見えるのですが、



言葉と、音楽の本質の響きそのものと共鳴し、踊る芸術です。


私の肉体と魂、精神の全てをフル活用して、


音楽や言葉と統合し、調和して舞います。



だから、物質化してない精神存在たちのことも感じやすくなります。


私の場合は、自分で意図したものとしかコネクトしないと決めているので、余計なものは入ってきたりなどは一切ありません。


そうできるために、自分自身と言うものを開きながらも、強く持つそんなトレーニングもオイリュトミーには含まれています。




そういう一面もあり、オイリュトミーの授業中にも


あたたかい光の粒子のような感じで


私を包んでくれているスピエネの存在がありました。


それがすーさんを通じて私を助けてくれていたスピエネなのか、


それともスーさん自身なのかはわからないけれど、


ともかくそんな光の気配に包まれながら、


この肉体を持って地球に存在していること


オイリュトミーを踊れること


大地に立って歩くことができること



それらの一つ一つが奇跡なんだなぁと深く感じ入り


授業中に思わず涙が出てしまいました。



悲しさは全くなく、感謝と奇跡を体験した感動の涙でした。


ただ通訳さんや生徒さんがびっくりされていて、


そこは申し訳なかったです。


彼らに大切な友人が亡くなったとだけお伝えし、


けれども、感謝の気持ちが溢れての涙だから心配しないでねと伝えました。



そして、仕事が終わった後に、夕方の涼しくなった頃を見計らって、近くを流れる大きな美しい川沿いに散歩に行きました。



ここから小一時間、川沿いを散歩しながら、ずっとスーさんとお話ししていました。


こんな感じです。




「スーさん、肉体的には死んだことにはなってるけど、今、別の形でそこにいてくてるよね」


🐉 まぁ、そうだね。


人間は死んだらおしまいと思ってる人が多いけど、付き合いの長い俺のクライアントさんはそうじゃないって知ってるからね。


人間が人間目線で死と名付けてるものは、全部の終わりじゃないんだよ。


だから卒業って言ってたでしょ。




「これは私の頭の中で繰り広げられている妄想なのかな。寂しすぎて勝手に会話してると思ってるだけなんだろうか。」


🐉 あなたがそう思いたいならそう思ってもらっても別にいいけど、白黒はっきりつけなきゃいけない問題でもないでしょ。猜疑心や、決めつけや思い込みは、スピエネ達と交流しにくい心の在り方を作り出すよ。


「確かにね。すーさんが人間やって、生きてる時でも、脳内ですーさんの声で答えもらう時はあったもんね。それと、同じか。


ところであなたはスーさんなの?

それともすーさんを通じて、私に寄り添ってくれていたスピエネが、私にわかりやすいように、すーさんの声で話してくれてるの?


🐉 それを知って何か意味があるの?わかったところで何か変わるわけ?そもそもが大きなひとつなのだから。


「確かに何も変わらないね。やりとり通じて前向きな気分になれているし、気持ちの整理もついてるし、ありがたいよ。まぁ何でもいいや。ともかくやりとりできて嬉しいよ。」



こんな感じで、川の散歩の間に小一時間ずっと話をしていました。途中、私が喋りながら彼が脳内で返答すると言うこともあったので、私のことをしっかりと観察している人がいたとしたら、おそらくかなり変わった方だと思われたろうと思います。


生きているときに電話をしながら散歩してたこともありますが、その時とあんまり変わらないねとも話しました。


🐉 こっちの方が便利でしょ。


だそうです😄



散歩が終わり、宿泊先に向かっている最中、スピエネスーさんに


「あなたが本当にスーさんだと言う証拠が欲しい。私の頭の中で勝手に妄想されているおしゃべりじゃないという何かの印が欲しい。」


半分、冗談のように、そんなお願いをしてみました。